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読んでも読まなくてもどっちでもいい

ぱっと光って消えちまう

作者: 阿部千代

 眠れぬ夜に阿部千代だ。終わらぬ悪夢と阿部千代だ。夢かまことか阿部千代だ。まどろむ天使の阿部千代だ。そうだ、おれが阿部千代だ。おまえだったら阿部ちゃんと呼んでも構わないよおれのこと。ハイファイブとローファイブのコンボを決めようぜ。だっておれたちもう友だちだろう。揉めたくないよおまえとは。明日の朝になったらおれは蝶になって、ひらひら自由に飛んでいっちまう予定なんだ。おまえも一緒に連れていきたいけどそれは無理なんだ。ごめんよ。忘れないでほしい。忘れないでほしいよおれのこと。きっとおまえは忘れちまうよ。そうに決まってる。できる限り覚えておいてほしい。おれが阿部千代だってことを。


 アルコール、チョコレートを控え、ニュースを追うのをやめた。タバコとコーヒーだけはどうしても。どうしてもタバコとコーヒーだけは。チンペイさんが亡くなったと聞いたよ。おれたち小学校の卒業式で昴を合奏したんだ。おれは指揮者だった。立候補したんだ。目立つのが好きでね。それに楽器を持たなくていいんだ。一番ラクで一番偉そうにできるんだ。だって小学生だ。誰も指揮なんて見ちゃいないよ。思えばおれが偉そうにできたのはあれが最後だ。特別楽しいものでもなかったよ。むしろ暇でつまんなかった。みんな懸命に練習してるあいだ、おれは棒を振っているだけだったんだから。合法的にサボれるっていうちょっとした優越感はあったけど、なんだか仲間はずれにされているような気分がよくなかった。おれが立候補したんだがね。


 まともな食事は一日に一食にした。朝食にヨーグルトくらいは食べるけど。飲まなければいけない薬があるんでね。飲むのを忘れると、脳みそがうるさくてたまらなくなるんだ。ホワイトノイズと電気ショック。あれはたまらないね。ちょっと耐えられないくらい不愉快なんだ。昼の間はずっと腹の虫が騒いでる。窓を開けているとそよ風がおれを揺らすよ。そのまま飛んでいっちまってもいいなって思う。だからもう少し痩せなくっちゃ。


 今日のエンジェルはちょっとやんちゃでわがまま、でも詩的だった。こんにちは。って言うだけでなんだかポエミーなんだ。ごきげんよう。って言って帰っちゃったよ。おれは黙って手を振るだけだった。エンジェルの背中にね。まるで詩的だったよ。まるでね。


 パラダイムが塗り替えられる様をおれは黙って指を咥えて見ていた。で、そのまま見失っちまったんだ。どうせよそ見でもしていたんだろう。なにかに集中ってできないな。いつだって分散している。プリズムに迷い込んだ光みたいに。現実世界の地図をずっと探しているんだけど誰か知らない? 答えを探すのはくだらないことだって知ってるんだけど、どうしても止められないんだ。止めるのが最良の選択だってことは知っているんだけど。とっくの昔に知っていたんだけど。現実にしがみついて、振り落とされないようにしがみついて、こんなに大変なら別に手を離したっていいんじゃないかなって、そう思うんだけど、やっぱりそれは怖いんだ。だってどこに落ちるのやら予想もつかないだろう。物理的身体ってやつは本当に邪魔くさいけど時には役立つときもあるんだ。排泄するときとか、食事をするときとか、愛を交わすときとか。


 おれの文章ってどうなんだい? おまえの生活に役立つことなんてなにひとつ書いていないかもしれないけどさ。だからってそれだけで駄目な文章ってわけじゃないだろう? 上等なものでないのはわかっているんだ。混ぜものもたっぷり。おれはおまえを酔わせたいんだ。揺さぶりたいんだ。ぐらつかせたいんだ。それでおまえにおれを酔わせてほしいんだ。だって深夜ってそんな時間帯だろう。静かで、虫の声だけ。軽く音楽を掛けて。こんな文章を書くんだ。昼間の間は鎖で縛られていたなにかを解放してあげるんだ。旅に出るようなものだ。ヒッピーめいたラブなんておれには必要ないよ。ワンネスとかも勘弁してもらいたいね。そんなのつまんないよ。ただ素面で旅に出たいだけなんだ。そんなことできるの、この時間帯だけじゃない?


 光と音を整えるだけで、おれは軽い旅に出ることができるようになったんだ。昔のおれに教えてあげたい。そんなもの、捨てちまえって。そんなものは必要ないんだって。そう言ってやりたいね。もういなくなっちゃったけどね。昔のおれなんて。知らないやつだよ。そんなやつ、おれは知らない。でもどこかで幸せになっていて欲しいってちょっとそう思うけど。知らないやつの幸せを願うことだってあるだろう。でもヒッピーめいたラブは嫌いだよ。ピースもね。確かに戦争は悲劇かもしれない。武器を持たない一般市民にしてみたら悪夢以外のなにものでもないよ。それでもラブ&ピースって言って馬鹿騒ぎするだけのやつにはなりたくないよ。どっちか選べって言うなら、おれは戦場に行くね。国家のことなんて知らないよ。国家なんてクソ食らえだよ。戦争だってクソ食らえだよ。ぜんぶ、ぜんぶ、クソ食らえだっての。おれはおれのために、おれの家族のために、戦場に行くんだ。そっちの方がいくらかマシだって思うよ。

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