第5章 最終話 「専守防衛の先に…」
▣ 2015年7月 4日 12時00分 ▣
▣ やくもCIC ▣
CICで寺井崎と水下は嫌な緊張感に包まれていた。
いくら演習を熟しているからとはいえ、実戦はそうあるわけもない。
「潜水艦位置から高速飛翔物と魚雷が接近!!」
恐れていた事態が現実となり、寺井崎がCICに令する。
「対空戦闘及び対潜戦闘用意! スタンダードミサイル発射準備!!」
寺井崎は電子海図の接近情報を基に計算し、艦橋にも指示を出す。
「取舵一杯、最大戦速! 見張り員は艦内へ退避せよ」
艦が大きく振動し、舵が左へ大きく切られる。
「スタンダード発射用意よし! スタンダード発射管制はじめ!!」
管制員の声がCICの中に響き、
前部甲板のVLSから勢いよくスタンダードが打ち出される。
「迎撃態勢。128mm主砲及びCIWSは迎撃に備え!」
水下からもCICへ手際よく指示が飛ばされる。
------- ↑ 前回まで ↑ ------
「スタンダード順調に飛翔。接触まで、残り15秒」
電測員が状況を逐一報告し、寺井崎と水下はそれを下に作戦を組む。
「魚雷の距離は?」
「およそ2000m。接触ポイントまで残り10秒!」
ミサイルが回避行動をしながら飛んでいるのに対して、
魚雷はやくも目掛けて真っ直ぐに突っ込んでくる。
「舵戻せ! 一杯!」
寺井崎が転舵の指示から、中央に戻す指示を艦橋に飛ばす。
「戻―どせ! 一杯、よーし!」
舵が中央に戻され、その代わりに速力が挙げられる。
「魚雷通過まで残り5秒、4、3、2、1、今通過!」
魚雷による衝撃はなく、魚雷は艦の船尾を通過した。
「魚雷回避に成功。ミサイル更に突っ込んでくる」
「目標インターセプト5秒前……スタンバイ、マークインターセプト!」
砲雷科員の声が引っ切り無しに飛び交っている。
「目標1撃墜に成功。 更に1突っ込んでくる、スタンダード防空圏突破!」
「主砲防空圏まで残り2000m、自動モードを具申します!」
「具申許可、主砲及びCIWSは迎撃に備え!」
「潜水艦位置から高速飛翔物、更に2発接近を検知!」
慌ただしい報告だが、水下は冷静に対処を続ける。
「スタンダードミサイル発射用意」
「スタンダード諸元入力完了、発射管制はじめ!」
前部VLSから再びスタンダードミサイルが射出される。
「主砲防空圏残り500m、128mmオートモードはじめ!」
第1波のミサイル攻撃に対して、主砲による迎撃が始まる。
弾幕にそのままのスピードで突っ込んだミサイルは、
弾頭に衝撃を受け主砲防空圏侵入と同時に自壊してしまった。
「128mm主砲オート止め! 第2波の迎撃に備え」
連続して打ち出していた128mm速射砲から冷却水が流れ出す。
水下はCICで作戦を考えていたが、寺井崎にある作戦を伝える。
「艦長、アスロックによる潜水艦への攻撃を具申します!
