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二章 三十二話 『世界を穿つ剣』

 十六日目。ミツキたちが、魔性の国(ファタール)へと発つ日の朝。


「フィル。しばらく会えねえし、一回相手してよ」


「いいね。ボクも誘おうと思ってた」


 日課の組手を、フィルとの剣術稽古にする。最後になる訳ではないが、国のこともあり、お互いに時間を作るのは難しくなるだろう。お互いの成長を確かめるために、剣を交わすことにした。


「何本?」


「前と同じ。十本でいこ」


 十本先取。体に一撃入れれば一本。


 合図なし、二人が構えると自然に勝負が始まる。先に動くのはフィル。珍しく積極性を見せる。振るう剣は地面と水平に美しい弧を描いてミツキへと向かう。


 ミツキでも、リベラの剣を知らなければ食らっていただろうほどの一撃。しかし、ミツキはそれを容易く上に弾く。短刀ではないが、リベラとの模擬戦で見せたのと同じ動き。


 その後すぐにミツキは間合いを詰める。自由に振るわせないための策。この勝負は魔法なし。こうなるとミツキにも攻撃手段がないはず。


「っぐ!?」


「悪いな、一本もらうよ」


 そこで放ったのは左足での蹴り上げ。これもまたリベラの動きから学んだやり方。剣ではないため一本にはならないが、崩れた体勢に回避の手段はない。振り下ろしでとどめを刺す。


「まだだよ!!」


 それをフィルは、これもまた蹴りによって対処。よろめいた体を立て直すのではなくあえて崩し、大きく蹴り上げ剣の腹を蹴ることで避けて見せた。


 奇しくも同じような戦い方。それは二人とも剣の模範をリベラに設定しているから起きる同調。ミツキの直接の師匠はアルバートだが、彼は細剣使い。模倣するには差異が大きい。


 そのまま何合か剣戟が続く。終わりのないような勝負。狙った訳ではなく、惜しんだ訳でもなく、自然と勝負が長引いた。



「ミツキさん! そろそろいきますよ!!」


「え!? もうそんな時か」


「もらった!!」


 時間を忘れて没頭していたミツキは、カイの言葉で現実に引き戻される。そこを狙ってフィルが剣を振る。今日一番の鋭い一撃がミツキの腹に刺さり、勝負が終わる。


「いってえ!! そりゃねえよフィル!!」


「はあ……え……はあ……」


 無防備な体に入った剣はミツキに鈍い痛みと、少々の苛立ちを与えた。だが、フィルはわざと隙を突いたのではない。必死の状態。極限の没入に至っていたため、カイの声が聞こえなかったのだ。そこまでしなければ、普段戦闘を行わないフィルではミツキと打ち合えなくなっていた。


「そっか……時間……ごめ、ん……」


「……いや、しっかり俺の負けだ。そんな集中されたら文句もでねえや──でも、貸しひとつ、だからな」


 しばしの別れになる。フィルは言葉を出すにもしんどそうで、ミツキには時間があまりない。そこで、簡単な挨拶でお別れにする。


「ん」


 前と同じように、ハイタッチで。


「……うん!」


 ぱちんと響いた音を合図に、ミツキは軽く手を振って家を出た。まるで次の日にも会える友人のように。



    ◇



「やあ、遅かったな」


「リベラさん! わざわざ迎えに来てくれたんですか?」


 家を出たミツキたちを待っていたのはリベラ。昨日から引き続いて楽しそうに笑っている。


「まあな。昨日はあのまま本部で眠ったから、ちょうどいいかと思ってね」


「結局仕事したんですね……皆さんあんなに止めてましたけど、意味なかったみたいだ」


 ミツキたち用の書類を一通り整理し、今日。それまでも各地動き回っている姿を見ていた。ミツキには、リベラがワーカーホリックに思えて仕方なかったが、あんまりにも笑顔なので水を差すのも違うと口を噤む。


