二章 二十五話 『情報収集』
「なるほど。事情は分かりました」
遅れてやってきたゲルダ、カイ、そしてディエスの三人。ミツキと同様に情報を共有する。
「リベラの兄貴にしちゃあ希望的な観測だな。単純に馬鹿どもが盛り上がってるって可能性もあんだろ。ってか、そのほうがでけえ」
それに関してはミツキも感じていたところ。国民が皆、フィルの即位に異議があるわけではないはず。それは分かる。だが、国民が皆、フィルに反感や疑念を抱いていないかと言えばそうではないだろう。若い王、それだけで不安を募らせるには十分な要素。黒幕の存在などなくとも、いつかは露見していただろう事態。
「……ああ。オレはどうしても、殿下のこととなれば贔屓目を入れてしまう。それは否定できない。だが、黒幕の存在については確信ができた。今日の事件、その概要を聞いた時にな」
国を憂うがあまり、凶刃を走らせた男。その姿がミツキの脳裏に浮かぶ。
「平民一人が自発的に、加害行為を伴った主張をするなど、オレは聞いたことがない。唆された、そう見ている」
「確かに、尋常な様子じゃなかったすもんね……そうか、もしかして」
「奇跡による洗脳……とかですか?」
ミツキたちはその可能性に思い至る。苦い思い出。恐怖の記憶。あの力があるのならば、今回の出来事全てに腑が落ちる。
しかし、「それ」は別の男の手の内に。だから、あるとすればそれと同系統の似た力。
「魔法、って可能性もあるよね。あたしは知らないけど、もしかしたら心を操る魔法があるのかも」
「それについては現在ジェレン殿に調べていただいている。国内の魔法の痕跡から分かることがあるかもしれん」
最近忙しくしていたジェレン。彼はゲルダとの会話で魔法の可能性を広げて考慮。先んじて洗脳魔法の存在可能性を察知。独自に研究と捜査に尽力していた。
「それで、僕たちは何をすれば?」
「基本的には今まで通り、騎士団の仕事を手伝ってほしい。繰り返しになるが、人手不足は依然問題なのでな」
基本は変わらない。変わらないと言うよりも、変えるべきではない。黒幕の存在を前提に置いている以上、察知されかねないほどに大きな動きはするべきでない。今はまだ小さな事件しか起きていないが、追い詰められたとあらば何をしでかすか分からない。
「違うのは、二つ。いや、三つだな。まず一つは、居所の変更。みんなにはこの家で暮らしてもらう。殿下を危機から守る戦力として、君たちを使わせてもらう」
「いいね。あの宿舎も悪かなかったが、ここはその比じゃねえ。警戒で家賃が足りるなら望むところだ」
これまでは、ミレットの率いる七番隊が交代で番をしていた。しかし、本腰を入れて捜査するにあたり、隠密活動に秀でた七番隊の負担がどうしても重くなる。それを軽減するのがミツキたちの任務の一つ。
「二つ。君たちの平時の仕事。その最中に少しでも」
「情報収集、ですね。頼られているのは僕と、ミツキさんも、かな」
「俺? でもカイみたいなことは出来ないよ?」
「お前には人脈があんだろ? まあ顔には出さねえように気いつけろや」
天駆風による行動、言動の観測。それができるカイは今回の任務の要。
それと双璧をなすのが意外にもミツキ。平民の間で俄に話題となっている彼の存在。相談で築いた確かな人気。それを駆使して平民間に蔓延る噂の類を収集するのが役目となる。隠し事が苦手な彼に、どこまで出来るかは期待するしかないが。
「ああ。そしてゲルダ。君も頼りにしている」
「うん。ジェレンさんみたいに、だね」
別軸で情報を集めるのがゲルダ。ジェレンのように魔法の痕跡を探りながら洗脳の存在を確かめる。これはゲルダにしか出来ない仕事。そして彼女が彼女らしくあれる仕事。胸を張って、任せるようにと主張する。
「俺はどうすりゃ良い? 仕事に加わるか?」
「いや、ディエス殿はこのまま訓練を。大きな配置換えは目立ちすぎる。考えたくはないが、騎士団内部に黒幕がいる可能性も潰しておく必要があるので、それを注視していただきたい」
噂の始まりが騎士団ということもあり、内部に裏切り者が潜んでいる可能性もないではない。ディエスは訓練を続けながらその可能性を潰す。
「そして、三つ目。これは皆に、というものではなく、特にミツキにお願いする」
「はい? 俺ですか?」
「殿下はこれからも危険に晒されるだろう。騎士団や君たちの護衛があるが、いつまでもここに居ればいずれ悪意の手が届く」
家に閉じこもっていることにはメリットがある。防御を集中させることができるというメリット。それと同様にデメリットも存在する。攻撃の矛先、それを向けるべき場所が明らかであるというデメリット。
