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二章 三十八話 『光明』

「雷光!」


 ミツキとリベラ。二人の戦闘は一層激しさを増す。ミツキの放つ嵐のような魔法の束。それに抗う術を身につけたリベラが真っ向から立ちはだかる。


 雷撃に対し、剣を振って水を放つ。膨大な水量はやがて雷を飲み込み、同時に霧となって消失する。生じたのは水蒸気。視界を覆い尽くすほどの蒸気に一瞬ミツキの視界が遮られると。


「はっ!!」


 大きく右から回り込んできたリベラが剣技を示す。ミツキの首を狙う致死の刃。


「──!!」


 ミツキは片足を軸に体を捻ることで命からがら避け切った。それでも蓄積するかすり傷。魔法で回復できると言えど、痛みは確かに体を鈍らせ、流した血は一滴であっても戻りはしない。少しずつ、だが一つずつ、ミツキの体は死に向かう。


「──かかった」


 転んでもただでは起きないのがミツキ。彼はもう絶望には慣れている。リベラが規格外の魔法を放とうとも、心は決して折れはしない。


 彼が仕掛けたのは魔力球の罠。接近を見越して足元に四つばら撒いた。そして上空に一つ。霧を利用できたのはリベラだけに非ず。剣士はそれに気がつかないまま。


「──界雷(かいらい)!!」


 上空の一つに目掛け雷撃を放つ。それは足元の四つ目がけて分裂しながら射出され、やがて形成されるのは雷の檻。リベラを逃さぬ紫電の界。動きを封じ、次弾、逃れられないほどの一撃をもって意識を奪う。


神域の(ケラウ)──」


「はああっ!!」


 リベラとてされるがままとは限らない。ミツキが魔力球を番え、狙いを定めている間に雷の檻、その完成をたった一太刀にて阻む。狙ったのは足元の魔力球。雷が上空の一つに到達する寸前でそれらを破壊。誘導効果を消失させた。その結果、上空の魔力球は雷の進行方向を歪めることなく無惨に消え果てる。


 直後、剣、その宝石は緑色に変じる。放つは風の刃。ミツキもよく知る、彼の放つ暴風の一撃。


「神風、なんてな」


「っ! てめえ──!!」


 リベラが模倣したのはカイが扱う風の魔法。それは、ミツキの神経を逆撫でにするために選ばれたものではなかった。


 神剣「極虹」、それが孕むのは原初の「魔力」。想魔神ミラが注ぎ込んだのはそれだけである。そこに込められたのは「魔法」ではないのだ。極虹から魔法を放つには、使用者の想像が不可欠である。すなわち、極虹という魔力タンクを介して使用者の想像を形にするのがその機能。


 結果として、リベラが魔法を使うには自身の思考資源(リソース)を費やすことが避けられない。戦闘における思考力が、この剣を使う場合には半分ほど削がれるということになる。そこにリベラは元来魔法を扱うことができないという事情が上乗せされる。その難点を、彼は今まで「見てきた」魔法をベースにすることで補う。記憶から魔法の形を引き摺り出し、最小限の思考で効果を生み出す。

 そのようなリスクも存するため、リベラは「極虹」をあくまでも奥の手として封じていた。それが解禁されるということは、彼はそのリスクを享受してもなおメリットがあまりあると判断したということになる。ミツキが、無限の魔力を有する。その一点が彼を、この剣を抜く判断へと至らしめた。


 人が一生において手中に収めることができる魔力の量には限りがある。「極虹」に込められた魔力は、それをはるかに凌駕する。仮に人間の魔力を水溜まりと称するのであれば、「極虹」のそれは、およそ湖と同値だと考えて差し支えない。仮にミツキであろうとも、それを使い果たしむるには一体何年かかろうか。


「「炎技・大蛇!!」」


 以上をもって、ミツキの勝利方法は一つ封じられた。時間稼ぎ、足止めの類。距離を取った魔法での停滞は、「極虹」を前に脆くも崩れ去った。


 向かいくる風に対してミツキは炎の大蛇で対抗。それに重なるように宝石は赤く光を放ち、全く同じ、しかしひと回り大きな焔の蛇を作り出す。風はその背を押すようにして焔の勢いが増す。それに、ミツキの魔法が敗北を喫するのは自明の理。


