二章 最終話 『世界を繋ぐ架け橋』
「空の……魔力……お母様を滅ぼした英雄の力……」
リベラが放った力の正体にルナリアも遅れて気づく。それが、自分達の命を脅かすものだとも。
「なるほどな……私の竜鱗が役に立たんわけだ……」
空の魔力は他の魔力を塗り潰し否定する。対魔獣に特化した力と伝えられているが、その本質は異なる。魔獣も、魔法も、竜種も、分け隔てなく消し去ることができる対魔力用決戦兵器。それこそが空の魔力の真髄。
ルナリアは一歩後ろに下がる。彼女は魔獣。まさしく空の魔力は天敵となる。接近戦を主体とする彼女は、この瞬間戦力としての価値を大きく失った。
アテナは切り裂かれた腕を押さえながらリベラを睨む。彼女は魔力生命体である竜。その鱗一つに至るまで魔力によって構成されている。すなわち、彼女の竜鱗、それが有する防御の力は只今をもって飾りに成り下がった。
そしてミツキ。彼は接近戦を不得意とはしないが、主戦場は魔法戦。圧倒的な物量で押しつぶすのが本領となる。だが、如何なる魔法であろうが、空の前では空虚となる。彼の強みはここにきて再び、リベラによって踏み躙られた。
「──」
対するリベラ。彼は立ち上がってからこの方、ぼうっとした表情で虚空を見据えている。先の攻撃、強化された雷撃を受け、それを洗い流そうと体内の魔力を総動員。その結果、体の自由は取り戻したが、ルナリアたちの猛攻を凌ぐのに費やしたこともあって残存魔力はほとんど空となった。それが返って、彼には心地が良い。体内を蝕んでいた痛みが、物心ついてからずっと襲いかかってきた苦痛が、綺麗さっぱり消え失せたのだ。生まれて初めての多幸感に、自然と酔いしれてしまう。
「──二人とも、フィルの、王のところに向かってください。ここは俺が」
その隙を窺ってミツキは二人に指示を出す。それを二人が受け入れるかは別として。
「あなたを置いて行けるわけないでしょう!? あの方は今、英雄すら超えうる! ミツキさん一人ではどうしようもありません!!」
「少年、我々は不利を受けたがそれでも君一人よりは戦いになる。やりようはいくらでも」
当然の如く反対する二人。ミツキ一人ではリベラには勝てない。いくらダメージが蓄積したと言っても、それはミツキも同じこと。ならば三人でかかる方が勝算はある。
それはミツキも当然自覚している。だが、彼が見たのは勝算ではなく。
「ダメ、だ──二人を、死なせたくないよ」
死ぬかもしれない。あの攻撃は二人の命をいとも容易く奪い去る。その可能性が、ミツキには到底受け入れられない。仮に勝算が九割あるとしても、誰かが死んでしまう可能性が一割でもあるのならば、ミツキは躊躇ってしまう。
「──だが、君では」
「──分かり、ました。王のことは我々にお任せを。何も考えずに戦ってください」
アテナは残ろうとしたが、それを手で止めルナリアは去る。彼女はミツキの意志を尊重する。彼の生き方に心を奪われた彼女だから。彼にとっては命を失うことよりも、他人を失う方が辛いのだと理解できてしまう。泣きそうな顔の彼を、一人残して先に進む。
「──ああ、やはりそうなるよな。君なら、ミツキなら」
空の魔力があっても、リベラは良くて一人二人道連れにして負けることしかできなかっただろう。ルナリアとアテナの力は圧倒的だった。だから見せた。空の魔力を。あえてミツキが理解できるように奇跡をこれみよがしに示して。彼ならば、必ず二人を逃すと、そう信じた。
それによって天秤は傾く。ミツキにあった勝ちの目が、一つ残らずリベラに移る。ミツキ一人では決して、リベラに勝つことは能わない。
リベラはふらりと左右に体を揺らす。すると突然、ミツキの視界から消える。ゆったりとした動きを印象付けて、突然加速。それによりミツキの認識が速度の変化に追いつかなくなった。
