表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/259

二章 三十五話 『プリズム』

 リベラは話が終わると、すぐさま攻撃体制に移行する。模擬戦と同じ、リベラが距離を詰めるか、ミツキが距離を離すかの戦い。


輝滴(きてき)!」


 後退しながらミツキが放つ魔法は光の粒子。リベラの進行方向に散乱させた輝きのシャワー。破壊力はまるで無い。だが視界は遮られ、魔力の感知も阻害できる。チャフのように敵の認識を揺らがせるのが目的の魔法である。


 これや「招雷」を始め、ミツキは無限光(アインソフアウル)を取り戻してから補助魔法の作成に力を入れていた。理由はいくつかあるが、その一つは魔力の有効利用である。多くの人間は魔力に限りがあり、戦闘において補助魔法を使う余裕を持たない。補助に専念するか、攻撃に適性がないか、はたまた魔法以外の攻撃手段があるか。そうでもなければ補助だけに魔法を使うのは燃費が悪いとされている。


 その常識はミツキにはもはや通用しない。無限の魔力をフルに使い、さまざまな手段を組み合わせて相手に勝つ。ルナリアとの戦いで学んだ実力の壁を、ただ強くなる以外の方向から乗り越えんとした。


 故に千変万化。ミツキの戦いは普段の彼と一線を画する、万象を操る自然の嵐。プリズムのようにころころと姿を変える。彼を相手にするのは、まさに世界を相手取るのと同じこと──


「小細工だな」


 リベラは振るう。その剣を、緩やかに三度。すると途端に光の粒子は消え失せる。


 ──切ったのだ。形なき光を、たった三度の斬撃で、一つ残らず。


「っ!? 冗談きついって!!」


 リベラにとって詳細不明の攻撃。威力があるかもしれないと警戒し、次の魔法の準備に専念できると踏んでいたミツキ。その思惑は俄に崩れ去る。


 通常、ただの鉄で魔法を「斬る」などという芸当は不可能である。しかしリベラが有するのは魔力の結晶。魔鉱石とも違う神域の技術。それを知らないミツキは、ただただ驚嘆するばかり。


 もっともその事実を知っていても、なお余りあるリベラの異常さ。揺らぎゆらめく光の粒を、初見かつ一瞬で全て切り捨てるというのは、やはり最強というほかない。


「出力拡張、炎技・大蛇(おろち)!!」


 次いで放つは炎の魔法。炎が捻れながらリベラへと向かう。その途中で。


「分裂。良い技だ」


 八つに分裂。リベラを囲むように軌道を変えながら襲い掛かる。洞窟での一戦についてカイから聞いた時に思いついた魔法。炎の大蛇は神話の如く八岐に別れ、剣の頂をその身にまさに取り込もうとする。


 されどその結末は訪れない。同時にリベラへと到達したはずの炎は、また同時にその姿を消す。ミツキが射程を測り損なったのではない。リベラが、同時と錯覚するほどに素早く、剣を振るいて首を落とした。形を与えられた炎は、たった一人の一瞬をもって確と消し止められる。


黎明の火(プロメテウス)


 時間は稼げた。魔力は溜まった。これならば、リベラであっても飲み込める。ミツキの虎の子。最大火力。ラストボンドにて魔獣を屠った一撃を、たった一人の人間に向けて撃とうとする。


 現れた種火はリベラの正面に。以前と異なり、射出する方向は横。リベラに照準を合わせて炎の柱を届かせる。


 ミツキの脳裏を光景がよぎる。フィルのこと。この国のこと。リベラと過ごした日々。目の前で魔獣に殺されたラング。自分の、最期の時。


「──っ!!」

「躊躇ったな」


 忘れ得ない死の光景がミツキの判断を鈍らせる。ほんの一瞬、魔法の発動に遅れが生じた。それを見逃さないリベラ。種火に狙いを定め、剣技を見せつける。


 ──一合、二合、三合。黎明の火は、果実の如く分かたれる


 ──四合、五合、六合。別れた一つが、さらに細切れに。


 ──七合、八合、九合。残りの二つは、見えないほどに小さく。


 ──十合。押し込められた魔力。地図すら変えうるそれはたった一瞬で、火花一つ散らせないほどに形をなくす。


「林檎の方が、まだ斬り応えがある」


「っくそ……!! 出力拡張、絶雷!!」


 絶雷は本来集めた魔力をさらに圧縮してはなつ雷撃であり、相応に隙を晒す。しかし、すでに圧縮された魔力の塊である魔力球を用いれば溜めなしで放つことが可能。


 先日の戦闘で消費した魔力球はすでに補充済み。これを用いてもまだ二十四個。出し惜しみは無し、全力で迎え撃つ覚悟を。


「だから言ったんだ」


 リベラは事も無げに軽く剣を振るい、「絶雷」を弾き落とす。それも当然のこと。彼はミツキとの模擬戦でその速度を頭に叩き込んでいる。彼にとっては、蚊を叩き落とすこととも相違ない。


