二章 二十九話 『助けを呼ぶ声』
◇
今から十五年前の話。
「起きて……起きてよ……ねえ、起きて……」
「だめ、逃げようよお母さん……逃げなきゃ……」
彼女は一家で獣の国へと旅行に赴いていた。楽しい時間だったようだ。暫しフェアウェルで滞在した後、傭兵の国へと帰っていった。
彼女には父がいた。父は騎士団に所属していた平隊員。優れた力を持っていたわけでもなく、特別な奇跡を有していたわけでもない。それでも彼女は、父のことを誇りに思っていた。
「アネット……ねえ、早く起きて、学校に行かなきゃ……遅れちゃうわ……」
「お母さん! 逃げよう! もう、逃げようよ……」
弱いものを助けて、人々に感謝されて。彼女は国王よりも何よりも、父のことが大好きだった。
彼女には妹がいた。いつも自分の後ろをついて歩く一つ下の妹。仲睦まじく、何をするにも姉の真似から始めていた。
そんな妹が大好きで、彼女は苦手な読み聞かせを必死に練習していた。母が読み聞かせてくれたように、優しく、柔らかく。彼女の声は小さいけれど、それが妹には心地よかったようだ。寝る前になるといつも彼女の布団に潜り、いつの間にか二人で一緒に眠っていた。
「はあ……はあ……お母さん、もう行こう……はあ……はあ……お父さんが頑張ってる内に、早く……」
「やめて! やめなさい!! 待っててねアネット。私がすぐに助けて……たすけ、て……?」
彼女には母がいる。母の作る料理は貴族区らしくないもので、平民区の技術も度々取り入れる変わり種。それでも、その味は絶品で、朝も昼も夜も、いつだって彼女は待ち遠しかった。
でも、そんな母はもういない。
「──い、や」
朝から晩まで泣き喚いて、もういないはずの名前を叫び続ける。思い出したように彼女の名前を呼ぶけれど、それも全部あの日のまま。止まったまま。壊れたまま。狂ってしまって変わらない。
「いやあああ!! や! やだ!! アネット!! なんで!? なんで!!」
彼女には父がいない。そんな母の相手をしているうちに、いつの間にか消えていなくなった。再会できたのはいなくなってから半年後。あの日の平原、そこにあった木の根元で。
「だめ! お母さん!! 死んじゃう、死んじゃうから!!」
首に紐を巻き付けて。精悍だった体はすっかりなくなって。
彼女には妹がいない。母の目の前で。父の後ろで。彼女のすぐ横で。
襲い掛かる魔獣に、生きたまま食いちぎられて息絶えた。最期まで叫んでいたのは、彼女の名前と、「たすけて」という言葉だった。
「ひ……」
彼女はその時のことを思い出す。寝る前に。朝起きる時に。毎日、時計が進むたびに思い出す。
大好きな妹を見殺しにしてまで生きたことを。母を引きずることも諦めて逃げようとしたことを。父が持たないと分かって隠れようとしたことを。
そして。
「……無事? 君、一人?」
自分を助け出した少年が。灰色の髪をたなびかせ、一息に魔獣を滅ぼした彼が。
「何をやっている、足並みを……これ、は……これは、この子は、お前がたすけたのか」
光に照らされて、涙に歪まされて。何一つ見えなかったはずの彼が。
「リベラ」
彼女を、地獄の果てから救い出したその瞬間を。
◇
「作戦通りに。優先はミレットくん。視界に入れたら外すな」
およそ五十ほどの隊員。それが一斉に門前の二人へと襲い掛かる。
「ディエスさんは僕が。暗殺部隊は屋内を目指せ」
その途中で、その七割ほどが門を越え、庭園へと侵入しようと試みる。
「待て。彼がいない」
静止するヴェントの声も虚しく、すでに門から顔を覗かせていた五人ほどの騎士が。
