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二章 三十三話 『無勢の精鋭』

「なんでオレに剣を向けた、ミツキ」


 ただ一人を除いて困惑の色が顔面に張り付く。カイは優秀さゆえに未だ状況の整理がついていない。だが時間の問題だろう。道中で拾った情報を踏まえれば今回の一件、その全容が詳となる。

 ゲルダは、珍しくミツキの行動を追えずにいた。彼なら、きっとリベラを味方すると思っていた。


 そしてそれはアルバートも同じ。ミツキは必ずリベラの言葉を信じる。何故なら共に獣の国(アニマ)を旅したから。ミツキに新たな居場所を与えたから。リベラ無くして、フィルとミツキが出会うことはなかったのだから。だから、自分ではなくリベラの言葉に従うだろうと、信じて彼を拒んだ。


「分かんない、です。でも、どっちかを選べって言われたら、アルさんだって、思った」


 リベラとアルバート。現場に着いた時点で、戦闘は避けられない段階にあった。いずれかしか助けられない。それならば、ミツキはアルバートを選ぶ。より長い時間を過ごしたリベラよりも、この国に来て出会い、長くない時を過ごしただけの彼を。


 リベラが助けずとも強いからか。戦力を均衡させれば時間が稼げるからか。違う。打算や計略ではなく。



『あの人を、支えてあげてください。君には、それが出来る』



 戸惑いの渦中。ミツキを導いたのはその言葉。時間ではなく、与えられた物。ミツキにとっては、アルバートもまた紛れもない恩人だから。


「でも、俺はまだあなたを信じたい。リベラさん、何でこんなことに」


「オレは、君たちと争うつもりはないよ。ミツキ」


 ただ一人、その場で平然と素面を保っている男、リベラ。驚くのではなく、落胆するのでもなく。ミツキが自分に剣を向けたという事実だけを真っ直ぐ受け止めて、自分も同じく剣を抜いた。そこに、大した感慨もない。ただ少しばかりの無念があるだけ。


「だからもう退いてくれないかな? 君たちにはもう、関係ない話だろう?」


「──」


 にっこりとミツキに笑いかける姿が、ひどく歪に、不気味に映る。仲間だったはずの人間が、凶器を手にし向かい合う状況で。前日と同じように微笑む姿が、直面する現実を夢のように思わせる。酷く、悪い夢。



「──そうか、それで貴方は僕たちを」


「カイ?」


 長い思考を終え、とうとう結論に至るカイ。


「流石だな。もうたどり着いたか。どれ、話してみるといい」


 不利な状況でも余裕を崩さない。すぐにでも始末できるはずなのに、それをしない。リベラの態度が再びミツキを迷わせる。


「初めから。そう、初めからだ。貴方は僕たちを、使うつもりでここに呼んだ」


「それはそうだろう? 手伝いをさせるために呼んだ。周知の話だ」


「そうじゃない。貴方が僕たちに期待した役割はそれじゃない」


 リベラは、不足している国力を補うためにミツキたちを呼んだはずだった。だが、その裏には複雑に張り巡らされた謀略があった。当然。気づけたはず。この男はいつだって、騙し惑わし誑かし、目的のためにと邁進してきたではないか。誠実な印象は表に貼り付けたまま、汚い手段にも手を染められる人間だったではないか。



「今回の事件。その全容の証人。それこそが貴方の求めた役割。恐らく、その為にヴェントさんを」


「ああ、少しやり過ぎだったがな。彼女は時々無茶をしすぎる」


 カイが抱いていた違和感の一つ。今回とヴェントの件が地続きであれば、戦力の分散があまりに愚策であるという点。それはここに収束される。


 此度の演目。ミツキたちが被った役割は証人。今回の事件が全て解決したはずだと伝えるための。発端の騎士が目の前で捕まったと伝えるための。そして何より。


「国民の、平民の仕業に仕立て上げるつもりですか、貴方は」


「少し違うな。仕立て上げるのではなく、事実そうなるんだ、カイ」


 平民の間に、国王に対する不平不満の火が広がっていたと、確かに伝えるための第三者。ミツキたちを帰らせ、その隙に革命を成し遂げる。それを平民の仕業と押しつけて。それこそが、国が直面していた真の危機、その正体である。


「不満の種は蒔き終えた。十分水をやって育った頃だ。時間はたっぷり使えたからな」


「おかしいと思ったんだ……急を要するなんて言いながらあまりにも悠長だった……女王から戦力が貸与されるまで一月。その条件で了承するなんて」


「まさか、他の隊が出払ってるのも」


「おお! いいじゃないか、ミツキ! 正解だ。オレが根回しした」


 ミツキが感じていた違和感。鉄の国の王、その性格と今回のやり口との不一致。それはリベラが手引きした結果生まれたもの。


「──アンタは」


 飄々と種明かしに励むリベラの姿がミツキの視界に映る。信頼していたはずの人間に裏切られるのは二回目。だが前回とは違う。ルナリアは、敵になるはずの自分達を警戒してその手段を取った。防衛策。しかしこの男は違う。


