第5章 第6話 「立神桟橋からの…」
第5章 第6話 「立神桟橋からの…」
▣ 2015年6月30日 20時45分 ▣
▣ 佐世保港 立神桟橋 ▣
やくもは横須賀港を出港後、南進して佐世保港を目指した。
比較的気象状態も安定し、定刻通りに佐世保港の立神桟橋に入港した。
佐世保港は、西のシーレーン防衛拠点ともいえる要所である。
呉ほどに大きくはないが、主要な護衛艦がここを定係港としている。
主に係留されるのは今いる「立神桟橋」と「倉島岸壁」が存在する。
「立神桟橋」は主に大型艦の係留に使用されており、
「倉島岸壁」はその逆で小型艦に主に使用されている。
少し余談を挟んでしまいましたが、お話を戻しましょう…。
「入港部署発動、港内見張りを厳となせ」
『入港部署発動! 港内見張りは、水上見張りを厳に!!』
副長がインカムで艦内に復唱内容を伝達し、
艦橋の外では若い海士達が、電子双眼鏡を片手に水上見張りに追われている。
数分後には立神桟橋に到着し、係留作業も完了した。
佐世保基地司令のご厚意で、立神桟橋の一部が明日の出港まで、
自艦隊の係留場所として開放されると昨日総監部より一報があった。
寺井崎は厚意に感謝しつつ、これを受け入れた次第だ。
『艦長より総員に達します。本艦隊は、明日からの護衛活動開始に備え、
艦の給油及び補給物資の積載作業が現在進行中です。
積載作業は佐世保基地司令のご厚意で、基地職員が作業中です。
それに伴い、当直以外は1時間の臨時上陸を許可します。
当直は1時間後の当直交代に合わせ、1時間の臨時上陸を許可します。
自衛官として恥ずかしい行動をしない様、十分留意して下さい。
以上で、伝達を終わります』
寺井崎がインカムを置いたのとほぼ同時に、当直以外が艦橋を後にした。
「あっ、各所属長は少し集合してくれないかな?」
寺井崎が思い出したように言うと、艦橋にいた所属長が集まった。
どうやら、数名が席を外しているようだ。
「水下、すまないが全艦放送で呼び出しをお願いしていいかな?」
「はい、了解しました」
水下が艦内放送のインカムを手に取り、呼び出しを始めた。
『連絡します。各所属長は艦内に居られましたら艦橋へお戻り下さい。
繰り返します、各所属長は艦橋までお願いします。以上です…』
インカムを元の場所に戻すと、水下が小さな輪の中に戻ってくる。
数分の時間をおいて、残りの所属長が走ってきた。
「遅れてしまい申し訳ありません…」
律儀に謝罪しているのは、飛行科の木村副主任である。
飛行科全体では副主任という立場の木村ではあるが、
飛行科の操縦士の中では彼が主任の立場なのだ。
「いやいや、度忘れしていたのは僕のミスだから…。
さて、集まったところでブリーフィングに関しての伝達が1点。
本日2200時の当直交代時に、艦長室でブリーフィングを行います。
持参資料は、[ソマリア派遣伝達資料]のみで結構です。
今回はテレビ電話を用いて3艦同時ブリーフィングを行いますので、
時間厳守でお願いします。以上で伝達を終わります、ご苦労様」
寺井崎の別れの合図と共に、各所属長が艦橋から持ち場へと戻る。
「今田、水下~! ここは僕が担当してするから、上陸してもらえるか?
というよりも、見張り…って感じが強いかな?」
「そういうことでしたら…簡易無線機を持っていきましょうか?」
副長の今田がそう寺井崎に尋ねる。
「そうだな…何かあったら使えるし、許可します」
「あっ、それと…」
「なんですか?」
水下は寺井崎が少し言いよどんだ感じがしたのが気になった。
「もし、何か良からぬ事をしていたら遠慮なく制裁を加えて下さい!」
「はい…了解しました!」
寺井崎から言われた2人は準備を済ませ、街へと降りて行った。
「さてと……。石山~!」
「はい!?」
「ちょっと艦内回ってくるから、何かあったらこれに頼む」
そう言いながら指差したのは、さっきの無線機だ。
呼んだのは船務長の石山である。
寺井崎と同じ位の年齢だが、よく気が付くマメな男だ。
「はい、了解しました!」
気持ちのいい返事が返ってくると、一度頷いて艦橋を後にした。
▣ 2015年6月30日 21時15分 ▣
▣ やくも 後部甲板 ▣
少し質問ですが…「DDH」という意味をご存知でしょうか?
