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スターマイン・エンドロール

 目を開くと、空に花が咲いていた。

 空気を震わす音に全身が痺れる。色とりどりの大輪の連続が暗闇を彩っては、溶けるように消えていく。

 空を眺めていた。夜を見上げていた。

 いつからこうしていたのだろう。

 じうじうと背中が蒸し焼きにされる感覚がある。夜にもかかわらず一向に落ちない気温にアスファルトが熱を抱えていた。

 このまま溶けて消えてしまえればいい。そんなことを思う。

 水よりも透き通ったからっぽなこの心なら、校舎も地面も通り抜けて、地球の裏側からも落っこちて、重力なんて知らずにどこまでも行けるはずだから。


『花が咲くように飛ぶんだよ』


 そう語った口で、彼女は言うのだ。

 柵の上に浮かんでいる。

 身を包むコスチュームは、魔法少女の専用衣装。紫の花咲くように膨らんだスカートが印象的だ。

 黒い髪が風になびく。怜悧な容貌だった。切れるような眼差しは、あらゆる色彩を失ったように濁っている。

 なのに、笑っていた。

 口の端が、緩く上がっている。

 花火の咲き誇る音に混じって、薄い唇が声を作った。

 線香花火の、末期の輝きのように。


「ねえ、こっちに来てよ、遥」


 その言葉は、しゃぼん玉のようにふわふわと(ただよ)って、鼻先でぱちんとはじけて消えた。

 その衝撃で意識が覚める。

 今にも消え入りそうな少女の言葉に応えるべく、起き上がる。

 上体を起こして、立ち上がって、手を伸ばして――それでも、届かない。

 空は飛べない。

 走る。それしかできないから。それしか知らないから。

 柵の網目に手足をかけて、よじ登る。身にまとう純白の衣装の華やかさに決して似合わない姿だってわかっている。

 でも、憧れたんじゃない。

 知りたかった。

 彼女が見ている世界を、少しでもわかりたかった。

 魔法少女の可憐な姿に憧れたのではなくて、天音(あまね)(かなで)がその瞳に映す世界の色をわかりたかった。

 それでも。

 ふわりと、奏が重力に身を捧げる。

 平行線上に彼女の姿を見る。

 有刺鉄線が手に噛みつくのも恐れず身を持ち上げる。

 蹴り上げて、宙に身を投げた。


「奏っ!」


 手を伸ばす。勢いのぶんだけわずかに近づけている。

 彼女が留まって手を伸ばしてくれれば、昨日と同じ明日が、きっと。

 でも、わかってしまう。

 全然理解できていないのに、だからこそ、彼女がそうするのだとわかった。

 天音奏はそんな選択をする少女だと、わかっていた。

 そして。

 声が重なる。



「手を伸ばしてくれないんだね」

「一緒に落ちてくれないんだね」



 奏の笑みが、黒く染まる。その容貌が、花火の持つ光すら無に貶めてしまうほどの空虚(まっくろ)に塗り替えられる。

 視界が白んでいく。

 すべては夏の夜の夢であるように、意識が途絶する。あるいは白昼夢のなかに飲み込まれる。

 夢なんて知らないくせに――だからこそまぎれもない現実で、逃避でしかない。

 一緒に観た映画のようなふたり並んでの逃避行ではなくて、ひとりぼっちの追想だ。

 それでも結末はきっと同じだと、そんな予感がある。

 逃げた先にあるのは行き止まりで、どこにも行けはしない。

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