第3章 第2話 「よく晴れた日」
第3章 第2話 「よく晴れた日」
▣ 2015年6月1日 6時30分 ▣
▣ やくも艦長室 ▣
寺井崎は、部屋で久しぶりに新聞をめくっていた。
今日の9時には、訓練に出港するのでひと時の休息だ。
定番の新聞の一面を飾っていたのは、やはりあの記事だった。
「日本の領海を侵犯した中国人船長を公務執行妨害で逮捕!!」
この事件は昨日、尖閣諸島近辺をパトロールしていた11管区海上保安部の
巡視船「くだか」に体当たりして逃走しようとしたところを逮捕された。
くだかは、定点カメラで撮影しており、証拠として国交省へ提出した。
国交省は、外務省に連絡を取り中国への謝罪を求めている所だ。
「大変だな~」
寺井崎は、のんびりとした口調で呟きながら新聞を閉じた。
椅子から立ち上がると、一度伸びをしてまた腰かけた。
今度は、机の引き出しから訓練計画書を出してきた。
実をいうと、今度は自衛隊の訓練ではない。
北海道で直下型地震が発生した時の、大規模防災演習に参加するのだ。
なんでも、今年就任した知事が決めた事らしい。
自衛隊の他には、海上保安庁、北海道警察、札幌市消防局、
北海道医師会などが参加している。
やくもは、北海道沖を航行しておくと言う事しか伝えられていない。
詳しい想定は、明日現地で実際に説明されるそうだ。
隊員達も初めての試みに、皆緊張を隠せないようだ。
・・・少し艦内でも見回ってくるか・・・。
寺井崎は、部屋を後にした。
▣ 艦橋 ▣
「艦長、上がられます!!」
全員が入口の方を向き、敬礼をする。
「あ、いいよ。出港作業を続けて・・・。」
寺井崎が促すと、敬礼していた手が下がり職務に戻っていく。
「船務長、出港準備の方はどうなっている?」
寺井崎は、石山に近づきそう聞いた。
「はい、準備の50%が終了済みです。」
「そうか・・・。」
「ところで、副長はどこにいるか知らないか?」
先程から気になっていたが、今田の姿が見当たらない。
「副長でしたら、機関科の葉山の所へ行ってますけれども・・・。」
(葉山・・・葉山・・・、この前の整備主任か。)
自分の中で括りをつけ、艦橋を後にした。
▣ 機関科 整備主任室 ▣
「コンコン」
不意に、扉は数回ノックされた。
「はい、どうぞ。」
葉山は、事務整理をしながら応答した。
「ご苦労さん。副長がこちらにお邪魔していると聞いたのだが・・・。」
「ガタ!!!」
葉山は、椅子から勢いよく立ちあがったので大きな音が立った。
「艦長!!どうされたのですか?」
あまりに急な訪問だったので、何の準備もしていない葉山は慌てた。
「いや、副長が来ていると聞いたのだが。」
「副長でしたら、先程CICへ行くと言っていましたが。」
「そうか・・・、すまなかったな。職務を続けてくれ。」
「はっ、了解しました。」
ほんの数分で、寺井崎は主任室を後にした。
「・・・事務整理するか・・・。」
葉山は、再び机に向かった。
▣ 2015年6月1日 10時30分 ▣
▣ 北海道庁 小会議室 ▣
ここ北海道庁では、明日の防災演習に向け最終会合が行われていた。
出席しているのは、知事・副知事・危機対策局の幹部職員数名である。
「では、明日の防災演習の会合を行います。」
副知事が話を進める。
一応紹介しておこう・・・。
北海道知事・副知事は、福田響子・木田恭平である。(詳細は、人物紹介参照)
話を戻す・・・。
「では、危機対策局!災害の想定を報告してくれ。」
危機対策局の職員が、椅子から立ち上がり話し始める。
「はい、では中央のモニターをご覧ください。」
言うのとほぼ同時に、中央のモニターに映像が映し出された。
「えぇ今回の想定は直下型地震で、マグニチュードは7.0と想定します。
震源は、北海道内陸部で最大震度は7、余震も予測されます。」
知事は、手を顔の前に組んだまま言った。
「続けて。」
「今回は、いかに早く要救者を確保し搬送できるかで変わると思われます。
また、北海道の救急指定病院の60%以上が耐震化していませんので、
現実病院の倒壊の危険性が非常に高いです。病院機能が失われた場合機能
するのが、護衛艦です。今回は、洋上待機中の「やくも」に要救者と医師を
派遣し、洋上での救命措置を試みます。以上が、今回の想定です。」
言い終わると、職員は再び椅子に腰かけた。
「危機対策局のみなさん、ご苦労様でした。」
知事が、そうみんなを労った。
「それでは、明日の開始12時にここ同庁に集合する事!!以上。解散!!」
解散といったが、副知事の木田だけ呼び出された。
「木田君、この書類を関係各位にFAXしてくれ。」
そう言って手渡したのは、手書きの書類であった。
中身を軽く読むと、明日の各方面の想定が詳細に書かれていた。
「これは・・・。」
「あぁ、さっき手書きで仕上げたものだ。字が汚いがな。」
福田が謙遜を言いながら、手を軽く振る。
「いえいえ、全然大丈夫です。すぐに送信します!!」
そう言って部屋を出ようとした時、福田が呟いた。
「これが、災害の時に生かせればよいのだが・・・。」
「知事、何か言いましたか?」
小さい声だったので、木田が聞き返すとなんでもないと言って向うを向いた。
木田は、少し首をかしげながら部屋を後にした。
▣ 同日 11時35分 ▣
▣ 北海道沖15km ▣
あの後、CICでやっと副長に会う事が出来た。
副長に渡す書類があったのだが、どうやら部屋へ忘れたようだ。
結局、出港後艦長室へ出頭するように促して別れた。
積み込みが終わると、明日に備え洋上へ出港した。
今日の午後は、対空戦闘演習が行われる予定だ。
洋上へ出ると、防火訓練や戦闘演習が行われるのが通例だ。
果たして、演習も大規模防災演習も上手くいくのだろうか。
この時点では、誰にもそれは分からなかったがよく晴れた日だった・・・。
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2012年1月28日、文章校正を行いました。