正解は……「ヘリコプター搭載護衛艦」という意味を持っています。
やくもには2機のSHが搭載されており、
国内ではひゅうが型より先にSH-60Kを搭載する事に成功。
対潜哨戒能力に優れた「SH-601J」と汎用性に優れた「SH-602K」。
両方の保有により護衛活動にも幅を利かせることが出来る。
またそれを運用するパイロットも優れているから文句なし。
…少し話がそれたので、後部甲板へとお話を戻しましょう。
寺井崎はこの「やくも」の艦長を拝命した日から、
この艦で過ごす時は決まってこの時間、この後部甲板を訪れる。
いつもは留萌港を眺めていたり、津軽海峡だったりするのだが…。
「それにしても、ここの景色もまたいいもんだな…」
1人リラックスモードになっていると、後ろから冷たいモノが当てられた。
「冷たっ!?」
驚いて後ろを振り返ると、そこに飛行科の木村が立っていた。
「艦長、よくこちらに来られてますよね?これ良かったら」
そういって差し出したのは、某メーカーの炭酸飲料だった。
「ありがとう」
そういって受け取ると、プルタブを起こして一口呷る。
「木村は体調の方はどうだ?」
後部甲板から月明かりに照らされる波間を見ながら尋ねる。
「体調は…いいですかね?それよりも、河野の方が心配ですよ」
「河野って、あの天売訓練の時のコパイか?」
「えぇ…。覚えてらっしゃるんですね、あの訓練」
寺井崎は少し懐かしむように、あの時を思い出した。
「忘れられないよ、何せ死にかけたからな……」
「その節は、本当申し訳ないです」
天売島で行った「傷病者搬送訓練」の際にエンジントラブルが発生、
墜落の危機に瀕したが、木村と河野の的確な判断で着陸に成功したのだ。
「今回のソマリアでの護衛活動は、ヘリに大きな信頼をおいてる。
特に、汎用性に優れているSH-602K。木村と河野の機に、な」
「そんな艦長…私達は与えられた任務をこなすだけです…」
今回の作戦では護衛船舶を護衛艦で前後を挟み、
空白の空間をヘリコプター4機が交代で2機ずつ飛行し、
更にP-3C哨戒機が対象海域の広範囲のスキャンを行う事になっている。
「まぁ、とにかくよろしく頼むな!」
炭酸を一気に飲み干して、木村に握手を求めた。
木村もそれに応えて、手を握り交わした。
寺井崎は空いた缶を片手に持って、その場を後にした。
▣ 2015年6月30日 21時45分 ▣
▣ やくも 艦長室 ▣
後部甲板を後にした後、CICに少し立ち寄った。
この後のテレビ電話に使うコードの一部が、ここに保管されているからだ。
艦長用の簡易椅子の下のボックスから、コードセットを取り出すと、
その足で艦長室へと戻った。
IDカードを艦長室の扉横のスキャナに通して、部屋に入る。
寺井崎は艦長室にあるプロジェクタ設備の準備と椅子を用意した。
やくもの艦長室は旗艦としての機能が取り入れられているので、
こういった物が艦長室には備えられている。
第5護衛艦群の僚艦には、最低限テレビ電話の設備が設置されている。
コードをつないで、無線設備で試験放送を行う。
「こちらやくも艦長室。しまゆき放送受信状態はどうですか?」
少しのタイムラグが開いて、しまゆき艦長の横田が映った。
「こちらしきしま艦長室。受信状態良好です」
しまゆきとの放送回線の構築は終わったので、次はさきしまである。
「こちらやくも艦長室。さきしま放送受信状態はどうですか?」
こちらも少しのタイムラグを開けて、艦長の江崎が映った。
「こちらさきしま艦長室。受信状態良好」
これで3者同時回線の構築が出来た。
「了解です、この後2200時より合同ブリーフィングを実施します。
僚艦にあっては、艦長と副長が出席する様お願いします。
では、後程またよろしく」
了解、という返事を残して画面の電源を落とした。
ブリーフィング開始までの間に、飲み物の準備をすることにした。
無難にコーヒーにすべきか迷い、結局コーヒーにした。
人数分のコーヒーセットを準備していると、部屋のブザーが鳴った。
扉前で確認すると水下で、部屋の中から開閉キーを押し込んだ。
「失礼します、砲雷長出頭しました!」
「まぁ、とりあえず好きな椅子に座って」
「はい!」
元気さがウリの1つである水下は、夜になっても元気である。
というよりも、仕事中は誰よりも気張っているかもしれない…。
とりあえずコーヒーを持って寺井崎に近寄った。
「これ、よかったら飲んで」
「あっ、ありがとうございます」
そういうやり取りをしている間にまたブザーが鳴り、応対する。
