第6章 第2話 『平穏を望んで』
このお話には、一部事実と異なる内容が用いられている場合があります。
出来るだけ事実に基づくように勤めて参りますが、
その点をご了承頂けますと幸いに思います。
◆ 2015年 8月 2日 3時25分 ◆
◇ やくも CIC ◇
当直の引き継ぎまで残すところ5分となった。
その頃、水下はラッタルを勢いよく駆け下りていた。
「しまったな――何でCICに資料置いてきたかな…」
水下は艦橋で当直士官として詰めている時に、ふと手元が軽いのに気付いた。
持っているはずの資料類をどうやら、CICに置き忘れてしまったようだ。
夜風に当たるからと外に出ていた、次に当直の石山に早めに引き継ぎを頼み、
こうして今CICに向かっている最中という訳だ。
「砲雷長、入られます!」
入口付近に居た当直の若い海曹が、CICに入室を告げる。
入ったところで立ち止まって敬礼をし、直ぐに持ち場へ戻る。
「どこに置いたかな…」
水下がきょろきょろと室内を見回していると、ある隊員が横に立った。
「砲雷長、これですか?」
手に持っていたのはバインダーと20枚程度の資料束だった。
「ありがとう! 重いでしょ、そこに置いていいよ」
「そうですか…では失礼して」
資料の束を置くと、改めて水下に向き直る。
「川星3曹だよね?」
川星と呼ばれた隊員は不動の姿勢を取り、はいと返事を返してくる。
「本当にありがとう、助かったよ」
「いえ、それと別件ですが…艦長が至急艦長室まで来るようにと…」
水下は少し首を傾げて、自分の頭の中を整理する。
「その連絡が入ったのはさっき?」
「はい、本当についさっきです。お手数ですが、よろしくお願いします」
「わかりました、では引き続き当直に戻って下さい」
「了解しました!」
川星を持ち場に戻すと、目の前の資料を胸元に抱えCICを後にした。
◆ 2015年 8月 2日 3時40分 ◆
◇ やくも 艦長室 ◇
「失礼致します!」
部屋をノックしてから、扉を押し込んで部屋に入る。
「あぁ、当直明けに悪かったな…まぁ、そこに座ってくれ」
室内には、新しく着任した副長の一宮が既に来ていた。
一宮の横の椅子に腰かけ、寺井崎を目線で追う。
寺井崎はというと…2人にコーヒーを用意していた。
水下と一宮の前にコーヒーを置くと、寺井崎も椅子に腰を下ろした。
「改めてだが、当直明けで集めて悪かったな。
水下、今の警戒監視の状況を簡単に報告してくれるか」
寺井崎からそう振られると、水下は先程までの当直時の状況を話し始める。
「私が当直士官を引き継いだ時から、大きな行動変化は認められません。
常に本艦レーダーが警戒態勢を継続し、不測の事態に備えています」
寺井崎は2人の方に姿勢を正すと、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「これはあくまでも俺の勘だから、あまり気にせずに聞いて欲しい。
この任務に就いてから、何か嫌な胸騒ぎがするんだ…」
水下は複雑な心境で、この話を黙って聞いていた。
何せ、この勘が当たって先の戦闘が実際に起こった訳だ。
「2人は悪いが、今回の作戦中は私と一宮、そして水下で交代していこう。
誰かが不測の事態に指揮を取れるよう、各々心構えはしておいてくれ」
無言で頷くと、冷めかけているコーヒーを一気に呷って部屋を後にする。
水下は当直明けで、一宮は当直待機の状態である。
「やっぱり、2時間ばかり寝ようかな…」
水下は自身の区画へと足を向け、少しばかりの仮眠を取る事にした。
艦内は静まり返り、足音が妙によく響いている気がした。
◆ 2015年 8月 2日 10時20分 ◆
◇ 内閣官房長官 執務室 ◇
「この資料のここだけど……」
安は12時から予定されている会見資料の作成に追われていた。
「はい、ここはこの様な背景からですね…」
一緒に作成に当たっているのは、秘書官の東雲 梢。
幼少からの幼馴染で、今では安の右腕として支えてくれる大事な人だ。
「では、ここをこのようなニュアンスにしたらどうでしょう?」
「そうしようか」
阿吽の呼吸で、予定していた時間の半分以下で資料作成を終えてしまった。
資料を自分のデスクに置き、一息ついていると、梢がコーヒーを入れてくれた。
「いつも本当に悪いね…休みも十分とれていないでしょ?」
