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二章 二十一話 『善意の果て』

 平民区、十番街。昼過ぎのこと。


「待ちなさい! 止まれ!」


「はあっ、はあっ。くそっ! 捕まってたまるか!」


 大通りを走る騎士が一人。それから逃れるように走る中年の男が一人。繰り広げられるは、世にも珍しき大捕物。


「くそ! 来んな盲目の犬どもが!」


 男は付近にあった材木を手に取ると通行人のことなどお構いなしに通りへと投げ捨てる。それが付近を歩いていた少女へと。


「きゃあ!」


「っ! 大丈夫ですか? 怪我は?」


 届く前に騎士が少女を引き抱える。それによってことなきを得たが、場合によっては怪我では済まないような行為。


 騎士はそれを放置できない。彼らの力は弱者のために。そんな偽りのお題目がある限り、彼らは自分を追って来られない。逃げる男はそう考えていた。


 逃げ切れる。逃げ切って伝えなければ。より多くの人間に、この国の偽りなき事実を。



「迅雷」



 しかしその足はそれ以上動くことはない。


 放たれたのは小さな雷。ただ身体の機能を麻痺させるに留まる微弱な電荷。それを受けた男はたまらず転び。


「すみません。手荒だけどカンベン」


 雷撃を放った少年によって手錠をかけられる。


「済まない、助かったよミツキくん」


「いえいえ。お安いご用っす。通行人が無事でよかった。この前みたいのはゴメンっすからね」


 少年、ミツキは魔力強化を活かし逃亡する男に先回って構えていた。慣れたような連携。それもそのはず。


「ってか、今日で三日連続っすよね? この世界でこれは」


「異常、だな」


 同じような事件が二日前から連続している。最初こそ怪我人が出るなどして手間取ったものの、前日、そして今日は被害が拡大する前に解決された。


「くそぉ!! こんな子供まで洗脳してんのか! 人でなしの騎士団ども! いや」


 問題は、その動機。この世界には悪意が薄い。神の存在が人々を悪意から遠ざける。ならばこの凶行は。



「偽物の王!! 陛下を殺した罪人が!!」



 彼なりの、善意の果てにあったものだと、皮肉にも世界の機構(システム)が証明していた。



 これは、ミツキ達が来て、十二日目の事だった。



    ◇



 話は一度遡る。一連の事件が発生する前々日。ミツキたちが傭兵の国に来てから八日目の夜のこと。


「こんばんわ。夜分遅くに失礼する。ミツキはいるか?」


 宿舎を訪れたのはリベラ。日がな一日忙しくしている彼が、わざわざ時間を縫って中央区にまで訪れた。


「こんばんわっす。どしたんすか? ……何か緊急事態とか!?」


「いや、そうではないよ。驚かせてすまない。今後の予定について伝えようとね。内容が内容だから、オレが直接赴いた」


 リベラ。騎士団長たる彼が足を運ぶほどの伝令。それにミツキは心当たりがある。


「って、ことは」


「ああ。おめでとう……というべきか、ありがとうと言うべきかは分からないが」


 ミツキたちに課された、第一課題。


「無事、隊長全員の賛成が得られた。今この国が直面している危機。それを君たちに伝える場が整った」


 「騎士団の信用を得る」。それがひとまず果たされたことが伝えられる。


「よかったぁ! あんまり時間かかるといけないって思ってたんで。一週間は掛かっちゃいましたけど」


「それでも素晴らしい成果だとも。遅れたのはこちらの都合もある。君たちは、限りなく最善を尽くしてくれたよ」


 リベラは少なくとも五日目には隊長たちの賛成が得られると考えていたが、いかんせん全員多忙。意思確認すら手間取っていたようだ。


「そこで、近いうち。できれば明日がいいのだが……」


「あー、すみません。明日は俺とゲルダがどっちも用事で」


「ああ。聞いている。君はアイリーン殿に呼ばれたのだろう? そちらを優先してくれて構わない。君たちのお陰で、まだ多少時間に余裕がある」


 ミツキはアイリーンから、ゲルダはリィンから。それぞれお礼と称して家に招待されている。それが、運悪くも明日のこと。通常の訓練や仕事を切り詰めることもできるが、リベラはそこまでの無理を強いるつもりは無いようだ。