「──まだだ」


 だが焔はミツキの眼前で塵となって消える。威力も火力も体積も、間違いなく優っていたのに、何故か。


「──魔法では、まだ君に分があるか」


 勝敗を分けたのは想像の練度。ミツキの因果集積(フェイタルチェイン)を利用した強固な想像(イメージ)は、リベラが即席で組み上げた虚像(ニセモノ)より遥かに上をいくなど言わずとも知れたこと。


 だからリベラは接近戦を挑みに向かう。魔法戦では勝てるとしても時間がかかる。こちらの勝利条件もまた、目の前の相手を倒すことではない。作戦を滞りなく遂行するために、自身が圧倒的に勝る舞台で勝負をかける。


 リベラは体の後方に(きっさき)を向ける。放つ光は緑。それが示すのは暴風が巻き起こる未来。ミツキは構え、猛火によって打ち消す準備に勤しむ。


「はああっ!!」


「なんでもありかよ、アンタは!!」


 リベラはそれを振り抜かず、後ろに構えたまま。そのまま風が巻き起こる。放たれた暴風は圧倒的な速度をリベラの体に与える。リベラが地面から足を離すと、列車のごときスピードでミツキの元へと辿り着く。恐るべくは三半規管。人が出し得ない速度であっても体の操縦を誤らない身体能力は、最強の称号を遺憾なく示す。数厘の差でミツキに有利であった距離、縋っていたそれすらも容易く埋められる。



 振るう剣。その速度も威力も、先ほどまでと変わりはない。


「っつぅ……!!」


「どうした! そんなものか英雄!!」


 だけど、ミツキの体には確かに傷が増えていく。じわじわ、じわじわ、痛みに思考がぶれていく。


 その理由は、リベラが剣に魔法を纏わせ始めたから。剣は緑色の光を帯びながら、周囲を風が渦巻いている。それは微少のかまいたち。仮に刀身を受け切れたとしても、風の刃がミツキを削る。


 剣威拡張「風斬」。リベラが「極虹」を使用するにあたり考えた、自分に最も適した使用法。あくまで主体を剣技に置き、その範囲を拡張することのみに尽力した。それは確実に、ミツキの認識を蝕んでいく。


 彼は覚えることに長けているが、初見の事象に対しては必ずしも得手ではない。リベラの剣技が少しずつ範囲を増す今、ミツキは因果集積を頼れない。結果、受け切れない攻撃が嵩み、命をただ削られるばかり。


「────」


「──しぶといな」


 それでも彼が意識を保っているのは、致命傷だけを的確に防ぎ続けているから。彼ははなから全て受け切れるなどと思い上がってはいない。命さえ繋げれば、回復魔法でどうとでもなる。そうは言っても痛みがある。無視して戦うにも限度があるが、ミツキにとって、ただの忍耐は慣れたもの。比喩でなく、死ぬまでは止まらない。


 首に迫る刃を短刀で受ける。風が頬と首を薄く斬りつけるが即座に治す。心臓狙いの突き。片手に魔法をかけながら掴んで止める。風がやはりドリルのように手のひらを削るが、無視して短刀を突きつける。


 堪らず一度下がるリベラ。それを追うミツキは体に雷撃を纏う。腕を伸ばし、直接流し込むつもり。リベラはその腕に向けて切り上げ。対するミツキは寸前で手を引き、地面を蹴って加速する。潜り込むはリベラの懐。長物ではカバーし切れないほどの至近距離。


 リベラも剣を体に引きつけて受けの体勢を取る。リーチの差、短刀であるが故の隙の少なさ。それを利用して小刻みに振るいリベラの攻撃を潰す。


 ミツキは極限の集中状態にある。スポーツにおいて「フロー」や「ゾーン」などと呼ばれる夢中の思考。極まった集中は致命傷だけに当たりをつけて、それ以外の情報を削ぎ落とし命をぎりぎり繋ぐ。


 肩への攻撃──通す。


 腕──通す。


 心臓──通さない。


 頭──通さない。



「か、はっ──」


 それを見切ったリベラは、攻撃を受けながらミツキの腹部を蹴り上げる。致命とはならないそれを、今のミツキは通してしまった。大きく蹴り飛ばされ、接近の有利が再び解かれる。