 その一手が決定的に。リベラは後退しながらも魔法を放つミツキを捉える。


「君は、戦いに向いていないと。この後に及んで、オレにさえ手心を加えている。降伏しろ。さもなくば」


「断る。俺のやり方で、アンタを止める。覚悟はさっき、決まった」


 これまでの迷いは、中途半端に殺意を持っていたから。だからミツキは全て捨て去る。リベラに対する怒りも敵意も、一切合切捨て去って、生かして勝つその覚悟を決める。


「オレに雷撃は通じんぞ? どう封じる?」


 模擬戦の一幕。リベラはミツキの渾身の一撃すら受け切ってみせた。ミツキの魔法で、唯一殺傷を伴わない無力化が可能な雷。それが効かないとあらば、如何にしてこれを止めるのか。


「嘘つき。じゃあ何で、避けてんだよ」


「──」


 模擬戦でも、先ほども。「絶雷」は必ず回避した。すなわち、全く効かない訳ではない。許容量があるのだ。模擬戦の最後の一撃、「天雷」にしても、それ以上の戦闘が続けば影響が残る程度にはダメージがあったのでは。ミツキはそう予想した。


「そうか。最後通告のつもりだったのだが。仕方ない」


 二人はすでに剣の間合い。リベラの剣速に、剣技に、ミツキは着いていくのでやっとだった。そこに加えて。


「殺す」


 殺意が乗る。一切の手心なし。模擬戦で封じられていた殺傷行動が解禁される。待ち受けるのは蹂躙。じりじりと追い詰められ、果てには切り捨てられる運命。間合いに入れた瞬間に、ミツキの敗北は必至。




「──あああああああああ!!」


「──な、ぜ」


 その運命は捻じ曲がる。ほんの僅か。たった数度の経験が、ミツキを死の淵から救い出す。


「なぜ着いて来られる!?」


 殺意を乗せた剣。それは気持ちが変わっただけではない。得物、剣速、狙う部位、組み立て、威力。何から何まで違う。ミツキに「因果集積(フェイタルチェイン)」があろうとも、今リベラが振るう剣は、ミツキにとって初見と同じこと。ならば彼にはなす術がないはずだった。


「アンタと! 同じ! 剣!! 知ってんだよ!!」


「──ここでもまだオレを阻むか、殿下!!」


 フィルとの訓練。彼はいたって全力だった。最初こそ戦いへの忌避感で手を抜いていたが、少なくとも最後の日は、声も聞こえないほどに真剣だった。


 その経験がかろうじてミツキを救う。速度も威力も違う。だが狙いや組み立てならば、知っている。それとこれまでの剣技をつなぎ合わせて対処する。リベラの絶対の剣技が、今をもって絶命の一太刀を阻まれる──!



 横、やや斜め上への振り抜き。その後返すように袈裟懸け。振り上げ、振り下ろし。首狙いの短いスイング。腕を落とす縦斬り。そのまま足払い。


 半歩後ろに下がる。短刀で流す。体を縦にして躱し、落ちてきた刃は弾いて受ける。しゃがんで躱すが髪を掠める。片腕で剣の腹を叩き去なす。軽く飛んで透かす。



 一連の攻防は数秒の出来事。刹那のやりとりに空気が遅れて震え始める。ゆっくりと熱を帯び始めた大気。歴戦の猛者、リベラでさえも汗が滴る。そんなこと気にも止めずに攻撃を交わす。


 刺突。バツ字型の斬撃。


 短刀で受ける。潜るように躱す。懐に入り攻守が切り替わる。


 

 小手狙いの斬撃。雷撃を込めた刺突。


 片手に持ち換え空いた手で叩く。短刀を指で挟むようにして拳ごと受け止める。ミツキの動きを止める。



「掴んだな」


 ミツキが待っていたのはこの瞬間。自分とリベラの距離が完全に零となる今。


吼靂(こうれき)!!」


 自身の肉体を起点に魔法を放つ。吼えるような雷の音。迸るような稲光。それがミツキを中心に放射状に広がるのが本来のこの魔法。だが、リベラが接触したことで機能が変わる。


 流れ込む。無造作に放出されるはずだった稲妻は、ミツキからリベラへと一直線に。絶えることなく。どれだけ抵抗しようと、無意味。リベラの意識は焼け焦げて、すっかり抜け殻に。



「……ちっ」


「オレが、はあ、距離を取らされるとはな……」


 寸前で機能したのは第六感。修羅場を潜ってきた彼には分かった。あのままミツキを抑えていれば敗北は必死。それを察知して後方に大きく飛び退いた。抜け殻になるはずだった体には、今なお意識は健在。


 しかして再び虚空が生じる。リベラには容易に埋められるはずの数十間ほどの小さな隔たり。


「出力拡張」


 それが今のミツキには。


「練火」


「練火……二刀流か、おもしろい」


 無間につなげる打倒の距離。



(いしゆみ)


