二章 三十九話 『運命の出会い』
◇
ミレットという男の話だ。
彼の奇跡は、他人が見つけ出すことを困難にする。それは、幼少期であっても、家族であっても変わりない。
彼が人生に絶望したのは十の頃。遊んでいた友人たちが彼をおいて先に帰り、そのまま三日三晩誰にも見つけられずに過ごした経験が、彼を非行へと走らせた。
学業にも力を入れず、ただただ遊び呆けるばかり。そこにあったのは、一筋の願い──こうしていれば、誰かが見つけてくれるのではないか。
それでも人は彼を見つけられない。孤独に、押し潰される寸前だった十八の頃。
「あの、大丈夫ですか?」
そんな彼を救ったのは、小さく、同じように潰れてしまいそうな少年。人のことに目を向けられるほど、余裕がなかったはずの彼は。
「何か、困ってませんか?」
彼から昇る救難信号で、その存在を確知した。初めての経験。自分を、見つけてくれることがどれほど救いになったか。
その時に決まった。彼の人生は、金輪際全て、その少年のために。
だからミレットは裏切らない。彼は、世界すらも敵にできる。
◇
「暴動が少ないね。完全に十二番地へ誘導してるっぽい」
ミレットとアルバートは部隊を引き連れて貴族区と平民区の境を走る。現在は一番地。暴動の数も少なく、ラグナたちもゲルダとカイが封じているため、進行に滞りはない。
「……アルくん、ちょっと聞いていい?」
手持ち無沙汰だったのか、それとも捨ておけない疑問だったのか。ミレットは空いた時間を利用して側のアルバートへと疑問を投げる。それは恐らく、ミツキたちも思っていたもの。
「──なんで、リベラさんの誘い、断ったの?」
リベラは、アルバートにとって師であるとともに、無二の親友。幼い頃から訓練を共にし、今まで切磋琢磨して生きてきた。勝ち星ではリベラが圧倒的だったが、アルバートがそれを羨んだことは今までに一度たりともない。
反対に、アルバートとフィルの関係は希薄であった。式典の際に顔を合わせた程度。だからリベラも含めて全員、アルバートはリベラの誘いに乗ると思っていた。
「──なん、で、でしょう」
アルバート自身ですら確証の持てない問いの答え。彼は空っぽのまま生きて、空っぽのまま終わるのだと思っていた。それが、突然に満たされた。何故だかはわからないけれど、その満たした何かが、リベラよりも大切なものになってしまっている。
言葉にできない。説明がつかない。自分の役割はそんなことではなかったはずなのに、どうしても目を逸らすことができない。
その「夢」は、フィルを犠牲にしては一生叶わないのだと、心の奥で叫んで止まなかった。
「──アルくん、変わったね。オレ、ちょっと苦手だったんだけど、今のキミは嫌いじゃないよ」
「それ、本人に言います? そんなだから貴方は──止まれ!」
アルバートが目視で確認したのは人の群れ。雑多に集められた有象ではなく、統率の取れた軍隊。それはつまり、正面に立ち塞がるのが敵であることを意味していた。
軍である以上率いるものがいる。ラグナはカイが抑えているはず。ならばジェレンか。否、彼は前線に飛び込むことはない。一歩下がって後方支援に徹し、魔法をもって戦況を動かす軍師である。
ならば遠征に出ていた隊長のどれかか。それも否。わざわざ結界を張ってまで強硬策に出たのは、遠征部隊が帰還することで何か不具合が生じるからだ。他国に押し付けたのも、リベラが懐柔できないと判断したからだろう。それならば残るは。
「!? アルバート、さん。なんで」
「そりゃそうか。騎士団なら簡単に開放できるわな」
「……ヴェント。貴女でしたか」
留置施設から開放されたヴェントが今まさに十二番地に踏み込もうとしていた。
「……十人。あの子を」
「全員、向かってください。ここは私が」
ヴェントは、部隊の大半を自分の元に残し、残りをフィルの暗殺に向かわせる。いずれにせよ、平民の目につく形での殺傷は避けたい。それならばと少人数だけ切り離し、全力をもってアルバートに当たる。
アルバートは、部隊全てを切り離す。たった一人で数十の騎士と、三番隊隊長まで相手にすると言う。無謀にも思える挑戦だが、そこには確固たる根拠があった。
「舐めないで。僕だって」
「残念。ヴェント、君は三番隊。私は一番隊だ。数字もわからなくなったのかい? それに」
以前説明した通り、この国の騎士には序列がある。隊長は、一番隊から十二番隊まで、降順で強いものが任命される。ヴェントは三番隊。アルバートは一番隊。個の強さならばアルバートが上回る。
では、ヴェントに軍がつけば? アルバートを上回るだろうか?
