第5章 第7話 「流通の安全を守れ!」
第5章 第7話 「流通の安全を守れ!」
▣ 2015年7月 1日 6時45分 ▣
▣ 佐世保港 赤崎地区 ▣
寺井崎は起床してすぐ、水下と共に赤崎地区の停泊地に来ていた。
護衛船舶の船長とのブリーフィングを行う為である。
赤崎地区は立神地区と隣接しており、本来であれば立ち入る事が出来ない。
理由は…ここが、在日米軍のA施設水域に設定されているからだ。
佐世保基地司令が米海軍佐世保基地司令官と懇意であり、
臨時措置として護衛船舶の停泊が許可されたのである。
立神地区と赤崎地区の境にはバリケードが設置されており、
身分証を提示して中へと足を進めた。
敷地内に入ると、直ぐ護衛船舶を見ることが出来た。
最初に護衛する通達が届いているのは2隻。
それぞれタンカーと貨物船で、両方ともJSAからの通達である。
寺井崎は船に近づくと、その傍で立っている女性が目に入った。
こちらに気付くと、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
女性は寺井崎達の前で立ち止まる、軽く敬礼をしてきた。
「ご苦労様です。ジャパンライナー船長の船橋と申します」
ジャパンライナーは貨物船の方で、資料にも船長は女性とあったはずだ。
「こちらこそ。派遣部隊指揮官の寺井崎です、こっちが水下と申します」
簡単な挨拶を終えると、ジャパンライナーの船長室へ通された。
▣ 2015年7月 1日 6時55分 ▣
▣ ジャパンライナー 船長室 ▣
船長室に通された寺井崎は、室内を見て少し驚いた。
船の中と感じさせないよく行き届いた室内は、女性らしさが垣間見える。
室内の椅子に掛けて、早速護衛内容の打ち合わせに入った。
「まず早速ですが、護衛方針についてご説明に入らせて頂きます」
水下がノートパソコンと資料を用いて説明が始まった。
粛々と進んだ打ち合わせは、10分程度で説明が終了した。
「続いてですが、万が一の事態に陥った場合の対応について説明ですね。
あっ、これは私の方から説明させて頂きます」
寺井崎は資料から目を離して船橋を見た。
船橋もまた視線に気づいて寺井崎の方へ目を向ける。
「万が一の場合は、やくもが主に対応する事になります。
どのような事態が発生するか……正直、見当も付かないのが現状です。
何が起こっても大丈夫な様、心構えだけ持っていて下さい。
私達は自分達の命と誇りに掛けて、船団を無事に護衛します」
寺井崎がそういうと、船橋が小さく頷く仕草を見せた。
「では、以上で打ち合わせの方を終了します。
事前通達の通り0900…9時ちょうどに佐世保港を出港します」
水下がそう締めると、立ち上がってお互いに握手をした。
「よろしく…お願いします」
船橋が握手をする時に、そう言ったのがとても印象に残った。
決意と想いがそこに込められている、そんな気がしたからだろうか。
寺井崎はジャパンライナーを降りると、その足でタンカーの方に向かった。
▣ 2015年7月 1日 8時00分 ▣
▣ やくもCIC ▣
寺井崎は両船との打ち合わせ後、艦に戻って朝食を取った。
護衛艦の食事は、幹部以外は科員食堂、幹部は士官室で取る。
やくもの士官室は、少し広めに設計されている。
その理由として、有事の際の傷病者受け入れを想定しているからである。
科員食堂と士官室は、有事の際に臨時医務室として利用される。
本来の任務では艦内に医官が乗り込む事はない。
すぐに傷病者を搬送できない場合か有事の際には医官が乗り込むが、
平時の任務ではその代役として衛生員だけが常駐する。
しかし、衛生員には一切の医療行為が禁止されている。
理由としては、衛生員が救急救命士若しくは看護師であるためである。
今回の派遣では長期に及ぶ事と海賊との戦闘を想定して、
従来の医官と歯科医官、放射線技師と臨床検査技師が乗り込んでいる。
これは、本格的な外科手術を想定して…と通達資料にはあった。
少しそれたが、話を戻そう…。
食事を終えた寺井崎はその足でCICに入った。
CICには既に各所属長が集合していた。
「ご苦労様。では、今から最終ブリーフィングを行います」
総員敬礼、と副長の号令に合わせて全員が室内敬礼をする。
「いよいよ、1時間後の0900から海賊対処法に基づく活動が開始される。
派遣中は何時、どのような事態に陥るかわかりません。