「ミツキは、どこ?」
落ちる。雷撃の槍に穿たれて。枝分かれするように進むそれに反応もできず、落ちる。
「!?」
「お前は、俺の相手だろうが!!」
それを狼煙に変え、ディエスがヴェントに襲い掛かる。彼は彼女に勝ち越せていない。それどころか、覆せないほどに負け星を与えられた。
しかし、それは全て大剣を使った場合のこと。
「っらああああ!!」
「──これが、本気」
この戦闘。ディエスたちは一見不利に見える。しかしそうではない。あったとて多少の不利。彼らにも、覆すだけの有利がある。
一つ。立地。ヴェントたちの目的はフィルの首をとること。そのためには庭園の向こうにある邸宅に踏み込まなければならない。しかし、それには大きな関門がある。
「雷撃に注意。多少遅くなっても遮蔽物で射線を遮りながら」
それはミツキの存在。射手としての彼は脅威以外の何者でもない。無限の魔力に物を言わせ片っ端から撃ち落としにかかる。加えて非常に備えた魔力球。その数なんと二十六。尽きることのない弾幕をもって、あらゆる危機を跳ね返す。
「ふっ!!」
ヴェントは大剣を振る。いつものように鋭く、素早く。遮るものを薙ぎ倒し、抵抗を跳ね飛ばしながらディエスに向かう。
「甘えよ!!」
それに対しディエス。斧に取り付けた鎖で大剣の柄を絡め取り、無理矢理軌道を変える。
二つ。手の内。ディエスはヴェントとの模擬戦を繰り返すことで彼女の手札を熟知している。他方、ヴェントはディエスの大剣しか知らない。斧での戦い方は初見。情報戦で有利をとる。
「隊長!」
「いい。援護はいらない。ミツキは強い。多数でかかって」
三つ。戦力の分配。ヴェントが目的を達するために最も優先して越えなければならないのは、ミツキ。フィルの側から離れない彼を倒さなければ勝利はない。故にそこに向けて戦力の七割を注ぎ込む。残りの三割は神出鬼没のミレットを封じるために。そして自分はディエスを砕く。
その予定だった。だが予定外にディエスが強化されている。得物を変えただけでこうも変わるとは予想だにしていなかったらしい。
そして四つ。時間制限。本隊が駆けつける前に終わらせなければならない。
ここまでの有利を押し付けて、封じるのがミツキたちの役割。決して勝ち切る必要などない。それが最も大きい。
「ディエスさん。数多いんで一回切り離しますね」
「おう。任せろ」
ミレットの周囲には十五人の騎士。隊長といえど多勢に無勢。そこに投じる一石は。
「『黒天』」
魔法。ミレットの周囲を陰のベールが包み込み。
「消え」
「消えてはないよ」
「っっ!? しまっ──」
姿をくらます。たった少し視界から切り離されただけ。それだけでミレットへの認識は両断された。
「ダメじゃん、ヴェントちゃん。オレの魔法くらい共有してなきゃ」
「……ミレットくん。見せないから」
ミレットの有する魔力の色は闇と陰。破壊力に劣る魔法だが、彼にとっては必殺となり得る。
相手の視線を遮る。ただそれだけ。ミレットが鍛え上げたのはそんな魔法のみ。何故ならそれだけで、彼は人を殺せるから。
一瞬の認識遮断によって騎士たちはミレットの情報処理をリセット。視界に入れても認識に時間がかかる状態に。その隙を突いて二人、当身によって昏睡する。
「光か雷を使える人は必ず待機状態に。彼が魔法を使ったら……」
「余裕こいてんじゃ、ねえぞヴェント!!」
ミレットの能力に改めて指揮を下すヴェント。その隙をついてディエスが斧を振り下ろす。しかしヴェントはそれを一寸だけ横に動いて躱す。最初の出会い。その模擬戦の再現。
