第5章 第8話 「専守防衛と誇り」
▣ 2015年7月 4日 10時30分 ▣
▣ やくもCIC ▣
2日前の突発事態以降は特に問題もなく、
少しの遅れだけのほぼ定刻でアデン湾へ入った。
やくもとしまゆきから対潜型のシーホークを警戒飛行させ、
護衛活動を強化しての初めてのアデン湾である。
先に空輸で到着しているP-3Cが既に、同海域の警戒を開始している。
『こちら日本国海上自衛隊所属P-3C。
アデン湾進行中の護衛艦隊の指揮官は航空回線にて応答されたい』
P-3Cから同海域の哨戒状況が初めてやくもへと伝えられる。
『こちら海上自衛隊護衛艦「やくも」艦長の寺井崎です。
現在護衛活動1号進行中に伴い、情報の提供を要請します』
寺井崎が無線にて応答すると、P-3Cから情報が提供された。
現在の湾内は濃霧で視界が不良で、船舶の航行に十分注意する旨の提供であった。
「すまないが、艦橋に戻るのでここの指揮は頼む」
寺井崎は水下にそう残し、艦橋へと続くラッタルを駆け上った。
▣ 2015年7月 4日 10時35分 ▣
▣ やくも艦橋 ▣
「艦長、艦橋に入られます!」
入口近くにいた隊員が、艦橋にそう伝える。
全員が水密扉の方を向いて寺井崎に敬礼をして、直ぐ持ち場に戻る。
「副長、航海状況はどうですか?」
航海長を兼務している今田は、寺井崎の方を向いて軽く首を横に振る。
「ちょっとイマイチですね。濃霧の状態が、想像以上で…」
確かに、艦橋から外を見るとほとんど前が見えない状態だ。
「各艦との連絡を密に。それと、警戒員を増員して周辺警戒を厳に」
「了解しました」
今田は艦内の部署に連絡を取り、警戒態勢を強化し始める。
「気象長、今日この後の天候予測をお願いします」
気象長の園丘 千冬は、気象資料を持って寺井崎の前に立った。
「報告します。現在発達した移動性高気圧がジプチ周辺に停滞、
非常に広範囲で濃霧が発生しています。
天気図等から予測しました所、この2日間程は警戒が必要です」
「報告ありがとう。持ち場に戻って下さい」
園丘が持ち場に戻ったのを確認して、寺井崎は艦橋の外へ出た。
▣ 2015年7月 4日 10時45分 ▣
▣ やくも艦橋 右舷側見張り所 ▣
護衛艦を問わず、大きな船舶はどちらかが少し張り出している事がある。
これは、左舷側若しくは右舷側の安全を確保する為である。
やくもにも右舷側に、警戒員が詰める見張り所が設けられている。
寺井崎が見張り所に近づくと、近くにいた海士が気づいて敬礼をしてきた。
寺井崎もそれに倣って敬礼をして、報告を受ける。
「現在の所、航海に支障を及ぼす事象はありません!」
「報告ご苦労! 適宜、休憩をしっかり取る様にして下さい」
海士は再び望遠鏡を覗き込み、遠方の警戒に戻る。
見張り所には、望遠鏡の他に測距儀や航法計測装置、
現在の速力・舵・機関出力を確認できる航行モニターも備えられている。
寺井崎は通路側へと少し歩き、アデン湾の海を眺めた。
「それにしても、多くの船舶が航行しているな…」
流通の要衝という事もあり、年間で1万8千の船が行き交うそうだ。
「明日の今頃は、ジプチ港に入港だな…一度、艦長室に戻るか」
寺井崎は踵を返し、艦橋の今田に指揮を任して艦長室へ戻った。
▣ 2015年7月 4日 11時00分 ▣
▣ ??? ▣
2日前にやくもを襲った潜水艦は、
再び機会が訪れるタイミングを、息を潜めて待っていた。
「艦長、現在周囲を航行している船舶はありません」
電測員の男が艦長と呼ばれている男に話しかける。
「油断はするなよ。何があっても良いよう、装備を点検しとけ!」
艦内にそう令すると、それぞれが持ち場で整備に移る。
