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二章 三十六話 『変わらない世界に風穴を望む』

    ◇



 その男は、いつだってひたすらに厳格であった。


 自分に対しては言うまでもなく。他人に対しては当然の如く。全力を尽くすように言い聞かせ、全力で挑むように教え込んだ。


 そんな日々が幼き頃から、人生の半分を過ぎた今になっても続いている。


 努力し、忍耐し、邁進し、健闘する。


 彼にとっては壁は突き当たるものではなく、超えるべきもの。どんな時もひたすらに冷静で、どこまでも平静であった。


 順風満帆。万事順調。努力する彼は当たり前のように成長し、報われていく。


 そんな彼はいつしか世界に一つ、疑問を抱くようになる。


 ──ああ、なんてこの世界は。



    ◇



 ミツキがリベラと激戦を繰り広げていた頃。同時刻。


「ゲルダ! ジェレンさんの魔法、感知は頼む! 僕の風じゃあどうしようもない!!」


 平民区三番街への道中。規則正しく家屋が並び立つ光景。そのレンガ畳みの道を二人、飛ぶように駆ける姿があった。二人、ゲルダとカイは立地の都合上一番街を経由している。いつものようにゲルダはカイの背に乗って、風に乗って国を駆ける。そのままカイは天眼通で索敵を続け、三番街まで総当たりでラグナたちを探す。

 幸か不幸か、リベラたちの煽動によって、各地の平民は全て別の地点に向かっていた。反乱に同意した者は十二番街へ。危険を感じた者は最寄りの貴族区へと。その結果、カイのレーダーが捉えた者は即ち敵であると判断できるようになっている。


「──ちょっと難しい。そこら中に魔力の反応がある。多分、ただ魔力を込めただけの紙も混ぜて散らしてる」


 ゲルダが感じ取ったのは町中全てを覆うような魔力の反応。ジェレンの魔力で全てに「魔法」が込められているとは想像し難い。従って、そのほとんどが微量の魔力だけを乗せた囮であるとすぐさま看破した。


「本人の起動の瞬間を捉えないと辿れないね。ごめんだけど、カイに任せる」

「分かった。騎士の皆さんにも警戒するように()()()


 その移動速度の違いから、やむをえず二人はアルバートから託された騎士を置いて先行している。足並みを揃えないリスクはあるが、隊長を野放しにするリスクの方が大きいと判断してのこと。とりわけ、二人にとっての最悪は、ミツキの元に向かわれるパターン。そうなれば、ただでさえ劣勢である彼の死が決まる。それだけは、なんとしてでも避ける。結局のところ二人にはそれしかない。フィルのことは、二の次だった。


「──!! いた! 二番街。しばらく先に反応あり。これは多分、ラグナさんと、その部隊」


 二番街に差しかかったタイミングで、カイがラグナの存在をキャッチ。その中心部にて足を止めているようだった。隊員の位置もまばらで、奇襲には適したタイミングである。

 ここからの行動は先の命運を分ける。気づかれていない今、先手を打つか。それとも遅れてくる騎士を待ち、戦力を整えてから攻勢に出るか。


「……ゲルダ、魔法の準備は?」

「七つ、込めておいたよ。あたしもいつでも大丈夫」


 番えるは五つの矢。その内三つの鏃にはゲルダの氷魔法が込められている。それを引き絞り、空に向かって放つ。 


 対象までには数多の遮蔽物が(そび)える。それを無視できる射手は、ラグナを除けばカイぐらいのもの。この一撃が届けば、きっと認知される。


 だから、その役割は──



    ◇



「このまま一番街と十二番街を手中に入れる。混乱はすでに伝播しているが、ダメ押しだ。結界が切れるまでに完全に攻め落とす」


 ラグナの役割は平民の動揺を増幅させ、溜まっていた不満の火種を一気に炸裂させること。彼の奇跡(ギフト)であれば、それを加速させることができる。


「隊長! こちら全員確認。向かえます。指示を」


「よし。意識を俺に……」

「攻撃確認!! 曲射! 全員防御体制に!!」


 隊員への伝令準備に移った直後、家屋を飛び越え認識の外から五つの矢が飛ぶ。それを伝令兵が察知した。


「威力は無い! 盾か遮蔽物に……」


「──違う!! 全員退避だ!! 決して受けるな!!」


 奇跡を使用せず大声で伝えるラグナ。彼は気づく。ラグの無い同時射撃。いくら練度があっても複数人では必ず間が開く。それがこれには無い。ならばどう言うことか。答えは、たった一人による攻撃。そんなことができるのは、ラグナの記憶ではただ一人だけ。