「ミツキ、十二番地ではなく三番地の出入国口を使用するよな? まだ二番地の線路修復に時間がかかる。それでも一番地までは電車に乗るだろう? 俺も訓練所に顔を出すから、一度挨拶してから帰ってはどうかな?」


「いいね! そうしようよ!」


「まあそうだな。お前らはいつでも会えるだろうが、俺はそうでもねえ。世話んなったし、それくらいはな」


 ということで、電車に乗り、一番街へ向かうと。



「人すくなあい」


「まあ、そうだわな。色々あって訓練してる暇もねえだろう」


 各地の線路の整備や事件の確認。ヴェントたち三番隊の穴埋めなど、問題は山積み。結局会えたのは一部の隊員と。


「これからは連携警備もありますから。ディエスさんも、すぐにお会いできますよ」


 変わらず指導を行なっていたアルバートだけだった。


「では私も皆さんを送っていきましょうか。訓練所にいてもほとんど仕事がないので。ついでに師匠と二番地の現場確認でもして行きます」


「あざっす!!」


 移動は基本的に列車を使ってきたミツキたちだったから、徒歩での経路には明るくない。案内が増えるのは助かる上に、暇潰しにもなる。



「ミツキ。次向かう国に当たりはつけているのか?」


「そうっすね。一応魔法の国(マギアマルクト)に向かおうかと。ゲルダとカイの手がかり探しと、広いんでどっかに奇跡(ギフト)落ちてるかもしれませんし」


 ミツキたちが傭兵の国(ガルディニア)に籍を置く前提として、リベラは自由を束縛しないことを約束していた。そのため、一週間後に騎士団加入が決まっても、ミツキたちは再び別の国へと赴く心づもりであった。それはリベラも了承し、後方支援の準備も整えている。


「助けられる人間は多い方がいい。少しずつ他の隊長にも打ち明ける準備をしなければな」


「っすね。アルさんにもまだ言えてないの、ちょっとキツくなってきました」


 今はまだリベラしか詳細を知っている者がいない。仮に遠征をするとして、リベラ以外の騎士がついてくれば活動の幅も狭くなる。それでは本末転倒だ。故に、少なくとも隊長にはミツキの事情を話すべきというのが皆の共通見解。


「前言った通りだが、」


「『隠し事は時間が経つほどに打ち明けるのが億劫になる』、ですよね」


「はは! 君に確認は無用だったな!」


 そうなる前に打ち明けたかったのだが、騎士団内部に敵がいるという話もあって、出来ないまま今に至る。リベラの言葉の意味が、ミツキにもじんと伝わってきていた。


「──ミツキ。オレは、本当に、君と共に歩めることを幸せに思う」


「ちょ、すっげえ恥ずかしいっす……嬉しいですけど」


 ミツキはイマイチピンときていない。リベラが自分の何をそこまで買ってくれているのか。


「気づいていないだろうが、君は何か、大きな渦の中心にいる。世界に風穴を開けるほどの、何か。これは自慢だけどね、オレの勘は、けっこう当たるんだよ」


 ミツキも自身が何か特別なものを与えられたことには気づいている。そして、そこには何らかの役割があるのだろうとも。改めて、そして第三者からそのように言われると、思ったよりもむず痒い。彼にとっては、特別に扱われるのは慣れないこと。嬉しいは嬉しいのだが、受け止めた今でも戸惑いは残る。


「きっと、君が変えた世界は、多くの人を幸せにする。弱いものが救われ、頑張っている人間が報われる。そんな世界になるだろう」


「──だと、いいっすね」


 本音を言えば、ミツキは少し自信を失っていた。ヴェントのようにどうしようもない悩みを抱える人間がいる。やりきれない怒りをぶつける人がいる。そして、相容れない、二つ以上の幸福が対立することがある。それをどうにかすることなど、果たして自分にできるのだろうか。果たして自分に許されるのだろうか。自分の願いを譲るつもりはないが、迷いは晴れないまま。


