番外編 『ひとりの人間として』
【関係法令】
第57条 隊員は、その職務の遂行に当つては、上官の職務上の命令に
忠実に従わなければならない。
第82条 防衛大臣は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の
維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を
得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命
ずることができる。
第82条の3 防衛大臣は、弾道ミサイル等(弾道ミサイルその他その落下に
より人命又は財産に対する重大な被害が生じると認められる
物体であつて航空機以外のものをいう。以下同じ。)が我が国
に飛来するおそれがあり、その落下による我が国領域における
人命又は財産に対する被害を防止するため必要があると認める
ときは、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に対し、
我が国に向けて現に飛来する弾道ミサイル等を我が国領域
又は公海(海洋法に関する国際連合条約に規定する排他的
経済水域を含む。)の上空において破壊する措置をとるべき
旨を命ずることができる。
第93条 警察官職務執行法第7条の規定は、第82条の規定により行動を
命ぜられた自衛隊の自衛官の職務の執行について準用する。
3 海上保安庁法第20条第2項の規定は、第82条の規定により
行動を命ぜられた海上自衛隊の自衛官の職務の執行について
準用する。この場合において、同法第20条第2項中「前項」
とあるのは「第1項」と、「第17条第1項」とあるのは
「前項において準用する海上保安庁法第17条第1項」と、
「海上保安官又は海上保安官補の職務」とあるのは「第82条
の規定により行動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務」と、
「海上保安庁長官」とあるのは「防衛大臣」と読み替えるもの
とする。
第93条の3 第82条の3第1項又は第3項の規定により措置を命ぜられた
自衛隊の部隊は、弾道ミサイル等の破壊のため必要な武器を
使用することができる。
◆ 2015年8月8日 09時55分 ◆
◇ 留萌地方隊 幹部室(北海道留萌市) ◇
夏が本格的になってくると、じっとしていても額に汗がにじむ。
寺井崎らが乗艦する”やくも”は先の事案後、
早急に留萌へ帰還するように命ぜられ、一昨日帰港したところである。
そして昨日、野々宮基地司令に明日1000時に総監部へ出頭する旨を伝えられ、
式典など重要な時にしか袖を通さない第一種夏服に袖を通している。
「(まぁ、間違いなく先の事案の件ということは間違いないだろうな…)」
部屋を出る前に鏡で服装に乱れがないかチェックし、
歩いて数分のところにある地方総監部へと足取り重く向かった。
◇ 10時00分 留萌地方総監部 会議室 ◇
「失礼します」
ドアを数回ノックした後、部屋へ入って閉める。
正面へと向き直ると、普段はお目にかかる機会も少ない人もいるようだ。
「(ふむ、徽章から察するに…幕僚監部か)」
中央に座る人物に促され、コの字型に囲まれた机の対面に座る。
座る際に回りを軽く見回すと、見知った顔と初対面が半々といったところか。
「寺井崎 護 二等海佐、第五護衛艦群旗艦”やくも”艦長…間違いないですか?」
「はい、間違いありません」
「私は、海上幕僚監部監察官付副監察官の種島です。
貴殿に対し、現時より平成27年8月3日発生事案に係る監察を実施します」
想定していたとおり、潜水艦事案の監察に海幕が動き始めたということか。
領海侵犯、領海内における戦闘、そして潜水艦は自沈。
お決まりのように国内メディアはこぞって自衛隊批判を強めるに至るが、
しかし、少し話が大きくなりすぎてしまったようだ。
それもそのはず、平和であるはず…いやあるべき日本で、
こうした事態が発生するということが露見したのだ。国民感情を刺激するのも当然だ。
となると、当然誰かを処分しなければ収拾できないと踏んだか。
「事案事実、貴殿指揮の”やくも”は自衛隊法82条の3の目的を遂行する為、
沖縄諸島沖航行中、平成27年8月3日0732時に自衛隊法82条に基づく
発令を受け、国籍不明艦に対して自衛隊法93条及び同条3項に定める
範囲での対処を命ぜられた。
ここまでの事案事実に何か誤りがあれば、述べてください」
自衛隊法82条は海上警備行動、82条の3はそれに類するミサイル破壊措置命令。
同法93条が警職法7条の準用、93条の3は海保法20条2項の準用。
頭の中で事案事実を整理してから答える。
「はい、事案事実に誤りはありません」
「わかりました。では、事案事実を続けます」
そう言うと種島は、手元の資料を数ページめくって話を続ける。
「同日1500時に警告を実施、同時刻に不明艦より魚雷による攻撃を確認。
1730時にはミサイルによる攻撃を確認し、火器による迎撃を実施した。
1750時から複数回にわたり留萌地方総監部にアスロック使用許可を
具申するが、専守防衛の観点から却下、1800時に同総監部からの命令を
確認していながら、不明艦に対してアスロックを使用し、同艦を自沈させた。
ついては、貴殿に対して自衛隊法57条(上官命令の不服従)の違反、
それにともなう指揮系統混乱を招いたことに対し監察を実施する次第である。
