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短編

どこまでも、二人で

作者: 猫宮蒼



 メルセタ王国は、小さな国である。

 元は大国の中の領地の一つであったのが、その土地を治める貴族が独立を宣言し国になったものの一つだ。


 ……かつて大国だった国は、まぁ色々と王家がやらかした事で貴族たちから愛想を尽かされ、結果として独立する貴族たちが大勢現れ、最終的に崩壊した。

 国内の貴族のほとんどすべてに愛想を尽かされるというのも中々にない状況である。


 そうして独立した後、周辺の土地を侵略し領土を増やし、というのが各地で行われ気付けば当時の面影はなく、小国が乱立する土地へと変貌したのである。



 独立直後はマシだったのかもしれないが、その後は周辺の相手と戦続きであったが故に、気付けば治安も大分酷い事になっていた。そもそも大勢の貴族が離反したのなら、適当な次の御輿を決めた上で王家を簒奪した方が余程早かったと思うのだが、そうはならなかったのだ。そりゃ荒れもする。


 争っていたのは貴族たちで、自らを新たな王だと名乗り、そしてそこに元は領地だった地に住まう平民たちも巻き込まれ。民が逃げ出そうにも、大国の領地のどれもが離反しどこもかしこも争っている。

 大国だった地から逃げ出すには容易ではないし、結果として戦って安息を勝ち取るしかない、となったのも無理からぬ事であった。


 血に染まる大地。

 かつて、大国とされていたその地は周辺の国から蛮族の地と蔑まれるようになってしまった。


 さて、そこから更に月日が流れ、争いはどうにか落ち着きをみせるようになってきた。

 といっても、いくつかの領地が他の領地に吸収され、それなりに国がまとまってきただけ、という話でしかないのだが。


 大国時代に多数あった領地はしかし今ではある程度数えるだけの名を残し、そしてそれらは現在小国として存在している。


 メルセタ王国は、そんな中の一つであった。



 さて、未だに周辺国家からは蛮族どもの住まう地扱いされているメルセタ王国ではあるけれど。

 国内はそれなりに平穏であった。表向きは。



 生き死にがかかっていた時代の名残か、この国では強者こそ正義みたいな扱いもあり、実力を持つのなら身分問わず出世できるとされている。

 かつてこの国がまだ一つの領地だった頃、それを治めていた貴族の血などとうに失せている。

 尊き血などありはしないとすら言われているくらいだ。

 血筋がどうのこうのと言えた義理もない。


 故に、周辺の国からこの国へ嫁入り、はたまた婿入りしようという貴族は滅多にいなかった。

 ある程度尊き血筋であるとわかっている家に来るならともかく、遡れば平民が祖という家もかなり多い。

 そんなところに他国の貴族がわざわざ嫁いでこようとはならないのは、まぁある意味で当然でもあった。


 そこにこだわらないのは、家を継げる立場にない次子以降の者たちであるけれど。

 仮に嫁・婿としてやって来たとして、そこでの生活が約束されているかとなればそうでもない。

 何らかの才も持たぬ者が下手に地位をもったところで、あっという間に食い物にされて人生が終わる。


 それでも、そういった一部から他国とはいえ尊き血を受けて続く家もあった。


 まさしく戦乱としか言いようのない時代から、ようやく多少は国として体裁が整ってきた……と呼べるようになるまで実に長い年月がかかったのは言うまでもない。



 そんなメルセタ王国で、とある姉妹が向かい合っていた。


 花咲き誇る庭園のガゼボにて、作法など知らんとばかりに雑に淹れられた茶を飲みつつ、表面上はお互いにこにことしているが、姉妹はお互いに理解していた。


 あ、こいつ相当キレてんな……と。


「マジ無理」


 最初に口火を切ったのは、姉の方であった。


「同感。ホント無理」


 そして妹もまたそれに便乗した。


 そして同時にカップを持って口へ運び、すっかり温くなった茶を一気に飲み干す。

 酒でもかっくらってんのかってくらいの勢いだった。


「どうする? 私そろそろ限界すぎて殺人おこしそうになってるんだけど」

「えっ、姉さまも? 奇遇ね私もよ」


 とても物騒な気の合い方である。


 二人はこの国で一応貴族という立場である。

 他国に見下されない程度には体裁を整えてそれっぽく振舞えるけれど、中身はそうでもない。

 実際姉の方はむかつく事でも思い出したのか唐突に舌打ちかましたし、妹も作法とか知らねぇよとばかりにテーブルに頬杖をついた。


 場所が場所なら完全に居酒屋で上司の愚痴を言い合うキャリアウーマンみたいな風格すら漂っている。


「てかさ、父さんも父さんなんだけど。なんなのあのバカ、パワーゲームに参戦するのは勝手だけど戦況ってもんをご存じない?」

「言ってやるなよ姉御、あいつの頭ん中にあるのは虚栄だけさ……」


 ふっ、とニヒルに笑みを浮かべる妹に、姉はそれ何キャラ? と問うた。


「はー、母さんが生きてたらなぁ……少なくともこんなバカみたいな事にはなってなかったはずなのに。死ぬならいっそ父さんも道連れにしてくれれば良かったのよ」

「聞く人が聞いたらやべぇ事言ってるぞ姉貴」


 正直、見た目だけなら可憐で儚げな姉妹だが、その口から出る内容はこれっぽっちも可憐さがない。

 むしろ口調だけなら娘ではなく息子と言われても納得がいく感じですらある。


 この二人、姉はマリーナ、妹はアーシアという。


 二人はこの国の侯爵家の生まれではあるのだが、お互い身分とか知ったこっちゃねぇやと言わんばかりである。

 そもそも、一応それなりの体裁を保つ程度の教育は受けているけれど、しかし貴族として生まれたからこそその義務を果たせと言われたところで、じゃあ貴族の義務って何よ? というくらい貴族としての矜持とかそんなものがない。


 大体一昔程度前までそこらとドンパチやりあってたようなところだ。


 やれ茶会だの夜会だのといったパーティーで着飾って水面下で精神的な争いを繰り広げるどころか、物理的に戦闘してたようなところなのだ。

 この姉妹が直接戦場で戦った事はないけれど、それでもダンスを覚えるより武術を覚えるのが当然であったくらいなのだ。護身術どころではなくガッツリと敵と戦うための技を学んでるあたり、そりゃあ外の国から蛮族どもの国と言われてもやむなしといったところである。



