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二章 二十三話 『見えなかったもの、見え始めたもの』

 十日目。午前十時ごろ。


 ミツキが着任したのは平民区十番街。ここ数日は十番街以外で仕事をしていない。


 というのも、十番街はもともと平民区の経済の要。人通りが多く、往来が激しい。裏を返せば、その分交通の便が整っているということでもある。


「ミツキ君の人気、ますます上がってるからね。助かるよ」


 ミツキの開く相談所。それを転々とさせるより、十番街に居を構えて集中させた方が互いに都合がいいとしてシフトが組まれた。


「ありがたい限りっすね。頼られるのは嬉しいっすから!」


 そのおかげでだいぶ客足が落ち着いてきている。初めの頃のように尋常でない列ができるようなことは無くなった。


 ここ数日は忙しくフィルを探しに行くことも出来ないでいたが、この調子だと明日からはまた時間が取れそうだと心躍らせるミツキ。こんな性格だが、彼もまだ学生であったはずの年齢。遊びたい盛りには違いない。


「んでも、明日から別口の任務かぁ。やば、また緊張してきたかもだ」


 リベラに言われていた情報共有の時。それは今日の午後。それが刻一刻と近づいていることにミツキは緊張を隠せない。どこかそわそわしたままだったので、度々話を聞いているのかと相談者に確認されてしまっていた。まあ因果集積(フェイタルチェイン)のおかげで聴き逃しはなかったのだが。


「じゃあ少し見回りに出てくる。と言っても、今日も何もないだろうが。念のため、ね」


「行ってらっしゃいです! 留守はお任せあれ! もう慣れたもんなんで!」


 もう一人の担当騎士がいつも通り軽く見回りに向かう。


 それをミツキはいつも通り見送る。いつも通り、拳を突き出し親指を立てて激励のサインを送りながら。


 いつも通り。



「聞いてくれ!! 本当なんだ!! みんな騙されてるんだよ!!」


 

 ではない叫び声。その声から察するに、出所は。


「駅!?」


 騎士が颯爽と現場に急行する。ミツキも心配に思ったが駐屯所を空けるわけにもいかず、聞こえてくる音だけでじっと状況を探る。


「先王が死んだのは偶然なんかじゃない!! 仕組まれたことで!!」


「何を騒いでいる! いったい」


「!! 来たな、薄汚い偽王の狗め!! いつまで隠してるつもりだよ!!」


 現着した騎士。それと共に男の声が一段とヒートアップする。何かまずい。よくないことが起きる。そんなあたってなどほしくない予感が


「くたばれ!!」


「!! やべえ!!」


 当たる。男の尋常ならざる声に引かれるようにして飛び出したミツキ。その先で見たものは。


「う、ぅ……血、血が……止まんない……」


「お前らのせいだ! お前らが、偽物の王が!」


 騎士が取り押さえていながらも吠え続ける男。その傍に転がっているのは果物用と思われるナイフ。先端に血がべっとりと付着している。


「怪我見せてください! 魔法で止血するんで!!」


「痛い……いたい……」


「お、お姉さん、僕を庇って……ご、ごめんなさ……」


 倒れているのは女性。左の上腕部分をナイフで切られたようだ。深く裂かれているがミツキが間に合ったおかげで傷痕も残らずに治癒できた。


 心配そうに出てきたのは小さな男の子。目に涙を溜め自分が悪いのだと震えた声で名乗り出る。


 勇気ある二人。それを脅かしたのは。


「お前、何をしたか分かっているのか!? こんなことすればマリアル様の慈悲も」


「それはお前らだろ!! お前らが罪人だ!! お前らこそ裁かれるべきだ!! 狂っちまってるのはお前らだ!!」


「何だよ、それ」


 血が昇る。頭に血が昇る感覚がはっきり分かる。


 顔が熱くなる。かろうじて視界に捉えられたのは一振りのナイフだけ。


「アンタがやったことだろうが」


 男は振りかざす。ナイフを。拳を。


「誰かのせいにして逃げてんじゃねえよ!!」


 自分勝手な正義感を。振り翳し、叩きつけた。


「だめだ、ミツキ君!!」


「迅雷!!」


 そのせいで傷つく人間がいた。


 それがミツキには認められなかった。


「はあ、はあ、は、ぁ」


 この世界で。美しかったはずのこの世界で。そんな理不尽が罷り通ることが許せなくて。


 ミツキは久しぶりの激情を、焼けるような顔の熱で感じながら、怒りのままに力を振るった。



    ◇



「すみません。俺、あいつのこと言えた義理じゃねえ……キレて、魔法使った……ごめんなさい……ただでさえ騎士団に疑いが向いてるのに」


「……気持ちはわかる。弱者をいたぶるなどどんな理由があっても許されない。だが、あれはよくない。すでに拘束は終えていた。過剰な防衛行為。混乱した状況だったから言い訳は効くが、普通なら法で裁かれてもおかしくなかった。でも」