特に、想定外の攻撃を受ける可能性は十分考えられる範囲内です。
何が起こっても日頃の訓練の成果をいかんなく発揮して、
船団を無事にジプチ港まで護衛するのが我々に課せられた使命です」
寺井崎の言葉に全員がしっかりと耳を傾けているのが見て取れた。
「万が一の時は、私の責任で戦闘を行う可能性もあります。
しっかり各種装備のメンテを行い、備えて下さい」
寺井崎が話し終えると、各員が持ち場へと戻っていく。
CICには、寺井崎と水下以外の幹部は居なくなった。
そのCICでも、現在システムの最終点検が行われている。
「いよいよ…海外派遣されるんですね!」
水下は口調こそ元気だが、どこか不安を感じているのは否めない。
「水下、不安なのはよくわかるが、よろしく頼むぞ」
気づいた事に驚いたのか喜んだのか、「はいっ!」と元気な返事が返ってきた。
その口調と顔からは先程までの不安が見事に消え、
派遣に対する意気込みが意気揚々と感じられた。
▣ 2015年7月 1日 8時55分 ▣
▣ やくも 艦橋 ▣
「出港用意。もやい放て」
寺井崎の令が漏れなく復唱され、艦内に伝達される。
副長兼航海長の今田がテキパキと艦橋内に指示を送り、
スムーズに佐世保港外に出る事が出来た。
今田の航海指揮も慣れたもので、安心して任せる事が出来る。
港外の指定海域に到達すると速力を落し、単縦陣を形成する。
先頭から『しまゆき』『船団1』『さきしま』『船団2』『やくも』の順だ。
これに加えて、ローテーションでSHが先端と後端を飛行する。
ソマリア沖に入ったら、P-3C哨戒機も加わる事になっている。
寺井崎は護衛内容を頭の中に思い浮かべながら、次なる令を出す。
「各艦へ通達。各艦間隔を4kmに設定。それに加えて、派遣艦隊へ別途通達。
第2哨戒配備を発令、対水上見張りを厳となせ」
通信長が内容をその場で復唱し、紙を持って通信台へ向かう。
前方には、ジャパンライナーの後部が広がる。
波間は比較的穏やかで航海日和と言えるだろう。
しかし、まだこの段階でこの後の事を想定できた者は居たのだろうか。
やくもの航跡は、波間に溶けて…そして消えた。
▣ 2015年7月 1日 21時00分 ▣
▣ ??? ▣
ここでは、秘密裏にある軍属の艦が特務に就いていた。
それも、ただの艦ではなく潜水艦である。
急ぎ足で喚呼を完了すると、ゆっくりと海原へと消えて行った。
気づけばそこには…何もなかった。
2015年7月 2日 04時25分 ▣
▣ 与那国島沖 20km ▣
「まもなく台湾の海域に入ります」
CICから艦橋にそう報告が上がってくる。
与那国島の沖合を抜けると直ぐに台湾の領海に入る。
海洋法に基づく無害通航権を行使しているので、
何ら問題なく海域へと入った。
前方を先行するしまゆきからも定時報告で異常はなかった。
辺りの海域はうっすら明かりが差す…気配はなく、
一面が漆黒の闇に彩られている。
見張り員も2名から増員し、海上見張りを強化している。
寺井崎は当直として、今日は艦橋に詰めていた。
当直士官の3尉が今は舵を取っている。
CICには水下が今日は当直として詰めていたはずだ。
「気象長、現在発達している低気圧の状況は?」
寺井崎はそう言うと、艦橋に詰めていた気象長が資料を持ってやって来た。
「えぇと、今の所直撃コースではありません。
しかし、念のために少し南側に迂回したコースが安全かもしれません」
そうか、と言って気象長を持ち場に戻らせる。
「 (朝の全体ブリーフィングで、南側迂回航路に変更するか…) 」
朝の通達を考えながら、寺井崎はふと双眼鏡をのぞきこんだ。
「艦長? いかがされましたか?」
近くにいた海曹長が、心配そうにこちらを見ている。
「いや…今、何か海中で光った気がしたんだが…」
「そうでしょうか…」
海曹長が不思議そうに海面に目を向けている。
そのタイミングで、艦橋の緊急電が鳴り響いた。
寺井崎は反射的に、緊急電の受話器を取る。
「はい、艦橋寺井崎。どうした?」
「艦長大変です! 右舷方向より高速飛翔物確認、対空戦闘を具申します!」
水下の声には余裕がなく、寺井崎も反射的にインカムを手に取った。
非常起こしの警報を吹鳴させ、艦内に令を出す。
「非常起こし! 各員戦闘配置、対空戦闘用意!」
艦内に鳴り響く警報音と共に、艦橋にも数名が駆け込んできた。
「通信長、護衛船団及び護衛艦隊に通達!