 さて、そんな二人ではあるけれど。

 お互いに婚約者がいる。


 それだけなら別に何も問題はなさそうだが、しかし大問題だ。

 相手はよりにもよってこの国の王子なのだから。


 王子、といっても将来的に国を継ぐ王太子ではない。

 側妃が産んだ第四と第五王子だ。

 そもそも姉妹そろってなんで王家の人間と結婚してるんだよ、一人でいいだろどっちか一人で、と思う事だろう。


 というかそもそもそんなに王子産んでんじゃねぇよと姉妹は思っていた。

 正妃が産んだ第一王子が次期国王なのが確定していて、今更その王子を暗殺して側妃が産んだ第二王子以下を次の王に、とかやるにしても第一王子が優秀過ぎてそれが難しい状況なのだ。


 じゃあなんで側妃にポンポン産ませてんだよってなるとそこは王が悪い。

 女好きで有名だったのである。正妃の事を愛してはいるけれど、それはそれとして他の女も欲しいとかいうどうしようもねぇ野郎であった。

 現時点で側妃は三人いる。

 正妃に子が中々できない、とかで迎え入れるなら話はわかるが、普通に王子と王女が生まれてるのに側妃を三人もよくもまぁ……となったのだ。


 正妃からして側妃の存在メリットある? と思われそうだが、側妃となる以上子を産むだけではなくしっかり働け、との事らしく、王家は平民たちから見るととても煌びやかな世界のようだが、ある程度内情を知っている者が見れば単なるブラック企業である。


 そして現在も周囲の国から蛮族国家みたいな認識が薄れていない事もあって、王族の結婚先が中々見つからないのだ。

 国内の貴族同士で結びついて地盤固めに、とか他の国ならありかもしれないが、正直この国においてそれはあまり意味がない。

 使えなかったら容赦なく切り捨てられるからだ。

 だが生きている王族をそのまま野放しにできるはずもなく、であれば有効活用するしかないとなるわけで。


 第一王子が将来国王になる頃、そのほかの王子たちは臣籍降下する形で国を支えるしかないのだ。

 で、そのお相手によりにもよってこの姉妹は選ばれてしまったのである。


 兄が二人いるからこそ、家の跡を継ぐだとかの考えはしなくてもいい。

 けれどだからって、なんでどっちも王子に嫁がにゃならんのか、というのも嘘偽りのない気持ちであった。


 それというのも、父が権力に目がないタイプだからなのだが。


 単純に娘が王家の人間と結婚すれば、まぁそれなりに繋がりができる。

 どのみち家は王家に仕える貴族の一つなのだから、娘が結婚しようとしまいとそこは変わりがない。

 だが、王族と結婚したならばより一層仕えて励む事になるし、子が生まれたなら将来的にいつか自分たちの子孫が王になる可能性だってゼロではない。


 直系が無能であるならば、そのうち継承権を持ついつかの子孫が王になる可能性は確かにあるかもしれないが、気の長い話である。

 けれども、もしかしたら……という野望と。

 あとは王家と縁付いた時のメリットと。

 その他諸々を考えて父は軽率に王子二人の嫁にと娘を差し出したのである。



 これで、まぁそこそこ優秀なお相手であれば姉妹とて文句は言わなかった。

 どうせ最終的に爵位をもらって臣籍降下するのは明らかだけれども、姉妹の結婚相手となる王子はそこまで優秀ですらなかった。となると、優秀な部下がいるか、はたまた妻がどうにかして支えていかなければならない。小さかろうとも領地をもらって、となれば上が無能だと困るのはそこに住む領民である。

 かつては大国の中の領地の一つだったとはいえど、その後の争いで他の領地だった小国の土地もいくつか得ているので、小国といっても領地はちゃんとあるのである。



 で、姉妹はそんなあまり役に立たなさそうな王子の婚約者となってしまったわけなのだが。


 お相手がまだ謙虚さとか現実を見据えてくれていればまだ歩み寄れた。

 だがしかし、王族ゆえのプライドの高さか、はたまた単純に脳みその作りが姉妹たちとはどっか違うのか、典型的な仕事はできないくせに人様のやることなす事に口出しして文句だけは人一倍、というタイプだったのだ。

 これがまだ、自分はまだ未熟者ですので支えて下さると助かります、とか言えるくらいには可愛げがあれば姉妹だって大丈夫よ、これから一緒に頑張っていきましょうね、とか言えたかもしれない。

 けれども、この俺の妻となるのだ。みっともない真似は晒すなよ。と超絶ウエメセで言われてみろ。


 姉妹はどちらもその瞬間、

「えっ、こいつと歩み寄るとか無理なんですけど」

 と思ったのだ。


 同じ上から目線で言われるにしても、相手の方が実力も才能も人間的なスペックがとにかく上であるのなら、まぁわからないでもないのだ。

 この俺についてこれるよう努力しろよ、とかそういう意味なら成程確かに頑張らなくては……! となったかもしれない。


 けれども、王族に生まれただけのロクに優秀でもないと評判の使えるかどうかも微妙極まりない人間に言われてみろ。

 お前がまず頑張れよとなるのも仕方のない話である。


 大体、一介の貴族令嬢より使えない王子って時点でさぁ……となるのも仕方がないのだ。


 お前らの尻拭い要員として選ばれたこっちはとても不服なんだが~~~~!? となるのもどうしようもなく仕方のない話だったのである。


 それでなくともこの国、男尊女卑の傾向にある。

 実力主義を謳いながらもしかし女性で優秀な人材は見下される傾向にある。

 自分が男でありまた王族であるというだけで、それ以外はちょっと……みたいな相手に自分が見下されるとか、姉妹からすると業腹ものだった。


 大体使えないし使い道も微妙すぎるからいい年齢になってもお前らに結婚相手が中々決まらなかったんでしょうが、とも言いたかった。


 国のために働け、となるところまでは姉妹だって納得するが、では仕事をするにあたって余計かついらないものを処分しましょう、となったとしても、初手結婚相手の処分は流石に問題しかない。