「カイ──!!」


 伝令も虚しく着弾。五つの内二つは着弾の直前で風に乗って一気に加速。守ろうと構えた騎士、その数人の身体を穿ち沈黙させる。死んではいないが、受けた衝撃に身体の機能が停止した。


「残りの矢、ジェレン隊長の魔法紙で!!」

『ダメだ。俺の指示があるまで退避に専念しろ』


 同時だった矢に隔たりが生じる。残りは三つ。加速することなく落ちていく矢。受けるのは騎士であれば容易に思えるが、ラグナはそれを厳格に禁じる。


「なっ!!」

『被害のない者は俺の元へ。位置を割り出すまでは必ず建物の内部を経由して合流しろ』


 それらが着弾。逃げ遅れた騎士が発生した氷に囚われ意識を失う。


『やはりゲルダも、か。ジェレン殿に伝令をする。合流できるまでは先走るな』


 攻撃の雨が止むも、ラグナは屋内での待機を命じる。


 突然の攻撃。方針が定まらない内に削られた戦力。ばらばらに行動した結果分断された部隊。カイの思惑がラグナには手に取るように分かる。


『いいだろう。ならば──』



    ◇



「よし。かなり削れた。この時間を利用してこっちは合流するよ、ゲルダ」


 最小限の攻撃でカイが狙ったのは戦力の低下だけではなかった。主となるのは足止め。相手部隊を奇襲によって分断し、負傷兵や浮いた駒を作り出す。攻撃が止んだとしても追撃を想定させ、慎重に合流するという方針に誘導する。足並みが崩れた部隊は作戦行動に支障が生まれ、否応なしに時間の空白が生まれる。


「二人とも、こちらは全員揃った。三十人。どう動く?」


 その時間を利用して騎士たちも合流。依然としてラグナの部隊が数で勝る。それでも足並みの点で大きく有利をとった。

 騎士はあえてカイを指揮官として判断を仰ぐ。彼らも優秀な戦闘員だが、作戦の口火を切ったのがカイである以上、その方針に統一した方がスムーズだと考えたのだ。


「よし。では包囲を。ラグナさんの矢は威力があるので、巻き込まれないようにできるだけ広がって攻め込みます。僕が穴を開けるので──!?」


 カイの有利はもう一点。それは相手の位置を確認できると言うこと。風のレーダー、天眼通は確実にラグナたちの場所を捉えている。その反対に、相手にはこちらの位置を確認する術はない。カイの技術は例外。二人として同じことが出来る者は存在しない。



