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二章 三十四話 『天秤に掲げた夢』

「なっ!?」


「正確には、アルを除く全隊長。そしてその部隊構成員だな。オレの人望ではこれくらいが限界でね。他は遠征に出てもらった」


 リベラが味方につけたと語るのは、ヴェント、ラグナ、ジェレン。そしてミレットだと言う。隊長だけならまだしも、平隊員まで手中にあるならば、混乱を平定するのは困難。ミツキ、カイ、ゲルダ、アルバート。確かに精鋭。しかし多勢に無勢。どうしても手数が足りない。


「どうだ? やはり諦めないか? 君にはもう殿下以外でオレと戦う理由はないだろう? だから」

「嘘つき」


 そんな嘘はもう、ミツキにだって通じない。一人いるからだ。例え天地がひっくり返っても、フィルを、彼が主人と認めた王を、決して裏切ることのない男が。


「俺の『親友』、馬鹿にしてる?」


「──悪くない。君は時々、普段が嘘のように冴え渡るな」



    ◇



「僕たちは何処に向かえば?」


 アルバートたちは自らの足で颯爽と国を駆ける。現在は貴族区二番地の端。一番地に差し掛かったところ。


「やはり十二番地に。戦力は心もとないですが。その前に一度訓練所で一番隊の隊員に指示を出します。きっと待機しているはずなので」


 目的はフィルの居る十二番地。迂闊に動くことはできないだろう。だから合流を優先。平民の制圧は二の次。こちらの勝利条件はフィルを守り切ること。それを完遂するためにまずは盤面をしっかりと整える。


「十二番地なら、一部隊味方につけられます。そこから攻勢に出ましょう」


 もうすぐ訓練所に辿り着く。そこで平民の足止めに動いてもらう隊員を選別する予定。


 そこに現れたのは、予想外。この先で見えるはずだった人物。


「アルくん!? ──止まれ!! 行かせは……」


「待って、ミレットくん!! あたしたち味方だよ!!」


 七番隊隊長ミレット。それが単身で訓練所に。


「ゲルダちゃん!? ってことはミツキも! 悪い、助かる! オレだけじゃどうにもなんねえんだ!」


「ミツキ君は今師匠と交戦中。できるだけ迅速に動きたいです。ミレットさん、知りうる限りの現状を」


「──あのバカ、なんて無茶を……とりあえず、七番隊は危険を察知したら陛下のところに、ってのを徹底してる。任務で各地に散らされたけど集合は自然とできるはずだ……オレの知る限り最悪は……それ以外全員敵だろうってこと。ここ戻る前にざっと姿隠して見て回ったが、見事に隊長たち勢揃いだったぜ、くそ」


 ミレットは今日、監視塔の点検に回されていたところ、結界の展開を確認。すぐさま十二番地に向かおうとしたが直行線が先日の爆発で使えなくなっていたため、一度迂回し平民区を確認。そこで住民の混乱に紛れる隊長たちを目視した。


「一番まずいのはジェレンさんだ。あの人、最近ずっと姿見せてなかった。多分」


「罠、貼ってるね。あたしたち、というかミレットくんの足止め用かな? 絶対懐柔できないってわかってるだろうし」


「自由にさせるべきでないのはラグナさんですね。弓で狙撃されたら危険だ。すぐに対処したほうがいい。場所は?」


「最後に見たのは三番街……待った、二人ともまさか」


 ゲルダとカイ。それぞれが関わりの深い隊長を危険と名指し。止めるべきと進言する。それが意味するところは、自分達が、止めると言うこと。


「僕たちでは暴動の制圧は出来ない。そこは知名度のある皆さんに。フィル陛下の防衛はとりあえずお二人の部隊で足りるでしょう。僕たちがしくじらなければの話ですが」


 外様の二人。幼い二人。二部隊の隊長が敵に回っている現状。ミツキだけでなく、二人まで危険に晒すことを、アルバートは容易には決められない。思えばいつも、重要な決断は人に任せてきた。どんな選択肢も同価値に見えたから、決めるための、選ぶための基準もてんで分からなかった。今は違う。二人の価値を認めればこそ、危険に晒すのは──