「では明後日でどうだろう? 当日は訓練も駐屯地での仕事も休めるように取り計らうが」


「いやいや、訓練はまだしも、仕事はやらせてください。午前中にみんな仕事に出て、その後でどうです?」


 傭兵の国は依然人手不足。遠征に出ている部隊は帰る目処が立っておらず、残存戦力での分担ではどうしても穴が開く。ミツキたちはそれを埋めるためにと呼ばれたのだから、怠るのは憚られる。


「ありがたい。正直、そう言ってもらえるのを期待していた。ずるいだろう?」


 曖昧にはにかみながらそう言うリベラ。ミツキたちの自発とすれば騎士団が借りを作ることもないから。そんな思惑だったのだろうが、彼の良心が黙っているのを咎めたのか、種明かしは一瞬で。


「はは! 勉強になるっす!」


「──やはり君は眩しいな。ミツキ。君さえ良ければ──」


 思惑。謀略。後暗いやり方も、彼は真正面から受け止め、批判することもなく受け入れる。あまりの眩しさ。リベラはたまらず、ここで言うはずもなかった言葉をこぼしてしまう。



「──騎士団に、入らないか。今回の件が終わった後になるが」


「俺が、傭兵の国(ガルディニア)の、騎士団……すか」


 騎士団には通常傭兵の国の騎士しか入ることができない。しかしその例外は一人存在する。それはまさしくリベラその人。その彼が直々に任命したとあらば、反対するものはいないだろう。


「君の夢の邪魔はしない。もちろんゲルダもカイも一緒だ。オレの直属の部下、という体で席を置いてもらう。きっと、君の目的の役に立つはずだ」


 ミツキは失った奇跡(ギフト)を追い求める。それには「立場」が必要だとして魔性の国(ファタール)では自警団に所属した。もし、それがこの騎士団なら。そしてもし、それが総隊長たるリベラ直属の隊員とあらば。彼の夢は一気に近づくだろう。


「俺、は……すみません、すぐには」


 本来なら迷う必要なんてない選択肢。だが彼には世話になった恩人(ディエス)がいる。それを無視して自警団を抜けるのはあまりにも不義理だ。


 そして彼には家族(ゲルダとカイ)がいる。二人の意思を無視して、独断で未来を決めるなど出来はしない。


「ああ、当然今すぐに決めろなどとは言わんさ。よく考え、よく相談しておいてほしい」


 リベラが与えたかったのは選択肢ではなく考える時間。突然突きつけることでミツキの思考力を奪うことはしたくなかった。もし、全てが終わった時に、ミツキが望むのであれば。そう思わずにはいられなかっただけ。


「では、明後日。場所は貴族区十二番地で頼む。みんなにも共有しておいてくれ。では、おやすみ」


「はい、おやすみなさい、リベラさん」




「それ、考える余地あります?」


 その後すぐに残る三人と情報を共有。議題は明後日のことよりもスカウトの話に流れた。


「おい、ミツキ。俺に気いつかってんなら、やめろ。お前はやりたいようにやりゃあいんだよ。そもそもお前には迷惑ばっかかけられてんだ。いてもいなくても一緒だっつうの」


「団長さん、ちょっと泣いてない?」


「泣いてねえ!!」


 やはり、ミツキ以外の全員がその提案に賛成した。


 カイもゲルダも、すでに騎士団では良い関係を構築できている。平民区でも、まだ全ての区ではないが、人との関わりに慣れてきている。環境の変化が二人に悪影響を与えることはないだろう。


 そしてディエスは、ミツキの背中を押す。大人として。保護者として。進もうとする子供の足を引くことはしたくないのだ。寂しさは堪えられないようだが。


「あざす……でも、もう少し考えてみます」


「……まあ、時間はある。大切な選択だ、じっくり考えろ。俺らはみんな、お前の選択を尊重するぜ」


「団長さん、ちょっと安心してない?」


「して……ねえこともねえ」


「おや、ずいぶん素直ですね。ずいぶん衝撃受けてたようだ。精神攻撃は吸収できないですもんね」


「このヤロウ……覚えとけよ……」


 それでもミツキは躊躇ってしまう。迷い。確かにそれは大きい。しかし彼にとっては。


 ──戸惑い。これが最も大きい。


 波のように心が揺れる。長らく味わっていなかったモノだったから、心の揺れは朝になっても治らなかった。



    ◇



 九日目。


 ミツキたちは慣れた様子で仕事を終え、それぞれの予定に向かう。


 ミツキはアイリーンの家に。


 ゲルダはリィンの実家に。


 カイとディエスは、ラグナにつれられ食事。兼、弓術の談義に。


 すっかり馴染んだ様子で、各々の道を進む。



 