その時と異なるのはディエス。躱される一手前に足を地面に叩きつける。踏み鳴らすという生優しい威力では無い。常人ならば砕け散るほどに力を込める。蓄えられた力は全身に。そして。
「らあぁっ!!」
あらかじめ、横に避けると予想して構えておいた右の掌から放出される。
「っっ!!」
その空気圧にヴェントは数歩後ろにのけぞる。たった数歩。しかし、それによって。
「! しまっ」
「殺った」
視界がズレる。捉え続けていた彼が消える。
現れるのは後ろ。手練れといえど追いつけない絶対の時間。
ミレットの剣は彼女の首に。
「っそ! そりゃそうだよな!」
届く寸前に後ろへと大剣を構えて致命を避ける。認識したのではなく、ずっと備えていた。ミレットが消えたなら、狙うのはそこだと。
再びミレットを騎士が囲み、ヴェントの視界の内に留まる。ディエスはヴェントと睨み合い、しばしの膠着。
再びぶつかり合うまで、あと数秒。
◇
「フィル! 下がってろ!」
邸宅の中。じわじわと騎士の群れが侵入し始める。
それは連鎖し、更なる侵入を引き起こす。何故ならミツキの攻撃の圧が弱まるから。嵐のような攻撃の束は、たった一人の侵入により無風となる。
「すみません、陛下。国のために!」
「謝るくらいなら来んじゃねえよ!」
最初の一人を無呼名の雷魔法で昏倒させ、次に備える。彼の侵入までに十人は落とせたはず。だがそれでも残るは二十四人。その侵入を許してしまう。
「フィル!」
「うん! 大丈夫!」
全員を迎撃し切るのは難しいかもしれない。そこでフィルも戦力として計上。彼に剣を持たせて数人を、あくまで耐えるように指示。
二人、騎士が階上へと登る。
「雷霆!」
階段に雷撃を流してその二人を押し留める。その奥から五人。
加えて窓から三人。階下の騎士が持ち上げたことで侵入してくる。
「くっそ! フィル、跳んで! 出力拡張! 雷霆!!」
雷霆を魔力球で強化。自身を中心に一フロア全体を対象に雷を流す。結果として、窓からの侵入を試みた三人はそのまま庭園へと落下する。
「!!」
「見るな! 大丈夫、死んじゃいねえよ!」
魔法による強化が効いている限り多少の高低差は意味をなさない。それを身をもって知っているミツキは心配するフィルを静止し次に備える。残るは十四人。
「『火炎』!!」
次は上。階上から壁を突き破り炎が迫り来る。シンプルな炎。されどもフィルには凌ぐ術はない。彼の生存はミツキの手に委ねられる。
「爆炎!!」
放たれた火球は天井を焼き切った直後にミツキの放つ爆発により掻き消される。上回った爆発の余波は階上に控えていた騎士の侵入を躊躇わせ、四人が同じ場所に留まる。
「出力拡張! 雷光!!」
その全てを範囲に捉え、太い雷撃で仕留める。四人がミツキたちのいる階に落下し、気を失う。残るは十人。
「死ね、英雄気取りが!!」
後ろ、建物をぐるりと周り背後をとった騎士が二人。その一人が、落ちた騎士に目を向けた隙を狙い剣を振るう。
「! ミツキ、危ない!!」
「──っづあああぁ!!」
それを目にしたフィルは咄嗟に構えた剣を振り腕を落とす。相手は予想だにしない痛みに絶叫。奥に控えていたもう一人もその光景に唖然とし。
「迅雷!」
状況を把握したミツキによって意識が奪われる。
「はあ、はぁ、う、おぅぇ」
「フィル! ごめん、俺が」
「ぐ、ぅ、ぅ……ふ、ぅ……ご、めん……大、丈夫」
初めて人を切った。初めて肉を断った。初めて命に触れた。気が触れそうになるほどの余韻が手に残る。
フィルに襲いかかったのは過剰な情報の濁流。ぎりぎりでそれを飲み込み増援に備える。残りは八人。