 だからたった一人でも、ミツキを肯定する人間がいるのはありがたいようで、騎士団への所属を決めたのも、リベラがいるから、というのが大きい。恩人のためだの、役に立つだのは、結局のところ外向けの理由に過ぎなかった。


「ああ、きっと──さ、着いた。我々はここでお別れだ。しばしの間だけどな」


 話しているうちに、いつの間にか三番地の出入国口まで辿り着いた一行。外に出てからは、ミツキにはルナリアから迎えが寄越され、それ以外はディエスの運転する車で帰る予定となっている。


「じゃあ、リベラさん。また」


「また、な」


「あと、アルさん」


「『あと』、っていうのは気になりますね」


 道中、アルバートを仲間はずれにリベラと二人で会話に耽っていたため、彼は少し妬いている様子。


「あ、すんません! 変な意味はないんすよ──今回、俺にとって、師匠はアルさんでした」


 訓練のたびにアルバートはミツキを気にし、その成長を見守っていた。彼が今の強さに至ったのは、アルバートの尽力あってのこと。リベラでは恐らくこうはいかなかった。ミツキの発言は、自他ともに認めるものだ。


「これからも、ビシバシ頼みます!! ──師匠!!」


「──はい。覚悟してくださいね、ミツキ君」


 この国に来て、ミツキたちはさまざまな縁を結んだ。


 一人ぼっちで目を覚ました彼は、もうこの世界にはいない。


 人々に囲まれて、これからも旅を続けるだろう。


 友人と交わした、約束を胸に。

























「あれ? まだ迎え来てないっすね。早過ぎた?」


「だな。ちょっと待っとくか」


「ん? ミツキさん、その腰のやつ。そんなの持ってましたっけ?」


 カイが指摘したのは朝の模擬戦で使用した模造剣。急いでいたために返し忘れていたようだ。


「やっべ!! 返さないと」


「またでいいんじゃない? フィルくんならいっぱい持ってそうだし」


「……いや、だめだ! こういうのもズルズル先延ばしにしたらまずい! 借りパクとか聞いたことあるし!」


「ったく。真面目だなあ、ミツキ……」


 さっき別れた手前どんな表情で会えばいいのだろうとは思うが、ここで放置できないのがミツキがミツキたる所以。不器用の権化はブレーキなしで走り出した。


「まあいいや。俺たちは先に車で……」


「ちょっと心配だからあたしもー!」


「姉さんが迷いそうなんで僕も行きます」


「あ、おい!! っくそ……俺だけ留守番かよ」


 ルナリアの使いが来るまではディエスまでいなくなるわけにはいかない。幸い魔獣も少ないので、待つのも困らないが流石に広い場所で一人は寂しい。


「まあ、二人に追いついて渡したらすぐか」


 リベラたちは遠くとも二番地には居る。ならば時間は掛からないだろうと納得させて、大人しく車内で待機することにした。




「おーい、ミツキくん!」


「ゲルダ! カイも。わざわざ悪いな」


「悪いと思うなら控えて欲しいですけどね。全く」


 文句を言いつつも着いていくカイ。悪いと言いつつも、何故とは聞かないミツキ。この辺りは流石に信頼関係のなせる形か。余計なやり取りは省いて合流する。


「とりあえず、来た道戻るつもり」


「じゃあミツキくんについていこー!」


「はいはい。はぐれないようにね」


 さほど遠くには行っていないはず。因果集積(フェイタルチェイン)を頼りに道を辿ろうとした。











 その時。











「!! 魔法!! どこ!?」


 ゲルダが魔法の反応を感知。それに合わせてミツキとカイがゲルダを囲むように警戒体制をとる。


 その直後だった。


「! 見て!!」


 