「あの人に、土をつけたことがある。君はどうだったかな? ああ、私にすら勝てないのだから無理だったね」
「──」
そうはならないと彼は宣う。純粋な強さで彼女を超える。軍略の巧みさで彼女に勝る。戦術の理解度で彼女に優る。
全てにおいて、彼は他の隊長の追随を許さない。
「驕るなよ。『神童』」
「もう童という歳ではないんですけど、ね」
故に、「神童」。リベラですらそうは呼称されなかった。それが意味するところは、すなわち最強。いずれはリベラすら超えうると期待される、ジークリンド家の最高傑作。
ヴェントはアルバートへと接近。同時にアルバートもヴェントへと向かう。ぶつかり合う寸前、ミレットが軍を率いて奥へとなだれ込む。
しかしヴェントもまた巧み。激昂を装っていたが、その内側へと狙いを隠す。進むミレットたちを視界におさめ続け、その人数を削るのが本命の作戦だった。
「水照」
それを阻むからこそアルバート。発動したのは水の魔法。ミツキの「輝滴」のように、水の滴を空中に散布する補助魔法。それによって、水滴は光を屈折させ、網膜が正しく像を結ぶことを阻害する。結果、視界が捉えるのは虚像となる。ヴェントが振り切った大剣は、実像を何一つ掠めることなく宙を舞った。
「ヴェント隊長! アルバート隊長は無視して追うべきでは」
「彼を侮るな。全員でかかってもまだ分が悪い。僕らの役は足止めと思え」
ヴェントがこの思考に至った理由には、現実との齟齬がある。それはラグナ・ジェレン両隊長部隊の存在である。ヴェントはまだ両部隊が封じられたことを知らずにいるため、自身が足止めに徹したとしても他部隊がミレットたちを抑えられると勘違いしている。ラグナの「電令」範囲外に進んでしまったが故の裏目。接敵の時点で彼女は大きく不利を押し付けられていた。
巧みだったのはアルバート。彼はゲルダ・カイが作戦を完遂すると信じている。その上で、切羽詰まった状態にあると装った。自分がたった一人で残らなければならないほどの戦力不足を、ヴェントに印象付けたのだ。彼女はまだ、ミツキたちが戦線に加わったことを知らないでいる。
「針時雨」
アルバートは雨の弾幕を放つ。上空から降り注ぐ水滴の槍は、騎士たちの足を鈍らせる。その中で万全に動けているのはヴェントを除けば片手で数えられるほど。
ヴェントは大剣を傘に足を動かす。アルバートの戦闘形式は多対一で強みを遺憾なく発揮する。まずは自分との一対一、できれば鍔迫り合いに持ち込んで部下は援護に徹させたい。
「はあっ!!」
雨が止まないうちに大剣を担ぎ、振り落とす。体に少し刺さるが、気に留めることなく攻撃に移行する。僅かな痛みであれば奇跡の効果で無視できる。回復も、ジェレンの魔法紙で三度までこなせる。ダメージ覚悟の大技にて、一撃でアルバートの身体を軋ませんと試みる。
「滝壺」
「!?」
そこにアルバートは大質量の水を落とす。ヴェントの体は物理法則に抗えず地面に伏せ、止まる。しかしそれも数秒だろう。「不可抗力」によって、圧力を無視して立ち上がってくるはず。勝負はそれまで。
ヴェントは声を上げられない。騎士たちは自らの判断でアルバートを止めることが強いられた。多人数で囲む選択肢をとるが、それは悪手。
「貴方たち、もう少し隊長の研究をした方がいいですね」
「かっ!?」
「っっっ!?」
囲んでいたはずの二人が倒れる。アルバートは背後にいたはずの二人を背を向けたまま腕を回して沈めた。真剣を使いながら、斬ることなく衝撃だけを与える様は圧巻の一言。それ以上に、ありえない軌道で剣が動いたことに動揺を隠せないものが数人。
アルバートに備わった奇跡、「軟体」。その効果で、彼の体はどこをとっても可動域が異常に広い。ミツキとディエスが模擬戦に挑んだ際、ミツキの接近を苛んだのはこの奇跡が理由である。それを存分に発揮した戦闘が、アルバートの真骨頂だ。
