二章 十九話 『struggle days -ミツキの場合②-』
五日目。
「おい、ミツキ。こんな夜中に何してやがる」
「げっ、団長こそなんで?」
ではなく、四日目深夜。ミツキ視点。
「今日の訓練内容纏めてんだよ。足音聞こえたから見にきた。で? お前は?」
「あはは、ちょっとトイレ」
「はぐらかしてんじゃねえよ、下手くそ。どこ行く気だ? 俺も」
「……カイ、様子おかしくなかったですか?」
配置決めの際、初めから訓練を欠席するような口ぶり。あれでいて真面目なカイがそんなことを言うならそこには必ず理由がある。ミツキはそう考えて待ち構えようとしていた。
「……まあ、それは俺も思ったが。俺が見張っとくからさっさと寝ろ。お前はすぐ無茶すんだろ」
ディエスにとってはミツキも同じように、心配の対象。子供はとうに寝ている時間。部屋まで押し込もうとする。
「あー! 待って! 手分け、手分けしましょう! あいつ隠れるのうまいから!」
「……仕方ねえ。お前は上の方見てろ。俺は下の階」
「了解っす! じゃあそっち任せますね!」
このタイミングで、すでにディエスはカイが止められないだろうことを察知。正面から、そして自分がついていけば負い目を感じさせると考え、ミツキを泳がせることに。
「今のあいつなら、問題ねえか」
◇
「うわ、地震? カイのやつ無事か?」
洞窟、カイの戦闘中。距離をとってついて来ていたミツキがその気配を感じ取る。普段なら簡単に見つかっていたはず。自分にすら意識が向かないでいるカイに、ミツキは一層心配を募らせていた。
「こっち、か……! 雷光!」
ぼろぼろになったカイ。それにとどめを刺そうと動く蛇。痩せ細ったそれを雷を放ち消滅させる。
「よお。お疲れって感じだな。カイ」
本当は心配で仕方なかったのだが、カイの負担にならないように精一杯いつも通りに声をかける。必要以上に気取ったセリフになってしまったことを内心後悔しながら、立ちあがろうとするカイに手を伸ばした。
「なん、で、あなたがいるんですか……ミツキさん」
「小便してたらお前が外出ていったからさ、デートじゃねえの? って思ってつけてきた」
「──ふっ。あなたは、本当に」
隠そうとするミツキの努力も虚しく、カイには筒抜けの様子。ミツキの手を取り立ち上がると、そのままカイはふらつく体で花を摘みに動くが、よろけてしまう。
「おいおい、あぶねえな。あとは任せて少し寝てろよ。あの花摘んだらいいのな? どれくらい?」
「できる、だけ、たくさ、ん……」
「たくさん、って……仕方ねえか。これ多分、十番街の薬屋宛てだな。カッコつけちゃって」
臨時相談室を開いていたミツキは薬屋の店主が怪我をしていることも聞いていた。そこで、すっかり寝てしまったカイの代わりに。
◇
五日目、早朝六時。十番街にて。
「すみませーん。お届け物なんですけど」
「? 届け物? いったい何が」
目的の花を届けることに。ちなみにカイはミツキが宿舎まで運んで寝かせた。それまで起きる気配は微塵もなかった。
「あ、そのままで大丈夫すよ! ちょっと失礼しますね!」
怪我のことを知っているミツキは遠慮もなしに家の中まで。
「! これは、君が……!?」
「いやいや、俺は届けにきただけっす。とってきたのは、あいつだから。お礼は俺じゃなくてで! それじゃ!」
大量の花が入った袋を押しつけるように渡して店を後にする。自分の成果でないことに礼を言われるのが怖かったから。恥ずかしいでも、照れ臭いでもなく、怖い。自分が他人の成果を奪ってしまうような気がするから。だから無礼を承知で飛び退いた。
「あ! ミツキくんいた! 朝早すぎだよぉ! 今ちょっといい?」
「ゲルダ? こんな早くにどした?」
宿舎でミツキを探していたが発見できず、急いで十番街まで見にきたゲルダ。ミツキに頼みがあるらしい。
「ミツキくん、今日も相談室するんでしょ? そこに来た人に、着られない服とか、古い服とかあったら貸して、って言って欲しいんだ」
「? 別に大丈夫だけど……あー、昨日のアレ関係?」
アダンとの打ち合わせで必要と判断された最後のピース。わずかでも店の商品があれば確保したい。それを担うのは人脈を築くのが上手いミツキ。渡りに船、相談室の存在がここでうまく機能する。
