番外編シリーズ2 「寺井崎の休日」
番外編シリーズ2 「寺井崎の休日」
▣ 2015年6月17日 9時00分 ▣
▣ 北海道留萌市 隊員宿舎 ▣
2日前の騒動が明けて1日の当直を挟み、今日は久しぶりの公休日だ。
いつもは5時には起きている寺井崎だが、ゆっくりと目覚めた。
「う~ん・・・。えっと、今何時だ・・・。」
寝ぼけ目のまま、目の前の時計に目をやった。
「もう9時か・・・。そろそろ起きて、少し出てくるかな~。」
自衛隊員は基本的に、遠出する場合は書類をその都度提出しなければならない。
理由は、非常時に連絡がつかなければ困るからだ。
その為少し出かけるにしても、帰宅2時間以内の場所に限られる。
その際も、基地警備に行き先や帰宅予定時刻を申し出なければならない。
「基地外へ出るのも久しぶりだからな・・・何かブラブラしてくるか。」
そう言うと寺井崎はベッドを下りて、身支度をして私服へ着替え始めた。
「ご飯はどうしようかな・・・?」
基地の食堂でご飯を食べるのもいいが、たまには外ででいいか・・・。
自分で簡単に結論を出すと、免許証と財布を持って部屋を出た。
危うく鍵をし忘れる所だったが、扉にICカードをかざしてロックをかける。
2階から1階へ続く階段を下りていると、1階の部屋から水下が出て来た。
「あっ、艦長。どこかお出かけですか?」
水下も私服へ着替え、どこかに出かけるところのようだ。
「あぁ、ちょっとブラブラしに行こうかと思ってね。君もか?」
水下も部屋にICカードをかざして返事をした。
「はい、ちょっと服でも見に行こうかな~って思って。」
玄関で靴を履いている時に、水下がこう尋ねて来た。
「艦長は車で出かけられるのですか?」
「あぁ、どうも電車とかバスは相性が宜しくなくてね・・・。」
「そうなんですか・・・。あの~良ければ、乗せて行って貰えませんか?」
水下は、車への同乗を願い出て来た。
「それは構わないけど、いいのかい?僕の車でも・・・。」
「はい!! 乗せて行って貰えるんですか!?」
「あぁ、別に構わないよ。で、何処に行きたいんだい?」
寺井崎もまだ考えていなかったので、丁度いい。
「そうですね・・・旭川西のイオンショッピングセンターに行きたいです。」
旭川西と言えば、10年ぐらい前にできた所だったかな・・・。
時間でいえば、道央自動車道を使って・・・2時間以内で行けるな。
「わかった。2時間ぐらいかかるけど、それでもいいか?」
「はい!!」
いつもの以上の笑顔に微笑ましく感じながら、車へと向かった。
仕事上、車に乗る機会と言うのはほとんど存在しない。
けれども、何かの時に便利だからと車を寺井崎は数年前に購入した。
「(丁度、試験艦の副長を務めて3年目だったかな・・・。)」
・・・。俺は何を思い出していたんだ・・・。
車に乗り込むと寺井崎はまず、ガソリンの量をチェックした。
「これだったら少し心細いかな・・・。入れて行くか~。」
エンジンをかけて、宿舎の玄関の所に車を付ける。
水下が助手席に乗り、シートベルトを確認すると車はゆっくり動きだした。
雪国と言う事もあり、勿論チェーンは通常装備である。
エンジンをかけると、車を玄関の所へとつける。
「あんまりきれいじゃないけど、どうぞ。」
「あっ、はい!!」
助手席に座ると、寺井崎はゆっくりと車を発進させた。
▣ 同日 11時20分 旭川西イオンショッピングセンター ▣
道央自動車道が思いの外空いていたお陰で、早く到着できた。
車を駐車場に止めると、2人で店内へと足を進めた。
「寺井崎さん、この服どうでしょうか?」
寺井崎はと言うと、水下の服選びを手伝っている。
「うーん、少し色が暗いかな?こっちの水色はどう?」
センスが凄く良いとは言えないが、人並には持っている。
「そうですか・・・うーん、じゃあこれにします!」
嬉しそうに服を抱えて、そのままレジへと走って行ってしまった。
「(久しぶりだな・・・。こうして誰かと買い物に来るのも。)」
若干の懐かしさを思い出しながら、水下が戻って来るのを待っていた。
昼ご飯には、道内でも評判のいいうどん屋さんに入った。
麺とつゆの相性が抜群・・・と隊員の誰かが言っていた気がする。
水下はうどんのついた定食、寺井崎も同じものを注文した。
寺井崎はふと、気になった事を口にした。
「水下、今日は久しぶりの気分転換になったのかい?」
「えぇ、しばらく休みもなかったのでとても。」
「そうか、それは良かった。偶には、こう云うのもいいもんだな。」
「えぇ。」
少しして注文した定食がテーブルに並べられた。
確かに、喉越しを取っても今までのうどんよりもおいしかった。
会計は、割り勘にすると水下は言ったが、寺井崎が丁重に断った。
「こうした休日をくれたんだから、これぐらい・・・ね。」
