第6章 第4話 『波間に揺れるカゲ』
本作品では実際の運用と異なる解釈で記述している場合がございます。
予め、ご理解を賜ります様お願い致します。
◆ 2015年 8月 3日 2時45分 ◆
◇ やくも CIC ◇
「0245現在、目標に大きな変化を認められず。報告は以上です」
「お疲れ様。配置に戻って警戒を続けて」
水下は一宮と交代してからCICで当直の任に就いていた。
CICは2配備、艦橋等は3配備でミサイル発射に備えている。
先程まで寺井崎も居たのだが、先に休んでもらった。
正面には周辺海域を映し出した海図、その横に艦の状況が表示されている。
緑色が並んでいるから、大きな支障は起こっていない。
「というより、起こっていたらまずいな……」
海図から目線を移し、手元に持っている資料に目を落とした。
◆ 2015年 8月 3日 7時05分 ◆
◇ P-3C哨戒機 機内 ◇
「現在、沖縄諸島沖90km。報告事象なし、以上那覇」
那覇基地に所在を置く第5航空隊。
尖閣諸島問題以降、活動が活発となっているのは知っての通り。
保安庁が巡視船のローテーションを組んで領海警備に当たる最中、
海上自衛隊で唯一P-3Cが周辺の警戒を行っている。
国家間の問題の為、武力衝突は出来るだけ避けるべきとの閣僚決定により、
海上での接触は最小限にすべきとの判断からである。
そんな中、P-3Cは領海と接続海域の境界を飛行していた。
「この辺りは至って静かですね」
「あぁ、尖閣の辺りはやかましいことこの上ないからな」
「です…ね」
レーダを監視していた電測員の1人が画面を凝視している。
「どうかしたか?」
「いえ、何か変な影が映ったような……」
「影?この辺りでそんなポイントあったか?」
機長に頼んで再度同じポイントを飛行してもらった。
すると、やはりレーダに影の様なものが映っている。
機長の判断でツノブイをポイント周辺に投下して、
周辺海域の様子を確認する方法が取られた。
するとすぐにその正体が露見する事となる。
「これは――那覇基地に緊急電!」
思えば、慌ただしい1日を告げる始まりだったのかもしれない。
寺井崎達はこの時、まだ知る由もなかったのだが。
◆ 2015年 8月 3日 7時32分 ◆
◇ やくも CIC ◇
「カーン、カーン、カーン、カーン」
「副長より総員に達す。海上警備行動が発令された。総員戦闘配置。
繰り返す、海上警備行動発令につき総員戦闘配置。これは演習ではない!」
午前7時30分を少し回った頃、やくも艦内にサイレンが鳴り響いた。
海上警備行動――自衛隊法82条に規定されている行動であり、
海上の治安維持活動の為に発令される。
総監部からの緊急電を受けて、すぐさま艦内放送された。
突然の発令に、艦内はまさに蜂の巣を突いた様な有様だ。
ラッタルを急いで駆け上がる科員。
一定時間が経過すると水密扉が閉鎖され、行き来出来なくなるからだ。
そして3分――。全ての水密扉が閉鎖され、全員の戦闘配置が完了した。
「今から緊急のブリーフィングを行う。水下――始めてくれ」
水下は海図を操作して、ある情報を映し出した。
「本日0705時、沖縄諸島沖90kmの海域に於いて国籍不明艦をP-3Cが捕捉。
対象は潜水艦であり、海保からすでに対処不能との通達を受けています。
0725時海上警備行動が発令され、本艦が現場に最も近いことから、
ミサイル監視を継続しつつ現場に急行との命令を受諾しました」
水下から話を引き継ぎ、寺井崎が話し始める。
「本艦は全速で当該海域に急行し、不審船の監視活動も実施する。
状況によっては火器の使用もあるかもしれない、万全の態勢を取るように」
「了解しました」
「では、戦闘配置に別れ」
号令で分掌長が足早に配置に戻る。
寺井崎にとっては2度目の不審船事案、やくもでは初の対処である。
不安が心をよぎる中、寺井崎は周辺海域の資料を確認し始める。
刻一刻とその時が迫っている予感が胸を締め付けていた。
◆ 2015年 8月 3日 13時00分 ◆
◇ ????? ◇
『予定通りで変更ないのか?』
『あぁ、変更はない。だが、予定より少し日本は速いぞ』
『それは問題ない。すぐに藻屑にしてやるよ』
『頼もしい、では手筈通りに……』
2人会話は数分で終わりを告げ、再び静けさに包まれた。
◆ 2015年 8月 3日 14時21分 ◆
◇ やくも 艦橋 ◇
「両舷最大戦速。面舵10度、方位150」
『両舷最大戦―速。面-舵、方位1・5・0』
艦橋はピリピリした雰囲気に包まれていた。
復唱する士官も、少し緊張からか力が入っているように見える。
寺井崎は艦橋で航海指揮を執っていた。
CICには水下と一宮を配置し、万全の態勢を取っている。
「艦長、あと30分程で報告のあった海域に到着します」
「了解した。水上見張りを厳、特に民間船の動きに注意を」
「はっ!」
寺井崎は首から下がっている双眼鏡に触れた。