 あいつが一番いらねぇんだよな~~~~!! となっても仮にも王族を殺すのは問題しかないのだ。


 マリーナにとってもアーシアにとっても、この婚約は最初からストレスフルでしかなかった。

 どうせ使い物にならないだろうから、で最初から姉妹に将来の仕事の引継ぎだとか仕事のやり方を教わる流れになっているのも納得がいかない。

 最初から使えないってわかってるんじゃん、なんでそんなゴミ生かしてんの? となるのだ。


 そこはせめて無駄とわかっていてもせめて夫になる相手にも教えろよととても言いたい。


 高貴なゴミと結婚することが決められてしまった姉妹にとって、この先の人生はお先真っ暗であった。

 喜んでるのは厄介払いができる王家と、王家と縁付く事ができた父くらいなものだ。

 そのくせ、いい縁が結ばれましたね、みたいに言ってくる周囲の無責任さよ。他人事だからいえるのだ。自分がそうなったら絶対言えないセリフである。


 一応、それでも。


 姉妹も貴族である。

 貴族だという自覚の有無はさておき、貴族として生まれてそれなりの恩恵を与えられて生きてきたのだ。そのくせ貴族としての義務は果たしたくない、と言うのは、自分たちまであのくそごみ野郎と同じになってしまいかねない。だからこそ、一応我慢して最初はどうにかあの夫になるゴミをうまい事手のひらの上で転がせないだろうかとも考えたし努力もした。



 無理だった。



 もうね、下手に価値観が固まってる人間に新たな考え方をインストールするのって、短時間じゃ無理なのだ。ちょっと考え方を誘導してみたところで、価値観が凝り固まった場所に戻ったらすぐに元通り。

 具体的には王子の親である側妃のところに行けばあっという間にこちらの教えた事などリセットされる。

 どうせ王にはなれぬとわかっているために、姉妹の婚約者である王子の母である側妃は王子を馬鹿みたいに甘やかした。結果バカみたいな、どころか馬鹿に育ってしまったのだが。


 幼少期の頃に姉妹が王子の人間性を矯正できていれば真人間になっていたかもしれないが、いい年齢になったぼくちゃんを姉妹がどうにかするのは無理があったのだ。

 いっそ姉妹しか関わる人間がいない土地にでも連れ去って、そこで洗脳する勢いで教育しないと多分無理。だがそんな事をやるだけの時間も場所も存在はしないのである。


 結果、日々姉妹は将来の夫になる人間と、それらを甘やかして良しとしている王家に対してコツコツと殺意を増幅させていったわけだ。


 こんな無能どもをのさばらせておくなよ第一王子、と思った事もあったけれど、第一王子視点で考えれば無能な義理の弟のところに優秀な女性が嫁にきて、無能な弟のかわりにバリバリ働いてくれるのだ。

 これが下手に他の男性のところに嫁ぐことになったのであれば。

 手元に残るのは使えない弟であるし、そいつらに割り振らなければならない仕事もそうである。


 妥協で結婚相手を選んだとして、優秀でもない相手であれば無能を無駄に抱え込む形になるので王家、第一王子からすればとりわけマイナスになる。

 他国に嫁ぐかもしれなかった可能性もある優秀な女性が二人も厄介者を引き受けてくれるのだから、あの家の忠誠心はしかと受け取ったぞ、とかそんなノリですらあるのかもしれない。

 それで得をするのはやはり姉妹の父だけである。


 忠誠を示すなら自分の力だけでやれ。子を犠牲にするんじゃない。と姉妹が言ったところで全くの無意味なのはとうの昔に証明されてしまっているので、姉妹としてももう何も言うまいとなってしまった。

 母が生きていたならば、父の事をうまい具合に操縦してくれたからこうはならなかったはずなのに。


 病気が発覚してからあっという間に亡くなってしまったのだ。

 自覚症状もほとんどなかったから、おかしいなと思って医者にかかった時には完全に手遅れであった。

 そして、そんな母が亡くなって悲しむ余裕もないうちに父はやらかしてくれたのだ。


 悲しむはずだった分も相手への怒りに変えて日々を過ごしてきたが、マリーナもアーシアも、いい加減限界だったのだ。



「もうさ、逃げちゃおっか」

 疲れ果てたかのように言ったのはマリーナである。


 考えてみれば、何故こうまで自分たちばかりが苦労しなければならないのか。

 使えない無能王子を支えるにしてもだ。

 妻がそうするべき、という決まりはない。側近とか部下とかそういう肩書の相手がいるだろう。


 大体、我が家には兄が二人いて、一人は家を継ぐけれどもう一人の兄はそうではない。

 それこそ、兄があの王子のどっちかの側近にでもなればいいんだ、とか思い始めていた。


 大体自分たちを犠牲にして、その上で自分はその立場は遠慮するとばかりに他人事貫くその態度が気に入らなかった。


「あー、冒険者とかいいですわね」


 現実逃避のようにアーシアもマリーナの発言を咎めたりせず、どころか乗っかった。


 この国に限った話ではないが、魔法を使える人間が一定数いるのは確かで。

 そして、他の国では王族や貴族の立場に生まれた者たちが特にそう、という傾向があった。

 それはこの国でもそうなのだ。まぁ、平民であろうともバンバン魔法を使える者もいるので、貴族だけ、とか王族限定、とかの特権ではないのだが。


 だがしかし、姉妹は自分たちが使える魔法についても婚約者である王子たちから馬鹿にされていたのだ。


 王子はどちらも、光属性の魔法が使えるらしかった。

 希少な属性だ。そこは流石王族、とおだてておくべきなのだろう。


 けれども姉妹の婚約者、どちらの王子も光属性の魔法が使えるといっても、精々指先にちょっと明かりをともすくらいしか使えないのだ。くっそ使えねぇ、と思うのは仕方のない事だった。しかも指先に光をともして、それが長時間持続するなら暗闇でもランタンいらずですね、とか言えたけれど一分明るくできればいい方、となればそれ、使い処一体どこなんです? という疑問しか出てこない。


 いや、考えれば使い道はあるのかもしれないよ?

