二章 二十八話 『化かし合い』
「ミレット、戻りましたあっと。さっきまで『講演会』とやらに侵入して来たんスけど、今日はハズレでしたね。捕まった奴らが言ってたのと同じようなことばっかり。主催者っぽいやつは姿も見せませんでしたし」
「お疲れ様、ミレット。オレもさっき概要を聞いたが、黒幕が騎士であれば恐らく相手も退路を用意しているだろうな。会場が複数あって、いくつかは囮。情報を閉ざせるものだけが幹部のようになり黒幕に会える」
「時間をかけて潜入しますか? でも皆、騎士に顔が割れてますよね。僕や姉さんでさえ騎士が相手なら有名人だ」
あくまで予想に過ぎないが、リベラたちは「講演会」の仕組みを紐解く。分かりやすく言うとランク制なのだろう。平の会員はVIP会員から情報を受け取る。VIP会員は黒幕から直接情報を受け取る。こうして尻尾を隠しながら徐々に勢力を増していると予想される。
策としては潜入捜査が考えられるが、このメンバーでは難しい。黒幕に顔が割れている可能性が高く、門前払いになるだろう。
できることはやはり、確定で「講演会」が開かれる六番街の会場を占拠すること。
「……誘導されてる気がしてならねえんだがな。そこだけわかってるってのがきな臭すぎんだろ」
ディエスだけでなく、ミツキでさえその可能性には行き着いている。情報を意図的に流すことでこちらを釣り上げる策。晒した隙を突こうというのだろう。
「はい。なので師匠と検討したところ、こちらも情報の展開を段階で分けることにしました」
「日時はここにいる人間だけ。それ以外には任務を告げない。明日の午後、その場にいた人員だけを動員し、会場を抑える」
こうすれば他の隊員には連絡手段が取れず、事前準備も許さないまま攻略が可能。
「と言う情報を、全員個別に流します」
そしてその奥にある別の罠が。
「? どういう意味があるんすか?」
「まずは炙り出しでしょうね。信頼できる人間にだけ伝える、などで煽り、当日の無防備を強調。そこを狙った黒幕たちを一網打尽ってところですか」
「ついでにラグナさん対策も兼ねています。あの方の奇跡なら直前での伝令が可能。もしラグナさんが敵だった場合には、情報を封じたところで騎士のいない時間が相手部隊に筒抜けとなります」
「それならば思い切って情報を流してしまおうということだ。実際には、一部の隊員を待機させる。具体的には、ミツキ、ミレット、ディエス殿だな」
リベラとアルバートという二大戦力が不在の作戦は違和感が大きすぎる。相手に感づく隙を晒さないために少数精鋭が必要。
「カイは会場の残党把握に必要。ゲルダは魔術的な仕掛けがあった場合の対策。すまないが三人には負担をかけることになる」
「ミツキさん、分かってますね。危険なら合図を。飛んで行くんで」
この作戦が通る場合にはラグナの率いる部隊を相手取ることになる。もしかしたら、隊長を複数人敵に回す可能性も。だからこそ、この三人が生きる。生き残る技量には非常に長けている三人が、部隊の合流まで時間を稼ぐ手筈。特にミツキ。無限の魔力は回復にも足止めにも役に立つ。
逆も然り。ミツキたちがフリーであれば当然本部隊への合流を行う。この場合活きるのはミレット。姿を隠して意識外からの奇襲を狙う。
「防衛地点は恐らくだが貴族区十二番地になるだろう。相手の目的は」
「ボク、だよね」
革命のための勢力。現国王を徹底的に敵視するように染め上げた黒幕。当然にフィルが標的となる。フィル、というよりもその邸宅。今いる場所が戦場になるだろう。
「……頼むぞ、ミツキ。オレは殿下のお側にいられない」
「当然! 死んでも守ります!」
「ミツキくん。それはだめ」
「死ぬ気」。目の前で二度も死なれかけたゲルダには冗談ではすまない言葉。ミツキはちゃんと言葉にしなければ忘れてしまうようだ。因果集積があるにもかかわらず。生きる技量を持っていても、自ら捨てに行けば意味が無い。
だから何度も言葉にしておく。意味はないかもしれないが、それでも。
「任せろよ、ゲルダ。俺もいるんだ。死なせねえよ、誰一人な」
「だってさ、ミツキ。オレらみんな、死ねないらしいぜ?」
周りの人間は彼を生に縛り付ける。ここにいる誰もが、彼が死ぬことを良しとしない。
であれば彼は引き戻る。人のためであれば、まだ戻って来られる。
「はい。終わったらみんなで、美味い飯でも食いましょう。な、フィル?」
「うん! みんなで、ね!」
作戦は決まった。決行は明日の午後。午前中に伝令を流し、敵の姿を釣り上げる。
◇
十三日目。午前。
「ラグナさん。少しお話が」
「ああ。リベラから聞いている。その信頼に応えられるよう努力するとも」
◇
「あれ? 今日ジェレンさんお休み?」
「のようです。何やら仕上げなければいけないことがあるそうで」
◇
「おい、ヴェント。今日の午後」
「聞いてる。でも残念。僕は外で警備……でも、ありがと。信じてくれて」
◇
そして、午後。
「リベラ。人員配置は終了した。号令を」
平民区、六番街。閑散とした住宅街の一角。小さくはない広場がある。噴水やベンチ。並木道に、花壇。そして。
「よし。聞け! これより我々は、国家の存亡をかけた任務に挑む!」
会館。この場を象徴するのはその存在。時折有識者による独演会や、コンサートのような催しが開かれる場。そこに集まるは国が誇る精鋭たち。
「国を憂う志が同じといえど、これ以上は捨ておけない。我々の手で、この事件を終わらせる!」
