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二章 二十四話 『見えない敵』

「なるほど。また無断で抜け出して……全く、あなたという人は」


 ミツキと既知の関係にあったことから問い詰められるフィル。リベラ相手に隠し通せるわけもなく、当然のように数々のお忍び行脚が露見していく。


「ミレットには言ったよ! ……じゃ、なくて、伝えておいたぞ」


「「ぶはっ!!」」


 思い切り吹き出してしまったミツキ。これまでフィルは年相応の表情しか見せていなかったため、不意打ちでの偉ぶった態度がツボに入ってしまった。


 しかし、それを上書きするように感情が動く。それは隣にいたリベラが、ミツキも引くほどの勢いで笑い始めたからだ。赤ん坊は泣いている時に別の子の泣き姿を見ると真顔になるとしばしば言われるが、それに近い現象が発生していた。さっきまで同じように笑う準備ができていたミツキだが、すっかり真顔にもどっている。


「わ、笑うなあ!! そもそもリベラ、いつまでボク……私のことを『殿下』って呼ぶ気だよ!? もうとっくに国王なんだぞお!!」


 不機嫌というか恥ずかしかったのか、フィルは顔を真っ赤にして怒り始めてしまう。もうその時点で威厳など消え去っているのだが、冷静でない頭で中途半端に厳格さを出そうとしているため、言葉遣いが変になっている。そのことがまた、リベラの笑いに火を注いだ。それはもう、文字では表せないような大爆笑。


「ま、まあまあ……落ち着いてよフィル……リベラさんも、流石に笑いすぎっすよ?」


「ひ、ひ、ふぅ……いや、恥ずかしいところを見せてしまった……はー、殿下、どうぞ無理はなさらずに。既に素を見せているのでしょう?」


 ラマーズ法で呼吸を整えるリベラ。その光景もちょっとフィルを挑発しているように思えるが、きっと無意識なのだろう。そしてあれだけ言われても「殿下」呼びをやめない。この辺り、やはり頂点に立つものには必要な図太さなのだろうかとミツキは僅かに感心する。


「……それでもだよ。ここは、父上がいるべき場所だった。ならせめて、ここにいる時くらいは」


 神妙な空気が立ち込める。フィルは子供じみた見栄から雰囲気を作っていたわけではなかった。


 先王の急逝。彼は予定よりも早く王の座を引き継ぐこととなってしまった。青天の霹靂とはまさにこのこと。王となるための知識も、経験も、心構えも。全てが未然のうちに身の丈に合わないガワを着なければならなくなった。それが彼の心に暗い影を落としていたなど、言わずと知れたことだろう。


 ミツキは思う。やはり似ているのだと。身の丈に合わない力。それを覚悟のできない内から背負わされた彼。初対面の時から感じていた親近感は、磁石が引き合うかの如く。予想外の稲妻にうたれた者同士だからこそ、惹かれ合い、出会ったのだろう。


「……じゃあ」


「だな」


「? なんだよぉ……」


 しかしこのままでは必要な話し合いにたどり着けない。そこで。


「「場所、移しましょうか」」



    ◇



「何でボク、私の部屋なの?」


「その下りまだ続ける? 良いじゃん、俺は今日友達んちに来ただけ。リベラさんはお前のお兄さんってことで」


「兄というには少し歳が離れているが……うん。悪くはないな」


 話し合いはフィルが力を抜ける場所が良いということで、彼の自室に移動した。フィルはしばらく渋っていたが、話が進まないとどうしようもないので渋々だが了承した。


 案内された部屋は一人で暮らすにはあまりに広いものだった。ホテルのスイートルームを思わせる間取り。それと相反するように、めぼしい家具はベッドと、勉強机のように見えるそれだけだった。


 この国において、王の執務はそう多くない。政治は基本的に軍部、すなわち騎士団が担っている。フィルがすることといえば、王の名の下による施作の交付や、多国間の条約の認証。そして式典への参加など、形式的なものばかり。彼が何か特別な知識を有していなければならないような仕事はほとんどないのだ。


 それにも関わらず、その机の上には本が山積みになっている。その大半に付箋が貼られていて、努力の跡が見える。かといって乱雑かというとそうではなく、種類別に上手く分けられているようだ。必要がないと言われようが、彼は努力しないという選択肢を取れないのだろう。ひどく真面目で、不器用。前世での経験からミツキはそれを一眼で読み解く。彼もまた、そうやって努力を積み重ねてきたから。


「では、遅くなったが本題に入ろう。まず、この国が直面している危機。それについて」


 長い間秘されてきた「危機」。その内実が明らかになろうとしている。


 一方、ミツキには既に心当たりがあった。今日の事件、その犯人が口走っていた言葉。


 『先王の死が仕組まれたもの』、『偽物の王』、『騙されている』。


 そして、国そのものの危機。国外秘とされ、共有に多大な手間を要する内容。


 それらの情報から、彼なりに推測した答え。



「クーデター……革命運動とか、ですよね?」


「明察だ。我々はおよそ一月前に、その可能性を察知した。隊員の一部から王の死に疑問を抱くような声が上がっていたんだ。それが、始まり」


 始まりは小さな種火。騎士同士の軽い与太話。彼らを責めるのは酷な話である。あまりに突然の崩御だったからこそ、そんな軽口でも叩かなければ、心の穴に飲み込まれてしまいそうだったのだろう。


 だが、煙が立ってしまった。人々に、火を感じる隙を与えてしまった。噂が、真実に繋がっているという大義名分を掲げさせてしまった。


「危険なのは、皆が皆、本気で国のことを憂いているということだ。罷り間違った善意というのは悪意以上にタチが悪い。諌めるのは困難だ」


「──全部、ボクが未熟なせい。ボクが失敗作じゃなくて、もっと優秀だったなら」


 この件で槍玉に挙げられているのは他でもないフィル自身。「失敗作」などと言う言葉が本人の口から出てしまう。それは明らかな異常事態だ。

 先王と比較されたのだろう。その上で頼ることができないと判断されたのだろう。心無い言葉が、善意を伴って刺さってきたのだろう。先王、実の父親に手を下して玉座を奪ったなどと罵られたのだろう。


 ──下手をすれば、殺しても良いなどと、そう言われたのだろう。


 ただでさえ小さな体。そこにはもう王の重責がのしかかっているのに。耐えられないほど重い言葉の数々。見ていられないほどに苦しそうな表情。


「──何か、作戦があるんすね?」


 それをどうにかしたい。ミツキがそう思うのは不可避だった。自分をわざわざこの国に招いた以上、何か策があるはず。リベラならば。


「ある」


 もし今回の件が、偶発的、突発的に生じた風潮であれば、鎮火するのは難しい。出火原因は不明のまま、大火に紛れて消えてしまうからだ。


 では、それ以外なら? 始まりは些細なこと。だが、その火を燃やし上げた、誰かがいるのならば?


「この件には、必ず首謀者がいる。殿下が、ここまで言われる謂れなどない。それは、国民全てが当然に思っていることだ。殿下の味わった不幸を考えれば当然のこと。だからこそ、それを捻じ曲げ、この風潮を作り出した誰かが、必ず」


 リベラの表情が、見たことのないほどに真剣になる。ヘイデイの一件ですらここまでではなかった。当たり前。彼にとってフィルは、先王と比較しても引けを取らないほどに。


 否、この国と天秤にかけても、尚動きすらしないほどに。大きく、リベラという人間の柱となっているのだから。


「その、見えない敵を見つけ、倒す。そのための力を貸してほしい」


 一国の軍隊、その頂点。その男が頭を地に擦り付けてでも、成し遂げたいことがそこにはある。

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