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二章 幕間 『呉越同舟』

「聞きましたよ。リベラさん、新しく来た魔性の国(ファタール)の男の子に負けそうになったんですって? いやあ、オレも早く会ってみたいなぁ!」


 茶髪のショートパーマ。首には赤い宝石の付いたネックレス。手には指輪など数多のアクセサリ。リベラよりも長身の軽薄そうな男性が、長机の席につこうとして身を屈めた彼に座ったまま声をかける。


「なんだ、珍しい。もう来ていたのか、ミレット。気づかなかったよ」


「その話、俺も聞いたぞ、リベラ。騎士団内で少し噂になっているようだ。証人がいると言うのも不味かったな」


 同じく座っていたラグナが横をチラリと見て諌める。その視線の先には。


「僕は、見たままを教えただけ。そこから何を感じるかはみんな次第」


 ヴェント。渦中の噂、その出所である彼女は、事態など我関せずと言った様子で吐き捨てる。


「オレから言うことも無いもないよ。何を言ったところで言い訳に聞こえるだろう?」


「かー! マジメっスね、リベラさん。もうちょい肩の力抜きません?」


 そして当のリベラもこの様子。蓋を開けてみればリベラの圧勝だったと言うのに、彼は弁明一つしないでいる。その結果。


「私は、早急に否定する声明を出していただきたいと思っているのですが、師匠。いくらなんでも隊員にとって刺激が強すぎるので」


「師匠はよせ。一応、会議の場だぞ、アルバート。オレたちの間柄はよく知られたところだが、公的な場では格好付けるのも重要だ」


 騎士団の隊員たちは大きく動揺。これまでの「負けたくない」という闘争心すら上塗りする才能の差に打ちひしがれる者も出ている。件の少年、ミツキが否定して回っているが、彼らには嫌味にしか聞こえないだろう。訓練の指揮を任されることの多いアルバートはその士気の低下を危惧していた。



 この会議は、あの模擬戦から三日後に開かれたもの。国に残存する隊長が、一人を除いて集まれたタイミングでの話。


 場所は貴族区の一等地、十二番区。王の居所と並び立つのがこの騎士団の基地。総本山たるそこの会議室にて集うは歴戦の猛者が五人。彼らが語らうのは。



「ジェレンさんは休みなんスか? 最近忙しくしてるみたいですけど?」


「忙しいのは研究のようだ。ジェレン殿も、今回の連携で何か掴んだらしい。今日は例の件で動いてもらっている。議題はそれだろう、リベラ?」


 「例の件」。通常、全隊長が揃わなければ開かれることのない会議。それを今、不揃いの中で開催しなければならない理由。


「はい、ラグナ殿。彼らの活躍が知られるところとなった今、皆にぜひ伺いたいことがあるので」


「僕は、賛成」


 議題を聞く前にヴェントが口を開く。共有の手間が無駄とでも言うように。彼女は事務的な仕事を好まない。その暇があるのならば、訓練か、任務に動く方が良いと考える。


「ディエスさん。あの人、元々隊長になれるだけの実力があった。それが最近、また強くなってる。それに、ミツキ。あの子は……怖いくらい」


「今回重要なのは強さではあるまい。だが……そうか。お前でも『怖い』と称するか」


 先のリベラとの模擬戦をきっかけに、ミツキはヴェントとも交流を深めている。気性の部分で噛み合うこともあって、ヴェントにしては珍しく友好関係を築くのに時間が掛からなかった。ミツキも、年の近い彼女を「先輩」と呼んで慕っている。


「カイ。あの子の力を借りれば捜査も容易になるだろう。ミツキも同様だ。彼が築いた平民間の関係。利用しない手は無い。早急に事態を共有し、問題解決に動きたいと思っている。俺も、賛成だ」


 ラグナはその能力や捜査への貢献可能性を考慮。とりわけ、カイ。ラグナは顔合わせの時からカイのことを気に掛けている。導く立場というよりも、対等に語らえる存在として。弓術の頂にある者同士、強固な信頼関係が出来上がっている。彼が賛成に投じるのは能力以上にそのことが大きいと、側から見ただけでは分からないだろう。凪いだ水面を思わせる精神に、隊長たちも思わず押し黙る。


「オレも賛成スね。正直、オレ一人でお守り続けんのキツくなってたとこなんで。協力者が増えるってんなら、歓迎以外無いっしょ」


「苦労をかけるな、ミレット。お前には引き続き殿下の支援を頼むことになるが」


「りょーかいっスよ。オレの奇跡(ギフト)なんかが役に立つなら、喜んで」


 その空気を切り開くのは彼。軽薄な印象が張り付く男、七番隊隊長ミレット。そんな彼が垣間見せる真剣さ。腐っても傭兵の国の騎士。仕事を放棄するような人間では決してない。それが、他でもない国王のことであれば、彼はきっと命すら賭ける。


「オレは言うまでも無くなく賛成だ。そも彼らを呼んだのは協力を要請するため。皆の賛成さえ得られれば良い。事が事だ。できる限り皆の賛成を得たいと思っている。ジェレン殿からは先んじて賛成をいただいた。残るは一人。お前はどうだ?」


 不在の隊長たちについてはどうしようもないが、今回リベラが望むのは全会一致。それを要するほどに秘匿性の高い内容。本来部外者になど教えるべきではない事情。それに頼らなければならないほどに、彼らは瀬戸際にいる。


「アル」


「私、は」


 残るはアルバート一人。再び沈黙が空間に降り立つ。逡巡。葛藤。全員の視線が彼の動向に向けられる。彼は実のところ、ミツキたちを呼び寄せるというリベラの判断にギリギリまで反対していた側。指導の時間を取られる。情報が漏れないようにと神経をすり減らす。その苦労に見合わないと考えていた。


 しかし目の当たりにしたのは成長する彼らの姿。仮に彼らがこの国にいたならば、今の序列は変わっていただろう。そう思わせるだけの熱量。


 そして、自分でも叶わなかった。


「彼らの協力。それに」


 リベラを超えるという目標。


 それに手をかけたミツキ。手ずから指導した彼。初日、自分に手も足も出なかった彼。そんな彼が、自分よりも前に出ようとしている事実。


「──賛成します」


 それを一度飲み込んで、客観的事実に基づいて決定する。役に立つ。彼らは必ず力になる。信頼も置けるだろう。利用しない理由がない。そう納得させる。


 ──その奥にある、自分でも信じられない感情。それを奥底へと封じながら。


「よし。ではこれからの立ち回りについて検討しよう。まずは──」


 会議は続く。彼らをどう生かすか。これから先が、ようやく本当の戦い。


 ミレットは、茶化しながらも適宜確認事項に言及し、円滑に回す。


 ラグナは、率先して議題を上げ、彼らの乗る船を前へと進める。


 ヴェントは、自分のできることなどないと見切りをつけて、その後の訓練に思いを馳せる。


 リベラは、ミツキたちの行いが認められたことを嬉しく思いながら、遠く、先にある目的を見据える。


 ただ一人、アルバートだけが取り残されたような感情のまま。自分の中に巣食う感情を飲み込むこともできないまま。


 会議は続く。ミツキたちを置いて。本当の戦いへと歩を進める。

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