「そんなこと、気にせんといて! アンタと居れてこっちも楽しいし!」
仕事をしている時は普通の標準語を使うのだが、
プライベートになると、地元の大阪弁に変わってしまうのが特徴的。
「そう?」
「うんうん、任しといて!」
安の気が休まるのは、家に居る時と梢と話している時だけだ。
それだけ大きな存在で、お互いに信頼し合っているからだろうか。
5分ほどの休憩を終えると、野岸の所へ向かう為に執務室を後にした。
◆ 2015年 8月 2日 10時50分 ◆
◇ 内閣総理大臣 執務室 ◇
部屋を3回ノックして、執務室の扉を内側に開く。
「失礼します。会見資料が出来ましたので、お持ちしました」
野岸は、机に積まれた書類に目を通していた。
ゆっくりと立ち上がり、応接席に安を迎え入れる。
「ご苦労様。まぁ、座ってくれ」
安は資料を応接卓に野岸の前と自分の前に1部ずつ置き、椅子に掛ける。
秘書官がコーヒーとお茶菓子をすっと置いて、静かに去っていく。
「この発令を実際に出すことになるとは、想像の域を出なかったが…」
野岸は感慨深げに会見資料に目を落とす。
「これを提言されたのは、時の防衛大臣であった野岸さん…でしたね」
「あぁ、将来必要になるとは考えていたが、こんなに直ぐとは」
安はコーヒーに口をつけると、自身も資料に目を通し始めた。
資料に目を通しながら、自然と野岸が口を開いた。
「なぁ安、俺はこの一連の北の流れが不自然で仕方ないんだ…」
「不自然とは?」
安が資料から目を離すと、野岸は資料を置いてこちらを一点に見つめている。
「手際と言うか、これまでは北から衛星打ち上げと称する警告が入っていたが、
今回は何も音沙汰がない。加えて、北と中国が連動している節がある。
アメリカからも北の発射準備は最終段階であるとの見方が強い。
北の発射に合わせて、尖閣周辺で何か動きがあるかもしれない」
安は資料を応接卓に置き、少し考えてから話し始める。
「私も確かに、今回の北の動きは性急…むしろ、誰かが画を描いている、
そんな感想を覚えます。護衛艦を四国沖に移動させておきましょうか?」
「そうしよう、加えて海上保安庁にも警戒を促しておいてくれ」
「了解致しました、直ぐ手配しておきます」
そうこうしている間にも、定例会見の時間が来てしまったようだ。
こうして話している間にも資料の見分はちゃんとしていたようで、
お互いに服装を正して安は会見室へ、野岸は控室待機である。
安は野岸の執務室を後にすると、隣で待機していた梢と合流する。
「東雲、この内容に関して関係各所に手配しておいて」
「わかりました、直ぐ手配しておきます」
会合時に簡単にまとめた紙を梢に渡しておく。
梢は段取り上手なので、直ぐにでも防衛省と海上保安庁に通達がいく。
「……。よし、行くか!」
自分の中で気合を入れ直し、会見室へ続く扉を内側に押し開いた。
◆ 2015年 8月 2日 11時20分 ◆
◇ 首相官邸 記者会見室 ◇
記者会見室の中は、いつもより人が多いように感じた。
キー局は相変わらずなので、恐らくフリーが多いのではないだろうか。
いつもと同じ手順で国旗に一礼し、壇上に立つ。
記者にも一礼し、一呼吸置いてから話し始める。
「本日もお忙しい所お集まり頂きましてありがとうございます。
私から閣議の概要に関してお話を申し上げます。
本日は、千葉総務大臣から『平成27年度消防白書』…」
安が話し始めると、記者たちがパソコンやノートにメモを取っている。
記者会見室は静かで、安の声とキーボードを叩く音が響いている。
「……野岸内閣総理大臣から防衛案件に関して1件ご報告させて頂きます」
安が話す内容を話し終えると、そう締めくくり一礼して部屋を後にする。
入れ違いに野岸が会見室に入り、一礼し壇上に上がる。
「私から、北朝鮮動向に関するご報告を1件させて頂きます」
そう前置きをして、手元の会見資料に目を落とす。
「昨日、米大統領・国防総省より北朝鮮のミサイル発射に関する情報を受信、
確認を致しました。その件につきまして、昨日付で防衛省・自衛隊に対し、
自衛隊法に基づく『ミサイル破壊措置命令』の発令を致しました。
発令に伴い、海上自衛隊のイージス艦は日本海・太平洋に展開しております」
そこで会見室内で手がいくつか挙がる。
司会の職員が指名し、指名された記者が話し始める。