 でも、王子が普段日常を送る上で使う場面ってありますか? となるのだ。


 これでどっかに誘拐されて、その場所が真っ暗で、とかならまぁ、使えるかもしれないがしかし一分しか明るくできないし、光量だって蝋燭の炎と同じ程度となれば、賊の目を眩ませるだとかにも使えない。


 それしかできないのに姉妹の使える魔法属性が一般的なものだからという理由で馬鹿にしてくるのも腹が立つ原因の一つだ。


 マリーナは土。アーシアは水の属性の魔法が使える。

 けれどもそれは一般的で、この国で魔法が使える平民たちですら普通に使う事ができる属性のもの。

 希少性なんて言葉からは遠いものだ。


 だが、魔力量や魔法の使い方を考えれば王子に馬鹿にされるいわれはないのだ。

 けれども、将来の夫になる予定の王子たちはこぞって姉妹を下に見る。


 もう妻と書いて奴隷と読む、とか言われてもおかしくはないくらいに。


 もうね、そろそろあいつの事ぶっ殺しそう、とかのたまっていたが、本当にいつそれを実行してもおかしくはないくらいに。


 姉妹の中の王子への思いは冷えてドロドロに固まってしまっていた。



「…………そうだよね、冒険者。いいかも。なろ」

「えっ」


 アーシアの言葉に、マリーナは数秒考えて結論を出したらしい。

「いやでも、それは流石に」

「そりゃね、逃げるとなれば問題しかないのはわかるよ? でもこのままだと私ら王子の事殺すじゃん?

 そうしないために出ていくんだよ。

 今まで貴族として受けた恩恵は、別の形で世界に還元してこ。冒険者になって、色んな人助ける形で」


 王子を助けるのは正直もう嫌すぎてどうしようもないくらいだが、しかし見知らぬ誰かが困っているのを助けると考えると、それはそれで有りな気がしてくる。

 少なくとも最初から困っていて、それを助けてもらったならば相手は助けてくれた事に感謝はしても、扱き下ろしてきたりはしないだろう。


 勿論中には助けてもらって当然と思う者もいるかもしれないし、なんでもっと早くに助けてくれなかったの、とこちらに責任転嫁してくる者もいるかもしれない。でも、全部が全部そうではないと思える。


 中にはきちんと感謝してありがとうと言ってくれる人もいるはずなのだ。真っ当な人間なら。


 これが王子だとそうもいかない。

 あいつらは助けてもらう事に関して当然だと思っているし、自分が思い描いたとおりに助けてくれないと文句を言う。感謝の言葉など出てきた事は一度もない。


 そんな人間を野放し状態にしている王家に対してもうんざりであった。

 何故、自分たちがそんなのの尻拭いをせねばならぬのか。

 貴族だから?

 生憎貴族は姉妹だけではない。他にもいる。けれども、他の貴族はそういった事をしていないではないか。


 自分よりも身分や立場が上で、状況を改善しようと思えばできる相手だっているはずなのに。

 国王は愛する側妃を甘やかしているし、その側妃が王子を甘やかしている。

 そこがちゃんとしていれば、少なくとも姉妹がこんな風に考える事はなかったのに。


 第一王子だってそう。


 将来王になるにあたって、姉妹の婚約者である王子二人がロクに使えない人物であるのはわかっているのだ。だからこそ、姉妹が割を食っている。

 だが、それでも。

 姉妹が使えるから、で放置しているのはどうなんだと言いたい。

 自分が苦労するわけじゃないからいっか、で流しているならいくら優秀だと言われていても姉妹からすればくそ使えねぇなぁ! となるのだ。


 現に、だからこそこうして不満がたまりにたまって、久々の休みにお互い愚痴を吐きあっていたのだから。


 将来の事に関する学習に関して、姉妹は一緒に学んでいるわけではなかった。城に呼ばれ、それぞれが別の教師について教わっていた。

 だからこそ、一人の時は逃げようなんて考えたりもしなかったのだ。

 だって、自分一人で逃げたら残された方はどうなる?

 姉を、妹を、お互いに苦しめたいわけではないので。


 だからこそ一人の時はそんな風に考える事もなかったけれど。


 だがこうして二人一緒になって、そうしてお互いの考えている事や思っている事を遠慮なく吐き出せば。


 なんというか、別に自分たちだけ犠牲になる必要なくない? となってしまったのだ。


 だってまず犠牲になるべき優先順位ってものがあるだろう、とも。


 そもそも王子が無能なお馬鹿に育ったのは何で? となれば、それは親が甘やかしたから。

 王位継承権があっても、第一王子が次期国王で決まっているし、第四・第五王子が王になるとなればその頃には恐らく国内が荒れて内乱が起きてるか、それとも他国からの侵略で上の王子が全員死んでるかだ。

 でも、優秀とか言われてる王子が死んだのなら、第四第五王子だって死んでてもおかしくはない。


 内乱で、彼らのうちどちらかが王になったとして。

 多分それに不満を持つ貴族が更に数年後に戦力整えてまた戦吹っ掛けると思うんだよなぁ、と姉妹は思う。


 では、他国からの侵略であった場合はと考えれば。


 王族そのものを残す必要がない。無能なら特に。

 お飾りで傀儡にできて丁度いい人材であれば生かされる可能性もあるけれど、無能とわかっている相手を下手に新たな御輿にされる可能性を考えたら。

 処分してしまった方が余計な争いの芽は刈り取れる。


 なのでまぁ、国内外での争いごとが発生した時点でこの二人の王子の生存は割と絶望的と考えてもいい。


 となると次は平和なままこの国が続くパターンを考えてみるわけだが。


 王になれないのがわかっているからといって甘やかしたのは誰だ、となれば王家である。

 一介の貴族令嬢が躾けのなってないぼくちゃんを新たに育て直す必要はどこにもない。

 けれどもその必要のない事を押し付けてくるのだ。おかしいだろう。


 ただでさえ尻拭いもいいとこな状況なのに余計な事ばかり増やされて、妻となる姉妹からすれば迷惑極まりない。

 姉妹の犠牲で父が自分の立場とかちょっとイイ感じに王家から目をかけてもらえると考えてほくほくしているが、姉妹には何の旨味もないのだ。これで自分たちにもメリットがあるなら、もうちょっと我慢して……となったかもしれないが。