 貴族区。三番地。ミツキが向かったのはそこ。


 貴族区はどの区域も外観は変わらない。聳えるのは豪邸。右も左も庭園を備えた、まるでハリウッドの映画に出てくるような邸宅。それらがまばらに建てられている。いずれも見目麗しいが、その中にも剣術の訓練場が見え隠れするあたり、この国の性質がうかがえる。


 そして、景観が非常に美しい。ありのままの自然を生かし、無闇な開発は行われていない。それは芸術性によるのではなく、かつての傭兵団が生活環境というものに無頓着であったことが理由。列車の通り道を除いて、自然が排除されるようなことはない。


「えーっと、確か駅降りて、真っ直ぐ。からの、左折で、すぐの左手……おおう。これ、は、なかなか」


 指定された場所。そこにあったのは周囲にある豪邸と比べても一際広く大きな邸宅。広がる庭にはさまざまな花の色づく花壇や、意匠の凝らされた噴水。その入り口はこれもまた匠の手により模られたと思しき門扉。入口から真っ直ぐ、レンガ作りの畳を超えた場所に見えるのは、家。高さにして四階。横幅を見るに、部屋の数は両手では足りないだろうことがうかがえる。まさしく大豪邸。


「えー、っと。これ、勝手に開けて大丈夫なやつ……?」


「いらっしゃいませ。ミツキ様でございますね。どうぞお入りください。皆様お着きで御座います」


「うわっ! ……あ、すみません……使用人の人、っすよね……あざ……じゃなくて、ありがとうございますです」


 門の影にいたまさに執事といった風貌の男性がミツキを中へと案内する。その雰囲気に押されて言葉遣いが変になってしまっているが、気にする余裕がないのは前世で出会ったことの無い環境に自分がいるからだろう。


 庭を通り、玄関をくぐる。廊下を歩きそのまま通されたのは食事をするための部屋。


「いらっしゃい、ミツキさん。あまり緊張しないでちょうだいね。寛いでくれて構わないから」


 座していたのはアイリーン。この家の主人。聞いたところによれば、彼女の旦那は数年前に早逝したという。流行り病だったそうだ。それ以来、この広い家に基本的には一人で暮らしている。


 そして。


「あ、ミツキくん! 遅かったね」


「???」


 なぜか一緒に座っているのはゲルダ。彼女はリィンの家に行く予定だったはず。なぜ。ミツキは情報を整理できないが。


「ああ、君がミツキ君ね。いらっしゃい。話は()()から聞いてるよ。初めまして、リィンです。リィン・ジークリンド。母がお世話になりました」


「あ、はい。初めまして……え? 親子なんすか!? ゲルダ知ってたの?」


「うん。アイリさん、前に燦雷堂まで来てたから、その時」


 一人のけものにされていたように思うミツキは、情報の処理に追われてもう一人の姿に気づいていない。彼も良く知る、もう一人の騎士の姿。



「私からも、改めてお礼を。ミツキ君。つくづく君には驚かされる」



 銀の髪。リィンと同じそれが美しく光る彼。戦いから離れたその姿は、戦闘中と何ら変わりなく見える。


「アル……さん?」


「はい。アルバート・ジークリンドです、お見知り置きを、なんて。いらっしゃい二人とも。我が家へようこそ」


 この国に来てからの、ミツキの師匠とも言える存在。アルバートがそこにいた。



「我が家……へえ。あなた、私を差し置いて当主になったつもり? なかなか帰ってきやしないのに?」


「……すみません、母さん。()()、私の家ではありませんでしたね」


「二人とも、お客さんの前だよ! ごめんね、いっつもこんな感じなの。困っちゃうよね」


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