「朝日新聞の横寺です。野岸首相、宜しくお願い致します。
昨日発令という事ですが、なぜ昨日中に会見を開かれなかったのですか」
当然起こりうる質問として、既に安が回答例をメモしてあった。
「信憑性の高い情報ではありましたが、防衛省に情報の再精査を命じたためです。
自衛隊には万が一に備え、早急に発令いたしましたが、国民の皆様にご報告が
遅れましたことに関しまして、改めてお詫び申し上げたい所存であります」
記者が座ると、挙手が落ち着き話を先に進める。
「尚、パトリオットミサイル―通称PAC3を各地に配備致します。
本日中に、防衛省・朝霞・習志野・大阪・沖縄に展開し、
破片等が日本に落下する場合は随時迎撃措置を行います」
そこで記者からまた手が上がる。
司会に指名され、先ほどと同じように話し始める。
「フリーの飯塚と申します。野岸首相、お願い致します。
配備される場所を、もう少し詳細にお話頂けますでしょうか」
これも安が先回りして内容をメモしてある。
「東京都市ヶ谷の防衛省、埼玉県朝霞市の朝霞訓練場。
千葉県八千代市の習志野演習場、大阪府吹田市の万博記念公園。
沖縄県那覇市・南城市の那覇基地の計5基配備致します。
首都圏に3基、関西圏に1基、沖縄に1基配備し、
イージス艦とPAC3により日本国民の安全を守る所存であります」
会見場は記者が慌ただしくキーボードを打つ音が響き、
カメラのフラッシュも目が眩むほど焚かれている。
時間的には、夕刊差し替えが間に合うか…。
ニュース番組のトップに持ち上がる事は間違いないが、
どちらにせよ明日の朝刊を賑わせる事を間違いなさそうだ。
同時に、自衛隊反対の声も上がる事もあるが…。
◆ 2015年 8月 2日 13時00分 ◆
◇ やくも 艦橋 ◇
「艦長、総監部から至急電です」
艦橋で航海監視に当っていた寺井崎に通信長が書類を持って来た。
「えーと……」
A4用紙一杯に記された内容を頭の中で整理し、目で追っていく。
要約すると、展開先を四国沖から沖縄周辺の東シナ海に変更する旨である。
通信長を配置に戻し、インカムを手に取り令する。
『艦長から総員に達する。現在、本艦は四国沖へ向け航行中であったが、
総監部からの命令により沖縄・東シナ海への展開を命ぜられた。
よって、周辺海域まで哨戒直第2配備からCICを除き第3配備へ移行、
CICは引き続き哨戒直第2配備を継続し警戒監視に当たる事。
尚、各科所属長は1500からCICにてブリーフィングを行う。
該当時刻までにCICに出頭する事、以上』
インカムを元に戻すと、放送を聞いていた科員がそれぞれ持ち場に戻る。
「まだしばらく――長い航海になりそうだな……」
寺井崎は一言つぶやき、艦橋の外へ続く扉をくぐった。
海は穏やかだが、時折激しく波打つ仕草を見せ、波間に寄せては消えていく。
曇った天気の合間に晴れ間が差し込み、海を明るく照らす。
しかし、すぐ雲に陰ってしまった…。
気付けば年の瀬…2013年も残す所10日と少しですね……。
皆様いかがお過ごしでしょうか?
覚えておられますよね…作者のSHIRANEです。
更新する、更新する、そう言っていましてこうなりましたw
本当に申し訳ない、何かと書けないでおりました…。
今何かと問題の多い内容を手掛けようと一念発起したのが8月後半、
そのない様に依然としてたどりつけていないこの現実。
こんなつたない文章でも待って読んで頂いている読者の方々、
本当にありがとうございます。
少しずつですが、書き進めていきます!
さて今後の更新予定ですが、
友人と少し前にこんな話がありました。
「おい!いつになったら『僕役』の続き書くんだよ?」
「うん? 『僕役』って何?」
「『僕が役員でもいいんでしょうか』だろう?
続き読みたいから早く、完璧に、全壁に書け」
というような会話がありまして、更新しようかと思います。
それと並行して『護衛艦奮闘記』、新作小説も書いていきたいなー。
何にしましても、皆様に楽しんで頂けると私も嬉しいです^^
いつも感想や評価をしていただいております皆様。
本当にありがとうございます!
これからも自分も楽しみながら書いていきたいと思いますので、
お付き合い頂けますと嬉しく思います。
それでは、次回の更新でお会いしましょう…。
平成25年12月19日 SHIRANE