このままでは、本艦に被害が及ぶ可能性が高いと思われます」
寺井崎は少し悩む仕草を見せたが、直観の方が早かった。
「具申を許可する、絶対に失敗はするなよ!」
「了解しました!」
水下は戦況が映し出されているディスプレイに一度目を遣ってから、
CICにしっかりと通る声で令した。
「アスロック諸元入力始め! 入力終わり次第、発射管制!」
科員が指示を受けて、諸元入力を始める。
既に露見している位置を入力するのに、そう時間はかからない。
「諸元入力完了! アスロック発射管制はじめ!」
前部のVLSから改良されたアスロックが打ち出される。
「目標に向け順調に飛翔中! 接触まで残り60秒!」
アスロックの攻撃と並行して、対空戦闘も継続している。
「インターセプト5秒前……スタンバイ、マークインターセプト!」
「目標1撃墜、更にスタンダード防空圏を越え1接近中!」
「128mm主砲防空圏まで残り2000m」
ミサイルの接近が艦内の緊張をより高いものに変えていく。
「主砲防空圏侵入! 128mm主砲オートモードはじめ!」
128mm速射砲から絶え間なく砲弾が打ち出されていく。
「アスロック目標接触まで残り30秒! 着水まで5秒!」
潜水艦への対潜戦闘も続き、今アスロックが海面に着水した。
「CIWS防空圏まで残り500m! CIWSオートコントロールはじめ!」
CIWSから連続した射出音が、微妙に艦を揺らす。
やくもまで残り500mという所で、耐え切れずミサイルは自壊する。
「ミサイルの消滅を確認! 対空戦闘警戒を継続!」
計4つ全てを迎撃し、水下は対潜戦闘に向いたその時だった。
艦の上部から激しい音と、衝撃が艦を大きく揺らした。
寺井崎はインカムをすぐさま手に取り、艦内に令する。
「艦内ダメージコントロール! 各科、傷病者集計!!」
艦内のダメコンが進む中、アスロックは目標に迫っていた。
「アスロック目標接触まで残り1000m!」
水下はすぐさまそちらに意識を集中させ、管制員に指示を出す。
「目標の300に接近したら、アスロックを自壊!」
「了解! 残り620m」
対潜戦闘継続中だが、次々とCICにダメコンの報告が挙げられる。
「こちら機関室、衝撃で1名が頭部強打するが軽傷!」
「こちら後部甲板、航空機等に損害は認められず!」
「こちら艦橋!! 破片により艦橋ガラス大破し、副長負傷!」
ダメコンを集計している手が止まり、艦橋に確認する。
「繰り返す、副長が破片で負傷! 医務室緊急搬送!!」
「艦橋の指揮は、船務長が臨時で取れ!」
そして、アスロックは自壊目標に到達した。
「アスロック目標まで300m、自壊します!」
管制員が次回の摘みを回し、レーダー上からアスロックが消滅する。
「アスロックの自壊を確認、警戒中のSH-601Jから通信!」
「こちらやくも砲雷長! 状況を」
「アスロックの自壊をこちらでも確認し、海面に潜水艦が急速浮上中!」
管制員が潜水艦の状況を逐一報告している。
そして、CICに全てのダメコンの報告が挙げられた。
「艦内負傷者3名、内副長が破片で重傷! 航行に支障はなし!」
寺井崎が敬礼して、艦内に再び令する。
「対空、対潜用具おさめ。対水上戦闘、潜水艦動向に注意」
艦内とSHの注目は、急速浮上中の潜水艦に移された。
▣ 2015年7月 4日 12時45分 ▣
▣ ??? ▣
「艦内各所ダメージ多数! 浮上止まりません!!」
艦長は苦々しい顔になり、発令台を思い切り叩く。
そのタイミングで、艦内の衛星電話が鳴り響いた。
艦長は出ると、向こうから男の声が響いてきた。
「実に残念だよ…。君には失望した…が、日本の力を侮れんな」
男は喋る事も許されず、ただ黙る事しかできなかった。
「ではそろそろ時間だ…また会う事が出来ればな…」
そう言って衛星電話は切れ、それと同時に機関室から凄まじい音がした。
艦長は悟ったのか、隊員をそれぞれ見回す。
一同が艦長の方を向き、敬礼をしている。
艦長もゆっくりと敬礼し、そこで…意識は途切れた。
▣ 2015年7月 4日 12時50分 ▣
