二章 二十七話 『片鱗』
十二日目。平民区十番街にて。
「あ! ミツキ、ボクあれも食べたい!」
仕事前、朝七時頃。
「ストップ! フィル、ちょっと食べ過ぎ!」
朝食を食べたばかりだというのに、フィルの手には獣肉の串焼きや焼き鳥、以前に食べたクレープ型の軽食。そして飴でコーティングされた果物など、それはそれは色とりどりの食べ物が。その上、まだ食べようとしている。
「すみません、この……ぴざ? ください!」
最近鉄の国で流行り始めたというピザ。片手で食べられるため職人からの評判もいい。傭兵の国では具材にアレンジが加わっており、スタンダードなチーズではなくフルーツ類の乗った甘いものが人気。
「はい、ミツキも食べなよ。美味しいよ?」
買ったと思えば、それは既に胃の中に収められている。ミツキが目を離した一瞬のこと。
「待った……俺は、うっぷ……もうムリ……」
「遠慮しなくていいのに……」
三軒目まではミツキもノリノリでついて行っていたのだが、それ以降は吐きそうになるのを抑えながらだった。もはや拷問。これでフィルには一切悪意がなく無垢な善意の行為だというのだから恐ろしい。善意から出た行動が怖いというのは最近の事件で重々承知していたミツキだが、それを身をもって体験することとなった。
「前からそんな感じなの、フィル?」
「え? うん。お小遣いはこれくらいしか使うことなかったから」
フィルの食欲はアテナと比べても引けを取らない。竜にも並ぶ健啖家。その割には小柄で、スラリとした体型が維持されている。痩せやすい体質なのだろうか。見る人によっては嫉妬を隠せないだろう光景。
「君よく食べるねえ。これ、オマケしたげる。いっぱい食べておっきくなりな!」
「わあ、ありがとうございます!!」
口いっぱいに頬張りながらぐんぐんと食べ物を飲み込んでいくフィルの姿は、小柄なこともあって人々の庇護欲を掻き立てる。小動物のようなオーラが出ているのだろう。おまけしてくれる店も多い。それがミツキの負担に拍車をかけていた。
「大したもんだよ。立派な王さまになるわ、こりゃあ」
これもある種のカリスマの形。どんな形であれ、人を惹きつける魅力というのは上に立つものとして重要な素養。何気ない日常の一幕に、フィルが備える王の資質、その片鱗を見出す。
「ミツキ! 次はあっち行こ! まだ時間あるよね!」
「ムリ! もうこれ以上はムーリー!!」
何気ないというには、少し過ぎた買い食いになっているが。無邪気に跳ねるフィルをなんとか諌めようとするミツキの努力は虚しく散ることになる。結局、ぎりぎりまでフィルに付き合わされることになった。
果たしてミツキは気づいているのだろうか。フィルがここまで元気でいるのも、彼が隣にいるからだということを。他でもない彼にも、その片鱗は覗いているのだと。
◇
「最近、息子が何か変な集まりに行き始めてねえ。仕事はちゃんとやってるみたいだけど、少し心配なのよ。なんとかなんないかねえ」
「変な集まり……すか? それってどんな」
「あれだよ、あれ。今流行ってるやつ。六番街でよくやってるあの」
十一時ごろ。本日の相談者は三人目。少ないが、昨日よりはマシ。それでも情報は少しずつ耳に入り始める。
「講演会ってやつ、ですか」
「そうそう。怪しいわよねえ。一体何を教えられてんだか」
三人が三人とも、この「講演会」についての愚痴を語りにきていた。知り合い、家族。知己の者がそれに参加し、雰囲気が変わったという話。
「聞いてくれてありがとね、ミツキちゃん。すっきりしたわ。これ、当直のみんなで食べてね。またね」
ミツキにみかんのような果物を幾つか手渡すと、女性は駐屯地を後にした。彼女を始め相談者は具体的な解決方法を欲しているわけではない。話を聞いてほしいというのが大半である。いずれも他愛もない雑談のようなもの。だが今日のそれは少し雰囲気が違う。不安や心配の吐露が目立つ。
「みんな同じこと言ってんのな。露骨だけど、一応手がかりになるか」
その原因は、今日になって突如噴出した「講演会」なるものの存在。
「うん。罠……って可能性も大きいよね」
騎士団が暴徒を捕らえたという情報は当然流れている。察知した黒幕が尻尾切りのために情報を流し始めたか。
「でも自然ではあるんだよ。こういうの、ネズミ講つって時間が経つほどに広がっていくから」
一人の参加者から仮に二人、新たな参加者を勧誘できるとする。二人は四人に。四人は八人に。指数関数的にその数を増す。そうして抑えきれなくなった情報が、今になって表に出始めた。そう考えることもできる。
「どちらにせよ、手を打たなければ危険ということだな」
前者の場合、騎士団の動向を警戒し動きが読みづらくなる恐れが。後者の場合、暴徒の数が取り締まれないほどに膨れ上がる可能性が。それぞれ顕出し始めているのだ。
「少なくとも、六番街の『講演会』ってやつは警戒しなきゃまずいっすね」
「その辺りは、隊長方に任せるとしよう。我々は少しでも情報を」