現れたのはミツキの右側。透明の空を刀身に纏わせ、再度剣戟が交わる。
「っは、ふ──」
それまでは鋭く、重い一撃だったが、今のリベラはそれと異なる。緩やかで、流麗。無駄な力の一切が抜けきった合理の剣。極限まで身体を痛めつけることで、偶然たどり着いた極致。それを極限の集中力で振るい続ける。
「っっこ、のぉ!!」
ギリギリの勝負。この戦いで得た経験を総動員してミツキは凌ぐ。一手のミスで命が危うい。そんな警告が身体中に響いて休まらない。
リベラはゆるい斬撃と疾い斬撃とを交え始めた。直前に見せた歩法と同じで、じわじわとミツキの認識を蝕んでいくつもりだ。
だが、二度は通じない。一度目を凌ぎきった段階で、「因果集積」が剣筋を、未来も含めて全て見切った。それをあえてぎりぎりで凌ぐ。油断したタイミング、遅い振りの時に、勝利の一手を通すために。
「──っここ、だああああ!!」
「──っ!?」
ミツキは大きく沈んでリベラの剣を躱し、手に番えていた魔力球を魔法に変える。放つのは、相手が予想だにしない一手。油断し切った彼の認識では、必ず後手を踏む光明──
「星天!!」
手のひらに光が灯る。眩い光はやがて収束し、一条の光の束を形成する。
「一等星!!!!」
それはリベラの頭目掛けて一直線。願いを乗せた流れ星が空に向かう。今のミツキの集中は、目標を違えることなく撃ち抜く──
「信じていたよ」
撃ち抜いたのは、リベラの頭部ではなく。
「君は、必ず外すって」
そのさらに上。空を登るような流星が虚空を駆ける。
ミツキが狙ったのは、リベラが剣でそれを防ぐこと。その隙に雷撃をぶつけ、行動不能にする。もっとも、その作戦は俄に崩れ去った。
リベラは一切動かない。自身の頭部に照準を合わせられても、微動だにせず攻撃の準備を整えた。理由は一つ。「ミツキにはできない」から。光魔法を使い頭を狙うなど、牽制だとしても不可能だ。他でもないミツキには決して。それは信頼か。はたまた慢心か。いずれにせよ、リベラはこの読み合いの勝利を確信した。
「『剣威拡張・大太刀』」
ならば訪れるは反撃の好機。正面で無防備を晒すミツキを、確と仕留める剣を選ぶ。
放つ一太刀は魔法を帯びる。空を纏う。これまで使っていた「風斬」の延長線。剣の射程を拡張し、彼の剣技を補強する。ただしそれは。
「『断空』」
この世を全て覆い尽くす。希望すら穿つ無窮の一撃。
「っが、あああっ!!」
ミツキは自分のイメージよりもやや後ろに身体を引いた。しかし、拡張した剣威はそれでも彼の体に傷をつける。袈裟懸けに、ミツキの胴体が薄く、長く断たれる。
足に魔力を集中させ、大きく後退。深追いを危険と見たリベラはそれを追わず、剣を正面に構え迎え撃つポーズをとる。
「ふぅ、ふぅ……なん、で……」
ミツキはすぐに止血に移るが、どうしても血の流れが止まらない。回復魔法が施せない。
「!! そう、か」
「辛いか? 魔法が使えないのはそういうことだよ」
魔力がうまく流せないのは、傷を空の魔力が蝕んでいるから。回復魔法を使用しても、すぐさま塗りつぶされる。彼の体は、しばらく血を流し続けることになった。
「その傷、深くはないが決して浅くない。動けば死にまっしぐらだ。終わりだよ、ミツキ。せめて楽に殺してやる。来い」
「──まだだ」
ミツキは歯を食いしばりながら、左手の人差し指を傷口にそわせた。そのまま、ゆっくりと傷をなぞる。
「ぐ、ぅううううううう……!!」
「──なぜだ? なぜ魔力が通る?」
ミツキは傷口を加熱し、無理矢理止血。肉の焼ける匂いに吐き気がするが、食いしばって押し込んだ。
「っはあ、これ、で、まだ、はあ、戦える……!」