特殊剣技「獣剣」。獣のごとく低い体勢を維持し、相手の視界を下に落とさせる。その認識を断つように上下左右に飛び回って、一撃を叩き込むのが真髄である。
囲んでいた残り十人ほどが一斉にアルバートを視界に移す。それを確認するや否や、アルバートは身体を正面から見て斜め右下に沈めた。人間の視界は斜めへの動きに比較的弱い。正面に立っていた三人が一瞬アルバートを見失う。それでも残りの七人は、今も視界にとらえたまま。攻撃が届く。全ては躱せない。
「っ痛……ミツキ君みたいにはいかないな……」
アルバートは身体を縮め、間接を外しながら数人の攻撃をすり抜ける。しかし三つ、手傷を負う。表情が僅かに歪んだことを確認すると、騎士はにやりとしたり顔。一番隊隊長に傷をつけたという事実が、彼らの思考を鈍らせる。それが、大きな勘違いだとは気づかないまま。
「? 血が、流れない!?」
「っぁ──」
確かに切り裂いたはずの体が、何一つ変わることなく健在である。多少衣服が断ち切られた以外に変化が見えない。動揺と混乱が脳裏を支配するうちに、アルバートは正面の三人と、自身の右側に控えていた騎士を叩き伏せる。
騎士達の誤算、それは彼がもう一つ奇跡を有していたという点に集約できる。それは「自己回復」。魔力を用いずに、自分が負った傷を自動的に回復する。自然治癒の爆発的強化と言い換えるのが適切だろう。同時に機能させることができるのは五箇所。傷の数を絞れば絞るほどに効果が増す。アルバートは、体勢をいじることで剣の到達するタイミングを操作。一撃ごとに回復を絞って、被弾と同時に回復できる状態を作ったのだ。
「これ以上はさせない……!!」
「早いな」
一連のやり取りの間にヴェントが復帰。アルバートに水平斬りで攻めかかる。彼の細剣では、ヴェントの大剣を受けられない。周囲はヴェントの部下が囲む。ハンドサインで彼女が指示し、無闇な攻撃をやめさせ、穴を作らないことに特化して陣形を組ませた。アルバートは逃げられない。
「──ちぃっっ!!」
「袋叩きにした方が良かったでしょう? 君は少し、自分本位になりすぎだ」
キン、と小さく金属音が響く。それを皮切りに、ヴェントの体が大きく傾く。アルバートは、大剣を下から軽く叩いただけ。それだけで軌道が逸れるばかりか、ヴェントの体が何かに触られたようにぐらつく。力の伝え方が、アルバートは一線を画していた。
ヴェントも倒れることはないが、大きく隙を晒す。それを埋めるように数人が、彼に向かって剣を振る。その奥からは魔弾。背後には騎士の壁。逃げ道は一つだけ。
「ほら。こんなところに穴が」
「こ、のぉっ!!」
「隊長!」
アルバートは体勢を整えきれていないヴェントに向かい、すり抜けるように飛び去った。包囲を抜けながら彼女へとさらに一撃、すり抜けざまに叩き込む。かろうじて大剣を盾に受け止めるが、伝わった力が彼女を大きく横へと弾き飛ばした。
「露沼」
飛ばした先、アルバートは水の魔法で小さな水溜まりを形成した。その水は粘性を帯びており、一度ハマれば抜け出すことは難しい。ヴェントであれば容易に逃げられるのだが、助けに向かっていた一人をまとめて引き摺り込むことで、ヴェントの身体を物理的に押し込む。
そして駆ける。再度騎士の群れの中へと一気呵成に飛び込んでいく。指示を再び失った騎士たちは、やはり統率を失って、攻め込むものと囲みに徹するものとが中途半端に混在する。
アルバートはまず向かってきた五人を大振りの払いで一掃。あえて隙を晒すと、様子を伺っていた二人を誘き寄せる。前後の二方向から飛びかかる騎士に、上半身を捻って細剣を上に掲げる。そして再度身体だけを使って、腕の振りは活きたままに上段から振り下ろし。それで一人が沈黙。後ろから向かってきた一人は上段斬りの勢いを乗せた背面斬りで武器を奪う。
「ごぉっっ!?」
「あと、二十数人……ふぅ、ちょっと憂鬱ですね」
「どうしたの? 疲れたなら投降したら?」
