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スター・マイン・プロローグ

 星のない空は透き通った青空で、朗らかな日差しが朝露を照らしていた。

 秋めいた陽気が心をときほぐして、思わず遥はぐっと背筋を伸ばしていた。

 眠気が残って重たい体に、血が巡っていくのを感じる。


「ぅ……あぁ、いい天気」


 人気のまばらな住宅街の一角にて。

 制服姿の遥は、そうして朝を迎えていた。


「おはよう」


 少女の傍に立つ電柱の影から、透明な猫が鼻先をのぞかせる。


「アト、なんだか久しぶり」

「ボクはずっと見てたけどね」

「いやらしい言い方ね……」


 遥は視線を前に向けたまま、口のなかで転がすように喋る。自宅付近で不審者扱いは避けたかった。


「ま、いいわ。ねえアト、おとぎ話をしよっか」

「急にどうしたんだい?」

「どうせ聞いてたんでしょ、わたしと皆森さんとの会話。アトについての話も」

「おもしろい考察だと思ったよ」

「けど、希望に欠けてると思わない?」

「事実をゆがめることは賢明と言えないよ」

「それが答えとは限らないでしょ? そして、答案に丸をつけられる人もいない。だったら答えはいくつあってもいいし、好きな姿にアトはなれるんだよ」

「きみの言う心というものが、ボクにも当てはまると?」

「わたしはそう信じてるよ」

「なら聞かせてよ、遥の答えを」

「あなたは、かつて世界を包んだ災いを閉じ込めた希望……その状態がかたちをとった、箱と言うべき存在だ」

「なぜそうであると?」

「魔法少女が『失貌』したら、〈失望〉になるから。希望の中身はからっぽ……それってアトみたいじゃない?」

「中身の災いはどこに行ったの?」

「とっくに意味を失っている。希望という意味は、そう贈られた。だから希望が失われて生まれるのは、からっぽの〈失望〉なんだ」

「きみがそう言うのか」

「わたしが言うわ。希望を灯す〈星〉の魔法少女が言うの。希望は、それだけじゃ失われるばかり。中身をそれぞれが入れて――信じることで、あなただけの星になるんだ」

「ボクがそんな夢と希望にあふれた存在であると?」

「だってアトが魔法を贈ってくれたじゃない。その中身である夢と希望がわたしたちのものであっても、入れ物がなきゃバラバラのままだ」

「その入れ物がボクであると」

「だから、アトの正体は魔法だよ」

「順番がめちゃくちゃだとは思わないかい?」

「矛盾も順番も関係ないよ。魔法は、そういうものだから」

「言うようになったじゃねえか」


 アトと違う声がした。

 鮮烈でありながら静やかな赤色の声音。


「悪いな、朝から」


 秋の風にやけに馴染んだ赤色の髪をなびかせた莉彩が、そこにはいた。

 やぱり飛び散った絵具が模様を作るシャツに、ふとももまで露わになったショートパンツが季節違いの眩しさを放っている。


「いいよ。色々とお礼を言わなきゃいけないのは、こっちだし」


 目が覚めたら自室のベッドの上だった、だけでなく。

 世界は平穏であった。瑠依の巻き起こした≪魔女の夜≫の影響などどこ吹く風。

 ニュースを読んでも、ネットの記事を漁っても。

 まるで世界が、≪魔女の夜≫なんてなかったと錯覚しているかのように。


「失望なんて美しくないこと、世界は知らなくていいからな」

「莉彩は変わらないね」

「変わらねえよ、だれも彼も。変わったって思うなら、てめえの見方が変わっただけだ」


 赤い髪をかき上げて、莉彩は何かを思い返すようにまぶたを閉じた。


「オーナーさんに会ってきたよ」

「元気してた?」

「ああ。……夢が終わっても、人は生きていけるんだな」


 そう言う彼女の横顔に、遥は色を見失った。


「ねえ、莉彩」


 あれだけ鮮烈な赤色が、今にも消えそうに見えて、思わず言葉をこぼす。


「今度さ、お化粧を教えてほしいんだ」