リベラは訝しむ。空の魔力はあらゆる魔法を阻むはず。ミツキが如何にして傷を焼いたかがわからない。一度様子を見る。幸い距離は空いた。既に死に体のミツキが向かってこない限りは。
「おおおおおおおおあああああ!!」
「っっ馬鹿、な」
走る。ミツキは走る。最後の勝負。そのための盤面は整った。リベラが止まった今こそが、勝負を決する最後のチャンス。だからぼろぼろの体を鞭で叩いて、もつれる足を必死に回して、限界を超えて走らせる。
ミツキは走る。その距離、およそ百メートル。奇しくも、あの模擬戦と同じ距離。あの模擬戦と反対の立ち位置。
リベラは動かず迎え撃つ。一つの懸念が頭を離れない。リベラとミツキ。今の状態でも一対一ならば間違いなく自分が勝つ。
「雷光!! 迅雷!!」
後に放った「迅雷」は「雷光」を追い抜いてリベラに届く。リベラは空の魔力を解除せず、その二つを消し去った。
ミツキの放つ魔法は、その二つにとどまらない。呼名もなしで矢継ぎ早に放たれる魔法は、どれもリベラには届かず露と消える。
無意味? 無価値? 否。それはリベラの気を逸らす罠。
ミツキは走る。その距離およそ五十メートル。
「──!! 来たか!!」
リベラが凌ぎ切ったと思っているミツキが繋いだ光明。それはあの一撃で確かに届いた。あの時、読み勝ったのはリベラにあらず。軍配は、ミツキへと上げられた。
彼もまた信じていたのだ。リベラが必ずその攻撃に手を出さないと。その一等星は必ず、空を越え場所を越え、遠くの二人に届くのだと──
◇
数十分前。
「行こうゲルダ! ミツキさんを援護する!」
「接近するのはまずいよ。リベラさんに近寄られたら、あたしたちじゃ足手まとい」
ラグナたちを片付け、残党を処理したカイとゲルダは、一人戦うミツキの援護に向かう。
「ああ! だから、行くのは反対方向だ!!」
しかし彼らの足は、ミツキたちのいる貴族区ではなく、反対、中央区へと向いていた。
「魔力も体力も全部、一発に賭ける!! どっちにしろあの人相手になんども機会はない!!」
神足通を絶えず体に施しながら、風に乗って空を駆ける。ミツキを助けるためにカイは己の全てをかける。
ゲルダもカイのサポートに尽力。限界を超えて体を動かす彼。その足は幾度となくひび割れ、折れている。それを魔法で補強して、彼の歩みを止めさせない。カイの心を折らせはしない。
体の限界を超えながら、物の数分で彼らは国を駆け巡る。たどり着いたのはこの国の象徴。遥か高く、雲すら貫き聳え立つ、天空の塔。その最上階近く。
「監視塔なら、国全域に視界が届く。ここからミツキさんを援護する」
「場所は、わかる? 天耳通も天眼通も範囲外でしょ?」
いくらカイであっても国を覆うほどに風のレーダーを張り巡らせることはできない。ミツキも一所に留まって戦っている訳ではない。別れたあの地点を狙っても意味がないだろう。
「──信じる。あの人は必ず、僕たちを頼ってくれる」
「──カイ」
カイは常に冷静。理屈に基づいて事に挑む。その彼が、ただ信じると、そう言った。何の根拠もないそれを辿って、彼はミツキに力を届ける決意をした。
その変化に驚いたのはゲルダだった。あの彼が、他人への信頼を何より重んじるなど、あの頃には想像もできなかった。その成長が、状況に反してなんと喜ばしいか。
「それまで僕には僕の『できること』をする──」
そう言って取り出したのは、愛用する弓矢ではなく。
「それ、ラグナさんの……」
ラグナの弓。彼から奪い取ったそれ。この国で、ラグナ以外引ける者なしと謳われた「過堅弓」を、カイはここで引いてみせるというのだ。遠く遠くへ届かせるために、これ以外の弓は使えないのだと──
「……ゲルダ」
「うん。任せて」