▣ やくもCIC ▣
「潜水艦から爆発音、急速に沈降を始めました!」
電測員から報告を受け、寺井崎と水下はディスプレイを見つめる。
「こちらSH-601J。潜水艦からの浮遊物を視認できず、これより帰投する」
寺井崎は納得が出来ない思いからか強く手を握り締め、艦内に令した。
「戦闘用具おさめ。自衛艦隊に緊急電を…」
若い海士が内容を控えて、艦橋へと走っていく。
艦内はまだ慌ただしく、寺井崎はCICの椅子に腰かけた。
水下もインカムを外し、寺井崎に近づいてくる。
「何か、納得の出来ない終結ですね…」
「あぁ…しかし、これはおそらく大変なことになる」
水下は寺井崎の方を一身に見つめ、言葉の真意を探る。
「続けて護衛艦、他国で言えば軍艦が攻撃を受ける。
これは、国際社会では例を見ない大ごとになる…」
「……」
水下も真意に気付き押し黙った。
平和憲法を掲げる日本が初めて直面する紛争の危機。
それは、言葉では簡単かもしれないが実際はそうでない。
有事に備えて日々訓練は積んでいる、しかし自衛官にも家族がいる。
戦争なんか、誰もしたいとは思わない。
「しかし、俺たちは自衛官だからな…覚悟だけはしとけ」
「はい!」
寺井崎は、報告を上げるために通信台のある艦橋へ上がっていく。
水下はそのままCICで、戦闘処理を進めていくのであった。
▣ 2015年7月7日 1時25分 ▣
▣ やくも艦橋 ▣
「定刻通り、横須賀港に向け航行中。現在、観音崎沖4・7km。
横須賀港第1バースまで、およそ20km」
レーダー員の報告がインカムを通じて艦橋に流れる。
「航海保安部署発動、対水上見張りを厳となせ」
寺井崎の命令を船務長が艦内に向け復唱する。
「航海保安部署発動! 対水上見張りを厳となせ! 」
発令に合わせた警報が複数回繰り返され、そして止まる。
「第3哨戒配備から第1哨戒配備に」
「第1哨戒配備発令。繰り返す、第1哨戒配備」
艦内総員起こしが掛かり、全員が持ち場につく。
やくもの艦橋は応急手当が行われ、何とか航行していた。
戦闘の顛末を少し書いておこう。
やくもは自衛艦隊司令部に報告し、すぐさま防衛省、内閣にあげられた。
日本国内でも大きく取り上げられ、関心が高まっているようだ。
やくもはというと、艦の点検及び補修を行う為に帰港を余儀なくされた。
それも、事情を考慮して横須賀港周辺で行われることになっている。
代行艦として、DDH-144『くらま』がその任に就いて、
既にアデン湾周辺での海上警戒に移っている。
結局、自壊した潜水艦周辺からの浮遊物を確認することは出来ず、
どこの所属艦艇かもわからず仕舞いである。
しかし、防衛省では中国関与を強く疑うのが濃厚であるとの見方が強く、
事実対処後は、領有権を主張している尖閣諸島沖で活発に行動している。
寺井崎は、艦橋の見張り台から横須賀港を眺めて呟いた。
「本当に……きれいだな」
立て続けに起こったことで疲れていた寺井崎には、
横須賀港のライトアップが心に染み込んでいった。
様々な人の思惑を胸に秘めつつ、やくもは横須賀港へと入港して行った。
横須賀港は至って穏やかで、何も感じさせる余地すらなかった。
ただ空だけが、漆黒の中に星を照らし出しているだけであった。
戦闘シーンを今までよりも多めにお届けしましたが、
皆様いかがでしたでしょうか?
作者の SHIRANE です、こんばんは。
これで第5章が完結となります。
番外編を1つはさむかもしれませんが、
この章は今まで一番スリリングだったかなwと、
自分の中では思っている次第であります。
次章への伏線を多く仕込んだ第5章、
少し間が空いての更新になる…気が致します。
少しお休みをいただいている間に、
「僕が役員でもいいんでしょうか?」「ブラックアウト」
そして「専守防衛と防衛 (仮)」の短編を中心に投稿していきます。
まだ次話がどれも仕上がっていませんが、
また皆様に読んで頂けたら幸いに思います^^
寒い日が続きますが、お体にお気を付け下さい…。
2013年 3月 28日 SHIRANE