 事件は二人が迅速に動けたことで大事にはならずに済んだ。目撃者も多数。ミツキがやったことは咎められるべきことだったが、その場にいた誰も責めることはしなかった。恐らく皆、同じように憤慨していたのだろう。


 それでも騎士団としては罰則を与えなければならない。少なくとも謹慎が妥当だが。


「あのまま放置していれば、お前が危なかった。ミツキはそれを防いだだけ。そうだな?」


「……はい。奴はもう一振り刃物を隠し持っていました。ミツキ君は冷静でないようでしたが、その実ちゃんと周りを見ていた」


 彼の脳内にあったのは確かな怒り。だが、それで彼の普段の動きが損なわれることはない。


 因果集積。身についた基礎。状況確認の基本は彼から決して離れて行きはしない。訓練の日々が予想外の形でミツキの身を救う。


「それならば良い。君はちゃんと職責を果たした。大変な事態だったのに、よく頑張ったな」


「──リベラさん」


 予想外の事態ということでリベラが駆けつけた。普段ならば人が集まってくるはずの場面。それが逆に人を根こそぎ遠ざけた。その事実が異常事態を物語る。


「本当に事件はここだけだな? 他の地区で同じような事件が起きたという連絡は」


「ありません。ですが、どうしてそんなことを?」


 一件だけでもあり得ない事態。それをリベラは連鎖することがあるように語る。この神造世界で。悪意の制限されたはずの理想郷で。


「……少し、気になることがあってな……ミツキ、すまないが予定を前倒しにする。今からオレに着いてきてもらえないだろうか?」


「……はい、大丈夫です……けど、他のみんなは?」


 まだ午前の十一時になったばかり。他の面々はまだ自分の用事を済ませているところ。緊急の招集に応えられるとは思えない。


「とりあえず、君だけだ。事態はオレが予想していたよりも、逼迫しているかもしれない」


 リベラの様子で、ミツキは一つ結論に近い仮説を立てる。それは、今回の事件が。


 リベラの言う、国の危機に繋がるものだということ。



    ◇



 貴族区、十二番地。


「この区には建物が二つしかない。一つが、騎士団の本部。大規模な作戦前の招集や隊長会議が開かれる場所。オレは常々縮小していいと主張しているのだが、これがなかなか通らない。困ったものだろう?」


 リベラはまだ少し表情の暗いミツキを励ますように語る。リベラは突然の事態で動揺しているからと思っていたがそれは違う。


 ミツキは知っているからだ。怒りのままに、盲目に力を振うことが取り返しのつかない事態を引き起こすと。忘れがたい光景が、あれから今まで目の前に映って止まない。大切なはずの彼女を。ずっと大切になった彼女を、失う寸前だったあの光景。