「みんなも聴きにこい! あの人が、真実を語ってくれるから!」
「来た」
噂をすれば、「講演会」に影響を受けたと思われる男の声。通りの真ん中で響き渡る。
「ではミツキくん、手はず通りに頼む。フィルくんは留守を」
「「了解」」
昨今の事件を経て作戦は立てていた。当直の騎士がまず暴徒を追い立て、ミツキが逃げた先に周りこみ捕える。シンプルだが効果的。その結果。
◇
「くそぉ!! こんな子供まで洗脳してんのか! 人でなしの騎士団ども! いや、偽物の王!! 陛下を殺した罪人が!!」
「……大体同じような言い回しっすね……言われたこと聞いたことそのまんま、って感じだ」
男、その善意の果ての行動は、いとも容易く食い止められる。倒れ伏してもなお罵声は止まない。ミツキがうまく雷撃の出力を制御したおかげで意識が残っているからだ。
「お疲れ様。あとは我々で対処できる。二人は訓練に合流してくれ」
ミツキと交代で入ってきた騎士が男を連行する。捕らえられた者は一度駐屯所の留置部屋に入れられてから、貴族区二番地の施設で裁判を待つことになる。
「お疲れさまっす。じゃああとはよろしくです」
ぶつぶつと恨み言を呟き続ける男は何を見るでもなく虚空に焦点を合わせている。正気ではないような姿にミツキは、フィルが見ていなくてよかったと思いながらその場を去る。
◇
「アルさん、こんちわっす。午前の収穫について共有したいんでちょっといいすか?」
訓練所に着くや否や、ミツキはアルバートを呼び出し人気の少ない場所で情報共有に乗り出す。
「……なるほど。状況は思いの外大きく動いているようですね」
「とりあえず一回牽制入れた方がいいかもっすね」
「それはどうでしょうか、ミツキさん」
音もなく気配もないはずの空間に、二人以外の声がこだまする。誰もいない場所を選んだはずなのに。それができるのは限られた人間だけ。
「カイ! びっくりするから普通にきてよぉ」
「僕が調べたところ、今日の午前は六番街で、その『講演会』が開かれた形跡はありませんでした。暴徒の発生は平民区のみ。ただし範囲は広く二番、七番、十番、十二番でそれぞれ一人ずつ」
「……多い、ですね。皆さんが来ていなければ危なかったかもしれません」
先日まで十番街だけだった事件が、徐々に他の街へと波及し始めている。午前中だけでこの被害。
「それと、面白いことを口走った男がいたようです。まだ噂程度ですが」
「面白いって……」
「想像はつきましたが……あまり考えたくはない事態ですね」
聡いアルバートはカイの様子からおおよその当たりをつける。彼にとっても信じがたいことだったが、事実である以上避けては通れない。
「『今の国王は、魔獣を操り先王を殺した』だそうです。面白い冗談だと思いませんか」
そう言うカイの目は全く笑っていない。もしこれが根も葉もない噂であったなら一笑に付して終わらせていただろう。彼が真剣になる理由は一つ。その噂に、かろうじて根も葉もあるからだ。
「それって、獣の国との協定があるから? でも一般人には」
「公開されていません。当然反感を買うでしょうから。知る機会があるとすれば、以前の魔性の国との連携訓練の際。ですが」
「あん時は平民の出入りは制限されてたろ。漏れるはずがねえ」
「団長!」
ディエスの言う通り、合同訓練を行った時には関所を固く閉ざしていた。平民が知る可能性はない。
「……この国の人って、魔獣のこと嫌いでしょ? だから噂に尾ひれがついただけじゃ……」
ミツキは否定する。その可能性を否定する。たまたま噂がそう変じただけだと。
「可能性はあるでしょう。でもミツキさん、それはあまりに『露悪的』だ。この国で、何も証拠がないのに魔獣を扱い人を殺したなど、それこそ悪意に満ちている」
否定される。世界のあり方がミツキを否定する。
「そんな与太話を信じる土台があり」
「それを伝えて平民が信じるような立場っつうと」
導かれるのは最悪の可能性。念頭にはあったが、頭の隅に追いやった悪夢。
だが納得はできてしまう。「弱者のため」がその志なれば、強い善意が宿っている。それが転じて、強すぎる反意を持つに至った。そう考えれば辻褄が合う。
「──黒幕は、騎士」
「フィル……」
見えてしまった答えの片鱗に、言葉も出せないでいた彼が答えを告げる。
「……このことは内密にお願いします。共有するのは師匠、それとミレットさんだけで」
隊長すらも信用できない状況。アルバートは信頼のおける人間だけに絞り情報を統制する。
「牽制、ではなく本腰を入れて動くべきでしょうね。『講演会』の捜査、および潜入についての共有は不可避です。アルバートさん、そこはどうしますか」
「それはそのまま伝えましょう。炙り出しに使えるかもしれません。一旦師匠も交えて検討しましょうか。十二番街に集合で」
問題が大きくなる。ミツキたちは今敵地の真っ只中のようなもの。一度離れ、作戦を整えることになった。




