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スターリィシネマ・ダイアローグ  作者: 綾埼空
Fairymirror Festival
15/50

妖精の踊り

 空に星ひとつ。月明かりにも霞まない光が流れて見えた。

 流れ星は、振り下ろされたステッキの軌道。きらめく軌跡が夜なお暗い影を切り捨てた。

 道を照らすあらゆる光が黒く塗りつぶされている。集合住宅の中心。その少女は暗闇に立ち向かっていた。

 純白の衣装(コスチューム)を彩る星は希望の証明。アネモネのように膨らむスカートから伸びる足は、地面から離れている。

 手は翼ではない。五指は一本のステッキを握っている。

 先端に星明りを灯した夜空色の球体が浮かぶ。その周りを星が廻り尾を描く。

 散らばる星々は少女を(めか)しこむ奇跡。その奇跡の名は、魔法。少女の魔法は夢と希望でできている。

 夢と希望で世界を描き変える存在は、魔法少女と名づけられた。

 少女は――空閑(くが)(はるか)は――希望を謳う〈星〉の魔法少女だ。


「数が……多い……!」


 瞳に浮かぶ星が闇夜に染まるように眩んでいる。まぶたを歪ませて、遥は縦横に飛び回りながらステッキを振るった。

 蝗害こうがいのように蠢く影が少女にまとわりつく。そのひとつひとつは小さく、小蝿を思わせる。シルエットはハチドリに似て、顔にあたる部分だけがつるりと丸い。

 それらはついては離れて、まるで構ってをする子供のいたずらのように衣装を摘み取っていく。

 露出した肌を光が覆って衣装を修繕していく。だが、叩けば音を鳴らすおもちゃを喜ぶようにして影がまた集まって、イタチごっこだった。

 そのかたちは絵本に描かれる妖精を想起させる。

 もがく魔法少女を追いかける妖精の戯れは、現実離れした景色を描く。その幻想は、さながら妖精の輪(ガリトラップ)

 星の魔法に影はしおれ、影の児戯に星の衣装は掻き消える。

 茂り、枯れ、芽吹く。円環こそ妖精の輪舞(フェアリーサークル)

 光舞い、闇舞い、重なり織りなす踊り(ダンス)

 ならば、毒蜘蛛の狂演(タランテラ)のごとく死に至るまで魔法少女は舞い続け――、


「はるか」


 銀鈴のような声が、雨となって降りそそぐ。

 そのひと粒ひと粒が影を拒絶するように穴を空ける。地面を跳ねたしずくに遥はステッキを振り下ろした。

 光が反射し、拡散する。

 飲み込まれた影が白日に晒されたように消え去って、遥の瞳を輝かせる星に日常の光が灯った。


瑠依(るい)


 遥は頭上に目をやり、そこに銀色の魔女を見る。

 月の光を蓄えた銀髪が夜を塗りつぶしている。肩口で揺れる髪は静かの海の波打ちを夢描いた。

 海溝より深い藍色をした瞳が横目に流れる。遥は誘われるように隣まで高度を上げた。

 足元、ブーツのヒールは高い。くるぶしから肩までを覆う服が鎖のように肌に食らいついている。曇りガラスに似た不透明な布地で、ラインをぼやかして見せる。まるで修道服(ドレス)だ。

 おとぎ話から抜き出した魔女の似姿。しかし、手に持つステッキが魔法少女であると証明していた。

 その先端には、まるで月を手中に収めるかのごとき球体が浮かぶ。凹凸のある銀色の輪が周囲に架かっていた。

 瑠依の頭上には、小休止する小動物のようにハットが乗っている。彼女の遊び心を体現しているように遥は思う。


「助かったよ」

「構わない。けど、あの程度に苦戦するなんて意外」

化身(アバター)とだって戦うの久しぶりだし……」

「魔法少女が数を減らしてるから、そもそも〈失望(ボイド)〉が発生しようがない」


 ≪魔女の夜(ヘクセンナハト)≫から今日まで、遥がステッキを振るう日はなかった。それほど間隔が空いているわけではなかったが、非日常になるには十分な期間を過ごしていた。


「だれかが〈失貌(しつぼう)〉したんだよね。新しい子か、それとも……」


 遥のつぶやきに無機質な音が返る。


「新しい魔法少女はいないよ」


 夜の底。眼下にある街灯の影に、一匹の猫がいた。

 体躯に色はない。アスファルトを透かしていた。ふわりと現実じゃないように浮いている。

 子どもの吹くしゃぼん玉のようにぷかぷかと漂って、ふたりの鼻先まで近寄った。

 瞳孔の細長い瞳とちらりと揺らめく舌だけが、りんごのような赤をしていた。


「アト」


 遥が名前を呼ぶと、猫は少女の頭に足を下ろした。感触はなく、たとえようのないわずかな重さだけがあった。


「どういう機序か、魔法少女になりたがっている――魔法に頼らなければいけないほどの夢を描く子と、出会えなくなっていてね」

「それって、ふつうのことじゃないの?」

「氾濫するほど多くはなくても、閑散とはしていなかった。理想(ゆめ)を諦める。そんな通過儀礼(イニシエーション)で孵化するきみらだけど、だれもがお行儀よくはなれない。よく知ってるはずだよ、魔法少女」