「うん! お昼前、十一時くらいには取りにくるから! よろしく!」
「うわ、待っ……行っちゃったよ……詳しいことわかんねえと聞きづらいんだけどなぁ」
「何か、困ってる? 話聞こうか、ミツキ」
早朝から矢継ぎ早に飛び込んでくる関係者。勤務時間まで空きがあったからちょうど良かったのだが。
「なんか今日はすげえ日だな……おう、フィル。ちょっと聞いてくれよ」
この国でたった一人の友人が煙の匂いを嗅ぎつけてやってきた。
「それは多分、燦雷堂だね。昨日獣にやられたって聞いたよ」
「なるほど、さん、らい、どう、ね。これで聞きやすくなった! やっぱ持つべきものは現地の友達だよなぁ!」
「わぁ、ちょ、ふふ、くすぐったいってば!」
出会えた幸運にじゃれつくミツキ。それにしても、昨日の今日で噂が広まるのはやはり名店故か。
「そういえば、さっきの子って、妹さん?」
「──いや、ちょっと違くて。でも、家族みたいなもの」
フィルの目から見て、ミツキとゲルダが家族に見えると言うのは喜ばしいこと。この世界で身寄りのない自分達が、かけがえのない絆を築けている証左。そのはず。なのに少し、ミツキの胸がちくりと痛む。
「そっか──朝から変なこと、聞いていい?」
「? いいよ? 朝から助けられたし、どんとこい」
急に神妙な雰囲気になったフィル。ミツキは不思議に思うが、拒否する理由もない。そのまま続きを待つ。
「──よそのキミから見て、この国、どう思う?」
ずいぶんざっくりとした質問。その意図は見えない。分かるのは、フィルが真剣に答えを求めている。それだけ。
「ボクは……少し、キライ。人の生きる道が生まれながら制限されてる。鳥籠の中みたいで、キライ」
身分の違い。そしてどの立場にも付随する出来ることの限界。フィルは、定められた限界、身分という不自由を拒む。
果たしてその考えは、「正しい」ものなのか。外の世界で、家族と共に暮らしているミツキ。彼に問うて確かめてみたくなった。
「──最初はさ、正直大丈夫かな? って思ってたんだ。人が身分で区別されて、あまつさえ人生を決められる。ちょっと俺の居たところとは違ってて、不安だった」
ならばとミツキも真剣に、その心の内を言葉にする。こんな話をしてくれるまでに心を許してくれたことを嬉しく思いながら。
「でも、今はちょっと違う。そりゃさ、身分の差なんてない方が良いって思いはあるよ? でも、思ったよりみんな、自分の人生を生きてるなって、感じる」
「自分の、人生……でもそれは、決められたものだよ?」
身分という籠に囚われ、人々は自由に羽ばたくことができない。フィルはそれを絶対的な不自由と解する。それに対して、ミツキは。
「うん。その中で、精一杯自分であろうとしてる。いろんな悩み事聞いてそう思った。みんな、今『できること』を頑張ってるんだよ」
籠の中、限られた範囲の自由を尊ぶ。それを謳歌しようと羽ばたく人々をこそ讃えるべきだと。
ミツキは人生の自由を知っている側。前世ではそれを謳歌した。それでいて、信念は彼を自由にはさせなかった。不自由なまま。願いすら見失ってその幕を閉じた。だからそう考える。
「『できること』……そっか……」
フィルが見ていたのは、彼らに無いものばかり。なまじ自分が恵まれているから余計に。彼らが、何かを与えられているなど想像もできなかった。ミツキとの出会いは、フィルの人生にとって大きな転換点となるだろう。
「まあ、身分による制限なんかは無くっても良いんじゃ、なんてね。これは俺の先生の受け売り」
「ふふ、良い先生だね。うん、ありがと、ミツキ」
少しだけ、予感がした。この出会いから、自分以外、世界すら変わっていくような。そんな予感。
ずっと燻っていた匂いが、わずかに和らいだような感覚。フィルは久しぶりのそれに身を委ねて、友人との時間を楽しんだ。
◇
朝八時。就業時間。フィルと別れたミツキは早速駐屯所へ。
「お、来た来た。ミツキくん、さっそくお客さんだよ」
そこにあったのは列をなす人々。まだ早朝というのに。その目当てはミツキ。騎士団が本来担わない業務だからミツキへの期待は増長する。
「うわあ、これはなかなか。楽しくなりそうだぞ」