ゲルダの魔法がこもった矢を一本、弓に番える。服を少し破り、口に咥えておく。弦に指がかかる。同時に、弓を引くために必要な部位にだけ、最大効率で魔力を流す。少し、弦が後ろに動いた。
指に弦が食い込む。皮膚がちぎれ、血が滲む。ゲルダはそれをすかさず治療し、元に戻す。
ちぎれる。なおす。ちぎれる。なおす。その繰り返し。痛みが汗になり、汗が涙に変わる。痛みで視界が揺らぐが、ミツキの痛みを思えばなんて事ない。かつての地獄を思えば痛みのうちにも入らない。隣に彼女がいてくれるなら、どんな痛みも耐えてみせる。
少しずつ、弦が形を変えていく。指がちぎれた数に比例して、ゆっくりゆっくり引かれていく。それはやがて、見目麗しい射型を作り、今まさに放つことができる状態へと変わる。
──そこからが地獄だった。弦の戻ろうとする力を指に受けながら、いつ来るかもわからない合図をひたすらに待つ。何度諦めそうになったか。何度指を離しそうになったか。その度に、いくつか言葉を思い出す。
『荷物、などとは言わせない』
『どうやら俺は、君に魅せられたようだ』
『ありがとう、ありがとう!』
生まれてこの方、自分の価値を肯定できなかった彼が、初めて認められたように思った瞬間のこと。そのきっかけを作ったのが、今しがた戦い倒した相手だということには皮肉が効いている。それが少し可笑しくて、苦痛で歪んだ顔が僅かに綻ぶ。
弦を引く手に力が戻る。信じる彼の呼び声を待つ。いつの間にか添えられていたゲルダの小さな掌から、同じ思いが伝わってくるような気がした。
「──!!」
遠く彼方。空に届く光が走った。それは傭兵の国の外へ向かって斜めに。細く長く飛び去った。
それが消えるずっと前。それが走ったその瞬間。カイは自分でも気づかないうちに、弦から指を離していた。
狙いにブレは無い。射出したそれは必ず届く勢いで。今、カイは弓術において、力と技、双方の頂に手をかけた。
「いっっっけええええええええええ!!!」
生来、出したことのない大声で、既に見えなくなったその背中を押す。乗せた三つの風は着弾寸前で炸裂し、その速度をさらに増す。
届け、届け。あなたに届け。もう一度、彼と並んで歩けますように。これからも、彼女が笑顔であれますように。
願いを乗せた風の矢は、光に届き──
◇
光の出所。今リベラの構える場所を寸分違わず狙い定める──!!
「やはり、来たか!!」
しかしリベラは備えていた。必ず、そう必ず、カイはミツキを援護すると。
一対一ならば、必ず自分が勝つ。だが、仲間がいれば、ミツキはきっと自分に勝てると、そう確信していた。あの、模擬戦の時から。
だから備えた。一切の油断はなく。それに加えて、澄み渡った思考は彼を更なる高みへと連れ去る。「ゾーン」。先ほどミツキが至った極限の状態に、リベラは今たどり着く。
彼方、ミツキの向こうから飛んでくる矢は、おそらく光の速さに届く。それを凌ぐには予測して剣を振ることが不可避。軌道を予測し速度を理解し、まさに光を切り裂く神業が必要である。その上、ゲルダの魔法がこもっているはず。あれは、空の魔力でも鏃を落とさなければ処理できない。
ただでさえ人外の技が必要であるのに、無理難題が上乗せされる。それを阻むは嵐の魔法。ミツキもまた、ゲルダとカイを信じて待つ。見えていないにも関わらず、必ず届くと信じて戦う。
ミツキは走る。その距離、三十メートル。
リベラは剣を振りかぶる。この距離ならば、魔法が届くよりも先に矢が届く。それを撃ち落として魔法の処理に移るつもり。気取られないように、自然に。いつものように型をなぞる。
一度、風が吹く。矢羽に込められた風の魔法がただでさえ埒外の速度に追い風を乗せる。
二度、風が吹く。風は風に乗って、累乗の勢いで力が高まる。
三度、風が吹き荒ぶ。風に乗った矢の速度は、もはや光の速度すら越えて──!!