 そうだ。遥も、瑠依も、叶わない夢を見た。

 魔法でしか描けない夢を抱いた。

 それは幼き日の空想で、やがて思い出になるけれど。

 魔法に魅入られた存在は違う。少女のまま、寝処(しんじょ)の夢を見る。

 夢はいつか終わる。次の夢に乗り継ぐのか、現実を走り抜けるのか、それぞれだけど――現実を放棄して奇跡を手にした存在は違う。ただひとつの夢に成り果てる。

 それは花瓶に飾られた花。美しいばかりで、大地(せかい)から切り離された存在。

 枯れた花の末路は、ごみ箱だ。

 魔法少女の夢は、やぶれるためにある。


「わかってる。だから、わたしは……〈星〉の魔法少女は、その夢も応援する希望になるんだ」


 粧しつけられた花が次に命を繋げることができなくても、その美しさに夢見て花開く命はある。

 ならば、悲しみだけが残るわけではない。そう信じて、遥はその夢を応援する希望になると決めた。


「なら、希望論を語ろう、〈星〉の魔法少女」


 アトは無機質な声で告げた。


「きみと言う星が存在するから、ひとは希望を見失わずに夢を追いかけられる。叶わない夢に嘆くことなく、空に手を伸ばすことができる。魔法に頼らなくても、夢を描けるんだよ」

「わたしがいるから、魔法少女は生まれない……?」

「魔法少女は、きみによって完成する存在(もの)だったのかもね。少女の魔法は夢と希望でできている。希望があって、夢を抱くなら、だれもが魔法少女で――それは特別なことではなくなる」


 この世界に贈られた希望こそ、魔法少女の始まりだった。

 希望そのものの魔法少女が生まれたということは、この世界にはもう〈(から)〉の概念が入り込む余地がないことを意味するのではないかとアトは語る。

 境界(ヘクセ)の鍵であった瑠依が希望を見つけたことで、失望の意味が贈られることはない。

 人々は、夢を失くすことはあっても、望みを失うことはない。

 だから、遥は言う。


「世界を描き変えることは、特別なことじゃないんだよ」


 謳うように少女は希望を語る。


「魔法なんてなくたって、ひとはなりたいものになっていけるんだ」

「なら、だれが〈失貌〉した?」


 瑠依が当然を疑問する。化身が発生している以上、だれかが〈失貌〉した。

 それは既存の魔法少女であって、(はるか)(きぼう)が届かなかった相手だ。

 夢の末路を思い浮かべる。醜悪で残酷なまでの見目を思い出し、遥は歯噛みする。


「だれであっても、〈失望〉は討たなきゃ……夢を失った苦しみを、長引かせるなんてできない」

「でも、はるか。あの化身、気づかない?」

「……ん? 数が多いなとは思うけど。倒しても倒しても減らなくて」

「違う。実体があるのは数体だけだった。多く見えたのは、そう錯覚させられていただけ。鏡写しみたいに」


 どくん、と遥の心臓が跳ねた。胸の奥で息がもつれる。

 脳裏に赤色がよぎった。知っている。彼女は、〈鏡〉の魔法少女と呼ばれていた。


「ねえ、アト。わたしたち以外の魔法少女って、どれくらいいるの?」

「きみらふたり以外の魔法少女は――」


 アトが答える、前。

 冷える夜を焼き焦がす赤い声がした。


「なんだ、終わってんのか」


 漆黒の夜空に明けをもたらすような赤い髪が、重力を従えるように優美に揺れる。

 赤い少女だった。血より澄み、炎より清い。口紅(ルージュ)のように香る、艶めかしい赤。

 髪も瞳も、凄烈に笑う唇も、身を包む衣装すら赤い。蜘蛛の巣のように脚に這うタイツだけが黒く、つま先を尖らせるヒールも熱を帯びた色をしていた。


莉彩(りさ)


 遥が名前を呼ぶと、少女はステッキを手元でもてあそびながら近づいた。

 その先端は、割れた球体が平行に浮かび、交わらない白と赤の色に分かれていた。


「よう、久しぶりだな。つっても、ひと月も経ってねえか」


 ステッキが掲げられる。アトを通過して遥の頭を叩いた。はんぺんの角にぶつけたような衝撃が走る。


「な、何すんの!?」

「ん? お祓い?」

「ぼくは悪霊かい?」


 透明な猫の言葉には取り合わず、莉彩は瑠依に目をやった。


「どうよ、生活ってやつは」

「苦労は多い」

「何よりだよ」


 口角をあげて応じる莉彩へ、遥は横合いから声をかけた。


「ねえ、約束どうなってるの?」

「ん? ……メイク教えるってやつか。いつでもいいから来いよ」

「家、知らないんだけど」

「教えてないからな」

「行けるわけないじゃん!」

「笑える。じゃあおまえ、次に都合つく日いつよ?」


 遥は脳内カレンダーから空いている日を取り出す。


「んじゃ、その日に駅前集合な。一三時くらいでいいか」


 肯定する。遥は瑠依に目線を移した。


「興味ない。ふたりでいけばいい」


 そでにされる。追いすがる理由もないので、今度の休みは莉彩と過ごすこととなった。

 別れの気配が生まれたが、遥は断ち切って言葉を生んだ。


「ねえ莉彩。もうちょっとで文化祭があるからさ、よかったら来てくれない?」

「あ? あー……まあ、気が向いたらな」

「じゃあ来てくれるんだね」

「ひとの話聞いてるか?」

「けどさ、瑠依が主役やるんだよ?」

「んだ、舞台でもやんのか」


 爛々とした瞳で莉彩は銀髪の少女を見る。瑠依はため息をついた。


「見世物じゃない」

「興味出てきた。今度会う時、細かい日程教えろよ」


 そうして今度こそ、解散となる。

 遠のいていく赤を見送って、瑠依とも別れる。頭上のアトは、いつの間にか消えていた。

 銀鈴の声に引き止められる。


「どうしたの?」

「気になることがある」


 藍の瞳は夜空の彼方を見つめている。それは、莉彩の去った方向だった。

 赤はもう、目に映らない。


「たぶん彼女、アトが見えてない」

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