「──爆」


「!?」


 だが仕込みは上々。細工は流々。あとは仕上げをご覧じよ。


「雷──!!」



 斬り合いの最中、ミツキは一つ、魔力球を作り上げていた。彼が鍛え上げていた並列思考は、魔法と魔法とを並列させるのみならず、戦闘中の魔力球生成にも寄与する。密度は低く、壊れやすい即席物だが、それはそれで使いようがある。許容限界まで魔力を流し込み、炸裂寸前で放置すれば、完成するのは時限爆弾。


 解き放たれるは炸裂する雷撃の弾幕。球を中心に放射状に広がるそれは、リベラを決して逃さない。


「しっ──!!」


 されどそれは、正しく炸裂した場合の話。リベラは炸裂寸前にそれを斬り、「黎明の火(プロメテウス)」と同じように消滅させる。


「──絶雷」


 一動作、リベラに隙ができる。咄嗟の反応で振り切ってしまった剣は、続く攻撃にぎりぎり間に合うかどうか。一瞬でも迷えば詰みの状況に至る。そこを、速度と威力に長けた「絶雷」で撃ち抜く。


「そればかりだな、君は」


 リベラはすでに知っている。その速度を。因果集積などなくとも、彼の経験はそれを捉えて逃さない──


「曲がれ」


 だから組んだ。直線で無理なら、曲線。いつの間にか、リベラの周囲には三次元状に囲むよう配置された魔力球が四つ。絶雷の通り道にはまた四つ、線で結べばジグザグを描くような配置。


 四つ。速度を落とさず撃ち抜くと、リベラの周囲にある魔力球、左足元にあったその一つに向かう。


 残り三つ。次に向かうは左肩付近。魔力球はそれを経由してさらに進む。


 残り二つ。次に向かうは後頭部。それを打ち抜き──



「だから、君は甘いんだ」


 そのまま、曲がることなく直進して消えた。リベラは添えられた二つを「絶雷」が自身へと辿り着くまでに撃ち落とした。雷の速度を超えるほどの剣速は、さしものミツキも想定外。決まると思っていた攻撃が逸れたことに、がっくりと肩を落とす。同時に切れた集中の糸。張り詰められたそれはすっかり切れてしまう。まさに糸の切れた人形のように、すとんと身体が地面に落ちる。


「はあ……はぁ……っぐ、ぅ……」


「今も。他の場面も、なぜだ」


 崩れ落ちるミツキの姿に勝ちを悟るリベラは、ミツキの敗因を高らかに告げる。彼が本心から危惧していた、ミツキという男の核であり、逃れられない弱点。


「なぜ、光魔法を使わなかった」


 光魔法は速度において圧倒的に優れる。もし先ほど「絶雷」でなく「一等星(ベテルギウス)」を使っていれば、リベラも負けはせずともダメージを負っていただろう。


「いや、言わなくても分かる……まだ怖いか。ことここに至ったオレに対してすら、まだ命を憐れむか」


 ミツキは使えない。人に対しては決して。その速度ゆえに、避け得ない致命の一撃となりうることを危惧してしまう。


 ──殺すことを、躊躇ってしまう。


「ここでなくとも、どの道君は長くなかっただろうな。自らの手で拾えたかもしれない光明を手放したんだ。その在り方を変えられないならば、いずれ、だ」


「はあ……それ……は、ぁ……でも、だ……」


 何度言われようと、何度脅かされようと。


「俺は、生かすことを諦めない」


 その言葉を、諦めて殺すリベラに。ひたすら真っ直ぐ突き立てる。


「──弱虫め」


 その言葉を最後に、リベラは剣を振り上げた。魔法ではなく剣でとどめを刺すことが、彼にとって最大の譲歩。最上級の敬意。ミツキという年端もいかない少年を、自身の大敵であると、そして同時に超え得た存在であったと、そう認めたのだ。


 ここで殺すことになったのは残念だと思う。それは変わらない。同じように、ここで殺せて良かったとも思う。どの道を選んでも、いつかは対峙していただろうと。


 吐き捨てた悪態とは裏腹の、限りない畏敬の念。それを胸中に抱いて剣を落とす。



 しかしミツキは諦めない。ボロボロでも、これ以上なす術がなくとも。「できる」限りは抗い続ける。


 取り出したのは一つの魔力球。振り下ろされる直前に、それをパチンと力なく叩く。


「拍……雷」


 雷撃は分散し、正面のリベラをそのうちのいくつかが穿つ。予想外の攻撃に対処が遅れたリベラは、数秒体が硬直する。その隙に、ミツキは一旦身を隠そうと動かない体を引きずって進む。