「……止ん、だ……?」
止まることなく襲いかかった攻撃の嵐が止む。油断は出来ない。誘われている可能性も高い。油断すれば寝首をかかれる。警戒は怠らず、増援に警戒を向ける。
「違う。これは多分ミツキの足止め狙い」
姿を見せないというだけで、ミツキの動きは止まる。止まらざるを得ない。フィルを守るという大前提がある限り、ミツキはこの場を放棄できない。
「時間かけるのは愚策だろ? こっちの狙い通りだ」
リベラたち本隊の到着さえ待てれば自動的にミツキの勝利が決定する。ヴェントたちは攻めざるを得ないはず。
「それほど時間使うつもりじゃないんだ。きっと、ヴェントなら」
◇
「ふっ!!」
再度剣戟の音が響く。ヴェントが踏み込み、ディエスが受ける。厳密には、流す。「不可抗力」があるためまともに撃ち合えば武器が持たない。それを避けるためにディエスもミレットも、ヴェントの大剣を横から叩くようにして流す。
「ごめん、ディエスさん! 二人!」
捌くために集中力が必要。ヴェントはミレットへの攻撃も交え始めた。それにより生じる騎士の余裕。ヴェント一人を抑えるはずだったディエスの旗色が悪くなる。
「二人程度なら、──っ!!」
ディエスもただではやられない。追加の二人をヴェントと自分との間に置くよう誘導し、攻撃を切る。そのつもりだった。
だがヴェントが選択したのは味方すら利用した攻撃。後ろから突撃、押し飛ばすことでディエスの不意を突く。
ミレットの援護はない。ヴェントの攻撃が間に合う。ディエスはその一人を横に弾くと、すぐさま迎撃体制に移るが。
「ヴェント隊長! 私ごとやれ!!」
「──っの馬鹿野郎が!!」
もう一人、騎士がディエスと組み合うことでそれすら封じる。万事休す。立ち込める死の匂い。
「──ごめん。ディエスさん」
僅かにためらったように見える。それを感じ取れたのはディエスだけ。死を向けられ、仄かに生を望まれた彼だけ気づけた後悔の感触。
刃が、ディエスの首に届くその直前に。
「星天」
流星が、来たる。
「一等星!!」
あわされた照準。違えることなく刃を撃ち抜く。物理法則に逆らうべくもなく、ヴェントの大剣は大きく後ろへと弾かれる。
ディエスも自身を拘束していた騎士を絞め落とし戦線に復帰。ヴェントへと追い討ちをかける。
「ミツキはミレット援護だ!」
「了解!!」
なぜか横の路地から姿を現したミツキに命令を下し、大将との一騎討ちへと参ずる。
◇
「向こうの旗色が悪いってことか?」
「多分。ヴェントが二人を落としてこっちまで来るのと、リベラたちが着くまでの時間はぎりぎりだけど、前者が早い、はず」
その間ミツキたちを縛り付けてヴェントの勝利を盤石にするのが現在、相手の取っている戦略だとフィルは予測。ミツキ達を落としきれないと感じて切り替えたのだろう。
「団長たちに下がるよう伝令を」
ならば動かずとも援護ができる位置にヴェントを誘導すればいい。当初の予定にも含まれていた作戦。
「多分もうやってるんだ。でも、それに乗ってこない。数と力を生かして下がれないように立ち回ってるんだと思う」
実際、ディエスは幾度か後ろに下がるそぶりを見せているが、ヴェントは騎士の位置取りをうまく動かしミツキの攻撃範囲に逃げることを封じていた。幼く、直情的に見えても一部隊を預かる隊長。戦術眼に偽りなし。
「……行こう、ミツキ」
「……大丈夫か?」
それに対しこちらが取れる策は、ミツキたちが籠城を放棄し戦線に姿を表す以外ない。さすれば当然生じるのが、フィルへの危険。