奮い立たすように一言呟く。嘘ということもない。それでもミツキは真面目で不器用。簡単な相談も、他人の人生を預かるような気がして、肩に重石がのしかかる。それを振り払うように深呼吸も。
「はいはーい! おはようございます! 順番でお願いしますね!」
なおも止まない、人の役に立てることへの愉悦。これがあるから、ミツキは止まることなど出来はしない。
◇
「おーい、これ、うちにあった燦雷堂の! キミだから貸すけど、大切なものだからね! 頼むよ!」
「了解っす! ありがとです!」
十一時前。ほとんどノンストップで人の相談を聞き続けたミツキ。それと共に決して少なくない衣服の山が。
「みんな捌けたし、疲れただろう? 今日はもう上がって大丈夫だよ」
「あざす。流石に疲れたんで、ゆっくりご飯でも」
「すみません。こちらに若い男の子がいらっしゃると伺ったのですが」
凛とした声が響く。声色を変えていても、確かに彼女のものと分かる芯の強さ。
「ええ。ミツキくん、最後に一仕事」
「あ、はい。大丈夫っす。知り合いなので」
「知り合い? だが……どういう関係で?」
ミツキと、やってきた女性とが線で結びつかない。ミツキは活動的だが、つまるところただの少年。対する女性は気品を漂わせる妖艶な雰囲気。接点などないように思える。
「そうですわね。じゃあ」
しかし、実態は、二人の間には確かなかけがえのない絆。
「恋人。これでいかがかしら?」
「ちょ! ストップ! ストップです! 誤解ですからね!」
ゲルダの手伝いに向かう前、ルナリアがミツキに会うためやって来た。
◇
「全く、つれないですわね、ミツキさんは。ああいう時は気の一つでも利かせてくれないと。女性に恥をかかせるのはいただけませんわよ?」
ミツキはゲルダに戦利品を渡すために駅へと迎えに行く。そのついでにルナリアの見送りも。ついで、などといえば彼女は憤慨するだろうが。
「これ、俺だいぶ詰んでません? ……嘘つくのはちょっと苦手なんすよね。昔っからすぐバレるんで」
「ああ、それは分かりますわ。多分ですけど、表情だけですぐでしょうね」
ルナリアも執務に追われる状況。ゲルダのため、という体で抜け出してきたが、本命はこちら。少ない時間を縫って心休まる時間を求めに来た。
「てか、こっち来て大丈夫なんすね? てっきり能力の範囲とか、んぐっ!」
「だめ、ですわよ? あまり人前でそのことは」
ミツキの口に人差し指を当てて静止する。お忍びでの入国。リベラが便宜を図っているが、その正体はまだ秘密。ただでさえ厄ネタだから細心の注意を払う必要がある。ミツキはお構いなしだが。
「……す、すみません……リベ、じゃなくて、あの人ので学んだはずなのになぁ」
「それだけ気安く思っていただけるのは悪くありませんけどね。では、この辺りで」
駅までの時間。あっという間だったが、それで十分。ルナリアも、そしてミツキも、英気は養えた。
「じゃあ、また。ゲルダさんに私はもう向かったとお伝えください」
「了解です。またね、ルナさん」
この呼び名なら伝わらないだろうと、口にする。無言でのお別れは寂しいものだとミツキなりの配慮。去っていく電車を見えなくなるまで見送っていた。
すると入れ替わるように電車が到着。そこから現れたのは。
「おーい、ゲルダ! こっちこっち!」
駅から出てきたゲルダ。それに向かって大きく手をふる。
「ミツキくん! ってことは、頼んでたやつ」
「ばっちり! ……ってわけでもないんだけど、出来る限り」
紙袋をゲルダに渡すとすぐに駐屯所へと向き直る。あと一つだけ、残して来た仕事がある。
「手伝えなくて悪いな。時間空いたらすぐ」
「へーきへーき! ミツキくんは自分のこと集中して!」
「──おっけ。あ、それと、あっちはそっちに直接向かうって! じゃあ、がんばれ!」
ルナリアに頼まれていたことを伝えると、すぐ走る。なぜだかゲルダに会えたのがやたら嬉しかったから。少し大人びたように見える彼女の姿が誇らしかったから。彼女の一人で奮闘する姿が成長を感じられるから。
心の中ではそう理由付けるが、ほころぶ顔が直らない。気合を入れ直すために頬を強く叩く。
「うん! ありがと、頑張ってくる!」
彼女の声を背に受けて、押されるように走っていく。
顔が赤くなったのは、果たして強く叩きすぎたせいだろうか。




