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スターリィシネマ・ダイアローグ  作者: 綾埼空
Fairymirror Festival
16/50

ふたりの現在地

「すごい、満場一致だ」


 そう声をあげたのは、クラス代表の少女だった。

 名前は――クラスメイトの言葉を繋ぎ合わせて把握した。

 その不誠実さに、遥は自らを呪う。

 仕方がない。これまでを変えることはできない。でも、これからを変えていくことはできる。

 積み上げた宿題も、最終日だからと放り投げればただの空欄だけど、少しでも埋めれば未来に生きる。

 そんな希望論を胸に抱くから、この行事へ熱を宿していた。

 瞳に映す黒板に大きく書かれた題字。〈月降祭(げっこうさい)〉と呼ばれるそれは、県立月ケ丘高等学校の文化祭だ。

 文化祭実行委員としてクラスをまとめる少女は、黒板に赤いチョークで丸を描いた。ひとの名前が囲われる。

 皆森瑠依――遥の隣の席に、教室中の視線が集まった。

 海溝のように深い藍をした瞳が、自らの名前を見つめている。銀の髪が風もないのにたゆたって見えた。かんばせが、遥に向く。


「どういう意味、はるか?」

「見ての通りだよ」


 変わらない表情の奥ににじむ困惑を見つけて、遥は迷子を安心させるように笑う。


「文化祭の出し物の劇……その主役を、瑠依にやってほしいってことだよ」


 総意の言語化に、だれもが頷く。銀の少女だけが迷路にいるように首を傾げた。


「なんで瑠依が主役?」

「なんでかぁ……まあ、わたしはこの題材なら瑠依しかいないって思ったらだけど……」


 自身も得票したひとりである以上、理由は語れる。でもそれは、遥一個人の意見でしかない。

 どうすれば、クラスメイトが瑠依を選んだことを納得させることができるのか。

 言うべき言葉はわかっている。喉の手前で言葉がおぼれている。酸素が足りない。息の吸い方を忘れて、だから、吐き出されるのは空気の抜けるか細い声。それでも届けたいと、遥は思った。


「その……みんなは、なんで……?」


 教室の隅に溜まった砂埃よりも存在感のない音。前の席にいる子にだって届かないような振動はだれにも伝わらない――はずなのに。

 遥が何を言うか予想していたように、口々に返答が帰ってきて、氾濫する。


「いやだって皆森さんしかいないでしょ」「それな。イメージぴったりだわ」「あたしは初めて見たときからピンときてたし」「それはそうすぎ」「ずるじゃんだって、そのまんまじゃんかよ」「イメージ通りってか、イメージが皆森さんに塗り替えられてるってか」「運命って感じだよね」「夏休み中に考えてた話に、どんぴしゃな子が転入してくるとかやばすぎ」「もってるわうちら」「いうて満場一致はびっくりだけどな。少しはべつの子にも入るって思ってた」「瑠依ちゃん差し置いて主役とかしんどいわ」「逃げ腰だな、おい。今再投票したらおまえに票流れるんじゃね」「見せてやりますか大根役者」「三文芝居はいいから……理由でしょ、ま、ほら妖精のお姫様なんて、瑠依さんにしかできなくね?」「ねー。瑠依ー、妖精みたいだもんねー」「魔女の衣装も似合いそうだけど」「そういった、妖しい雰囲気がぐーってことっしょ」「たしかに、意外といたずら好きなとこあるもんね」「俺されたことないけど」「そもそも喋ったことあんの?」「おはようって言った」「瑠依ちゃんからの慈悲だね」「哀れみ!?」「寂しいやつだな……ま、けど、ぜんぜん話したことなくても、不思議と親近感……てか、黙ってても怖くないって感じるよな」「自然体って感じ? みなっちだけの空気だよね」「そうそう、みなもりんってオーラあるよね」「その呼び方継続してるんだ」「かわいいじゃんりんりん!」「パンダ?」「似たり寄ったり」「あー……そうか?」「あとでパン食べてる写真みせてあげるよ」「話それてるよ。ってもまあ、理由なんて、るいるいが綺麗だからだしなー」「それなー」「皆森さんじゃなかったら、櫻井だっただろうけど」「いや勘弁して私は裏方やるって。実行委員もあるし」「そりゃむり……ってかもったいないじゃん」「ダブル主人公だってありよ」「やめれやめれ」「早季にはちゃんと別の役用意してるから、悪役令嬢だよ」「うーん……それはあり」「真っ黒櫻井とか見てみてー」「意外とやるから私。本性見せてやりますか」「すぐ化けの皮剥がれていいやつになりそ」「舐めてんな。見せてやるわよ悪役令嬢の底力」「奨学金のためにがんばってる姫がなんか言ってるよ」「はいやめやめ。そんなわけでさ」