 いかな高給取りな仕事に就けたといっても、給料全部身内に総取りされて自分の手元に一銭も残らないとなればやってられるかとなるのと同じようなものだろう。


 王家の人間もそれなりに苦労してその上で姉妹に迷惑をかけるが……みたいな態度であったならまだしも、そうではないのだ。

 そうして日々ストレスをマッハで溜めて、溜め続けて。


 久々に姉妹そろってのんびりできるというこの日に。


 それらは静かに爆発したのである。


 父はこの結婚、姉妹にとっても喜ぶべきものだと思っているかもしれないが、正直な話結婚相手がアレなら一生涯独身でいかず後家だの行き遅れだの言われる方がまだマシだ。お淑やかで控えめな女性であるなら耐え忍ぶという選択肢もあったかもしれないが、姉妹は母譲りのじゃじゃ馬さを持ち合わせていた。

 つまりは、ある程度は大人しくできるけれどそれがいつまでも続くと思ったら大間違いなのである。


 そしてそれが今日、この日であった。


 日々の疲れ、ストレス。周囲への不満。

 そういったものもあって、いっそ何もかも捨てて出奔する事こそが最適解だと思えてしまった。


 なに、どうせこのまま結婚したところで、いつか我慢の限界が訪れて夫となる王子を殺すか、自分がストレスで死ぬかの二択だ。

 それならお互いの命を大事にするという方法をとるのも良いのではないか。

 姉妹の中ではそんな風に大義とまではいかずとも名分が出来上がってしまったのである。


 そしてこの二人、行動力だけはやたらとあった。

 つまりは、思い立ったが吉日。善は急げ。


 そうはいってもいざ逃げると決めた所で、逃げ出したからとて簡単に見逃してくれるとは思えない。

 父からすればメンツを潰されたと思うだろうし、兄だって今後王家に睨まれる事になれば家が立ちいかないとなるだろう。であれば、大々的に逃げたと知られる前に連れ戻して、今度はそんな事ができないように、となるに違いない。


 王子だって、いくら自分たちを見下しているといっても、他に結婚相手になってくれる女性が見つからないのもまた事実。

 身分が低い家の令嬢に言い寄ったりしているのを見た事もあるけれど、そもそもあの二人の王子とはくっついたところで旨味がないと低位貴族のご令嬢たちもわかっている。

 それこそそれでも一緒になりたいと考えられるのは、そこに愛がある場合だ。


 だがしかしあの王子の人間性はお世辞にも良いと言えないので、恋に恋する夢見る令嬢であってもあの王子はないわ、となってしまう。


 それに、自分の代わりに働く手駒だ。

 姉妹に愛や情がなくとも、手放せば面倒な事になる、というそれくらいは理解しているだろう。

 勉強ができずとも、損得勘定ができないわけではないのだから。


 であれば、逃げたとバレてもすぐに追手がかからないようにするのが大事である。


「二人の力を合わせればいける」

 姉が力強く断言する。


「本当に?」

「えぇ、私と貴方の魔力を合わせて魔法を使えば、ね」


 自信たっぷりに言われてしまえば、妹としては姉を信じるしかない。

 というか、アーシアにとって世界で一番信用できる相手は姉だけだ。

 母が生きていたなら母もそこに含まれていたけれど。


 家族であっても自分の事など手駒にしか思っていない父や、政略の道具と見るかはたまた後を継げないからこそ自分にとっての脅威にもならないと思っている兄や、自分の実力で身を立てる事が可能である兄も。

 姉妹の事は家族と見ていてもそこに姉妹を尊重した愛情があったか、となるとまず無いと言える。

 そういうところばかり、貴族っぽさを出されてもな、と姉妹が何度思ったかは定かではない。


 だがしかし、そのおかげでよし逃げよう! と決めても罪悪感が一切なかったのは助かった。

 下手に家族が姉妹から見ても良い人で、見捨てていくのは……と後ろ髪引かれるようなものであったなら、こんな風に逃げようともならなかっただろうから。自分たちが我慢すれば、それでまるくおさまる、なんてバカみたいな自己犠牲を発揮するところだった。だがそんな事をする必要がないとわかっている。



 檻の中に閉じ込められた囚人みたいな気持ちだったのが、突然世界がパッと開けた気分だった。


 さも談笑を続けているかのように振舞ってガゼボから屋敷の中へ移動する。

 そうして金になりそうな私物をいくつか見繕って、そっと周囲にはバレないようにしまい込む。

 売るにしても足がつくような物は置いていく。


 取捨選択はあっという間だった。


 そうしてこれから気晴らしにちょっと買い物でもしてくるわ、なんて使用人たちに言付けて。


 使用人たちもまた父や兄にはへりくだるけれど、姉妹たちの事は最低限、みたいな扱いだったので見捨てる事になっても何一つ心は痛まなかった。今までどうでもいい扱いをしていた人間がいなくなったって、そもそもどうだっていいでしょう? としか思わない。それで困るなら、もっと前からきちんとした扱いをするべきだったのだから。


 屋敷を出て、店が立ち並ぶ区画へ行く。そこまではある程度目撃者も出るだろう。

 けれど、そこからは。


 まずアーシアが水の魔法でもって雨を降らせた。


 突然の雨。それも大雨だ。

 外を歩いていた人たちは大慌てで雨のあたらない場所に駆け込むか、どこかの店に入るか、急いで家路についた。水属性の魔法しか使えない、と馬鹿にしていた王子はきっとアーシアがここまでできるとは思ってもいないだろう。

 そんな大雨の中、アーシアは自分たちの周囲だけ濡れないように魔法をコントロールして、二人は濡れるのは仕方ないけれど急いで帰らなきゃ、なんて人の振りをして走り出した。実際は一切濡れていないのだが、それでも周囲の人たちはそこまで姉妹に意識を向けているわけではない。二人が雨の中を走っていても濡れていないなんて事にすら気付かないまま、どころかきっと気にもしていないだろう。