「──どうして信頼を裏切れるんだよ」


「すまない。こんな形にするつもりはなかったんだ。予定としては、君たちは全て終わってからここに戻るはずだった。何も知らずに、オレの部隊に加わるはずだった」


 そしてリベラもまた同様に、ルナリアとは思惑が異なる。そもそも彼の心中に、ミツキたちを裏切るつもりなど毛頭なかった。何も知らせず事を終わらせ、何も知らないまま騎士団に加わらせるはずだった。


「信じてほしい、ミツキ。君たちを()()()()()()()()のは。君たちを大切に思っていたことは、本当」


「──そうじゃ、ねえよ」


 このリベラの言葉に嘘はない。ミツキも、ゲルダも、カイも、リベラの中で大きな存在になっていたのは事実。戦わずにすませたいと、そう願っていたのも真実。


 しかし、いや、だからこそ、ミツキは猛る。リベラという存在が、どれほど。


「──フィルのこと、どうして裏切れるんだって聞いてんだよ!!」


 (フィル)にとって大きなものか。それを知っているから。この男がそれを蔑ろにして、剰え(あまつさえ)命すら奪おうとしていることがまるで信じられない。信じられないほどに、腹立たしい。


「アンタは、あいつのことを何とも」

「思っていないわけが、ないだろう。あまり知った口を叩くな。それ以上は流石に腹が立つ」


 ここにきて初めて、リベラの表情が崩れる。言葉が怒気を孕み、鋭い視線が殺意を伴ってミツキに刺さる。怒りで止まらないはずのミツキの言葉が、つい怯んで止まるほど。


「あの方はオレの恩人だ。今のオレはあの方がいなければ成り立たない。先王よりも、殿下をこそオレは慕う」


 自分に居場所を与えた先王ではなく、フィルを慕う。その背景に何があったか分からないミツキは、やはりその言葉を信じられない。大切な人間を犠牲に成し遂げたい何かがあるなど、彼の人生では決して理解できない。


「なら、何で──」


「あの方の幸福とオレの幸福なら、前者を選ぶ。平民と、殿下なら当然殿下だ。騎士団よりも、この国よりも、比べるべくもなく殿下が上だ」


 騎士団の長。それが語る言葉は自分の立場すら脅かすようなもの。国を守り、平民を守るはずの人間が、それを捨て置いてもいいと訴える。だが。



「──だけど、世界と殿下であれば、オレは世界を取る。それだけの話だ」



 彼は天秤に乗せてしまった。比べてはいけない二つを。同じ規格で比べてしまった。


 気づいてしまった。フィルが王であるままならば、世界はずっと救われ(変われ)ないと。



「だから殺す。世界の為などと大義を掲げるつもりは無い。ただひたすらに、オレの野望のために」


 彼が求めるのは世界の機構(システム)、その打破にある。誰が望む訳でもないが、彼はそれを成し遂げんと命を削る。人生を捧げる。だから出来る。自分の人生よりも価値のある、フィルすらも生贄にして進めてしまう。


「他の手段も考えた。だが、どうやらオレに出来るのはこれが限界のようでな。どうだ、ミツキ? 英雄の卵。君は世界と殿下、どちらを選ぶ?」


「っ……!!」


 その問いに思わず唇を噛んだのはアルバート。年長である彼が食い止めなければいけなかった問い。ミツキには答えられないはずの問い。


 問いかける。ヴェントのように問いかける。苦しめるためではなく、引き込むために彼は問う。


「フィル」


「──なんだと?」


「俺は、世界よりも友達を選ぶ」


 答える。一も二も無く答えを告げる。彼の中では既に、整理を終えていた。


「俺が英雄になりたいのは、言ってしまえば()()()なんだよ。そもそもの願いは、家族が、友達が、大切なひとが、幸せだったらそれで叶うんだ。だから、友達を捨てなきゃ守れないような世界なら、いい」


「ミツキ、くん……?」


 フィルと交わした約束の話。一歩先に進んだ彼の言葉。その時に思い出したのは、失った日の事。やっと拾えた始まりの願いが、一体どんな形だったのか。


 確かに、「みんな」を救いたい。だけど、そのみんなは。


「自分が救いたい、『みんな』だ。世界なんて曖昧なものより、近くにいる大切を守りたい」


「そのためなら世界も捨てられる、か。思ったよりも傲慢だな」


「でも、可能性があるなら、ほんの少しでも、全部守れるかもしれないなら、俺はアンタみたいには諦めない」


 「みんな」を定義し、救う人間を選ぶというミツキ。それとは裏腹に、世界すらも救いたいと答えるミツキ。一見矛盾するような、自壊する危うさを秘めた持論。なぜなら、「全て」と「選択」は矛盾するのだから。