 莉彩が目を見開いた。赤い瞳が、怪訝そうに遥を射貫く。


「あ? 別に構わねえけどよ。どういった風の吹き回しだ」

「ちゃんと言葉を届けられるようになりたいんだ」

「化粧は、美辞麗句を並べるための仮面じゃねえぞ」

「わかってる。けど、星は綺麗に輝くんだ。綺麗だから、ほかのどんな光にも負けずに見つけてもらえる。伝わらなくても、届ける努力はしたい」

「綺麗、か……」


 赤い色がわずかに、色彩を取り戻すように見えた。


「わかったよ。時間を合わせて見てやる」

「ありがとう」

「まあ、なんやかんやおまえのことは気に入ってるからな」


 そう言って、莉彩は笑った。目が細まって美貌が崩れるけれど、遥はその表情が好きだった。

 だから、伝えようと思った。


「莉彩は綺麗だね」

「知ってるよ」


 自然と胸を張ってそう答える姿を、遥は美しいと感じた。


「それでアトはまた遥にちょっかいかけてるのか」


 置いてきぼりになりがちな猫に目を向ける。

 今回は勝手に消えたりせずに悠然と尻尾を振っていた。


「期待の新人だ。目をかけるのは当然だろう」

「にゃーだってよ。猫の真似事もついに極まってきたな」


 莉彩はまともに聞く気がないようだった。


「まあ、元気そうで何よりだ。あたしは行くよ」

「そろそろ瑠依が来ると思うけど」

「じゃあなおさらだな」

「莉彩は瑠依のやったこと、どう思ってる?」

「なんとも。美しくなかったから敵対しただけで、正しいか正しくないかなんてあたしは興味ないしな」


 ひらひら手を振って背中を見せる。


「じゃあな学生さん。勉学に勤しみな」

「莉彩は学校行かないの?」

「卒業してるよ、もう」

「敬語使うべきだったんだ」

「柄じゃねえよ」


 そうして見失うことのない赤色を見送った。

 そして別の道に、新しい色を見つける。


「はるか」


 遠目からでも見まがうことなき銀色の髪に、遥は手を振った。


「おはよう、瑠依」

「おはよう。待った?」

「ううん。今来たところ」


 アトが陰に潜っていくように消えるのを、遥は目に捉えた。

 瑠依が来るまでの時間つぶしを手伝ってくれてたようだった。


「じゃあ行こうか」


 そう言って、ふたり並んで通学路を歩く――はずだった。


「どうしたの?」


 瑠依は二歩ほど遅れて歩き出していた。

 その挙動がどうにも気になって、遥は振り返った。

 瑠依は無表情のまま、どこか言葉を選ぶように、小さくつぶやいた。


「て」

「手? 怪我でもしたの?」

「違う。……その、手を……にぎりたい」


 予想だにしない言葉に、遥は眉を寄せた。


「また、なんで?」

「はるか、生きてるかなって」

「なんじゃそら」


 気の抜ける返答に、思わず笑みがまろび出る。


「いいよ。手、にぎろっか」


 そうして差し出した手を、瑠依はおずおずと、ひびの入った陶器でも扱うように取った。


「あったかい」

「生きてるでしょ」

「安心した」


 表情は変わらない。

 彼女が手を一段と強く握りしめた理由を、遥は予想できた。

 混じり合う体温から、言葉以上に伝わるものがある気がした。

 それでも、遥は手を握る力を強めることはなかった。

 ブレザーの裾と裾とがふれ合う。それがふたりの現在位置。

 けれど、目に見える距離よりも、ふたりの間には溝が存在していた。

 しかして、傍からはやはり目に見えるものがすべてで。

 奇異の視線や黄色い声を浴びながら、校舎にたどり着いた。


「手、もうだいじょうぶ?」

「ありがとう」


 靴を履き変えるために繋がりをほどく。

 自分とは違う体温が、手に残り続けた。

 下駄箱を開けようと身をかがめた遥の視界に、いつぞやの下級生の姿が映り込んだ。

 視線は交わらない。

 健やかに友達と話し合う姿に、遥はひとり胸を撫でおろした。

 履物を変えて、先に用を済ませた瑠依と合流する。