 そうして、その他大勢と同じように慌てて家に帰っていったかのように見せかけて。

 次にやって来たのは門の近くだ。


 王都を囲む壁。外から魔獣が侵入しないように、であったり賊の侵入を防ぐためであったり。

 出入りできる場所は限られているし、外から来る者は中に入る際兵士たちの確認が必要になる。


 誰が来て、誰が出ていったか、それらは常に記録される。


 だからこそ、もし逃げ出したとしてもその記録を照らし合わせれば逃げ出した事などすぐにばれる……わけなのだが。


 そういった出入口とは違う、ただの壁しかない場所にマリーナは手を添えた。

 そして魔法を発動する。

 するとぽっかりと穴が開いた。マリーナやアーシアが堂々と出入りできるくらいの穴だ。


 そこからするっと出れば、マリーナは再び魔法を発動させて壁を何事もなかったかのように塞いだ。


 土属性の魔法は地味、と言われているし精々道路整備にしか使い道がないとか言われているのだが、使い方次第では色々とできるのに。

 けれども王子はそんな事もわからないから、散々マリーナの事を馬鹿にしてくれた。

 ちょっと思い出したらムカッときたので囲む壁に更に魔力をのせて壁をとても頑丈にしておいた。脆くするなら暮らしている人たちが危険になるけれど、頑丈にしたのだからたとえバレたとしても罪にはならない。


 まぁ、これからやろうとしている事を考えたらそこら辺意味がないような気はするけれど。


 難なく外に出たならば、通り雨でしたよとばかりに魔法を解除して雨を止める。

 人目につかないようなルートを移動して、なんてことをしていたら時間がかかりすぎるので、マリーナは土の魔法を発動させてそこらの土でゴーレムを作った。

 とはいえ、巨人みたいなゴーレムを作れば下手に注目を集める可能性がある。

 なので馬に偽装したゴーレムである。

 ドレスの下に動きやすい服を着こんでいたので、ドレスを早々に脱ぎ去って馬ゴーレムに――乗る前に。


 マリーナとアーシアはじっとりとした目でもって王都を囲む壁を見上げた。

 まるで自分たちを閉じ込めていた檻のようだったな、と思う。


 第四、第五王子の世話係を強制的に言いつかったも同然であった二人の姉妹を気遣う者なんていなかった。

 厄介払いができて清々したとばかりだった。

 せめてもうちょっとこの国の女性の立場が尊重されていたならば、また違ったかもしれない。

 けれど、この国にとって姉妹は踏みにじったところでどうとも思われない程度の相手でしかなかった。貴族という地位があろうとも。


 もし、他に自分たちを気にかけてくれる相手がいたなら。


 こんなことをしようとは思わなかったかもしれない。

 せめてあともうちょっと頑張ってみようと思い直したかもしれない。


 けれども。


 第二王子と第三王子は姉妹と直接関わる事はなかったけれど。

 その婚約者になった令嬢たちには散々嫌味まで言われたのだ。

 自分たちがあの人たちの相手に選ばれなくて良かった、なんてあからさまな当て擦りまでされて。


 わたくしだったらとてもじゃないけど耐えられませんわ~、なんて露骨に語尾を伸ばして、そうしてくすくすと貧乏くじを強制的に押し付けられた姉妹を笑いものにしていた。


 あからさまな暴力を受けたわけではない。

 けれども、人生経験もそこまでない小娘に押し付けられるにはあまりにも重たい荷物だった。


 婚約者の王子がもっと年のいっている老人みたいな年齢だったなら、まぁ数年後に死ぬかもしれんし……というのを糧に残ったかもしれない。

 けれども、二つ三つ離れた程度の年齢でしかないのだ。

 それでそのうち寿命がくるだろう、で面倒を見続けるのは終わりが見えなさすぎる。

 そりゃあ先程ガゼボでそろそろあいつ殺しそう、とか言うだけの事はあった。


 周囲と比べて自分たちに課せられた重荷だけが馬鹿みたいにあるのだ。ただの令嬢にそこまでの忍耐力を求められても……という話である。一応頑張ってはみたけど、もう無理。

 ちなみに婚約を結ばされた時、父には流石にどうかと思うと抗議したけれど姉妹の意思など知ったこっちゃないとばかりだったので、最初の時点から頑張ろうと思うだけの気力がそもそもなかった。



 母が生きてた頃はまだマシだったけれど。

 死んだ後から今までの日々を思い返すと本当にろくでもないなとしか思えなくて。


「最後の仕掛けをしましょうか」

「そうね」


 ちょっとでも後悔するかも、とか今ならまだ引き返せる……とか、そういう何かが心に浮かんだのであれば、姉妹はまだもうちょっとだけ、と引き返したかもしれないが、困った事に今日からこれで自由だヒャッハァ!! という気持ちにしかなれなかったので。


 こんなくそったれな国捨ててやんよぉ! という気持ちであふれた結果。


 二人はそっと大地に手を当てて、この国に自分たちができる最後の魔法をかけたのである。


 そうして馬ゴーレムに乗って、姉妹は颯爽と駆けていった。



 ――その後の話をしよう。



 姉妹は国を抜け、他国へと無事に入った時点で適当な街の冒険者ギルドに身を寄せて、依頼に精を出す日々を送っていた。

 国を捨てたし、その結果一部に迷惑がかかったのは事実である。

 その償いがわり、と言っていいかは微妙だが、くそみてぇな連中ではない真っ当に生きてる人の困りごとを解決する事に二人はとてもやりがいを見出したのである。


 困っていた人たちの困りごとを解決した時の笑顔。

 ありがとうという言葉。

 報酬は少ないのだけれど……と申し訳なさそうに言われても、それでも精一杯の感謝を伝えようとしてくる人たちのその気持ちが。


 あの国で自分たちを見下していた連中には一切なかったものばかりである。


 せめて表向きだけでも感謝の言葉とか労いの言葉とか、あったならもうちょっとこう、上手い具合に転がされたかもしれないのに……それすらないとか。どれだけ下に見られていたのだという気持ちで一杯である。