越えていた。人間の限界を超えていた。それでも、「剣神」には通じない。剣が振られる。予測した矢の軌道は、実物と寸分の違いもなく。矢は想像をなぞるようにゆっくりと進む。ゆっくり。その速度がゆっくりに感じられるほど、リベラの集中は極まっていた。
間違いなく、矢はリベラに弾き飛ばされる。勝利への蜘蛛の糸が、届いてもなお切り捨てられる。
「極虹」は空の魔力を身に纏ったまま、今日一番の美しい弧線を描いて、流れ出る流星を、最後に残った希望を塗りつぶす──
「──な」
それが運命だった。確実に、何一つ間違わず、リベラはその矢を、その鏃を捉えていた。神業だった。神すら超える武練だった。矢は弾かれ、魔法は砕け散る。そのはずだった。
「に──」
しかし剣は虚空を切るばかり。振り抜かれた剣、その鋒は、遠く彼方を見据えたまま。矢を捉えることもなく、ただただ宙に舞うばかり。
「ああああああああああああ!!!!」
肉の焦げる音がする。肉の削げる匂いがする。リベラの正面から、狂気が蠢く感触がする。
「狂人、め……」
全てがご破産になるはずだった。その運命を、因果を、ミツキは自らの手で阻んでみせた。
文字通り、自らの左手で、後ろから迫る矢を、確と掴んで繋ぎ止めた。
──素手で、回復を同時にかけながら、尋常でない痛みを受けながら、襷を受け取るように掴んでみせたのだ。
そんなことは不可能だろう。だが彼には経験がある。カイと過ごした日々が。彼らと共に励んだ日々が。したがって、「因果集積」はそれを可能に翻す。
そして彼は信じていた。二人がきっと、自分の下に矢を送ってくれるはずだと──
ミツキは止まらない。その距離、およそ十メートル。
リベラはすぐに振り切った剣を構え直すが、間に合わない。ミツキは手中の矢が勢いを残す間にリベラの足元へと投げ捨てる。
「お、のれぇ……!!」
石が地面に刺さり、氷が生成される。地中から組み上げた水分を氷点下の温度で氷に変え、リベラの足を覆う檻と化す。かろうじて剣を振るうための右手は庇ったが、それ以外は動かせない。
リベラには空の魔力がある。魔法は通じない。発生した魔法も、それに触れれば消滅する。
──だがそれは全て、魔法が「新式」だった場合の話。
ゲルダの魔法は「古式」。生成過程にしか魔力が流れない。先ほどミツキが傷口を焼いたのも同じこと。
魔法で氷を想像し創造する「新式」と異なり、「古式」の魔法は現実に形を有する。故に、彼女が作り上げた氷の檻は、空であっても塗りつぶせない──!!
ミツキは進む。その距離、およそ五メートル。
「ま、だだ……!!」
リベラは炎の魔法を発動。氷を溶かし自由を取り戻すことを狙う。一気に温めれば自爆の危険がある。少しずつ削り元に戻す。それまでに迫る魔法は、全て剣技で弾いて受け流す。
ミツキが構えたのは二つの魔力球。戦闘中に拵えた、精度の低い紛い物。それを、体の正面に浮かせて両手を添える。
──「拍雷」だと、リベラは予想する。
散弾のように弾けるそれは、全て凌ぐのは難しい。ランダムで分かれるため予測も困難。ならば後の先で斬り落とす。全てが致命傷になるわけじゃない。枢要部に向かいくる雷のみを選んで捌いて凌ぎ切ってみせる。合図は手拍子。その瞬間に判断しなければならない。それがたとえ、一瞬の判断を要する困難であっても、もはや負けることは許されない。
ミツキは添えた手を大きく広げ、勢いよく。
「拍雷」
「な!?」
叩く前に、魔力球が弾ける。散弾は、リベラに向かい分たれ走る。
急拵えの魔力球は、ただでさえ壊れやすい代物。急に魔力を流せば自然と弾ける。通常の「拍雷」は予測を困難にするが、これは魔力の流し方である程度予測がつく。リベラも万全であったならば見切れていただろう。それでも今回に限っては、十分不意をつける。
通常の「拍雷」を知るものほど、その一撃には後手を踏む。まるで音無き雷が、無数に降り荒ぶような。故に──
「無拍子」
「拍雷・無拍子」。これによって、リベラは思考で遅れをとった。
すでに、作戦で遅れをとった。
もはや、剣は振るえない。