対空戦闘に伴い、急速で海域を離脱。ここで引き付ける」
通信長はメモを取ると、慌ただしくかけて行った。
「対空戦闘、スタンダードミサイル発射管制はじめ!」
CICの水下の戦闘指揮状況が、艦橋にリアルタイムで流れる。
「副長、CICに降りるからここの指揮を頼む」
副長に航海指揮権を移譲し、CICに駆け下りていく。
一面の漆黒から迫る高速飛翔物…にやくもが立ち上がる。
2015年7月 2日 04時35分 ▣
▣ やくも CIC ▣
「艦長、武器コンソールを解除して下さい!」
言われるまま、武器コンソールに寺井崎のIDカードをかざす。
CICのディスプレイがsafetyからstandbyに表示が変わる。
「スタンダード発射用意! 対空目標2つ、発射はじめ!」
水下の合図と共に前部甲板のVLSから勢いよく射出されたのは、
やくもに搭載されているスタンダード迎撃ミサイルである。
「スタンダード順調に飛翔、目標接触まで残り30秒」
電測員が黙々と報告し、目の前のディスプレイに集中する。
「128mm主砲及びCIWSは迎撃に備え」
寺井崎の指示に、射撃員と射撃管制員が反応し準備に入る。
「目標まで秒読み、5、4、3、2…1、マークインターセプト!」
衝撃波が伝わり、CICのレーダーにはまだ1つ残っている。
「スタンダード防空圏突破、主砲防空圏まで2000m!」
射撃管制員が報告し、射撃員が自動モードに切り替える。
高速飛翔物は音速で飛翔してくるため、直ぐに時間が経つ。
「主砲防空権侵入! 128mm主砲オート始め!!」
水下の令と共に、射撃員が端末を操作する。
主砲の砲弾を打ち出す音が艦内を揺らし、次々と砲弾が打ち出されていく。
すると、その内の1発が飛翔物の弾頭を掠めたようだ。
大きな衝撃音が艦内を揺らしたが、直ぐに収まる。
「艦内ダメージコントロール、至急報告を!」
寺井崎がインカムを手に取り、艦内に令する。
数分してCICに報告が挙げられたが、艦内負傷者はゼロであった。
「周辺海域を再探査!」
寺井崎がCICに令すると、これも数分して報告が挙げられる。
「周辺海域を再探査しましたが…目標を発見できませんでした」
「了解した、自衛艦隊司令部に緊急電。報告を頼む」
水下は軽く敬礼をして、通信へ走って行った。
報告の結果、案件は結果的に防衛大臣まで上げられたそうだ。
やくもは装備に損傷が見られなかった為、
引き続き船団の護衛を続行する事になった。
やくも数時間遅れで船団に追いつき、護衛活動を再開した。
先刻の攻撃を受け、SHを緊急発艦させ警戒に当たらせている。
平穏な護衛活動は波乱に幕を開け、西沙諸島の海域へと入って行った。
2015年7月 2日 04時50分 ▣
▣ ??? ▣
「ダメージを与えられなかったそうだな…」
日本語でもなく、英語でもない声が電話から漏れている。
「次失敗したら、どうなるか…わかってるだろう」
電話を受けていた男は携帯を切ると、床に叩きつけた。
壊れた携帯を踏みつけ、男は部屋を後にした。
第5章 第7話 「流通の安全を守れ!」をお送りいたしました。
作者の SHIRANE です。
この第5章ですが、後2話 + 番外編で完結させる方針です^^
何か波乱な幕開けですけど、
もうひと波乱あったり…なかったり…やっぱり……。
安定して更新できているので、この調子で書いて行きたいと思います^^
それでは…。
平成25年 3月 18日 SHIRANE