 放たれた魔法が、否応なしに視界に映る。その姿はさながら極光(オーロラ)の壁。たなびくように傭兵の国の壁面、その内側をぐるりと囲う光のカーテン。


「あれ……そうだ、ラストボンドと同じ! 結界!!」


 ミツキの思考は正しい。それは結界である。だが、侵入者を拒むために存在していた結界とは練度が違う。あれほどの年月は残存しない簡易のもの。もったところで四、五時間だと推測される。


 そして、用途がまるで異なる。それが拒むのは侵入者のみにあらず。


「これ……出られない!! 閉じ込めるための結界!!」


 国から、外へ逃げることを禁ずる。檻のような役割。もちろん外からの侵入も封じているが、そちらは空間遮断による副次効果。そしてそれが意味するところは。


「まだ、終わってないんだ!!」


 国の危機には続きがあった。ミツキたちには、致命的な見落としがあった。


「行きましょう! 騎士団……いえ、リベラさんたちと合流しないと!」


 これが先の事件と地続きにあるのならば、犯人はやはり騎士団に潜んでいる。カイはそう予想する。


 しかしそうなると説明のつかない部分がある。曲がりなりにも騎士団ともあろうものが、それを見落とすだろうか──


「──なんだ、これは」


 走る。いち早く合流しなくてはと駆け抜ける。その間も、カイは情報収集を怠らない。だから、その異常に気づかないはずがない。


「カイ?」


「──今は、後にしましょう。悪いことではないはずだ……」


 あるべき情報がない。風から得られる情報のうち、決定的に欠落しているものがある。それは、迅速な行動の結果か。それとも。


「頼む、みんな……どうか無事で……」


 ミツキが懸念しているのはやはりフィル。今、彼の心は強くある。それでも畳み掛けられる困難に、人はそう何度も耐えられるものだろうか。自分がそうであった分、余計に心配が募る。





「二番地に入りました! 少し探ります……いた!! 近いです!」


 カイが天眼通でリベラたちの居場所を突き止める。そこへと一直線。



「いた!! アルさん! リベラさん!!」


「ミツキ君!? 一体……いや、だめだ!! 来てはいけない!!」


 ミツキを必死に拒むアルバート。その姿には鬼気迫るものが。先ほどまで、笑顔で談笑していた彼とは似ても似つかない。


 その傍には騎士が二人。合流したのだろう。一番隊の騎士と思しき彼らがいた。


 

 剣を抜いて、リベラにそれを向ける彼らの姿が。



「アル……さん……?」


「帰りなさい! 早く!! もう君の出る幕はない!!」


 拒む。危機に対し、現状の騎士団では圧倒的に手が足りないはず。それなのに、拒む。



「ミツ……キ……」


 リベラは僅かに戸惑いの色を見せたが、一度目を瞑り、覚悟したように語る。


「すまない。再び君の力を貸してほしい……頼む……! 殿下が……」


「だめだ!! 帰れ、ミツキ君!!」


 叫びこちらに向かい来るアルバート。持つのは真剣。人を死にいたらしめる凶器。彼はそれをリベラに振るう。周囲の騎士も、それを補うように陣形を組み、囲む。


 ゲルダもカイも動けない。状況に思考が追いつかない。認識した光景に、経験値が敵わない。


 ミツキは、ミツキだけは動ける。混乱した状況下でも、彼はいつもの動きを損なわない。


 だから、救うことができる。運命は、因果は、彼を中心にねじ曲がる──




「なんで」



 飛びかかり、接近戦を選ぶ。腰に差した短刀に魔力を込めて、命穿つ凶刃を食い止める。




「なんでですか」



 困惑の声が響く。混乱に比してあまりに静寂を保つ空間で、一層際立って響き渡る。


 困惑は一人ではない。ミツキ自身も、どうして「選べた」のかわからない。思考の隅に因果集積で拾った情報があった。それを無意識に、直感的に感知し、選んだ。ルナリアの時とは違う。完全に、分からないままでの行動。







「なんで私を、助けたんですか」







「なんでオレに、剣を向けた」





「ミツキ」





 彼は、最強を敵にする選択肢を選んだ。

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