すなわち、敗北は必至──
「──」
それでも諦めない。集中し、放たれた雷撃を見据える。当たっても構わないものを選別し、意識を奪うほどの質量を選択する。極限に至った集中は、不可能なはずの生存を彼に保証する。
足下──通す。
左肩──通す。
頭部──通さない。
心臓──通さない。
「はあああああぁぁっっっ!!」
一瞬。たった一瞬で、至近距離から向かいくる雷、およそ七つを斬り弾いた。足と、左腕はしばらく死んだが、向かいくるミツキにとどめを刺せば終わり。炎で氷を溶かしてから、再び空の魔力で斬り殺す。
そう、空の魔力は他の魔力と共には使えない。というよりも、「極虹」は同時に一つの色しか生成できない。複数発動可能ならば、氷の城に閉じこもりながら木や雷で攻撃すれば完封できる。それをしないのはこの制限が理由。
だから回復を阻害しつつミツキを斬るためには、一度氷を溶かしきるか、炎を消して空に塗り替えなければならない。リベラが選んだのは前者。ミツキが届く瞬間に氷の帳は彼を手放す。
二人の間に、既に距離は無い。隔てる時間はもはや存在しない。すなわち、氷は今こそ溶けて消える。
──しかし、距離はもう意味をなさない。
ぱちん、と小さく雷が弾ける音がする。それはリベラの足下から聞こえた。
「っぐ!?」
雷が、空に昇る。小さな小さな雷撃が一条。そして再び音が鳴る。
「がっ!?」
落ちる。また小さく、だがさっきよりも確かに大きく。
「──!!!!」
昇る。また大きくなった。落ちる。雪玉を転がすみたいに。
昇る。彼の意識はまだ消えないが。落ちる。それでも少しずつ朦朧としていく。
昇る。落ちる。昇る。落ちる。
始点となったのは矢、それに乗せて設置した残り二つの魔力球が一つ。上空の一つを設置したのは、「拍雷」を放つ直前のこと。集中した彼の意識を縫って、浮かせてたどり着かせた。アテナに挑んだあの日と同じく。
起動したのは、「拍雷・無拍子」。そのうち、足下に進んだ小さな一つ。「ゾーン」に入った彼だからこそ、見逃すしかなかった最後のピース。あまりに強い彼だからこそ、見捨てる以外なかった弱き一つ。
やがて王に至る、彼のように。
昇る。落ちる。昇る。落ちる。
雷はもはやリベラの叫びを許さない。無音の喝采。始まりは音すらない柏手だった。それが。
昇る。落ちる。昇る。落ちる。
視界を覆う。聴覚を覆う。認識を覆う。彼の、世界を覆う。
小さな、彼が見過ごし侮った稲光は、今。
「──万雷」
世界を覆うほどの、万雷の喝采となり彼を打倒した。
◇
「……ぅ」
「あ、よかった、起きた」
リベラが目を覚ますと、傍にはミツキが。自分の体には枷がつけられ、動くこともできない。「極虹」も今や彼の手に。そして。
「『万色融合』、返してもらいました。アンタに預けとくとまた悪さしそうなんで」
「な、ぜ」
リベラが保有していた奇跡もまた、ミツキの手に。しかしリベラにとって重要なのはそれではなく。
「なぜ、殿下の下へ行かない……なんで、オレを殺さなかった……オレは、もう」
「行きましょう。アンタはちゃんと見届けるべきだ」
枷のついたリベラに肩をかすミツキ。さっきまで命のやりとりをしていたというのに、彼はお構いなしに体を近づける。リベラは抵抗する力などないので、大人しくミツキの動きに従った。
◇
平民区、十二番街。
「聞きたいことがあるならば、全て私がお答えします」
そこにフィルは立っていた。小さき王は、視線を一身に浴び、敵意に身を焦がしながらも、顔を上げて真っ直ぐ前を向く。
「陛下! だめです、誰に狙われているか」
「でたな犯罪者!! 実の父親を殺した偽物!!」
「消えろ! お前なんかが王様面してんじゃねえ!!」
「──っつ」
どこからか飛んできた石がフィルの頭にぶつかる。小さいが、下手をすれば気を失っていたかもしれない。
現れたフィルに罵声が突き刺さる。地響きにも似た声の波濤は、フィルが現れてなおその勢いを増す。
確かにそれはフィルの心を蝕む一助となっている。だが、彼が真に怯えているのはそんなことではない。