そう言うと、伝票を持って会計を済ませてしまう。
「どうも、すみません。」
「いいから、いいから。」
ご飯を食べ終わると、もう十分だと言うので車へ戻った。
「もう、行きたい所ないのかい?」
寺井崎がそう尋ねると、少し考える素振りをして答えた。
「はい、今日はもう充分です。楽しめましたし!!」
「そうか、じゃあ戻るか・・・。」
寺井崎は、車を基地の方へ向けて走り出させた。
▣ 同日 18時00分 首相官邸 ▣
首相官邸では、首相・官房長官・防衛大臣・統合幕僚長を今回は招集して、
安全保障会議を行っていた。
議題の内容は、「ソマリア沖・アデン湾における海賊対処」に関してである。
大まかな閣議は、以前に済ませてあるので最終打ち合わせが行われている。
(この時の日本は、明確な参加を表明していないとされています。)
「では、海賊事案対処に際して派遣にはどの部隊が適切か・・・。」
時の首相の野岸が、会議で初めて口を開いた。
「はい、候補としているのは第5護衛艦群からの派遣です。」
野岸の質問に、統合幕僚長が答える。
「その中でも、海上幕僚長の話を聞くと`やくも`がいいのではないかと。」
「`やくも`とは、最近就役した新型護衛艦のことか?」
流石、何度も防衛大臣を務めただけのことはあった。
普通の人ではあまり知らないような事も、ちゃんと勉強していらっしゃる。
「はい、その通りであります。現在の艦長は、寺井崎2等海佐です。」
そこで、防衛大臣である奈川が口をはさんだ。
奈川は、今年当選したばかりの新人議員でまだ何も知らない。
「しかし、`やくも`は5艦群の旗艦ですよね? その代役は居るのですか?」
「それは大丈夫です。改修済の`しらね`が不在の旗艦として機能します。」
「そうですか・・・。」
奈川は、満足したように口を再び閉じた。
「と言う事ですが、野岸総理如何でしょうか?」
野岸は少し考えてから口を開いた。
「もう1隻、派遣できないかね? 2隻の方が、対処も楽であろう。」
「そうですね・・・。」
統合幕僚長が資料に目を落とし、少し間をおいて答える。
「では、5艦群より`しまゆき`と`さきしま`を加えては如何でしょうか?
`しまゆき`は新型防空艦、`さきしま`は補給艦として最高峰です。」
「そうか・・・では、その編成で関係各所に命令を出してくれるか?」
「はい、了解いたしました。今すぐ、手配いたします。」
そう言うと、統合幕僚長は会議室を出ていった。
野岸は一息つくと、官房長官にこう言った。
「明後日会見を行う。会見を行えるよう、内閣府に伝えておいてくれるか?」
「はい、わかりました。手配しておきます。」
そう言うと、野岸が部屋を出ていき、続いて官房長官らも退出していった。
外は、もう薄暗くなり始めている所であった・・・。
▣ 同日 19時30分 留萌基地 ▣
16時にはあそこを出たのだが、見事に渋滞に巻き込まれてしまった。
しかも、当直の隊員から出来るだけ早く戻るように連絡があったし・・・。
まぁ、もうすぐ基地だけどね。
助手席では、静かな寝息がこもれ始めていた。
「久しぶりに外に出て、疲れたのかな?」
基地入口で自分のICをかざし、警衛のチェックを受ける。
「ご苦労様です、どうぞ中へ。」
ゲートが上げられ、車を駐車場へ停める。
「水下、着いたぞ。」
右肩を軽くたたいて、意識を戻させる。
「う・・・ん。あぁ、もしかして寝ていましたか?」
「あぁ、起きれるかい?」
「はい。」
軽く服装を正して、車外へ降車する。
「忘れ物は無いかい、もう鍵を閉めるけど。」
「はい、大丈夫です!!」
寺井崎は車に鍵をかけると、共用宿舎へ水下と並んで歩いて行く。
「艦長、今日はとても楽しかったです!」
水下は、歩きながらそう言った。
「そうか、それは良かった。」
「また、今日のお礼を別の時にさせて下さいね。」
そう話している時に、寺井崎の携帯が鳴った。
「ちょっとすまいな・・・。」
携帯を取り出して、耳に当てる。
寺井崎は通話がすむと、こう告げた。
「すまない、ちょっと総監部の方へ行って来る。今日はありがとう!!」
寺井崎は小走りで、総監部庁舎の方へかけていく。
すると後ろの方から「こちらこそ!!」と言う声が聞こえた。
重責の合間、こういう休日もいいものだと寺井崎は改めて思った。
平和があっての幸せ、これを守れる使命感を改めて感じ始めていた。
夕日が見えていた空も沈み、真っ暗の中、暗闇には足音だけが響いていた・・・。
更新がかなり不定期になっています、作者のSHIRANEです。
更新が遅れている中でも、読者の方がいらっしゃるのは有り難い限りです。
次話から、また新章へと入って参ります。
ご想像の通りソマリア沖への派遣です^^
どのようなストーリーを展開できるかは分かりませんが、
これからも宜しくお願いいたします。