副長兼航海長の今田を皮切りに5分前には全員が集合した。
全員にコーヒーが行き渡ったのを確認して、電源を入れた。
画面に僚艦の艦長室の映像が2分割で映し出される。
画面の向こうにはそれぞれ、すでに集合していた。
「おや、寺井崎艦長の所は皆さんティータイムですかな?」
和やかに言うのは、さきしま艦長の江崎2佐である。
「確かに…寺ちゃんの所はいいな。雰囲気が」
しきしま艦長の横田2佐もそれに続く。
「ありがとうございます。それでは、合同ブリーフィングを始めます」
寺井崎の黙礼の合図と共に黙礼を行い、ブリーフィングは始まった。
「では、基本的な護衛活動態勢に関して私から説明します。
本護衛活動は『海賊対処法』及び『警察官職務執行法』に準拠します。
尚、非常事態の際は指揮官の指示で対処すると定められていますが、
これは各艦艦長の指示という認識で結構です」
艦長室の中は静かで、全員が寺井崎の話に耳を傾けている。
「続いて、護衛体制に関して。
先頭にしきしま、真ん中にさきしま、後方にやくもが就きます。
護衛中はSHを2交代で飛行させて警戒に当たると共に、
調査派遣されているP-3Cも途中から護衛活動に加わります。
ですので、資料にあるような態勢で護衛することになります」
配られている資料のページにそれぞれが目をやる。
「そして、護衛船舶及び自艦に危険が迫った場合ですが…。
安全を確保する事を最優先事項として下さい。
自衛権を行使する事は国際法上で認められています。
但し『急迫性』『必要性』『相当性』に十分留意して下さい。
私からの伝達事項は以上となります。
何か質問等があれば、お願いします」
その場の全員が資料から目をあげ、寺井崎を見ている。
「なければこれで解散とします。一同黙礼…」
合同ブリーフィングが終わった後、寺井崎は簡易ブリーフィングを行った。
「明日からいよいよ派遣となるが各人気を抜かず、
自分たちに与えられた任務を着実にこなせる様頑張ろう!」
「はい!!」
全員から気持ちの良い返事が戻ってきた。
寺井崎は艦長室の片づけをしながら、ふとさっきを思い出していた。
後部甲板から見えた波間に映る月景色。
明日から暫く見られなくなる日本での景色。
どこか寂しさに似た感じを抱いていた寺井崎だが、
それとは別にどこか胸騒ぎしているような気がした。
「何だろう、この感じ……」
今までには感じたことのない胸の奥が震える。
「気のせい…かな?」
寺井崎は気にすることをやめ、艦長室を片付けきった。
奇しくも、この時とある国ではある事が進行していた。
寺井崎はこのことを知る余地もなく、事務整理に没頭していた。
この出来事がこの後、護衛活動にどう影響を与えるのか…。
月に照らされている波間が一瞬乱れて…また静かになった。
最後まで読んで頂いたことに感謝の念を抱いております。
どうも、本作作者の SHIRANE です。
今日は少し SHIRANE の由来をお話ししようと思うのですが、
感のいい方はすでにお気づきではないでしょうか?
海上自衛隊 護衛艦『しらね』が勿論由来です^^
ちなみに、私のSHIRANEは漢字にすると「白音」です。
どうでもいい余談で緊張もほぐれたところで…。
最近この『護衛艦奮闘記』が読まれているなと感じています。
何より、感想を頂く機会が断然に増えた気がします。
その中で「1つ1つの任務に焦点を当てている」と言われた事です。
これは、本当に嬉しいことだな~と思っています^^
自衛隊に関しては今でも多くの誤解や偏見が多く、
先の東日本大震災でも自衛官の方について思いました。
「この人達のお蔭で、平和に過ごせているんだな…と」
ですから、少しでも自衛隊に対しての印象がこの小説で変わればな…
というのは私の小説に求めるハードルが大きい気もしますが^^;
何か感じてもらえたらと思います。
ですので、僕の小説では凄い兵器も出てきませんし、
他の戦記物比べると見劣りするとは思います^^;
ですが、私は別にそれでもかまいません。
読んでくれる人が居る限りは、これからも書いていきたいですね^^
さて、寒い日がまだ少し続くみたいですね~。
皆様体調には、十分お気を付け下さいね。
「インフルエンザ」とか
作者:「ゲホン、ゲホン(ワザとらしい咳)」
「ウィルス性胃腸炎」とか
作者:「何も聞こえないですね~」
お気を付け下さい。
それでは、また次回の投稿でお会いしましょう。
次回の投稿は、第7話「流通の安全を守れ!」です。
2013年3月3日 SHIRANE