目の前に立ち昇る煙。彼らは皆一様に、助けを求めているのだ。それがつらい。父が死んだことで、自分が王となったことで、彼らが凶行に出たという事実が、他の何よりも苦しかった。
「私、は」
耐えられないはずだった。
リベラと出会い、価値観が変わった。戦うこと、抗うことは、決して醜くなんかない。だから今は彼も戦う。
ミツキと出会い、見聞が広がった。全て人間は、限られた範囲で自由を謳歌する。その中で「できること」を精一杯。ならば自分も、精一杯。死ぬのは足掻いてからでいい。
「私は誓って、父を手にかけてはいません」
通じないだろう言葉を放つ。先頭にいた男たちはそれを嘘だと信じ怒りを滾らせる。その後ろも、そのまた後ろも同じこと。
罵声がさらに酷くなる。罵り嘲り、フィルの尊厳を否定する。
「ここまでして言ってるなら、そうなんじゃ……」
少し、違う声が上がった。途端にかき消されてしまったけれど、その波紋は確実に広がる。
「私も……これ以上はやりすぎだと思う……」
「見たわけじゃないし……もういいんじゃ……」
少しずつ広がる。ぽつりぽつりと、小さな声が増えていく。大勢に影響は与えないけれど、確かに水面は揺らぎ始める。
「じゃあ証拠は!! 誰が殺してないって」
「私が、証明しよう」
現れたのは老人。足を悪くしているのか、騎士に抱えられて現れた。
「アル……バート」
「遅くなりました、陛下。少し寄り道を」
老人を連れてきたのはアルバート。今になるまで、その老人を探しに行ってたのだと言う。
「陛下、お久しぶりです。すぐに伺うべきだったのですが」
「いえ、こちらこそ申し訳ない。怪我をなされたのも、父の為だったというのに見舞いにも行けず」
「おい……あの人、薬屋の……」
その老人の正体は、薬屋の主人。カイが手伝った、足を悪くした彼だった。
「先王は私が看取った。間違いなく病だ。診断書もある。証明なら、これで十分だろう」
「じゃ、じゃあ! 獣に、魔獣に襲われた人間がいるのは」
「それは私たちの店です。ただの獣でした。魔獣と交わった中で生まれた、特別血の濃いもの」
次いで現れたのは燦雷堂の女主人。連れてきたのは。
「お母さん! 間に合って、よかった……」
「──リィン……あなた」
ミツキたちが救った彼らが、フィルの下に駆けつけた。小さな因果が束なって、災厄を払い除ける光に変わる。小さな出会いが混ざり合って、見たことのない未来が開く。
「そ、それなら、魔獣と騎士団が連んでたってのは」
「獣の国、そこに魔性の国を加えた協定を結んだのです。皆さんに開示しなかったことは落ち度ですが、それは騎士団の問題だ。責めを負うべきは我々です。陛下ではない」
アルバートはフィルの前に躍り出る。この国の歴史を考えればもっと批判があるだろうと予想していたが、その声は上がらない。彼らには実感が欠けているからだ。魔獣を、実感として憎んでいる人間は少ない。旅行にも向かうし、その国の風土として受け入れる。特別警戒していたのは、その実騎士団だけだった。
「じゃあ、じゃ、あ……」
「思い出し、た……あの子、ウチでご飯食べていった子だ!」
「そうだ! うちも!」
「この前、店の修理手伝ってくれた!」「ミツキちゃんと一緒にいた子だね。覚えてるよ!」「迷った時に助けてくれた!」
罵声が、少しの喝采に変わる。フィルがしてきたことが、転じて彼の身を助け始める。彼の歩んだ道程が、人と人とを繋ぎ始める。
「あの子がそんなことするか!?」「やっぱり噂ってだけじゃ」「でも神様……ううん、気のせい、だよね」
その勢力は今や罵声を上回る。フィルの善行を讃える声が止まらない。
だが、一つ。肝心なことが残されたまま。
「……だからって! ……だからって、あんたが王にふさわしいか、わかんねえだろ」
先頭の男が、最後に振り絞って言葉を吐く。恐らく全ての発端となった心情。幼いフィルが、果たして王たり得るのか。多くの誤りに包まれて隠れていた本物の問いが、ようやくフィルに届いた。煙ではなく、言葉が、届いた。
「──はい。その通り。私は父には及ばない。私は……王として、未熟だ」