 黒板の前に立つ少女が瑠依を眼差す。


「一緒に舞台に立ってくれない、瑠依ちゃん?」


 言葉の洪水に驚く間もなく飲み込まれたのは遥だけではなかった。瑠依もまた、くらくらする頭をどうにか働かせる。


「瑠依が……そんな大役をこなせるとは思えない」

「練習すればだいじょうぶだよ。それに、みんな瑠依ちゃんがいいって、わかったでしょ?」

「期待されても……瑠依は応えられない」

「期待じゃないよ、希望だよ」


 その言葉に、急所を貫かれたように瑠依は目を見開いた。


「やりたいんだ。瑠依ちゃんを主役にした舞台を、一緒に」


 黒板前の少女は――櫻井早季は言う。


「だから、さ、気負わなくてだいじょうぶ。私たちが、それを望んでいるんだよ」

「みんなが、瑠依と……?」

「そう。いやだったら無理強いはできないけど、これは私たちの望み……だよね」


 投げかけると、口々に肯定があがる。

 きっと瑠依には咀嚼はむずかしいだろうと、遥は思う。

 ただひとつの美しいもの以外を拒絶してきた少女だ。そしてそこに、自分自身はなかった。

 瑠依と自称する理由。かつて彼女の過去を垣間見たから、想像がついた。

 その思い出を引き継いで生きていくことで、失われたものを繋げていけると信じた。そう決めたところで、すぐに生き方を変えられるわけではない。

 変化は、少しずつ。それは遥もそうだ。

 助け舟を出すには、少女もまた臆病だった。

 だから、瑠依の喉が震えることはなく、沈黙が教室を支配する。垂らした糸の先に重みがないと判断して、早季は諦めの言葉を、


「やってみなきゃさー、わからなくないー? ねぇ、瑠依ー」


 間延びした声だった。その特徴的な喋り方に覚えがある。

 ボブカットの内側を緑に染めた少女。軽音部の実質の部長で、インナーちゃんなんて呼ばれると聞いた。名前を、遥は知らない。


夕架璃(ゆかり)


 瑠依が応える。その繋がりは、彼女自身が握りしめたものだ。


「だれも瑠依のことを否定しないしー。だったらもうさー、経験じゃんかー」


 それは諭すようなものではなく、ただ友人に語りかける温度感で――いつかの階段でのやり取りを思い出す。


「後悔したってだれも責任は負ってくれないけどー。ま、でもさー。やってみてだめならー、次はやんなくてよくなるじゃん―?」


 夕架璃と呼ばれた少女は言う。


「人生ってやつだよー、瑠依ー」


 ふたりの間にどれほどの承認があるのか遥は知らない。

 魔法少女であることを語ってはいないだろう。意味がないからだ。意味のないことを瑠依がするとは思えない。

 ならば、奏との繋がりの根底は共有できない。つまり、皆森瑠依という少女の内面を明かせない。

 それでも、瑠依に必要な言葉を口にする。すべてをさらけ出すだけが交友関係ではないのだろう。

 だから、夕架璃の言葉が決断となった。


「わかった。やる。瑠依も、やってみたい」


 それに、と言葉を続けた。


「瑠依は、希望を失くしたくない」


 それは瑠依の望みであり、贖罪だった。

 どうしたいか、どうなりたいか。

 ある夜明けに魔法少女として――だれかの夢になれるように生きていく。そう決めた少女にとって、大切なのはそれだった。

 藍の瞳がちらりと遥に向いた。視線を感じて疑問符を浮かべていると、


「瑠依を希望してくれるなら、それに応えたい」

「……瑠依」


 その言葉の含意を取りこぼすほど、遥は無責任ではなかった。

 夏の去った秋の屋上で。遥は瑠依を応援すると言った。一緒に生きていくと約束した。

 だから、銀色の少女はその言葉を守ってくれていた。


「決まりだね」


 早季が教卓へ乗せた紙に瑠依の名前を書き加える。配役表だった。

 そして次々に役者が決まっていく。事前にアンケートを募り、多数決と本人の意向で決定していく。

 板にあがらないひとは、裏方にグループ分けされていった。

 遥は、小物作りの担当だった。


「よし、まとまったね!」


 順調な進行に早季は鼻を鳴らす。


「てか、どこでやれるのか決まってんの?」


 クラスの出し物や場所の指定は、夏休み明けに各クラス学年から提出されている。生徒会を交えた実行委員の話し合いに、教員からの安全確認を済ませたうえで重複するようならば、厳正なくじ引きで結果が出る。


「理想は体育館。いちばんひとが集まるからね」


 級友の疑問に、早季は確認するように応じる。


「だからいちばん人気だろ。文化系の出し物が集まるし、部活優先だよな」

「体育館に決定よ!」


 スタンディングオベーションだった。早季を喝采する声が次々にあがる。くじを引いたのは彼女だ。


「日頃の行いに感謝しなさい」


 そうなだめると、みな平伏する。実際に頭を地面につけているわけではないが。海中の水草のように前後に揺らめいていた。

 遥はそれを見て笑う。瑠依は珍しいものを見つけたように目を丸くした。


「使用時間は、予定通り三十分。これは小道具の準備や片付けも含むから、上演は二十分が限界ね」

「いちおう仮読みで流して二十分かからなかったから、よほど凝った演出しなきゃだいじょうぶなはず」


 脚本担当が言い、それに協力し演出担当に事前決定していた数人が頷く。


「じゃあ残りひと月、時間は限られているけど詰めていくよ!」


 早季の声に、それぞれが応じる。チャイムが鳴って、本日の文化祭準備に設けられた時間割は終わった。

 全員の机の上にあった脚本がしまわれていく。

 ただセリフだけが書き留められたコピー用紙がホチキスで綴じられている仮稿だ。これから本番に向けて修正されて、デザインも決まっていく。

 遥、そして瑠依も、片づける前に表紙を見た。

 タイトルだけが印字されている。

 〈雪白の妖精姫〉。有名な童話をアレンジしたお話だ。

 始まりのセリフは、あの有名なフレーズ。


“鏡よ鏡、この世でいちばん美しいのはだぁれ?”

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