「──敢えて、言おう。君は間違っていた。行動ではなく、感情の話だ」


「……はい」


 ミツキの様子を観察し続けていたリベラは、励ますことから諌めることに思考を切り替える。ミツキは自分のしたことを理解している。それならば下手に励ます方が逆効果。


「だが、これでもう忘れないな!」


「──あ、」


 一度、諌めて、笑って告げる。手のひらでミツキの頭を軽く撫でる。それは、ミツキが思ったよりもずっと大きく、想像よりも柔らかかった。


「失敗以上に、繰り返さないことが大事だ。その点、君は大丈夫だな──だから、もう前を向きなさい」


「──はい。っし!」


 両手で顔を思い切り叩く。失敗の記憶に痛みをのせて、より強固に結びつける。


 自分勝手に怒り散らしたあの時と、他人の為と嘯いて怒りに任せた今回。似たようで違う二つをそれぞれ頭の中に入れる。


 大丈夫。これでもう、大丈夫。深呼吸を一つ。認識を切り替えて、いつも通りに戻ってみせる。


「行きましょう! 今回のと、前言ってた『危機』って」


「ああ。そのことで君に、会ってもらいたい人がいる──ここにな」


 ミツキが切り替えているうちに、目的地にはたどり着いていた。そこにあったのは。


「でっか……アイリさん家よりも、ずっと……」


 ただでさえ豪邸だったジークリンド家を、そのままもう二回り大きくしたような家。


「君に会ってもらいたいのは他でもない」


 貴族区十二番地に建造物は二つだけ。


 一つは騎士団の本部。


 そしてもう一つは。



傭兵の国(ガルディニア)、これを統べる現国王だ」



 国王の居所。





「ういっす、リベラさん! あれ? もしかしてその子? 早くないっスか?」


 家に入り長い廊下を歩いているとリベラに突然声をかける男が。リベラはいつものことのように受けながし問いに答える。


「ああ。少し事情があってな。紹介する。こいつはミレット。七番隊隊長にして、今はもっぱら、殿下の護衛に着いてもらっている男だ」


「えー、と……どこ……あれ? あ、すみません、色々あってぼーっと」


「あー、ダイジョブダイジョブ。良くあることだから」


 リベラは自分の隣に現れた男をミツキに紹介する。しかし、それを受けたミツキの反応が芳しくない。正面にいたはずなのに、それを上手く視界に収められなかったからだ。


「よっし! 自己紹介がてらアレ、やっちゃいますか!」


「……やめておけ、ミレット。恥をかくぞ」


「まーまー。尻拭いは総隊長どのの役目っしょ? んじゃ」


「??」


 ミレットは一度ミツキの視界から外れ、背中側に回る。そして。


「へーい! こっちこっち! どう? びっくりしたっしょ?」


 ただただ声をかける。通常人であれば、こんな単純なことでも腰を抜かすだろう。だが残念ながら。


「あの……え? これどう反応すんのが正解なんすか……?」


「アレ? え? んん?」


 それは通じない。他ならぬミツキには絶対に。


「だから言ったんだ。お前が、恥をかくと。ミツキにはお前の奇跡(ギフト)は通じんぞ」


「ウッソ!! マジ!! 最高じゃん!!」


「????」 


 



「俺の奇跡、『無視力(ハイドライト)』つってね、人の認識から外れやすいのよ」


 「無視力」。簡単に言えば、「影が薄い」。


 原理は少し複雑。彼自身が持つ情報量を増量させ、視界に入れた時の認識優先度を下げる。例えるならばパソコンで画像を読み込む際に、あまりにメモリを食うため表示できなくなるようなもの。その上、視界から外れるたびに同じ過程を強制させる。


 ミツキが最初ミレットを認識できなかったのはこの奇跡が理由。そして、二度目通じなかったのは。


「そうか。『因果集積』なら、一回ダウンロードすれば問題ないってわけだ」


「ん? だうん、なんとかってのは分かんないけど、そんな感じっぽいね。よろしく、親友!」


 忘れない奇跡、因果集積。一度認識した情報は再度の過程を必要としない。ミツキはミレットにとって天敵。だがなぜか嬉しそうに距離を詰める。


「うす! 親友!! 良い響き!」


「いいねいいね。リベラさん、こんな子ならもっと早く紹介してくださいよお!」


 それに呼応するようにミツキもテンションを上げる。非常にやかましい二人組になってしまったとリベラは頭を抱えるが、それもミレットの()()()仕方ないこと。支障が出るまでは見逃すことにした。


「殿下に会わせられるよう決まったのが一昨日だろう……全く……それで、殿下は?」


「玉座にいるっスよ。リベラさん。そろそろ()()治さないと怒られますよー?」


「仕方あるまい? 染み付いたクセは一朝一夕で抜けるものではないのだから。よし、行こうミツキ」


 「殿下」。その言葉が意味するところは、ミツキが会うのはまず国王の嫡男であるということ。


 確かに年齢のことを考えればその方が円滑だろうとミツキも思う。しかし、拭えない違和感。


 考えを巡らせても、玉座に近づくまでには答えが出ない。少しだけ蓋をする。ほんの、少しの時間だけ。



「ここだ。きっと仲良くなれるはずだよ。君と殿下は、少し似ている。さあ入ってくれ」


「はい! お邪魔しま……」



「ようこそ、異邦の同盟者。私が、……っ!!」


「ミツキ、紹介する。この方が殿下……ではなく、現国王。ほんの二月ほど前に陛下となられた……」


 言葉が出ない。その姿に覚えがあるはずなのに、まるでミレットの奇跡のように、情報が膨大で処理ができない。


 白い肌。金髪、碧眼の少年。背格好はゲルダより少し高いくらい。見た目だけで見ればゲルダやカイと同年代。しかし実際はミツキと同じ十七歳。


 違うのは、いつもくくっていたはずの髪を解き、荘厳な衣装に身を包んでいること。


 違うのはそれだけ。それだけで、目にしてから言葉にするまで、一体何分かかったのだろう。



「──フィル」


「──ミツ、キ」


 この国で、たった一人の友人の姿。それにお互い言葉も出せず。


「──ほう、これはこれは。後で話を聞かなければなりませんな」



「フィルディプス・リント・ガルディニア陛下?」



 ただただ、その因果に驚嘆することしかできなかった。

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