そして現在、騎士団の戦力では防御を集中させたとしても高が知れている。すなわち、メリットよりデメリットが上回る状態。
そこで、リベラは考えた。
「君には、明日から殿下を連れて行動してもらいたい」
「え? それ」
「ほんと!? やったあ!! ──あ」
ずっと口を閉じていたフィルが突然大きな声を上げる。黙っていたのは知らない人が大勢きたことによる緊張と、どのスタンスで対応すれば良いのかという混乱が理由。
そして今思わず声を上げたのは、見て分かる通り嬉しさが理由。
「ふふ」
それを見てゲルダも笑みを浮かべる。話の最中大人しくしていた彼女。こちらもまたフィルという他人を前にして緊張していたから。特に王という肩書きは彼女から普段の仮面を奪い去るのに十分な威厳。
その緊張は、今崩れたのだが。見た目通りの子供らしい仕草を見て、彼女は仲良くなれそうとの感想を抱く。ちょうど良いことに、ミツキという架け橋もある。共同生活が始まるのは少し不安だったが、これならうまくやれそうだ。
「ミツキ。ご覧の通り殿下はまだ子供だ」
「はい。知ってます」
「子供じゃないもん! 国王だって言ってるだろ!!」
必死に否定する姿がもう子供っぽい。二人でなくともそう思っただろう。
そんな彼の姿に顔を綻ばせながら、ミツキにだけ聞こえるようにリベラが耳打ちをする。
「だから、君に任せる。友人との日々を殿下に経験させたいんだ」
厳しい世間の目。敵意や害意に晒されながら生きる日々。首を絞められながら過ごすような息苦しさ。それからフィルを救いたい。
ほんのわずかな時間でも、彼が生きていてよかったと思えるような経験をさせたい。リベラの胸中にあったのはそんな思い。
「了解! よろしくな、フィル!」
右手を差し出そうとして、やめる。少し仰々しい気がしたから。二人の関係なら、ふさわしいのは違うやり方。
その手を上に掲げ、掌をフィルへと向ける。王族のフィルに伝わるか不安だったが。
「うん! よろしく、ミツキ!」
フィルも同じように右手を差し出しかけ、結局同じポーズにたどり着く。笑ってしまうような一致した行動にゲルダとカイは少し妬いてしまう。同じくらい微笑ましくも思っているが。
掲げた掌は、小さく軽快な音を立てて重なり合う。信頼の音。疑い続ける日々の中で、壊れることのない絆の因果。
その音はミツキの中で、固く鎖が絡みつく音に変わった。
◇
その後、早速一向は王家に住まう準備を始めた。客室は余るほどだったのでここでも一人一部屋。宿舎の方に残したものは仕事の合間に回収する手筈となった。汚れや生活痕についてはどうせ解体するのだから心配ないとのこと。元々ゲルダが綺麗好きだったので汚くはなっていなかったが、確認の手間が省けるのはミツキたちにとっても、リベラにとっても楽で良かった。
「よっす、ミツキ! お話終わった?」
「あ、ミレットさん! おっすおっす。ちょうど終わったとこっすよ」
ミレットがミツキに接触する。彼は以前から王家で護衛任務に当たっていた。今後は諜報活動に尽力するため引き継ぎにきたのだ。
「そんな固くなくていーよ、呼び捨てでダイジョブダイジョブ! これ、一応施設の資料と、陛下の来歴ね」
「おっけ、じゃあミレットで。わざわざサンキュ! 仕事、応援してるよ!」
距離を近づける速度が早い二人。それが合わさることで尋常でないスピードで友好関係が築かれる。そもそも固さなど微塵もなかったミツキだが、ミレットの言葉で同年代に対するのと変わらない態度にまで緩む。
ミレットは誰にでも気さくに対応する人物だが、それには彼の奇跡が影響している。
彼は人から忘れられやすい。だから距離を詰めるスピードを速くしているのだ。忘れられても、気づかれなくても、すぐさま元に戻せるように。
だからこそ、ミツキを「親友」と呼ぶ。それは単なる軽口でも、誰に対してでもではない。存在を決して忘れず、見失わないミツキのことはミレットにとって確かに救いとなる存在。今までに、見えないはずの自分を救ってくれた「彼」を除いて見つからなかった、「親友」。
口に出せば非常に重い心の根だから、ミレットは決して伝えない。変わらず明日も飄々と、その在り方を損なうことはなく。
「っし。じゃあ一仕事するかぁ!」
ふらふらと手を振って去っていったミレットを見送り、ミツキは手渡された資料に目を通す。
明日からは新たな仕事が。責任は重大。のしかかるはずのプレッシャー。それをミツキは気にしない。
友人が隣にいてくれる。それを糧に、薄くない資料を頭に入れてからこの日は眠りについた。