「! 『村正』じゃないのか!!」



 言葉と共に現れるは炎。槍のように見えるが、それらに与えられた役割は矢であった。炎を鋭く研ぎ澄ませた矢。それがミツキの背後、空中に七つ番えられる。


「俺の戦いは、アンタに勝つことじゃないんでね」


 それを放つ。まずは一つ。


「っっ! 大した圧力だ! だが──!?」


 リベラは向かい来るそれを切り捨てる。容易にやってみせるが、爆発を伴い飛びかかる炎の矢、その速度は目視すら困難。初見でこなせるのはリベラか、あるいはアルバートくらいだろう。



 次いで二つ。三つ。四つ。僅かずつ時間を置いて、順次放たれる。リベラは全て切り落とす。その足を止めて。その威力に少しずつ、後退させられながら。



「今は凌ぐ! あと三……」


「装填完了。弩、多重展開」


 放たれたはずの矢は、なおもミツキの背後に漂う。今もなお、七つの矢はここに健在。


 放つ。番える。放つ。番える。繰り返しではなく、並行した作業。ミツキは一つの魔法が終了する前に、別途「弩」を発動して残弾をリセットし続ける。


「そうきたか!! 『外套の魔道士』!!」


 結果、リベラは矢の対処に追われ、ミツキに近づくことができない。躱そうとすればその先に別の矢が飛ぶ。ひたすら受けたとしても時間を使うばかり。


 ミツキの勝利条件。それはリベラに勝つことではない。あくまでも、フィルを守り抜くこと。自分でなくとも、向かった仲間がそれを完遂する。ひたすらにそう信じる。


 だから彼は役割に徹する。リベラという最大の危険さえ封じられれば、こちらの勝利は揺るがない。だから止める。その手段は決して、雷撃だけとは限らない。


 無限の魔力。彼は剣士ではなく魔道士だ。生かすのは自分が持つ唯一無二のアドバンテージ。決して絶えることのない魔法の嵐をもって、リベラの足を止め続ける。


「悪いね。俺はまだアンタには勝てないから。みんなが勝つまで、待つ」


 こだわりはない。プライドもない。全くないわけではなくとも、それに引き換えられるほどに友人の存在は安くない。ミツキにとって、卑怯と罵られようが。


「アンタはここで、俺と遊んでろ。夢の終わりまで」


 最善を選ぶ。自分の「できる」最良を放つ。それで、守れる命があるのならば──






「世界を照らせ、『極虹(きょっこう)』」





 ゆらりと、リベラの握る剣が光る。いつの間にか灯っていた宝石があった。刃の根元についたそれから、刀身へと光が流れているようだ。深く、青いような輝き。それが刀身を覆う。


 リベラは変わらず「弩」を捌く。捌きながらも、光が、その輝きを増して行く。真っ赤に燃える炎を受けていようとも、消えることなき紺碧の灯火が。



「──!!」


 ──マズい。いけない。やらせてはいけない。


 ミツキが感じたのは死のアラート。幾度となく潜ってきたその経験が、彼に眼前の死を予測させる。


 だから放つ。残弾全てを一度放ち切る。問題ない。魔力球には余裕がある。残弾は残り十七。再度番え直して仕切り直す。


 常人ならば塵すら残らないほどの砲撃。一つであっても致命のはずのそれが七つ、リベラへと向かう。ミツキが(それ)を放てたのは、気休めにもならないと、心のどこかで理解できていたから。



 同時。一点。小さく見えるリベラを目掛けて一斉に。「弩」と評するにはあまりに過激な、迫撃砲の連射。それがまさに命中する瞬間。




 凍る。世界が凍る。熱を帯びた大気は時間を遡る。放たれた炎は冷気を前に弾けて消える。圧倒的な破壊の群れは、破滅的な質量の前に一つ残らず消え失せる。


 氷、凍る。リベラが振りあげたのは一本の剣。その中心には一つの宝石。内部に光を灯し、きらきらと色を変える様はまるで光を受けたプリズムのようで。



 氷、それが剣筋に沿って真っ直ぐ。茨の如く刺々しく。世界に牙を突き立てながら突き進む。


 その先にある、ミツキという矮小な一人に向かって。



「っっっ!! 黎明の──」



「残念だったな」



「っ!? 爆炎!!」



 咄嗟に横に飛び退いてそれを避けるミツキだったが、生じた隙を見逃さず接近したリベラの剣に薄く切り裂かれる。瞬間的に放った離脱用の爆発で一命は取り留める。



「これで、振り出しだ」


「嘘つきめ……何が魔法は使えない、だ」


「嘘ではないよ。これは、オレでなく剣が放った魔法だ」


 剣を構えるリベラの姿が、今までよりも大きく、恐ろしく見える。それも当然。この瞬間に、ミツキは自身の有していたアドバンテージを全て失った。


「『神の遺物(ロストマテリアル)』。これが有する魔力は無限と同義だ。どうだ? 恐ろしいものだろう、神というのは」


 全てにおいて劣った。彼は再び、自分()()の才能を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