『そこか、カイ』



 しかし彼には、カイに無いものがある。



「まずい!! 全員散れ!」


 声が届く。彼方より、その男の声が脳に響く。


 それと一拍遅れて、届く。


「がっっっ!?」

「!? くそ! 本気、隠してたのか!!」


 破壊の矢。それが家屋の軛をものともせずに、一直線にカイの元へと辿り着く。反応が遅れた結果、四人が衝撃に飲まれ負傷。

 カイが知っている威力より遥かに強力な矢が届いた。ラグナは初めから、自分を止め得るのはカイだろうと、手の内を隠し通してきたのだ。


「見せて! 回復はあたしが」

「問題ない。君たちは最高戦力だ。温存しなさい」


 騎士の一人はそう言うと、ゲルダを遮り回復魔法をかけて回る。

 この即席の部隊において、ゲルダとカイは隊長に相当する戦力。戦闘以外の面で魔力を消費させるのは大きなロス。騎士たちは暗黙のうちにそれを了承していた。


「皆さん、僕から離れて!!」

『遅い』


 再度声が届く。次は曲射。放物線を描く矢は、それでも先ほどの一矢と変わらぬ速度でカイの元に到達する。


「神足通!!」


 それを止めるのではなく、風の流れに乗せ受け流すようにして凌ぐ。遠く後ろへと流された矢は遥か彼方で力を失い落下した。


「全員作戦通り!! とにかく、僕には近づかないこと!」


 ラグナはカイを辿り攻撃を放つ。それを逆手にとって囮を引き受けることが今カイの役割になった。だが、それ以外にも想定しなければならないことがある。それは。


『残念だが、お前たちに勝機はない。戦力は、ここに整った』


 追加の部隊。ジェレン率いる四番隊。それが揃ったことを、カイは風の流れでまざまざと見せつけられていた。



    ◇



『この場の指揮は俺が取ります。ジェレン殿は罠の起動を』


「承りました。いやはや、ゲルダさんたちが敵とはネェ」


 合流したジェレンに下された命令は、市中に張り巡らされた魔法紙、その起動である。


 カイのとってくる作戦が広域に戦力を広げての包囲作戦だと判断したラグナは、ゲリラ戦の展開を選択。自身がカイとゲルダを牽制しながらジェレンの罠を使い相手部隊を少しずつ削っていく。そうして戦力の差が顕著になったタイミングで対象である二人を落とす。


「それにしても、『電令(コールレス)』にあんな使い方があるとは」


 ラグナの奇跡、「電令」。認識した対象に自分の脳内で構築した言葉を伝える能力。届く範囲は街一つ程度。基本はラグナから一方的に伝えるのだが、相手の了承を得ることで双方向のやり取りが可能になる。もっともそれには会話ごとに了承を要するため、迂遠としてあまり用いられない。

 ラグナはこれを、カイの居場所の探索に利用した。自身の認識する方向にカイがいれば、言葉が届くはず。それを360度総当たりで確かめ、方向を確認。一度目の直射でポイントを確定させた。今回の作戦にあたり、対人戦を想定して準備した特殊利用。ぶっつけ本番であったが、想像以上にうまく機能した。


「全く、アナタがこちら側で助かりましたヨ。てっきり、国に敵対するなど言語道断とでも言うのかと」


 ラグナの印象は常に厳格。規則を重んじ、卑怯を嫌う。そんなイメージが騎士団の中では共有されていた。それが、今では革命勢力としてリベラに従っている。一体どんなわけがあるのか、ジェレンでなくとも気になっていた。


「大したことではありません。俺は、ただ」


 「電令」を用いずにジェレンにだけ聞こえるように答える。理由は、他の大義を掲げる騎士たちに聞かせるべきではないから。



「その方が、楽しそうだったのです」


「──ホゥ」


「この世界はつまらない。普通に努力し、普通に生きれば、なんてことなく成功できる。山も谷も、俺には感じられなかった。ただ、あの三人と出会った時は、少し違いましたが」


 カイに向け矢を放ちながらジェレンと会話を続ける。ジェレンもそれを聞きながら、仕掛けた魔法紙を遠隔でコントロールする。遠くで一つ、爆発が起きた。


「アルバートは面白かった。空っぽの中身であれほど高みに辿り着けるとは。流石に恐怖しましたよ。ただ、今は常人に成り下がったようだが。ミツキもなかなか楽しめた。一度死んだ人間。それが命に執着しつつ、自らの命を軽視している。恐ろしい話だが、いい見せ物だった」


 隠していたミツキの素性は、リベラによって公開されている。勧誘を怠らなかったが、同時に、作戦にあたり彼が敵対する可能性も排除していなかったのだ。


「それでも、一番はリベラだ。あの男の人生と野望は、一線を画している。俺は、あの男に魅せられた。きっと、今のつまらない世界よりも面白い何かが見られるはず。そう思ったから、俺は今ここに立っています」


 誰よりも真っ当に生きてきたはずの男。それが抱えていたのは、誰よりも大きな退屈。その生き方が推奨される世界が、どうしてもつまらなかった。だから全て捨てて戦いに出る。魅了されたのは歪な輝き。リベラが放つ七色の悪夢に向かい、ラグナは確と弓を引く。


『それが俺だ、カイ。軽蔑するか? 止められるか?』


 同じ内容を、索敵の最中カイに送っていた。返事はない。当然である。今の二人の間には承諾のパスは通っていない。



『ええ。軽蔑します。くだらない』



 それなのに聞こえるカイの声。音を空気に乗せて遠くへ飛ばす。彼にも送信の技術があった。遅れていた部隊に伝令を遅れたのはその技術が故。

 限られた魔力を使い声を放つ。目的は自分への集中を促すこと。そして何よりも、馬鹿げた理由で血を流させる、彼に向けた怒りの発露。



『止めて見せますよ。なんでも出来るって言う、あなたの思い上がりごと』



 風に乗って届く宣戦布告。ラグナは四人目の愉悦に喉を鳴らした。


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