沼から這い出てきたヴェントが再びアルバートの眼前に躍り出る。ここまで執拗にヴェントを遠ざけるのは、彼にとっても彼女が厄介であるからに他ならない。いくら攻撃を加えようと立ち上がりかねない彼女は、最後に叩く方が効率が良い。
「……ああ、いえ。そうではなくてですね」
ヴェントを孤立させる手段は二つ。彼女を攻撃し乱戦から除外する。それか。
「あまりに弱くて。私の指導が甘かったですかね? 少し自省しなければ」
「──! 言わせておけば!!」
彼女の部下を、突出させるか。アルバートの言葉に前のめりになった騎士が一人。ヴェントの敷いた包囲がほんの少しだけ揺らぐ。
「ばか! 軽率に──」
「うっ?」
「そういうところ、ですよ? 単純な魔獣ばかり相手にしている弊害ですね。貴族の誇りが邪魔しているのかな?」
すかさず踏み込み顎に剣をぶつけ気絶させる。すると包囲網に穴が。駆け抜けるアルバートだが、控えていた騎士がかろうじて間に合い埋める。
「──今のはよろしい。悪くない者もいますね」
「何でアナタは」
再び包囲され、足が止まる。此度はヴェントも動かない。時間が止まったような状態が数分続く。その果てに、ヴェントは一つ問いかけた。
「リベラさんの誘いを」
「断ったのか、ですか。ミレットさんにも訊かれましたね。そんなに気になるかな?」
アルバートも会話に乗る。彼の思惑はヴェントたちの足止めにある。先に行かせた部隊が十二番地に辿り着くまでヴェントたちを止められれば役割として十分。これに乗らない手はない。
「アナタには特に夢も何もなかったでしょ? リベラさんに対しては肯定しかしないと」
「ああ、そうですね。確かにヴェント、貴女と同じでした。ただ助けられたというだけで盲信する貴女と」
「──」
挑発を交えながら応答する。これに乗って倒し切れれば御の字。そうでなくとも思考は鈍らせることができる。ミレットは感慨も込めずに淡々と、ヴェントの嫌がる言葉を選んで放つ。
「でも、もう──」
「もう、いいよ」
ヴェントはアルバートの言葉を遮り大剣を下ろす。アルバートも警戒は解かないで彼女の動向に注視する。油断が敗北を引き連れてくるなど、彼が知らないわけがない。不意を突かれないように、ひたすら彼女だけを見据える。
「僕たちの、勝ちだ」
「! そうくるか──!!」
囲んでいたヴェントが半歩下がると、包囲網を飲み込むような樹木の群れが発生する。彼女たちが利用したのはジェレンの仕掛けた罠。アルバートは確かにヴェントの率いる部隊相手でも勝利できる。しかしそこに、緻密に張り巡らされた罠が絡まれば、勝敗は一転する。彼に、その発生場所を知る術はないのだから。
だから彼は脳内から排除した。思考を取られれば勝てる相手にも勝てなくなる。罠の効力はそれが最も大きい。あるかもしれない、という呪縛を振り切ったのだが、ヴェントは上手くタイミングを図りその足下を掬った。アルバートも足止めに移っていると認識。そこから戦力の補充があったことを理解して、言葉を交えたスローペースな戦局に誘導。アルバートのプランがうまくいっていると誤認させたところで罠を爆発させた。
「どんな気持ち? お株を奪われるのって、僕は知らないから」
五、六人部下が囚われることとなったが、アルバートを封じるならばお釣りが来る。まるで断頭台にかけられたようなアルバートを見下ろしながら投げかける。
「敵なら、殺す。味方になるなら、そのままにしとく。どう?」
「──さっきの問い、まだ答えていませんでしたね」
首に大剣の刃をあてがいながら続けるヴェント。顔色も声色も一切変えないまま話すアルバートは、どこか彼女には気色悪く感じた。覚悟が決まっているからではない。彼の眼に、今までなかったはずの光が灯っていたから。空っぽだったはずの彼が、何かに満たされたように思えたから。
「私には何もなかった。望みも夢も。軽く剣を振れば強くなって。そのままでいいのだと思っていた」