フィルは常々思っていた。自分でいいのか。何かできるのか。退いて、誰かに託すべきではないのか。
「じゃあ──」
「だから」
何度も自問した。その度に諦めそうになった。だけど、それはもうできない。
父が誇らしいと言ってくれた。ミレットがこんな状態になっても味方でいてくれた。アルバートが、アイリーンが、名家に汚名を着せられるかもしれないのに助けてくれた。
ミツキが、友達というだけで、助けに来てくれた。
認めてくれた彼らがいる限り、もうフィルは諦めることができない。諦めは、彼らを貶めることになる。
「だから、みんなの力を貸してほしい。ボクはまだまだ未熟で、全然だけど、それでも背中を押してくれる人がいるから」
嘘をつかないで、等身大の自分のまま。彼が描く未来の形を声にする。
「少しずつ、みんなの「できること」を分けてほしい──」
彼が描いた未来はまるで虹のように。万人が色を輝かせる煌びやかな国の形。みんなの色が混ざり合って、ともすれば虹より輝く世界の形。
「──お願いします。ボクを、みんなが支える王にしてほしい」
異なる人間を、彼の下で一つにする。さながら架け橋のような王。彼が目指そうと思ったのは、あまりに頼りなくて、だからみんなが一緒に頑張れる。小さな、大黒柱。この国の中心に聳える塔の如く、皆を見続けるそんな王。
「……食べ物のことなら」
先頭にいた男が、口火を切って喋り出す。
「食べ物のことなら、任せな。あんたらの口にも合うもん、仕入れてきてやる──すまない。俺が、間違ってた」
「家立てるんならウチだな、陛下!」「服なら私んとこで」「外交ってなると法律に詳しい俺みたいのが必要でしょ?」
「鍛治なら私が。鉄の国で見てきたところなの」「勉強なら学校が共同して」「農業ならあたしが」
人々は再び、声の嵐を巻き起こす。さっきまでと違い、暖かさに満ちた春嵐のようで。
「──あ、はは。ありが、とう、みんな」
フィルの言葉が繋いだ世界。遠く彼方にあった新しい形は、もう目の前に見えているようだった。
「殿、下」
「……リベラ……ミツキ、も」
その光景を見ていたリベラが、思わず声を上げてしまう。見つからないようにするつもりだった。合わせる顔などどこにもなかった。それなのに、声をかけずにはいられなかった。
「殿下、オレは……」
「償って」
「……」
分かっていたことだった。自分の行いを間違いとは思わない。だけど、許されるとは思っていない。失敗した以上、裁かれる。「償い」、それが意味するのは、間違いなく。
「罪を、やったことを、ちゃんと償って」
「殿下……?」
気づくのが遅れた。彼の言葉に、責め立てるような色が見えない。何かに期待するような。
そう──
「その後で、また確かめてよ。ボクが、王であるべきか」
無いはずの、「後」を彼はリベラに求める。残酷でも無知でもない。リベラがどうなるか、聡明な彼が分からないはずもない。
「王って認めてくれるなら、また」
けれど彼は次を望んだ。やり直すのは、リベラ一人の話ではなくて。
「ボクの側にいてほしい。リベラ」
変わった自分を、変わる世界を。彼も共に見て欲しいと。そう、ただただ願っているのだろう。
「──はい……はい……必ず、償って参ります……」
叶わないだろう彼の願い。それに、果たされることのない約束で応える。だって、もう見えてしまった。小さな彼が、自分の切り捨てた世界を実現した、そんな未来が。
涙で滲んで見えないけれど、その色は自分の描いた未来より、ずっと醜く鮮やかで。
「──『陛下』」
だからせめてと伝えた言葉は、隔てた二人を繋ぐ架け橋。
彼から彼へ。精一杯の贖罪の言葉。
二人が出会ったあの日の再演。今度は決して崩れることない、結び直した絆はここに。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。これにて二章完結です。
この後は二話、番外を載せた後、二.五章を数話書きたいと思っています。よろしければ、これからもお付き合いください。これからも、よろしくお願いします。