「しっかりなさい、アルバート」


 燃えるような声がかかる。昔から聴き続けた強い音。いつだって彼の背を押してきた、知らず知らずに頼っていた凛の人。


「母、さん」


「おおよその状況は理解しました。私も参戦します。兵を預けてもらえればすぐにでも動きましょう。ですがアルバート。全体の指揮官は今、あなたです。あなたが決めなさい」


 かつての総隊長が、戦場に出る。戦う力は低下しているが、戦場の把握であればいざ知らず。一つ駒が増える。


「……」


 迷うアルバート。この指揮一つで国の命運が分かれる。全責任が自分の言葉に。怖くなかったはずのことが、最近になって途端に怖くなってきた。神と呼ばれた彼はもういない。


「──ゲルダさん、カイくん。二人にはラグナ、ジェレン両隊長部隊の対処を。兵の半分を託します。足並みは考えずに。彼らに合わせるよう指示しますので。私とミレットさんは暴動を鎮圧しながら十二番街に向かいます。兵力は最小で。ただし平民区に入り切りはしません。区の境をなぞるように進軍します」


「「「了解!」」」


「母さん、いえ」


 かつて師匠に言われた言葉を思い出す。彼は一体どんな気持ちで全体を動かしていたのか。同じ立場になってわかるその重責。同時に背負うは王の重荷。彼は小さき体に、この何倍の責を負っているのか。


「アイリーン臨時隊長は、残りの兵を率いて暴動、特に平民区十二番街のものを平定してください。陛下の下に流れ込まれる前に処理します」


「分かりました──立派に、なりましたね、アル」


 思いがけない賞賛の声。込み上げるものを感じながら、告げるべき言葉があることを思い出す。感傷に浸るのは、全てが終わってからでいい。


「最後──全員、死なないこと。以上!」


 その言葉を最後に、部隊は散り散りに動き出す。



    ◇



「ミツキ。知っていたか?」


 遠距離に留めるという目論見も虚しく、リベラの接近を許す。せめて先手をと切りかかるミツキを剣でいなしながら、リベラはまるで談笑するように語りかける。


「オレには、奇跡(ギフト)がないんだ」


 刺突を剣で受けたリベラの横腹に蹴りを叩き込むミツキ。その直後に軽く魔弾を放つ。


「それどころか、魔法すら使えない。魔力を外に出力する機能を失っているらしくてね」


 リベラは魔弾を剣で弾くと、剣を振った方向と反対に動いたミツキを見遣る。


「だけど魔力は溜まっていく。それなのに外に出せない。そうすると、どうなると思う?」


「雷光!!」


 視界を封じるために雷撃を流す。至近距離。剣を振った直後。避ける手段はないはず。


「がっ!?」


「内部で、魔法になってしまうんだ。オレの色は氷でね。体の内側を、焼け付くような冷たさが四六時中襲ってくる。おかげでろくに眠ることもできやしない」


 片足を軸に周り、ひらりと躱しながら後ろ回し蹴りでミツキを吹き飛ばす。それにダッシュで追いつき、上段斬りで胴を狙う。


「爆炎!!」


「意識を閉ざすのはいつも気を失うように。おまけに肉体強化で常に魔力を使用しなければ爆発してしまう。水の自然と貯まる貯水槽が、いずれはち切れてしまうようにね」


 かつてルナリアとの戦闘でやったように、爆風を使い一気に距離を取る。あの時と違い魔力は無限。いくらでもダメージを負える。霊廟の時とは違い、痛みにはすっかり慣れた。たかが火傷程度ならいくら負おうと砕けはしない。


 二人の間に虚空が生まれる。リベラであればコンマ一秒で埋まる空白。彼はそれを埋めないまま徐に続ける。


「なかなか生きづらいものだ。君のことが少しばかり羨ましいよ」


「同情でもしてくれって?」


「ああ、そうだよ? 何度も言うが、オレが君を欲しがっているのは事実だ。そのために少し勧誘させてくれ」


 たった数分の攻防でミツキは幾度も死線をくぐった。精神が持っても体力がもたなければ意味がない。休めるのであれば、利用しない手はない。構えはとったままで、相手の言葉に耳を傾ける。


「ありがとう。ところで聞くが、君は。仕組みの異なる異世界を知る君は、この世界の仕組みをどう思う?」


「どの、仕組みだよ」


 引き伸ばす。再度ぶつかり合うまでに万全に仕上げたい。勧誘するなどと言いながら、リベラの攻撃はどれも命に届く。殺気が篭る。一つでも間違えば──死ぬ。


「当然! 輪廻の話さ。奇跡が与えられる仕組み。人々が躍起になって善行に励む釣り餌。これを君はどう思う?」


「……良いものに、決まってんだろ。そのおかげで人は善を願い、悪を嫌う。アンタみたいな極端やるやつもいるけど、おおむね満足だろ。おまけに報酬まで確定だ。不満に思う訳がねえ」