足止めの策をとった段階で相手はミツキたちが動いた場合の対策も念頭に置いたはず。そもそもの狙いがフィルである以上、危険に晒されることになる。
かといって籠城し続けても敗北は必至。ミツキ一人なら持ち堪えられるだろうが、フィルを庇いながらとなるとそれも不可能。
「やらなきゃ、みんな死んじゃう。だから大丈夫」
緩やかな死か、賭けに出た結果の死か。選ぶなら、勝算の残された方であるのが当たり前。仲間の命を奪われる覚悟などできない。だから、フィルは自分の命を奪われる覚悟を。そして、命を奪う覚悟を。
「殺す必要は、ねえよ」
「え……?」
「全員捕まえて、なんでこんなことしたのか吐かせる」
フィルの胸中を見透かしたのはミツキ。殺すことを恐れ続け、覚悟などできていない彼。それがフィルの誤りを正す。
殺す必要はない。傷つけることになろうとも、命を奪う必要はない。むしろ生かさなければと発破をかける。
覚悟するのであれば、殺さない覚悟であると。
「そんで、またみんなで笑うんだ。お前が、そんな国にするんだ」
生きる、覚悟であると。
「──うん。じゃあ、いいかな? 一つだけ、考えがあるから。上手くいけば、一気にこっちが有利になる」
「ああ、頼む! 俺そういうの苦手!」
敵の残存戦力は八人。その動向は依然不明。だが予想はできる。
一つは、ヴェントたちへの加勢。いるかもしれない、というだけでミツキたちへの影響は残る。ここぞの場面でヴェントの勝利に貢献する。
「だけど、これだとボク達が逃げた時に対応できない。だから無い。あくまで向こうの狙いは、ボクだから」
二つ目、それは邸宅付近での潜伏。逃亡を図った際に不意打ちできる位置で待機し、フィルの命を狙い続ける。
「これの可能性が高い。そうなると、向こうは戦力を散らさなきゃいけないはず。警戒していれば抜けられると思う」
「……位置が予想できないのが怖いな……万が一、連絡されたら」
奇襲によるフィルの致命だけは避ける必要がある。数を増やされ囲まれると、ゲームオーバー。
「うん。だから」
「しっかり、守ってね。ミツキ」
◇
邸宅の外。正面から見て右側の茂みに身を潜める一人が、窓から外に出る人影を確認する。
「逃亡を選ぶか。やはり、ダメだな」
ラグナと違い連絡手段はない。声を上げるとしても接敵してから。その前に、自分が仕留められればそれで良い。
二人、黒い外套を頭まで被り、身を屈めて現れる。一人が先導し周囲を警戒。もう一人がその合図を待って後ろから追う。
「──あそこにはもう一人。作戦通りに」
彼らを挟んで向かいの茂み。そこにもう一人が潜伏している。事前の作戦では、自分が先に護衛を攻撃。その隙にもう一人が本命を討つ。その予定になっている。
「──ミツキは、殺したくない。だけど」
気の良い少年だった。男を始め、騎士達は彼のことを羨みこそすれど嫌うものはいなかった。だが、最悪の場合は、殺す。全てはこの国のために。
「──っ!!」
その男は先陣を切っていた少年に息を潜めて襲い掛かる。だが予想していたのか、剣を抜き、鍔迫り合いになる。それでいい。この状態こそ狙い通り。
「すまない、ミツキ。恨んでくれて構わない」
その奥、這い出るはもう一人の騎士。凶刃を携え背後に残る少年へと飛びかかり、首へと剣を振るう。
「っ痛ぇ!! くそ、覚えてろよ、フィル!!」
その瞬間に、少年は屈めていた背を伸ばし、体で刃を受ける。傷を負うが、見る見る内に塞がっていく。
「ば、かな。なんで!!」
フィルであれば殺せていた。その一撃で十分だった。華奢な体では、彼の魔力では、凌げないはずの一撃。
「君たちなら、引っかかると思った」