「今のは良かった。ならば、オレも一切妥協はしない」


 最後の抵抗を受け、自分の油断に気付かされたリベラは、魔法を持ってトドメを刺すことに決める。選ぶのは氷。自分を苛み続け、それがゆえに強固な想像を描ける皮肉の(わざ)


 

 剣が走る。地面をなぞるように。その剣筋は、真っ直ぐミツキに向かうように。


 氷が走る。ミツキ目掛けて、命を奪うに足りる圧力が駆ける。


 氷が届く。ミツキの体に、命を飲み込む災禍が轟く。





 氷が砕ける。ミツキの体、その直前で。何か、得体の知れない黒に阻まれる。リベラも知っているはずの、黒。


「──!?」


 それは、空から。リベラが感知すらできないほど上空から舞い降りた。


 一条の黒き光明は、まさにミツキを殺めんとした氷の津波を砕き尽くす。


 そのまま駆ける。真っ直ぐ、刃を構えるリベラの元へ。


 流れる髪は黒く美しく。放つ眼光は、漆黒の中に小さく光が灯る。それはまるで獣のように。だが確かに、それは人影を伴って進む。

 


「っくぅ……!! 流石に、貴女の介入は予想外だ……!!」


 蹴りぬく。構えた剣をものともせずに、彼女は全力で足を振り切る。紺碧のドレスに足も取られず、優雅に舞うように渾身を解き放つ。

 剣で受け直撃を避けたリベラだったが、思いがけない衝撃の到来に、たまらず顔を歪めた。


「領域侵犯ではないかな? これは、会議にかけるべきでは?」


「あら? 国の危機。クーデターというやつでしょう? 介入が正当化される要件は満たしていると思いますわ」


 たおやかに、言葉を崩さず迎え撃つ。それでも見ているものは、ほとばしる怒気に死を連想するだろう。


 それもそのはず。今しがた命を救った彼女の本質は、死を振りまく悪意の生体。その運命を凌駕して幾星霜、今こそ救われた彼に生を願う。



「ルナ……さん」


「ごきげんよう、ミツキさん。言いましたわよね? 『あなたの危機には、必ず駆けつけます』、って」



「ならば砕く。介入した末の不慮の事故と伝えよう」


 リベラは、ルナリアが接近戦しかできないと見るや、氷の圧で押しつぶすことを決めた。三度、地面に剣を走らせる。その剣筋の先にはルナリア。そしてミツキ。逃げられない彼を背後に抱えるルナリアは、受けに回る以外選択肢はない。


 僅かに時間を作っただけ。敗北の運命からは逃れられない。いくら彼女が強かろうと、守るものを抱えていては勝利など──



「!? まさ、か──」



 氷は何かに当たり弾けて砕ける。ルナリアはじっと動かない。攻撃一つしたそぶりもない。そんなものは必要ない。今彼女の目の前に現れたのは、世界を阻む守護の盾。一切の悪意を封じる緋色の領域。


 ばらばらと宙に固定されていたそれらが持ち主の元に戻っていく。放たれた氷は、自らの圧力に負けて砕け散り、魔力の粒子となって消失した。



「守りは私の本分。そう言って仕事を押し付けたのは貴様だろう、騎士?」


 リベラの右から彼女が姿を見せる。人ならざる身で、人を守ることに目覚めた彼女。本来なら人間に介入する運命になかった彼女を、世界のうねりに巻き込んだのは、他でもないミツキの功績。故に彼女はここに立つ。たった一人、ミツキのためであれば。


「──あなたもか、アテナ殿」


「遅い到着ですわね? 一緒に降りれば良かったのに。高いところ、怖いのかしら?」


「ほざけよ女王。お前と一緒だと思われるのは癪だった。それだけだ」


 水と油。固く結ばれた因縁。本来であれば並び立つ瞬間などこなかったであろう二人。小さな少年が、その二人を引き合わせる。彼のためであれば、この二人は同舟することも厭わない。



 この世界における頂点が三人。龍虎相搏つ戦いの幕が開く。


 形勢はこれにて拮抗した。有利は夢と消えた今、それでも彼は不敵に微笑む。


「いいだろう。神に挑む前哨戦だ」


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