 報われない努力を積み重ね、前世で全てを否定されたミツキ。彼が奇跡の仕組みを肯定するのは至極当然のこと。実際に、こうして報われているのだから。


「だろうな。君ならそう言うと思った。君のまま、報われた君ならば」


「何が言いてえんだよ、アンタは」


 勧誘と銘打っていながらその言葉は皮肉めいている。リベラも意図したものではない。自分の持つ不満が、言葉の形で思わず顕出してしまった。本人もまさか言葉になるなど思っていなかったのだろう、ミツキの返答を聞き、しまったと言う顔で目を見開く。


 とはいえ染み付いた感情は隠せるものでは無い。どうせ自分の返答で顕になる話。つい出てしまった言葉と同じに、嫌悪を乗せて続ける。


「応報の形。善行の推奨。神の手による因果の強制。ミツキ、オレはね──」




「──心底、気持ち悪いんだ。この仕組みも。これを担ぎ上げる風潮も。それを正しいと作り上げた神も」


 「気持ち悪い」。リベラの言葉の意味は掴みかねる。だけどミツキは、自分が見ないようにしていた機構の欠落に、とうとう思考を巡らせてしまう。


「アンタが、奇跡貰えなかった、からか」


「ああ。もちろんそれが発端だとも。だが、もっと広い視野で見て欲しい。善行を積めば報われる。悪行を成せば罰が下る。良いことだろう。だけどそれは」


 ミツキだから目を向けなかったこと。前世返りだから、気づけなかった、気づかないようにした歪曲。


「──来世の、誰かにだ。オレたちじゃない。頑張ったのは、オレたちだっていうのに、オレたちには何も与えられない」


 ミツキは前世と今世が連続している。だから思い至らなかった。言われてみればその通り、報償は見ず知らずの、自分とは違う誰かに与えられるだけ。反対に。


「悪行の報い。その負債だけ押し付けられて、はいおしまい。あり得ないだろう? 何故これで皆納得できる!?」


「それ、は……」


「否定させはしないよ。君にだけはね、ミツキ。前世(きみ)のまま来世(きみ)になり、真っ当に報いを享受した今世(きみ)にだけは」


 ミツキの同情を誘う目的などとうに忘れたリベラは、ミツキに羨望をぶつけ始める。三十年近く募らせた思いは、理性では抑えきれないほど肥大して。


「報われるならば今世の人間だ! 頑張って、努力して、善行を積んだその人だ! 罰が下るならそれも同じ!」


 言葉が荒む。もはやそこにいつも穏やかに見えたリベラの姿は無い。泣き喚き、理不尽に憤慨する様はまるで子供のよう。


「──だから、力が要る。強い国が要る。強い王が要る。全てはこの世界を変えるために。殿下はあまりに優しい。平民を重用しようというあの方では、この国は弱っていくばかりだ。それでは願いは叶わない。オレの、たった一つの願い」


 彼の野望の全貌。ミツキの夢を子供じみたと言いながら、誰より子供じみた夢を見ている彼の善意の果て。


「──この仕組みを作り上げた、神を殺す。知っているか? 神の資格は、これを下したものにも与えられるそうだ。オレはその資格を使い、今世の人間が善く生きられる仕組みを創る」


 神を下し、神になる。夢物語に聞こえるそれは、神の現存するこの神造世界においては正しく野望と認識される。けれども見果てぬ夢。誰一人目指したものがいない夢。「剣神」とまで謳われる彼だから、目指せてしまった不幸。


「だからミツキ。オレに力を貸してくれ。世界の、今頑張っている人間を救うために」


「──俺は、アンタの夢を否定できない。多分、しちゃいけないんだ。でも」


 リベラが差し伸べた手。それを取れば、今の多くの人間が報われる。それがいかに素晴らしいか、失意を知るミツキには痛いほどわかる。


「──それは、別の方法で目指すべきだ。フィルを殺してまで、そんなことはしたくない──友達を裏切ってまで叶える夢なんて、俺にとってはガラクタなんだ」


 だから否定はしない。だが、自分が受け入れることはできない。リベラとでは、重きを置くものが違いすぎる。


 そう、これは信念の戦い。正しさと間違いの勝負ではなく、正義と正義の押し付け合い。


「そうか。残念だ」

「俺も、残念すよ」


 譲れない大切(もの)を刃に乗せて、二人は再度火花を散らす。

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