がらんどうの心。彼は自覚していた。その上で、悩むことなく良しとしていた。
「──でも、知ってしまったんです」
一つ、彼の心に何かが宿る。小さな達成感のようなそれは、味わったことのあった何か。
「彼のおかげ。彼のせい。そのせいで、私は一つ、夢を見てしまった」
夢を見た。ジークリンドの名を背負いながら、それには釣り合わない小さな夢。
きっと、母が抱いたものと根本的には同じ夢。
彼が、彼女から託されたように。
「──人を導きたい。まだ若い、幼い種を、私の手で育てたい」
ミツキを育てることで感じてしまった。人に何かを伝え、それが実を結ぶことの幸福を。
同時に理解してしまった。母が、自分が未来を奪ったと思っていた彼女が、同じように自分達に託していた事実を。
「だから、私は師匠を、リベラを認められない。ミツキ君の思いを捨ておけない。これから如何様にも育ってみせる陛下を、未来の可能性を摘ませられない」
自分に夢を与えてくれたミツキのために。その友人を助けたい。
それ以上に、まだ可能性のあるフィルを未来がないと摘んでしまうことは、自分の夢を手ずから否定するのと同じことだ。それだけは、絶対にできない。
「──やっと見つかった夢に、もう嘘はつけないので」
「もういい。分かった。じゃあ」
あてがっていた刃が外れ、首の真上に振り上げられる。死刑の執行はもはや止めることはできない。
「以上です。これで分かってくれましたか?」
「うん──死んで」
アルバートは受け入れたように目を瞑る。魔法で抗えるにも関わらず、ただその時を待ちわびる。
時間稼ぎは十分。これで、必要な部隊は送れた。彼の、役目は果たされた。
「ミレットさん」
「ああ。いい夢だね、アルくん」
だから、「託す」。諦めたはずもない。だって彼の夢は、これから叶えるべきものなのだから──!
「っっっ!! なん、でぇっ!!」
大剣を弾かれるヴェントは叫ぶ。予定と違う。何故。アルバートを絡めとる木々。それを切り裂き助けだすミレットを睨みながら、ただ憤る。
ヴェントは油断していた。ミレットは必ずフィルの下に駆けつけると、そう信じていた。彼もまた、フィルを弱いと決めつけているのだと。
「お前らとは、年季がちげえんだよ。オレは陛下を、一度だって侮ったことはない」
心配はする。助けたいとも思う。だが、自分がついていなければ、などと思い上がったことはない。他でもない自分に手を伸ばし、救い出したのはフィルだった。救われたミレットが、彼を侮るなどあり得ない。
見てきた彼の姿はいつだって輝いていた。自分の影を照らすように、優しく燦々と。その輝きは、ここにきて一層強く、明るくなっている。彼もまた夢を見つけた。またひとつ、少しだけ強くなった。
「オレがいなくても、陛下はもう大丈夫だ。そこがお前と違うところだよ、ヴェントちゃん。リベラさんを盲信してる、お前とは」
「くそ!! だまれ!! 僕は!!」
ヴェントは、魔獣から命を助けたリベラに心酔している。彼が命じれば、命すらも断つほどに。そんな彼女だから、先行する襲撃作戦、全ての罪を被る役割を買って出たのだ。彼女の頭には、リベラの行動を否定するなどという考えはあり得ない。それが、この状況で決定的な差を生んだ。
信じ、託したアルバート。信じ、離れたミレット。信じることしかしなかったヴェント。
「──師匠も、間違えることはあるんだ。貴女は、それに気づき正すべきだった。貴女には、それができたんだ」
「僕、は……あの人、を」
強く焦がれた。間違っていたわけではない。足りなかった。それだけのこと。
「私は、貴女も導きたい。罪を償って、きっとまた」
「──ぁ」
首に一撃、それをもって意識だけを奪う。周囲には残党がいるが、二人の隊長を前にしては数にも入らない。勝敗は、ここに決した。
「辛いもんだね」
「ええ。それでも、それが私の目指すものですから」
苦い勝利の余韻が体に残る。アルバートは、それを噛み締めて再び走り出した。