「今度失敗したら、海の中だと…。ふざけるな!」
海図の台を叩いた音が、思いの他大きく艦内に響き渡った。
▣ 2015年7月 4日 同時刻 ▣
▣ P-3C 電測室 ▣
「何だ…。今の微かな音は?」
電測室で周辺海域の探索を担当していた椎葉3尉は、
海中から微かに聞こえた音が気になった。
聴覚の良さを見込まれ、今の持ち場に配属された。
「機長! すみません、今の海域をもう一回飛べますか?」
機長にそう進言すると「了解」とだけ返ってきた。
P-3Cは、徐々に旋回し同じ海域を飛び直す。
しかしさっきの様な音は聞こえず、椎葉は首を傾げた。
「念のため、周辺海域の調査を護衛艦に依頼しようか…」
椎葉は無線機を護衛艦の共通周波数に合わせ通信を取った。
▣ 2015年7月 4日 11時15分 ▣
▣ やくも艦橋 ▣
「えっ…海中から音が聞こえた?」
寺井崎は艦長室で執務をしていると艦橋への呼び出しがかかった。
急いで艦橋に駆けつけると、通信長にそう言われた。
「すまないが、P-3Cと通信をつなげるか。その担当を」
通信長が嫌な顔もせず直ぐに端末を操作してつないでくれる。
『護衛艦隊指揮官の寺井崎だが、もう一度詳細をお願いできるかな?』
寺井崎が無線にそう告げると、少しの間静寂が場を満たす。
『……。もしかして、あすか前副長の寺井崎2佐でしょうか?』
『あぁ、そうだが』
寺井崎は声にどこか聞き覚えがあるものの、思い出せずにいた。
その答えは、相手の名前を聞いて確信へと変わった。
『「あすか」で電測を担当していました、椎葉 和文3等海尉であります』
寺井崎は頭の中で点が線になり、言葉が頭の中に染み込んでくる。
椎葉は確かに寺井崎の以前の所属であった「あすか」の電測員で、
今の職場であるP-3Cへ推薦したのも他ならぬ寺井崎であった。
『そうか…あの椎葉3尉か。どうだ今の職場は?』
『2佐の推薦のおかげで、とても快適に勤務させて頂いています』
『ところで…その海中からの音というのは?』
椎葉は真剣な雰囲気へと変わり、話し始めた。
『先程1100に、海中から何か叩いた様な音が聞こえたのですが、
再探査してもそれが何だったのかわからず…。
念のために、護衛艦に海域探査をお願いしようかと思いまして』
『そうか、わかった直ぐに向かおう。場所を送ってくれ』
寺井崎があっさり決断したので、椎葉が逆に慌てた。
『2佐、そんなに簡単に決めて大丈夫なんですか?』
『お前の耳は推薦した俺が1番わかっているし、
しまゆきの艦長は十分な指揮能力もあるから大丈夫だ』
椎葉から場所の通告を受けると、通信をしまゆきに切り替えた。
護衛活動の臨時指揮移譲を横田に伝えると、
『どうか御無事で…』と冗談かわからない言葉を送られた。
船団を変形して、しまゆきとさきしまで囲む陣形になった。
やくもは、護衛艦から先にツノブイを投下するために、
SH-60Jを緊急発艦させて海域へ急行させた。
「面舵一杯、二戦速。現時を持って、各員戦闘配置。
対水上並び対潜戦闘に備えて、見張りを強化して下さい。」
寺井崎が艦橋で令すると、今田がインカムで艦内に復唱する。
「面-舵一杯!ふた戦―速!」
操舵員が今田の復唱の後に更に復唱し、舵を右に切る。
「各員戦闘配置! 対水上並び対潜戦闘に備え!!」
艦内に警戒音が吹鳴し、慌ただしく動き始める。
寺井崎は、CICで指揮に当たるためラッタルを降りはじめていた。
▣ 2015年7月 4日 11時45分 ▣
▣ やくもCIC ▣
CICは既に戦闘配置が完了しており、全員が持ち場の画面を見ている。
水下はCIC中央の海図を見ており、寺井崎もそちらに目を遣る。
