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二章 幕間 『もう一つの戦い』

 貴族区、十二番地。


「──何、この騒がしさ……?」


 勉学に励んでいたフィルは、外の喧騒に耳を向ける。届くのは小さな声ばかりだったが、そのどれもがはっきりと聞こえるようだった。


「これ……また」


 他ならぬ自分への悪評。ここ数日散々聞いてきたそれを彼は逃さない。逃すことは、できない。


「失礼します! 陛下! ご無事ですか!?」


「──そうか、やっぱり」


 血眼になって執務室に飛び込んできた騎士を見て、自分の聞いた音が幻聴ではなかったのだと確認する。騎士はフィルの表情を見て失敗を悟るが、緊急事態ゆえに一切合切を伝えることに決めた。


「……はい。反乱はまだ、終わっていませんでした。しかし、我々七番隊は陛下を守るよう命を受けております。必ずや」

「主犯は?」


 フィルの質問に言葉が詰まる。事情は聞いている。全て伝えようと構えたが、それだけは伝えることができない。フィルにとって、あの男の存在は血を分けた兄弟と言っても過言ではないから。


「──そう。リベラ、が」


「あ……」


 騎士が言葉に詰まった様子から、フィルは全てを理解してしまった。フィルに伝えることができないのはつまり、関係が濃い相手だということ。考えられるのはリベラかミレット。だがここにいる騎士は七番隊。すなわち、ミレットは味方。あとは消去法で答えが出せる。


「そ、っか。それなら……仕方ないかなぁ……」


 フィルは、リベラを兄のように慕っている。彼が必死に足掻いて立ち上がり居場所を掴み取った事実は、フィルがここまで生き続ける原動力となっていた。その男が、自分の死を望むというのであれば、もう──


「ミツキくんが、戦っています」


 目に涙を溜め天を仰ぐフィルの姿に、騎士はその名を告げる。リベラと比べれば希薄な関係。それでも、短い時間で小さき者に王の風格を授けた。そんな彼の存在が、何か力になってくれればと。


「ゲルダさんもカイくんも。ミレット隊長、アルバート隊長、それにアイリーン様まで」


「──」


 多勢に無勢。彼らと反乱に与した人間とを比べれば、あまりにも矮小な味方たち。


 だけど、確かにそこにいる。フィルのことを信じ、助けたいと願ってくれる人たちが。


 

『救った人に、救われた人に。認めてくれた人に』



「──恥じないように、だ」



 それならば、彼はまだ終われない。支えてくれる人に報いるために、つかみたい未来があるのだから──



「陛下、どうか」

「うん。もう大丈夫。行こう」


 腕で両目を擦る。真っ赤な瞳には、確かに強い光が灯っていた。




    ◇



 平民区、十二番街。


「偽物の王を殺せ!! 先王の(かたき)!」

「いつまで隠れてやがんだ!! さっさと出てこいよ!!」

「お前のせいで、どれだけ!」


 貴族区十二番地へと伸びる街道に、人々がひしめき合って行進する。その熱気は待機を震わせ、また新たに熱を生む。


 彼らが目指すはフィルの住処。王だけが住める選ばれた場所。そこから、フィルを引き摺り下ろすのが目的だった。


「止まりなさい!! どこへ向かうつもりですか!!」


 赤い彼女。臨時隊長を任されたアイリーンが彼らの行手を阻む。その熱気にかき消されないほどの声に、暫くその足が止まる。


 彼女は憤っていた。あまりにも多くの困難を背負わされたフィルを、こうも容易く踏みにじることができる現実に。


「偽物の王! 犯罪者のところにだよ!! 邪魔すんじゃねえぞ!!」


「おい、あれ、総隊長アイリーンじゃ……やっぱそうだって、やめとけよ……」


 アイリーンの姿に、揃っていた足並みが俄に崩れる。彼女はかつての騎士団総隊長、当然その名を知るものは多い。一部はその姿に恐れを抱く。一部は憧れから大人しくなる。


 だが、一部はそれでも燃え盛ったまま。むしろ、その火勢をさらに増して。


「だから何だってんだよ!! この国が生きるか死ぬか、かかってんだぞ!」

「魔獣使って先王を殺したんだ! この国の歴史!! それを踏み躙ったんだ!!」

「そんな奴に任せてられるかよ!」


 罵声は止まない。治まっていた一部の声も、それに釣られて再び勢いを増す。


「違います! そんな証拠どこにも」

「証拠ならある!! 魔獣と仲良くやってるの見たやつがいるだろ!!」

「魔獣使って国中荒らしてるっていうのも聞いたわ!!」


 見た人間が「いる」。話を「聞いた」。伝聞、噂話。自らの認識で確かめたわけではないにも関わらず、彼らはフィルを糾弾する。アイリーンの言葉になど耳を貸さず。それがまるで、事実に違いないとでも言うように。


 彼らをただ責めるのはお門違いだろう。リベラが彼らを利用した。無知な平民を煽り、フィルを殺すための道具として利用した。


「──これが、あなたの見たい未来なの、リベラ」


 リベラは非常に苦しい人生を送ってきた。だから騎士団は皆、彼を大切に扱ってきた。それはもしかしたら負担だったのかもしれないと、今では思う。


 しかし、フィルは違ったはずだ。彼はいつもリベラという一人の人間を見ていた。そんな彼を、こんな酷いやり方で殺し、辱める。リベラのことを見てきたアイリーンには、とても直視できない悪夢のような現実。


 人々の足が動き出す。しばし止まっていた彼らが、ぎらぎらと目を光らせて進み始める。もう止まらない。力ずくで止めない限りは。


 覚悟を決めてアイリーンと騎士たちは携えた剣に手をかける。平民を守るためにと持たされた武器を、その彼らに振るうために──




「止まってください」



 喧騒を掻き分けてその声が届く。嵐の中、聞こえるはずのない声は、その姿と相まって人々の注目を一身に集める。


「私なら、ここに。聞きたいことがあるならば、全て私がお答えします」


「陛……下」


 いてはいけないはずの彼が、そこにいた。


 小さな王はたった一人、彼が向き合うべき戦場に。

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