 けれども心機一転新たな土地で頑張り始めた姉妹と関わる事になった人たちは、皆気持ちのいい連中ばかりだった。

 人を助けたら助けただけ皆も自分たちを受け入れてくれて。

 逆にちょっとまだ慣れない土地で自分たちが困っていたらそれを助けてくれる。

 まさに持ちつ持たれつ。


 女だからという理由だけで見下されたりしないし、使える魔法属性がありきたりだからとて馬鹿にされたりもしない。

 きちんとした人としての扱いってこういうものを言うのだなぁ……と姉妹はようやくまともな世界で生きていると実感できたのだ。

 それくらい故郷での生活がろくでもなかった。


 自分の事を見下して扱き下ろすためだけに近づいてくるような性格の悪い自称友人だってあの国にはいたけれど。でも今、ここにはそんな嫌な人もいないのだ。

 だからこそ、そんないい人たちが困っているのなら、自分たちがそれを助けられるのなら。

 そう思って姉妹は今日も今日とてせっせと人助けに精を出すのである。依頼達成するときちんと報酬も出るし。


 自分たちの事を利用するだけして搾取しようなんて人がいないだけで、なんて清々しいのだろう。

 あの国に居た時と違って、姉妹は常に晴れやかな気持ちと表情であった。



 さて、そんな、姉妹が捨ててきた国ではあるが。


 姉妹がいなくなった事で、第四王子と第五王子は勿論姉妹を捜そうと試みた。

 だって、婚約者に逃げられたなんて醜聞とてもじゃないが知られたら困るのだ。

 仮に婚約を白紙にしてなかった事にして醜聞回避したとしても、新しい結婚相手を選ばなければならない。けれども、目ぼしい令嬢はほとんどが既に相手を決めているし、そこに割り込めるだけの理由はない。

 王命でなんとか、と父王に泣きつくにしてもそんな事をすれば別の醜聞が広まるだけだ。


 であれば、いなくなった姉妹を見つけて自分たちに逆らわないようにするしかない。

 見つけ次第軽く痛めつけてやれば、次からは従順になるだろう。

 そんなどうしようもない考えでもって、二人の王子は自分たちが動かせる使用人に命じたのだ。あくまでも内密に。

 大々的に周知させれば己の恥となるので。


 とはいえ、自分たちが使える権限は多くない。

 だからこそ第一王子と父である王には頼み込んだのだ。なんとかして見つけてほしいと。


 第二王子と第三王子には、第一王子と国王に頼めば必要であれば手を貸してくれるだろうと思い話すら持ち掛けていない。

 別の側妃が母親である腹違いの兄ではあるけれど、側妃の子という点では同じ立場だ。

 正妃の子である第一王子と父が言えば、上二人の兄だって逆らえるはずがない。


 まぁ、婚約者に逃げられるって……と有り得ないよねそんな事、みたいに笑われたのは許せそうにないのだが。あいつらが戻ってきたらその分も折檻してやろうと決めて、王子たちはそれぞれが動かせる人員を用いてマリーナとアーシアの捜索に出たのだ。


 とはいえ、門の人間の出入りの記録を見る限りまだ王都から出てはいないのだから、すぐに見つかるだろうと思っていた。

 もっと希少な魔法属性が使えるのならその痕跡を、という方法も使えたが、土と水属性は使える人数がとても多い。それだけで痕跡を探せ、となるのは難しい話だった。


 だからこそ、地道に王都内で捜索していたのだ。


 家に帰ってはいない。どころか、街に買い物に行くと言ってそこから足取りがつかめなくなっている。

 あの日は確か、突然の大雨が降ってきたから……もしかしたらよからぬ事を企んだ輩にこれ幸いと誘拐された可能性もある。

 晴れているならともかく、雨が降れば人を探すのは難しくなる。犬に匂いをたどらせるにしても雨のせいで消えているだろうし、足跡を、というのも水で流れているだろう。

 他に手掛かりがあればいいが、それらしきものが何も見つからない。


 姉妹がとっくに外に出ているなんて知らない面々は、いもしない王都を捜索していたのだ。


 だが誘拐の可能性が出た事で、裏ルートみたいなものを用いて外に出た可能性も考えられるようになった。

 どこか、王都の本来の出入口以外の抜け穴みたいなものがあるのでは? と。

 もしかしたら王都を囲む壁のどこかに穴が開いているかもしれない、となって一度しっかりと検めようともなったのだ。


 けれども壁はどこもかしこもちゃんとしていて、これならば何も問題ないと言えるくらいに頑丈なままだ。

 兵士が買収されてこっそりと見逃された可能性まで考えられたけれど、それらしき人物は浮上もしなかった。


 なので再び王都内での捜索に力が入れられたものの。


 ある日、地盤沈下した。

 王都全体が、というわけではない。王都の一画、人通りのそう多くない場所だった。

 けれども、ぽっかりとした暗くて大きな穴が開いて。

 ともあれ危険である事に変わりはない。

 だからこそ、土属性の魔法が使える者たちでその穴を埋めようとなった。


 ところがだ。


 魔法を使った途端、地面は埋まるには埋まったけれど、まるで沼地の土みたいになってしまったのだ。

 一体何事だ、とたまたま近くにいた第四王子が叫んだが、原因はとんとわからず。

 姉妹が国を出た直後に施した魔法であるなど知る由もないので、現場は大混乱に陥った。

 何故ってじわじわと沈むのだ。

 その場に立っている人間も。建物も。

 建物は崩壊こそしなかったけれど、どうにか事態の収拾が済んだ時にはすっかり傾いてしまっていた。


 まるで地面が液体にでもなってしまったかのようだった、と後にその場にいた者は語る。


 第四王子も怪我はしなかったけれど、わけのわからない事態に早々に城に引っ込んだ。危険があるかもしれないのなら、自分が出るなどあり得ない。そう思って。


 第五王子も似たようなものだった。


 別の区画で姉妹らしき人物の足取りを追っていたものの、雨が降った途端に地面があっという間にぬかるんで、盛大に滑って転んだ。折角の服が泥だらけになった事でへそを曲げ、後は他の者に任せると言い彼も同じように城に引っ込んだのである。