「砲雷長、SH-601Jからの報告はそろそろですか?」
「えぇ、もうすぐ海域に到達しツノブイを投下して周辺警戒に当たります
本艦もあと10分ほどで海域へ到着します」
「わかりました」
寺井崎は不測事態に備えて、武器コンソール前に移動して、
二重蓋を開いて武器コンソールにIDカードをかざす。
CIC中央のディスプレイ端の武器コンソールの表示が、
「Safety」から「standby」の表示へと切り替わり、
赤く表示されていた兵装一覧が、緑色一緒に移り変わった。
それと同時に、SH-601Jからの報告が入る。
『こちらSH-601J。ツノブイを投下、現在同海域を旋回飛行中』
CICとSHはデーターリンクを行う事が出来、
CICからSHのツノブイの観測データ管理も可能である。
早速ツノブイからのデータがやくもに転送される。
すると、潜水艦がその海域に居る事が判明した。
SH-601Jからアクティブソーナーが打たれる。
ピコーンという特徴のある音が、何か硬い物にぶつかる。
深度などが正確に判明したタイミングで、やくもが海域に到着した。
▣ 2015年7月 4日 11時50分 ▣
▣ ??? ▣
「艦長、アクティブソーナーが打たれて本艦位置が露見しました」
艦長と呼ばれた男は苦々しい顔になり、命令を下した。
「魚雷とミサイルを同時に発射。ここまで来たら、必ず食わせろ!!」
潜水艦の中が慌ただしく動き始め、その斉射が迫っていた。
そして、準備が整ったのと同時に攻撃が始まった。
▣ 2015年7月 4日 12時00分 ▣
▣ やくもCIC ▣
CICで寺井崎と水下は嫌な緊張感に包まれていた。
いくら演習を熟しているからとはいえ、実戦はそうあるわけもない。
「潜水艦位置から高速飛翔物と魚雷が接近!!」
恐れていた事態が現実となり、寺井崎がCICに令する。
「対空戦闘及び対潜戦闘用意! スタンダードミサイル発射準備!!」
寺井崎は電子海図の接近情報を基に計算し、艦橋にも指示を出す。
「取舵一杯、最大戦速! 見張り員は艦内へ退避せよ」
艦が大きく振動し、舵が左へ大きく切られる。
「スタンダード発射用意よし! スタンダード発射管制はじめ!!」
管制員の声がCICの中に響き、
前部甲板のVLSから勢いよくスタンダードが打ち出される。
「迎撃態勢。128mm主砲及びCIWSは迎撃に備え!」
水下からもCICへ手際よく指示が飛ばされる。
やくもと潜水艦との戦いの火蓋が…今、落とされた。
「専守防衛」の下での対処のやくもと撃沈を躊躇わない潜水艦。
「先制攻撃」と「専守防衛」の名の下、攻撃が始まったのだった。
戦闘シーンを跨いで次話へと進むのは、
初めての経験となります…作者の SHIRANE です。
今回は、前回の第二ラウンドという位置づけですが、
その重荷は前回の比ではありません。
「専守防衛」を掲げる日本の海上自衛隊の護衛艦。
「先制攻撃」を厭わない某国の潜水艦。
次話で第5章は完結となり、第9話と番外編の投稿を予定しています。
またこれとは別口になりますが、
僕が初めて投稿した「専守防衛」より踏み込んだ、
日本の海上防衛と国民意識を主題とした短編を投稿予定です。
このほかにも、連載作品の「僕が役員でいいんでしょうか?」
「ブラックアウト」も重ねて宜しくお願い致します。
最近は多くの方に見て頂き、意見や評価を頂いております。
感謝を申し上げるとともに、これからも応援よろしくお願い致します。
もし、何かご質問があれば「コメント」や「メッセージ」まで!
それでは…。
2013年 3月 27日 SHIRANE