「そうか──やはり君は歪んでいるな」


 そこに矛盾はない。ミツキにとっては、顔の見えない誰かであっても、基本的には救うべき「みんな」に含まれる。近くの友人も、見知らぬ善人も、彼にとっては同じく救うべき対象。


 世界は要らないと答える彼の中にはそれでも、確かに世界中の人間が救うべき者として存在している。


 ──きっとミツキは、「選んだ」上で「全て」に辿り着くのだろう。その真っ直ぐさが、リベラにはひどく歪に見えた。


「筋金入りか。もっと子供じみた夢だと侮っていた。だからこそ惜しいのだが」


「……」


 異変に気づくカイ。ここまで話すばかりで戦うそぶりを一切見せないリベラ。早くしなければ騎士団も状況を把握し行動するはず。狙っている暴動も所詮は平民。騎士団であれば迅速に制圧できる。悠長に構える余裕など、どこにも──


「っ!! アルバートさん!!」


「早いな。そうはいかんが」


 カイの声掛けと共にリベラが走る。ミツキを無視しアルバートの下へ。剣を両手で持ち、身体の左側に収める。今まで見てきた動作よりも早く、鋭く。


 禍々しく。殺意に満ちた一太刀。


「っつあぁ!!」


「追いつくか! ミツキ!!」


 狂気にも思える笑みを浮かべて、追い付き弾いたミツキを讃える。アルバートもかろうじて反応していたが、それではいけないと判断できた。アルバートがここに止まっては、負けると。


「アルさん!! 早く!! 二人もだ!」


「だめだ、ミツキ君では師匠には」


「凌ぐだけなら出来ます!! この人倒すのが勝利条件じゃねえでしょ!!」


 リベラに囚われていた。衝撃にすっかり頭を持っていかれていた。カイであっても欺けるほどに、状況はリベラの、リベラ()()の掌の上に。


「──任せる。死なないでくれ」


「行かせると?」


「こっちのセリフだよ!! アンタの相手は」


 短刀と剣。鍔迫り合いで押しとどめるがミツキの分が悪い。背中を向け走り去るアルバートへとリベラは視線を移し、駆けようと脚に力を込める。


「俺だ!!」


 それを確認するとミツキは全身から一気に魔力を放出。地面から足を離したリベラは食いしばることも出来ずにアルバートから距離を取らされる。


「ミツキさん!! 周辺に人の気配無し! 被害考えずに戦ってください! ……死ぬなよ」


 先程キャッチした違和感、周辺に人がいないという情報を伝えておく。恐らく騎士団が作戦に先んじて避難させたのだろう。これで、ミツキの憂いは一つ取り除かれた。


「──行ってくるね、ミツキくん。またあとで」


 ゲルダもカイも、ミツキを一人残す作戦など取りたくはなかった。状況が状況。やむをえずにアルバートを追うが、向こうが解決すればすぐに援護に来ると心に決めて。


「……ふう。行ってしまったな。どうしたものか」


 二人の間に距離が開く。ミツキは、リベラを近寄らせないことを第一に。一挙手一投足を注視して、牽制に備える。


「何人」


「ん?」


「アンタの味方、何人いるんだ」


 時間を稼ぐ。魔力を集中させるために、会話を交わして溜めを作る。


「教えるとでも?」


「だよ……」

「なんてな。構わんさ。オレももう少し話したい気分だ。そうだな、アルバートには断られてしまったから──」



    ◇



 平民区。六番地。


「おい、はやく逃げようぜ! 何かみんな暴れ始めて……」



『聞け。王の真実を聞け』



「なん、だ……声……?」



『王は実の父を殺した。獣を操り、我欲の下に。今こそ、打倒の時だ。立ち上がれ、勇気ある者よ』



「なんだ……そんなの、誰が信じ」


「天啓だ!」「みんな向かってるって!」「じゃあほんとってこと!?」「許せねえ!」

「オレは前から思ってたんだ、子供なんかに継がせておかしいんじゃないかって!」「リベラ様の方がずっとよかった!」


「殺せ」


「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」



「陛下を、引き摺り下ろせ」




「これで、仕事は終わりか。無知とは恐ろしいものだ……では我々も十二番地に向かう。列車は止めているから、脚を使うが、いいな」


「はい! ラグナ隊長!!」



    ◇



 貴族区。二番地。留置所にて。


「……外。騒がしい。始まったんだ」


「ヴェント隊長、お迎えにあがりました」


「お疲れ様。暴徒の解放は?」


「完了しています。それと、こちらを」


「……紙?」


「回復魔法が込められています。ジェレン隊長からです」



    ◇



「それ以外、だな」


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