寸前まで満ちていた静寂が、割れんばかりの声で砕け散る。周辺の避難は終了している。今まさに、その内部で「講演会」が開かれている最中。
そこに、騎士たちが飛び込む。
「な、騎士団!? なんで!?」
「逃げろ! 捕まるな、裏口から」
集っていた人々はわずかな硬直の後、蜘蛛の子を散らすように四方八方へ走り出す。
しかし当然、訓練された騎士から逃げ切ることなどできず、一人二人と捕まっていく。
ある者は戦おうとしたが、制圧された。ある者は許しを乞うふりをして不意をついたが、見抜かれ手枷をはめられる。
その光景は虐殺のように。騎士が平民を一方的に捕え続けるつまらない演目。山もない。谷もない。ひたすらに人々が捕らえられるだけの単調な光景。
悲鳴が轟き、怒声が響き、罵声が駆ける。
音が鳴り止んだのは、全ての人間を制圧した瞬間。それまでに、十分たりともかからなかった。
「……逃げた人はいないようです。中にいるので全員でしょう」
カイは風を頼りに周囲を探る。騎士たちの迅速かつ的確な動きの前では無駄な行動だと分かりながらも、自分の役割を全うする。
「……周りには魔法の痕跡は一つもなかったよ。ざっと見た感じだと、建物の中もそうみたい……」
ゲルダの結論は一つの答えを導く。この熱狂した人の群れは、ただただ言葉のみによって作り出されたのだろうと。奇跡の可能性は残っているのに、彼女はどうしてもそうとしか思えなかった。
「一番隊、全員無事です。これから二番地まで連行し、事情聴取に移ります」
「よし。皆、お疲れ様で」
耳を焼くような破裂の音。声が聞こえなくなった。静寂とは違う。塗りつぶされるように消えていく音の数々。
代わりに空間を支配するのは、これもまた音。先ほどまで聞こえていた人の発する雑音とは異なる、人工の破壊の音色。
「──!! 爆発!? 一体どこから──」
一度、耳鳴りがするほどの爆発音。それがやむとすぐに。
「リベラさん!! 外、おそらく十二番街で爆発を確認!!」
二つ目の爆発。遠く遠方であるが、カイはかろうじて風の流れから読み取った。
異常を察知したカイが室内に飛び込む。その瞬間に、三つ目。再びカイが確認、情報を共有する。
「もう一つ──いや、二つ。今度は貴族区、二番と、十番!!」
「師匠!! ここは」
「落ち着け、アルバート」
動揺は伝播する。上に立つもののそれは瞬く間に下へと伝わっていく。アルバートの動揺は、すでに一人のものではなく。
「リベラ。確認したところ付近、駅から中央区へと伸びる線路が破壊されていた」
「なるほど。アルバート、この意味はなんだ」
リベラはアルバートに答えを促す。自分がわからないのではなく、頭を働かせることで冷静さを取り戻させるため。
「──我々を、向かわせないための、策」
その問いで熱を帯びていた頭が適正な温度を取り戻す。冷えた脳は平常の回転をもって朧げに答えの輪郭を導き出す。
爆発は全て、貴族区十二番地に向かう路線で起きたもの。相手の意図が見え始める。これは攻撃ではなく、足止め。
「そうだ。予想の範囲内だろう。狼狽えるな。予定通り十二番地に向かう。途中部隊を切り離しながら爆発地点の救援も行う。いいな」
自分達は仕掛けられた罠に飛び込んだ側。当然仕掛けがあることは想定していた。
それでもアルバートが混乱したのは、その規模が大きかったから。あれほどの爆発。一体どれだけの爆薬を注ぎ込んだのか。平民ではこの仕掛けは間違いなく不可能。浮き彫りになる騎士団員の手引き。それも、地位のある者が。
「ミツキ君……」
アルバートが案じるのは彼のこと。対峙するのが、あの騎士であれば、彼はきっと直面する。
今はただ祈るばかり。自分の教えてきたことが、彼の身を救いますようにと。
◇
「爆発!? これ、ちっかいな!!」
少し遡り、十二番地。王家に待機していたミツキたちは、三度目の爆発から知覚。
「っ!! まただ! こいつは」
「線路狙いスね。本隊の到着を遅らせるのが目的っぽいな」
「じゃあ、俺らの出番だね」
四度目の爆発の方向から、本隊の足止めを狙ったものと察知。すぐさま攻撃に備えて外に向かう。
「ミツキ、お前は王サマ守れ。外は任せろ」
「はい。頼みます。危なくなったら引きつけてください。魔法は届くんで」
ミツキはフィルの護衛のために待機。ディエスとミレットが外にて来る敵を迎え撃つ。
「来やがったか」
次第に見え始めるのは黒い外套を纏った騎士の群れ。およそ五十人ほど。
「──部隊一つくらいスね。これ、多分相手は」
「……どいつだ……まさか……」
大部隊を率いるだけの人望を持つ存在。それを率いても御し切れるだけの軍略。自ずと候補は絞られる。
だが、その推測はもはや無意味。事態は風雲急を告げるように、急転直下で駆け下りる。
現れたのは小さな人影。滾らせるのは憎悪。放つのは怒気。
決して許せないものがあった。決して認められないものがあった。
手放せない記憶がある。たった一つ、譲れないものがある。
だから、彼女はここに立つ。
「総員」
いつものように小さな声。それが響いて聞こえるのは、直前の爆発に空気が均されたからではない。その場にいた誰もが、息すら顰めて警戒を深めていたから。
小さな声を小さな存在が放つ。
確固たる意志を持って。国に抗う大望のままに。
「戦闘開始」
「何やってやがんだよ、ヴェント!!」
三番隊隊長、ヴェント。彼女がここに開戦を告げる。