 その後も、雨が降るたび地面があっというまにぬかるんだり、地面が液体みたいになったりして、土属性の魔法を使える者たちで必死に道路整備などをしたものの。

 結果はあまり芳しいともいえず、しかもとうとう城がある場所まで地面がどろっとなってお城までもが傾いてしまったのである。


 建物の基礎部分ごと傾いた結果、手を施そうにも魔法でやるには規模が大きく、また分割して手分けして行うにしてもそこまで繊細なコントロールをするのは難しい。

 そんな状況に陥って、最終的に王都はでっかい湿地帯みたいになってしまったのだ。


 それが、姉妹の置き土産魔法であるなど知る事はついぞなかった。


 ただ、流石にどこもかしこも建物が傾いたりちょっとした雨が降るだけで泥がぬかるんで移動も大変になってしまっては。

 そこで暮らす民も生活が厳しいぞとなって身軽な者から国を出て行った。

 家が傾くにしても、その程度にもよるが完全に横倒れした家の中で生活するのはやはり難しいものがあるので。

 というかちょっとの傾きですら何となく違和感があって、普通に生活するだけでもなんだか大変だったのだ。一時的に我慢すれば、とかそういう状況ですらない。

 次また雨が降ったなら、今度は完全に家が倒れてしまうかもしれない。

 雨がやんで建物のゆがみを直すにしても、その途中で雨がまた降ったなら。

 直そうにも終わりが見えないのである。


 直すにしたって原因が残ったままなら、また同じことの繰り返し。

 直すためにはそれなりの道具や人材が必要になる。一人でどうにかできるものではないので。

 となれば、金がかかる。

 やってられっか、とばかりに民があちこちへ流出し、貴族たちも傾いた屋敷での生活は中々に厳しかったらしく。


 蜘蛛の子を散らすように王都から人がいなくなってしまったのだ。


 民がいなくなれば、王族といえどもどうにもならない。

 税を納める民も、身の回りの事をしてくれる使用人も誰もいなくなってしまえば、王族だなんだと言ったところで……といった話だ。

 どうして土地がこんな事になってしまったのかを調べるための専門家を集めるにしても、その専門家すらとうに国からいなくなってしまっていた。

 地面が液状化して建物が軽率に傾くような事が何度もあれば、そりゃあ危険を感じて逃げるのも仕方のない話だ。地盤沈下も何度か起きている。


 この国から離れられない理由がある、とかではないのなら、大半は早々に危険を回避するために脱出していったのだ。


 一応死者は出ていないけれど、急な地面のぬかるみで転んで怪我をした者はそれなりにいる。今はまだ大した被害じゃないと思っても、それがいつ酷くなるかはわからない。

 であれば。


 王家の者たちも国を捨てて逃げ出すしかなかったのだ。


 その結果、王子と婚約していた令嬢たちは結婚どころではなくなったし、それどころか他の国の親戚を頼る形となった。メルセタ王国はもう終わりだわ……と令嬢もその親も早々に見捨てて、他国の縁を頼ったのである。


 といっても、それを受け入れてくれたのはかつて大国として存在していた領地が小国になったところくらいであったが。

 それ以外の国だとメルセタ国と同じ身分のまま受け入れてくれる、なんてところはなかったのだ。蛮族という印象がどうしても拭えなかったのもあった。

 何せ、一部の者たちは無謀であっても他国の領土を奪おうとしたりもしたのだから。そこに第四王子と第五王子がいた、という噂もあったが結局のところ定かではない。


 マリーナとアーシアの血縁関係であった父と兄たちも、早々に国を捨てていた。

 最初に地面が液状化して傾いたのが姉妹の実家だったのだ。

 室内に坂道ができるくらいに傾いたのもあって、身の危険を感じたとも言う。


 家を捨て国を捨てる事になったし伝手を頼って他の国に行ったけれど。


 かつて自分たちの国で好き勝手できた頃とは違ってそれなりに苦労する結果となってしまった。

 まぁ、他国の貴族の振る舞いを見ていくうちに、自分たちは貴族と呼ぶには烏滸がましかったのかもしれないな……と思うようにもなったらしいが、その後他国で新たに貴族として返り咲いたという噂はついぞ聞く事がなかった。


 国を捨てた平民の大半は、むしろ他の国の方が意外とマトモに治世されていた、という事実を知ってそこでどうにか溶け込んでいた。


 結果として苦労したのは、かつて姉妹を見下して虐げるような真似をしていた者くらいである。

 それだって、他の国でその国のルールに従って生きればそれなりの暮らしができた。

 それができなかったのは、今までと同じように、というのを望んで他国でそれを押し通そうとした者だけだ。



 姉妹が置き土産として残した魔法は、ある一定の条件下で地盤沈下が起きるのと、雨が降った時に地面が液状化するものであった。

 地盤沈下は屋外で光の魔法を使った場合にのみ起きるようにしておいた。

 もし姉妹を探そうと王子自ら、というのをポーズとはいえやらかすならば、その時にきっとこれみよがしに希少属性の魔法をしょぼかろうとも見せびらかす可能性があったので。


 結果として真昼間に使う必要のない光魔法でちょっとだけ明かりをともした事で、地盤沈下は起きてしまったのだ。マリーナの魔法構成は今までのストレスもあって、無駄に凝っていた。いつか自分がやったとバレない方法で何か仕返ししてやるという意思がこうなったのだ。


 アーシアもまた、地面に大量に水を含ませておいた。

 雨が降った時に、雨水と事前に仕掛けておいた自分の魔法の水とが反応しあってそうなるようにしておいた。

 普通の水をこぼしたくらいじゃそうならなかったけれど、姉妹が国を捨てて出た後は雨が多く降る季節でもあったので。


 アーシアはそれを利用したのだ。


 自分の意思で発動させるとなると、国を出た直後に早々に壊滅まで追い込みそうだったので、自然現象にお任せした。


 それほどまでに姉妹は色々と不満とストレスをため込んでいたのだ。

 とはいえ、あの国の連中皆死ねとまでは思っていなかったので、死人がでなかった事に関しては僥倖だった。もし国を滅ぼして皆殺しだ、なんて思っていたら、本当にそうなっていたかもしれないのだから。


 魔法構成の際にそういった事も含めていたら、犠牲は間違いなく出ていた。


 最終的に国から人はいなくなってしまったけれど。

 国として立ち行かなくなった後、姉妹が新天地でそこそこ充実した暮らしを送るようになっていた頃には魔法の効果もすっかり薄れたので。


 数年後には土地もまた再利用できるかもしれない。

 その時は、そこを領地としようと周辺の国が所有権を奪い合うかもしれないが。



 まぁ、そこは数年後のメルセタ王国周辺の国の人たちがなるべく穏便に済ませてくれる事を願うばかりだ。

 流石に姉妹もそこまでは読み切れないので、事前に手を打てるかとなると無理だった。


 こうして蛮族国家と呼ばれていた小国の一つが消えたのである。めでたいかどうかは知らぬ。

 とりあえず地水火風属性出したから光と闇については保留。


 次回短編予告

 神様、世界を滅ぼす。

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