鍔迫り合いをしていた少年から響く。ミツキのものではない声が鳴る。
「入れ替わり……!!」
そう。ミツキとフィルはその役割を入れ替えて外へと向かっていた。本来なら護衛のミツキが担わなければならない前衛を、あえてフィルが受け持つことによる混乱。
「っ!! 応え──」
「雷霆」
気づくのは容易のはずの策。子供騙しのタネ。それでも彼らには通るはずと、フィルは確信していた。
「ボクのこと、舐めてくれてて、助かった」
彼らの根底にあるのは、現王フィルへの失望。大した存在ではないと、無能の王であると、臆病者であると、信じて疑っていない。だから想像すらしていないのだ。フィルが、矢面に立って進むなど。
「ミツキ、行けそう?」
「まあな。かなり痛かったけど」
この作戦は、ミツキが命を放り出すことで成立するもの。それなのに彼は恐怖など微塵もないように笑う。二人の騎士は、そんな狂気を最後に目に映す。ヴェントの言っていたことにようやく理解が及びながら、意識を手放した。
◇
「っ!! ミツキぃ!!」
「どうも、先輩。これで勝負アリですよ」
到着したタイミングが良かった。ちょうどディエスが危機一髪の状況だった。フィルの提案通り大きく迂回して来なければ警戒されていただろう。あと一歩を封じたのは相手の士気にも効果的だった。
「ミレット!」
「おうよ!!」
声をかけるだけで意図がわかる。歴戦の猛者だから。そして「親友」だから。信じて、ミレットは軽く跳ぶ。
「雷霆!!」
地面を伝う雷撃に十一人の騎士がこぞって足を止める。だが意識は失わない。
それでも、認識は途切れた。
「っ! ミレッ……」
「はい、三人」
巧みに剣を操り三人を一瞬のうちに斬る。先ほどまでとは違い、死んでもおかしくない攻撃。それに移れたのは。
「頼むよぉ、ミツキ」
「オッケー!!」
回復に尽力できる人間がいるから。ミツキなら魔法に際限がない。限られた燃料をやりくりする自分達とは違う存在。強さ以外の部分で戦力を底上げする。
「八人……五ー三くらい? 『黒天』」
「半々でいいよ! 出力拡張、迅雷、四連!」
ミツキが放つ雷撃は、ミレットが闇を纏うその前に着弾し四人が沈む。その直後、動揺している残りがミレットを視界から外した。その意味は、全滅。ミツキの魔法に気を取られながらミレットを捌くことなど出来はしない。ヴェントの部隊は邸宅に潜む残り六人のみとなる。仮にそれらが駆けつけたとしても、結末は変わらないだろうが。
「お前の負けだ。さっさと投降しろ、ヴェント」
ディエスと膠着状態にあったヴェント。ミツキの到着した段階でディエスは耐久に意識を全振り。ひたすら攻撃を凌ぎ続けた。いくつかかすり傷を負ってはいる。そのまま続けばジリ貧だっただろう。だが、そうはならなかった。
「団長! 援護入ります!!」
「──ミツ、キ」
二対一。それに加えてミレットが姿を消した。不意打ちに意識を割きながら崩せる相手ではない。標的はミツキのすぐ側。狙うことは能わず。
ヴェントの、負け。突きつけられた現実に、彼女は狼狽えることはない。逆転の可能性は一つだけ、残っている。
「僕を、助けて。ミツキ」
「──は?」
「英雄。みんなを助けるんでしょ? だから、僕も助けてよ」
予想外の言葉に誰一人言葉が出ない。鳩尾に一撃もらったような衝撃が、その場から息遣いすら奪い去る。
「僕を助けて。この国を、助けて」
「みんな」。ミツキが救いたかったのは、それ。だけれど人は相容れない。だから当然直面する。
「王を殺して。『みんな』を助けてよ。ミツキ」
求められた助けを、「選ぶ」瞬間に。