「おまたせ」

「いいことがあった?」


 遥のわずかに上がった口角を、藍の目は見落とさなかった。


「そうだね。あたりまえのことが、あたりまえのように続いていったら嬉しいよね」

「はるかが言うなら、そうなのかもしれない」


 並んで歩く。手は繋がない。

 廊下は人でごった返していた。少し登校時間を遅らせるだけでこんなにも人が集まるものか、と遥は目を丸くした。

 暑苦しさはない。昇降口から吹き込む秋の風が、人の隙間を自由に渡っていた。

 様々な音が耳に入る。

 それらを聞き分けることはできない。

 声が、足音が、息遣いが。

 どれも異なっていて、同じものがない。

 重なることなく、それぞれの波を刻んでいる。

 ひとりひとりが音を持っていた。


「星が歌うなら……」


 遥のつぶやきは、喧騒に飲まれるほど小さなもので、瑠依にも届きはしなかった。

 階段をのぼって教室に入る。

 いつもは遥より遅れて登校してくるクラスメイトも、当然ながら顔を揃えている。

 増えたり、減ったりなどしていない。

 いつもの顔ぶれだ。

 彼らの視線が、ふたりに向いた。


「え」


 遥の顔に困惑が浮かぶ。

 瑠依だけならいざ知らず、その目線はたしかに彼女も捉えていた。

 遥の混乱をよそにクラスメイトは各々の席から立ち上がった。

 空閑さん、皆森さん、と。


「だいじょうぶなの!?」


 それは、ふたりを慮る言葉だった。

 話を追うに、遥が保健室で寝込んでいた話はもちろんのこと、瑠依の失踪は早退として認識されていた。

 それだけならまだしも、ふたりは未だ奏を探している、と思われている。

 その心労がたたったのでは、と言外に聞こえてきた。

 誤解を解こうにもまさか魔法少女のことを口走るわけにはいかなくて。

 迂遠な言葉は、すべて遠慮と解釈されてなかなか伝わらない。

 望む望まないにかかわらず出来上がったふたりを中心とした輪は、担任の教師が来るまで崩れることはなかった。

 ホームルームが始まって、どうにか解放された遥は、気疲れ混じりの息を吐いた。

 隣の席の瑠依からは、疲労の色が感じられなかった。


「いい人たち」


 前の席まで聞こえないように絞られた声に、含みはなかった。


「わたしも、ここまでだとは知らなかったよ」

「そうなの?」

「奏とばかり見てたから」



 ☆ ☆ ☆ ☆



 そうして日々は過ぎていく。

 平穏が続いていく。

 茜色の空にチャイムの音が響いた。

 帰りのホームルームが終わり、朝の繰り返しのようなクラスメイトの心配を受け止め切った遥は、「ん」と背伸びをした。教室にはふたり以外、だれもいない。


「終わったー」


 平和な日常が尊いものと知っても、疲れるものは疲れる。

 それは、隣で突っ伏している瑠依を見れば明らかだった。


「高校生ってたいへん……」

「今まではどうしてたの?」


 呆れ交じりに遥は問いかけた。


「あんまり行ってなかった。魔法少女の活動が大事だった。テストでいい点数さえとれば問題ないってかなでが言っていた」


 極論のようにも感じるが、同じ二学年ということはそういうことだ。


「奏は、このまま見つからないんだろうね」

「もういない」

「それを知ってるのは、わたしたちだけだ。瑠依は、奏の家族に会ったことある?」

「知らない。家族の話は聞かなかったし、聞いてもよくわからない」

「わたしもなんだよね」


 捜索願が出されているとは聞いた。

 遺体が見つからないまま、時間だけが過ぎていく。

 真実が伝わるほうがいいのか、知らないままで生きているのほうがいいのか。そんなことが、遥の思考に浮かび上がる。


「奏の死を教えたところで、だれも救われないんだろうね」

「受け入れる、と聞いた」


 それは、インナーカラーの彼女から聞いた言葉だった。