事案事実は以上です、ここまでに誤りがあれば述べてください」
種島は事実をただ淡々と述べ、そしてその内容に誤りは見受けられなかった。
「はい、事案事実に誤りはありません。
本件は私の指揮により発生した事実であり、
副長以下の幹部ついては、処分しないよう上申します」
すると、野々宮基地司令の横に座って居た人物が口を開いた。
「二佐、それでは本件事実についてすべての責任を取るということになる。
副長以下にも同等の責任があると類するが、それで構わないのかね?」
そう言ったのは、留萌地方総監の東口海将だ。
「責任を取るのは上に立つものに与えられた使命です。
本事実について、副長以下は私の指揮に忠実に従ったにすぎません。
処分をするのであれば、私は甘んじてお受けいたします」
寺井崎の言葉を聞いた東口は少し考えてから、種島に話を振った。
「種島副監察官、これは留萌地方総監の意見として申し伝える。
本事実は重大な命令違反を犯したことは明白であり、処分相当と思料するが、
寺井崎二佐の姿勢には情状酌量の余地があり、停職相当ではないかと考える。
この意見は、海上幕僚監部監察官に十分申し伝えることをお願いする」
東口の言葉を聞いて、同じく席を並べていた野々宮司令も口をそろえる。
「種島副監察官、私からも東口海将と同じく停職相当と判断されるよう、
留萌基地司令の職において申し伝える」
書記をしている職員が東口らの内容をメモし、種島が終わりを告げる。
「事案事実について、了解しました。処分は追って伝えますが、
明日から処分が下されるまでの間、
暫定的に留萌基地における謹慎を言い渡します。
それでは、現時を以て監察を終了します。退室してください」
寺井崎はドアの前で一礼をして、会議室を後にして自室へと戻った。
◇ 11時30分 留萌地方隊 幹部室前 ◇
自室へと戻ってくると、部屋の前に見知った2人が立っている。
立っているのは水下と石山で、寺井崎を見つけるとこちらにやってくる。
「艦長!お疲れ様でした、それで監察の方は…」
寺井崎が地方総監部に呼ばれたのは艦内周知の事実であり、
艦の要所を統括する2人としては居ても立ってもいられなかったところか。
「あぁ、明日から処分が下るまで謹慎となるそうだ。
それまで”やくも”を動かすことはないだろうが、2人は迷惑を掛けるな…」
「そんな迷惑なんて…」
石山が少し俯いてそう言うと、水下が寺井崎に向き直って迫る。
「艦長、”やくも”の火器使用は私にも責任があります。
艦長が処分されるのであれば、私も甘んじて処分を受けます、ですから…」
そこまでで寺井崎が話をさえぎる。
「水下、お前は私の命令に対して忠実に行動したにすぎない。
それに、水下は私に対して具申したはずだ。命令を曲げなかったのだから、
すべての責任は私が取って然るべきだ。気にすることではないよ」
そう言って、水下と石山の肩に手をぽんと置いて続ける。
「だから、私のいない間は2人が中心となって艦を守ってくれ。
副長も経験が豊富というわけではない…これはよろしく頼む」
寺井崎が礼をすると、それに倣って2人も礼をする。
そして、寺井崎は自室のドアを開けて中に消えて行った。
◆ 2015年8月14日 10時30分 ◆
◇ 留萌地方総監部 地方総監室 ◇
監察があってから数日後、寺井崎は地方総監室に呼ばれた。
定刻にドアを数回ノックして入室し、正面に向き直る。
そこにはもちろん、留萌地方総監の東口海将が座っていた。
室内礼をした後、東口がゆったりとした口調で話し始める。
「寺井崎 護 二等海佐、第五護衛艦群旗艦”やくも”艦長。
間違いありませんね?」
「はい、間違いありません」
「よろしい。では、平成27年8月8日実施の監察結果を踏まえ、
処分を申し伝える。右の者、平成27年8月14日から10月12日までの
60日間の停職処分に処する。処分事由、別紙1記載の事案事実のとおり」
東口が読み上げた内容の書面を受領し、再度内容を確認する。
別紙1に記載された事案事実も、先日の監察で話していた内容と相違ない。
「了解しました」
一言発し、礼をした後に地方総監室を後にした。
自衛官人生の中で、これが初めて受けた懲戒処分となる。
受け取った書面の重みを感じ、一方でどこか清々しい気持ちでもある。
「(まぁ、のんびり過ごすか…)」
こうして寺井崎の停職期間が始まったわけだが、
奇しくも時を同じくして、別の場所では歯車は回り始めていた。
寺井崎だけではなく、日本という国をも巻き込んだ大きな歯車。
「平和」を恒久的に享受してきたこの国で、確かに何かが変わろうとしている。
そのことを、まだ誰も意識をしていなかったことだろう…一部を除いては。
こうやって小説の続きを書くのも、ずいぶん久しぶりのことです。
皆さまお久しぶりです、作者のSHIRANEです。
私がこうして書き始めてから4年になるのでしょうか、
この『護衛艦奮闘記』が一番長い作品になります。
いろいろなご意見を頂戴しながら書き進めてきたこの作品も、
いよいよ佳境に入って来たかと思うと、少し感慨深いです(笑)
活動報告をご覧の方はご存知かと思いますが、
この4月より就職した関係もあり、中々執筆できておりませんでした。
ひとまず、これを更新しましたが、毎週順次更新できればと思います。
(ただし、業務等の都合上変更となる場合があります・・・)
今後とも、ぜひ応援して頂けますと嬉しいです!
寒くなって参りましたので、お身体を大事にしてください。
では、次回の更新でお会いしましょうー!
平成27年11月15日 SHIRANE