赤と青の紐に繋がれた双眼鏡は、やくも任官に合わせて新調した。
ふと外に顔を上げて外を見ると、雲の切れ間から陽が差し込んでいる。
寺井崎は艦長席に腰を下ろし、しばらく隊員の動きを見ることにした。
任官したばかりの頃はバタバタと訓練もあまり冴えなかったが、
今ではキビキビと1人1人が自衛官の顔になっている。
内心の嬉しさをかみしめつつ、再び航海指揮に戻った。
◆ 2015年 8月 3日 14時51分 ◆
◇ ?????? ◇
「舰长,到达了预定的海域」*1
「报告附近的状况」*2
艦長と呼ばれた男は、若い部下から報告を受けている。
「只一艘吗…。巡哨机还在吗?」*3
「恐怕呢。军舰雷达就因为与大型军舰吗…」*4
「对方没有不足。预先要无论什么时候能行的那样」*5
部下は報告を終えると足早に部屋を去って行った。
後に残された艦長も、時計の時間を見ると部屋を後にした。
◆ 2015年 8月 3日 15時00分 ◆
◇ やくも CIC ◇
「当該海域に到着。これより、不審艦に対し無線警告を実施します」
水下はCICでミサイルの発射と不審艦の動向監視を指示していた。
静かな緊張感がCICを満たしていたが、それは不意に破られた。
「砲雷長――緊急電!北から高速飛翔物体が射出された模様。
本艦レーダも高速で飛行する対象を捕捉、指示願います!」
「艦長を至急CICへ。目標の追尾始め!」
水下の号令の下、電測員が手元で諸元の入力を始める。
イージスシステムにより、対象の経路を予測して準備を進める。
この経路が日本国内に到達すると予測されれば、
直ちに次のプロセスである迎撃に移らなければならない。
1分も立たないうちに、寺井崎がCICに到着した。
水下から報告が行われ、寺井崎が追尾継続を令した。
「通信長は総監部からの続報を確認」
「了解しました」
「ターゲットの追尾を継続します!」
寺井崎は目の前の海図を見る。
次の一手には、もう少し情報が欲しい所だが……。
その時、電測員の1人が声を上げた。
「砲雷長! 不審艦の方向より雑音、近づいています!距離42000」
「雑音? 解析は」
「間もなく解析出ます――高速推進音さらに近づく、距離40000」
寺井崎と水下は胸のざわつきを覚えつつも、その正体がわからずにいた。
「解析終了。中国配備の魚雷と酷似!さらに接近、距離37500」
報告を聞くと同時に寺井崎はインカムを手に取った。
「対潜戦闘用意!面舵一杯、アスロック諸元入力始め!」
日本の領海内で魚雷攻撃を受けるとは、誰が予想しただろう。
寺井崎は焦る気持ちを抑え、冷静に報告を聞き指示を飛ばす。
「目標数4、速力55kt、距離34000、さらに近づく!」
寺井崎は北のミサイルと波間に隠れる魚雷を相手にすることになる。
無情にも時間は一刻と過ぎ、CICは更に慌ただしさを増していく。
しかし、これは物語の序章に過ぎなかった。
この時寺井崎を始め、やくものクルーは誰も知る筈はなかった。
☆中国語の日本語訳☆
*1「艦長、予定の海域に到着しました」
*2「付近の状況を報告しろ」
*3「一隻だけか…。哨戒機はまだいるのか?」
*4「おそらくは。艦はレーダからして大型艦かと…」
*5「相手に不足はない。いつでも行ける様にしておけ」
※一部中国語と日本語が異なる場合がございます。
予め、ご了承ください。
長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
作者のSHIRANEですが、みなさまお変わりありませんか?
今回の話では、隣国のややこしさを中心に描いています。
皆様にどのように映るかわかりませんが、
自分ではそれなりに楽しんでかけているので満足は満足です。
不愉快な気持ちを抱いた皆様、あらかじめお詫びしておきます。
さて少し、私事の愚痴にお付き合いください…。
私はまだ裁判所で働き出しておりません(笑)
内定がまだ出ず、若しかしたら出ないかもしれません。
公務員試験には世にも恐ろしい「名簿残留」というのがあります。
内定が出ると信じて待つしかないわけですが、
出なければ今年9月の試験をまた受けようと思っています。
それまで何かとご心配をお掛けすると思いますが、
「何とか出ろよ!」と一緒に祈って頂ければ(笑)
さてそれはさておきまして、今後の更新予定を。
この『護衛艦奮闘記』の更新を皮切りに、
順次執筆・更新をしていきたいと考えています。
次の執筆としては『アマオト』。
その次に『僕が役員でもいいんでしょうか!?』か
『護衛艦奮闘記』で書けた方から更新していきます。
こんな小説に貴重な時間を割いていただいている皆様、
お待たせをして心苦しいばかりですが今しばらくお待ちください。
何かとご迷惑をおかけいたしますが、
今後も精一杯頑張って参りますのでよろしくお願いします。
2014年4月20日 SHIRANE