「そうだね。そう信じるしか、ないよね」


 窓枠に仕切られた空を見る。夕方の空に星は見えない。

 それでも、


「ねえ、瑠依。屋上に行かない?」

「かまわない。けど」


 瑠依は廊下の先に目線をやった。


「先約がある」


 だれもいない。だから、その先に目的地があるのだろう。


「わかった。待ってるね」

「すぐ終わる」


 銀色の髪が揺れるのを見送って、遥は席を立った。

 鞄を背負って、怪しまれないように堂々と屋上への道を進む。

 幸いにだれの目に不審がられることはなく、扉の前にたどり着いた。

 ドアノブにふれると、わずかにお日さまの暖かさを蓄えている。

 鍵は持ち合わせていない。時間が経つのを待つ。

 それは日が落ちるほど長くなく。

 階下から、ひそやかな呼吸音がひとつ。

 階段をのぼる瑠依に、遥は言葉を落とした。


「用事、終わったの?」

「名前を聞いた」


 それで、だれに会っていたのか理解する。それが彼女にとってどのような意味をもつのか、想像するほかない。

 それでも、他を拒む銀色の世界に響くものがあればいいと思う。

 隣に並ぶ瑠依が魔法で錠を開いた。

 日ごろ使われない扉は、けれど軋むことなく開いて。

 目の前に広がるのは、いつかの夏の光景――、


「夕焼け、綺麗だね」


 残暑は遠く。

 ふたりの瞳を、沈む夕日が出迎えた。

 屋上には、何もない。

 夏の痕跡も、秋の証明も、落ちてはいなかった。

 だから、ふたりは空を見上げる。


「星はどこにある?」

「まだ少し時間が早いかもね」

「はるかは、失くならないって言った」

「星はあるよ、変わらず歌っている。ただ、ここにいるわたしたちからは、見えにくいだけで」

「本当に?」

「たとえばさ、ほら」


 遥は、空を指差した。その先には、ただただ茜色の風景が広がっている。


「そこに星はあるよ」

「どこにある」

「信じてみようよ。弱々しくて、見つけようとしなきゃ見つからない、今はまだ名前のない星が、そこにはあるって」

「詭弁だ」

「けど、生きているんだ」


 そうして遥は、瑠依の手首に手を重ねた。


「まだ小さくても、輝いているってわたしは知ってる。瑠依が生きてるって知ってるよ」


 どくん、と脈打つのを感じる。


「世界は広いからさ。まずはここをわたしたちの居場所にしていこう」

「……どうして」


 ぽつり、と瑠依は言った。


「どうしてはるかは、瑠依にそんな言葉をかけてくれる?」

「わたしが皆森さんことを応援したいからだよ」

「それじゃあ、かなでを見ていたときといっしょ。はるかの言葉は、目に映る人にしか届かない」

「顔も知らないだれかの願いまで応援したいよ。けどさ、ひとりひとりを知らないで、みんななんてくくって、言葉が届くとは思えなかったんだ」


 人それぞれ違う音を持っている。違う歌を歌っている。

 だから、みんなに伝わる言葉は、存在しない。

 それを理解してなお、遥は届けることを諦めたくなかった。


「言葉だけじゃ感情には追いつけない。心が感じているものに間に合わない。けれど言葉は、時間も距離も超えることができる」


 だから、と遥は続けた。


「ここに言葉を残すんだ。そうしていつか、わたしや瑠依を見た人に、言葉が届くって信じて」

「……とんだ希望論」

「だってわたしは『星』の魔法少女だもん」

「じゃあ、やくそくして。瑠依と一緒に生きていくって」

「うん。ここからわたしたちを始めていこう」


 少女たちの夢は未完成。

 これから変わっていける。

 空を染めていく夜のように不明瞭な未来はきっと。

 ふたりの頭上、月の光に紛れて。

 輝く小さな星が、照らしていた。

Starmine Stories “wish upon a hope END”

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