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スターリィシネマ・ダイアローグ  作者: 綾埼空
Fairymirror Festival
19/50

星辰

 文化祭の準備はつつがなく進んでいた。授業の最終コマが、この期間は本番に向けての用意にあてがわれている。

 こういった行事はクラス内の熱量の違いによって摩擦を生むものだが、そうした不和とは縁遠く進行していた。

 それはかつて存在していたひとりの少女が縁をなした友好関係であり、そんな暇がないほどに忙しかったからである。


「衣装のデザイン案絞れたの!?」「もーすこしっ」「サイズの計測は終わってるから、早めに裁縫に入りたいんだけど」「てかこのの数字合ってんの? 瑠依ちゃん内臓ある??」「どんなもんよ」「男子見るな。セクハラ」「暴力はパワハラ!!」「てかおれたちウエストとか数字見てもよくわかんなくね?」

「トップとアンダーとかな、謎だ」「保健体育は俺たちに何も教えてくれない」「はい、口じゃなくて手を動かす」「緑と白の消費がはええわ」「買い出し出るかー」「外出許可書もらいにいこうぜぃ」「小物はぼちぼち目途立ってるけど、ほか遅れてる感じ?」「衣装はどうせ休みでまくるつもりだからいいんだけど、演出がごたついてるっぽい」「あー、まあ、どうとでもいじれるもんな」「立ってみなきゃわかんないってことで固まりそうだけど、それじゃ進展がないって惜しんでるみたいね」「まあ、そっちは本番迎えたら結論が出るからいいんだろうけど……じゃあ、とりま予定通りか」「そゆこと」

「……」


 そんな会話を耳にしつつ、遥は作業を進める。

 小道具班に配られた完成予測図を頼りに、背景素材をかたちにしていく。段ボールに皴なく貼りつけた画用紙に筆で色を塗る。マーカーペンだと色がチープだったりムラができるので、絵具で彩色していた。

 一枚作業を終えて、乾燥のためにベランダへ向かった遥に声がかかった。


「どう、進み具合は?」

「あ、櫻井さん……」


 文化祭実行委員の少女だ。長い後ろ髪を低い位置で一本にくくっている。ふちの細い眼鏡の奥には、気性のきつそうな鋭いまぶたがある。近眼の強い裸眼でものを見る際の癖がついつい前面に出てしまうそうだ。性格は印象とは真逆で、だれかの頼りになろうと努める暖かな性格だと、最近知った。


「手伝うよ」


 あとで結合する素材の一部とはいえ、小さくはなかった。肩甲骨を寄せて胸いっぱいに抱え込んでいた片端を早季に譲り渡す。ふたりで窓枠をくぐって、ベランダの奥から順に並ぶ素材の横に紙を置いた。


「ありがとう……助かったよ」

「いいよ気にしなくて」

「舞台班のほうはだいじょうぶなの?」

「演出班と脚本が煮詰まってるだけだからね。私は私の仕事もしなくちゃ」

「たいへんだね」

「べつに……だれかの事情に振り回されるくらいなら、私が振り回してやるってだけなんだけど」

「でも、それでみんな助かってるから。根っからのリーダーなんだね」

「そんな大層なものじゃないって。みんな持ち上げてくれるけどさ」


 そう言って、早季は窓枠に寄りかかった。辞すのも悪く、けれど気まずさもあって、遥は欄干に目線を逃がした。吹き抜ける風が頬にしみる。


「どう?」


 早季の問いは茫漠としていたけれど、問わんとするところに予測はついた。しかしそれに即答するのは状況を無抵抗に肯定しているようで、「どうって?」と聞き返した。


「クラスメイトとの仲」

「まあ――どうなんだろう」


 ちゃんと、天音(ひとり)以外を見ようと思った。それは自分自身も含めて。

 文化祭は――クラスの合同イベントは、歩み寄るのにちょうどいい機会であった。そつなくはこなせていると思う。でも、足りていない。


「一体感、て言うのかな。おんなじ熱を持ててない気は、してる、かな?」

「まあまだ始まったばかりだし、それは仕方ないんじゃない?」

「気持ちの盛り上げ方はそれぞれだってわかってるけど……このまま他人事で過ぎていくんじゃないかって……いつも通りに、さ」

「杞憂じゃない? 前よりはちゃんと、周りを見てくれるようになったでしょ」

「見るように、なっただけだよ」

「そしたらもう、当事者でしょ」


 早季の言葉が隙間風に似て遥の胸に突き刺さる。


「かかわろうとしたなら、もう一部でしょ。そこに引け目を感じる必要なんてない」

「それは……けど、自分勝手じゃない?」

「自儘に振る舞うなら無責任だね。でも、同じ熱を感じたいって……たとえ火傷することになってもそれを馬鹿にするんじゃなくて、一緒に痛かったねって笑いあえるなら、それで十分だって思うな」


 欄干を横にたどって目線を早季へ向ける。西に傾いた日差しがまぶしくて、彼女の表情に目が眩む。白飛びした景色の向こうから、「だから」と声がした。


「同じにはなれないって諦めじゃなくて、同じにならなくていいって認めてあげたほうが健全でしょ」


 いつかの喧騒が、今のようによみがえる。それぞれの呼吸のリズムがあると知った日のこと。違う。あの瞬間だけじゃない。日々が過ぎ去って遠のいても、断絶はしていない。

 手のひらに脈づいた鼓動は、遥の命も鳴らす音だ。

 それぞれが違うと知った。それぞれが違くていいと認めることができたなら、自分の在処(ありが)が居場所になる。


「いたいって場所にいられるって」遥の目が慣れて、早季の顔を見つけた。「それは、幸せだって思う、かな」

「大げさでしょ。けどま、そう思えることが幸せだって意見なら、賛成かな」


 窓枠から早季が体を離す。教室のなかに入っていった。遥はその姿を追う。

 横目に映っていたままに――あるいは、耳にしていた通りに、喧騒は喧騒のまま存在していた。

 だれも遥を遠ざけてもいないし、近づけてもいない。

 遠ざかれば遠のくし、近づけば近くなる。

 この場所では、ただ存在が肯定されていた。

 (えにし)だった少女――天音奏を通した空閑遥ではなく、空閑遥の鼓動が一部となってかたちをなしている。

 どうしたいか、どうなりたいか。

 その問いかけは、自分自身を定義する。確立した存在は息づく。律動はそれぞれ違っても、重なり合うことができる。不協和音を奏でたとしても、音がなくなるわけではない。

 もうだいじょうぶだと思えた。

 ひとりひとりとかかわることを、恐れなくていい。関係することで自分が消えてなくなってしまうと怖がらなくていい。

 希望の星は小さくどれだけ歌っても声は届かないかもしれない。けれど、そこにいると信じられる。

 だから、


「ねえ、何か手伝えることある?」


 遥は、三人で制作に取りかかるクラスメイトに話しかけた。


「んー、なんかある?」「おれたちはまだこれにかかりっきりだし」「……じゃああれ、なあ櫻井。空閑さんにお願いしない?」

「そうね、きりもいいしお願いだけしちゃうか」


 疑問符を浮かべる遥へ早季は告げた。


「鏡の素材を作るグループのリーダー、やってくれない?」


 チャイムが鳴る。遥の耳の奥でひときわ大きく鳴り響いた。

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