二章 十八話 『struggle days -ゲルダの場合②-』
五日目。ゲルダ視点。
「魔法を広い範囲で展開する時、一番気を付けないといけないのは自分の魔力。つい消費しがちになるから、自分の限界はちゃんと知っておこうね」
午前中は相変わらず魔法の訓練。ゲルダに質問をする騎士の数も日に日に増えているようだ。
「すみません、質問なんですが。新しい魔法の着想があるんですが、想像補強の参考にできるものがなくて」
「そういう時は、お絵描き、してみるといいよ。見落としがちだけど意外と効果的だからおすすめ」
「なるほど! ありがとうございます!」
「あ、次は私が」
「ごめんね、ちょっとこの後用事あるから、続きはまた明日ね」
まだ十一時といった時間で訓練を切り上げるゲルダ。目的は以前の獣害で崩壊した五番街の呉服屋。その立て直しの計画。
「平民区、十番街」
だがゲルダが向かったのは五番街ではなく十番街。無理を押して空けた時間を使ってやりたかったことがここにある。
「おーい、ゲルダ! こっちこっち!」
駅から出てきたゲルダを迎えるのはミツキ。大量の紙袋を持っている。
「ミツキくん! ってことは、頼んでたやつ」
「ばっちり! ……ってわけでもないんだけど、出来る限り」
紙袋をゲルダに渡すとすぐに駐屯所へと向き直る。彼の仕事はまだ残っているようで。
「手伝えなくて悪いな。時間空いたらすぐ」
「へーきへーき! ミツキくんは自分のこと集中して!」
「──おっけ。あ、それと」
ゲルダがたった一人で計画を立て実行している。心配よりも嬉しさが勝ってしまう様子のミツキ。込み上げる笑顔。それをぱちんと叩いて仕事に向けて引き締める。
「あっちは直接向かうって! じゃあ、がんばれ!」
「うん! ありがと、頑張ってくる! ──よし」
ゲルダもそれに倣って、軽く両手で頬を叩く。準備はした。彼と会えて元気も貰えた。あとは、どう転ぶか。
◇
「わ! すごい! お家もう住めるぐらいだね!」
五番街に着いたゲルダは、倒壊したはずの店が外観を取り戻しつつある姿に驚嘆した。ゲルダが奔走している間、一度は諦めかけた住民たちも再起。夜中までかけてとりあえず形だけは取り繕った。
「まだ形だけ、だけどね。ゲルダちゃんが頑張ってるのに、私たちだけ諦めるのはダメでしょ?」
陣頭に立ったのはリィン。彼女のコネを使い手の空いていた騎士団員も導入してなんとか。そこまでしなければ、外観を取り繕うことも難しいほどの惨状だった。
「うん。でも、ここからが本番、だね」
そう。肝心の商品が全滅している状態。設備も機能不全に陥っている。営業再開の目処は立たない。だが、何より問題なのは、製図。それが根こそぎ失われたと言う事実。この世界にはインターネットのようにデータとしてバックアップできる機械は存在しない。そのため全て紙面で残していた。その全てが、前日に踏み躙られた。
ここから新しいものを作るとしても、培ってきたノウハウを参照することなしには困難。確かに不可能ではない。だが、あまりにも時間がかかる。それまで店を存続させることは難しい。
「とりあえず、お店のみんなには今の設備で作れるものを量産してもらってる。当面の活動資金はそれで賄えるはず」
「じゃあなおさら、古いのをもっかい紙に書く時間はないね。手一杯だ。今日、獣害は?」
「今のところは──来たね。私はあっち対処してくるから、ゲルダちゃんはこっちお願い!」
店員の手は埋まっている。騎士団も昨日のように手が空くことばかりではない。リィンとゲルダが頼みの綱。その上で獣害の対処という通常任務まで警戒しなければならない。八方塞がり。手詰まりか。
「猫の手も借りたい、というやつですわね? どうかしら、ゲルダさん。獣の手でよろしかったらお貸ししますけれど?」
「この国に来るのは何年ぶりだろうね。変わり映えのしない光景だが、ふむ。ゲルダ君に頼まれれば断ることもできん」
それを覆す。ゲルダが打った逆転の策。彼女の持ちうる縁を辿って、必死に手繰った蜘蛛の糸。
「二人とも! もう来てたんだ、ありがと!」
ルナリアとアダン。彼女が頼りうる最高の叡智が二人。
◇
「先生! おーい、起きてる?」
昨日。飛竜に乗って向かったのは魔性の国、アダンの家。
「私はそこまで老人ではないよ。起きているとも。いったいどうしたのかね、ゲルダ君」
「先生、服って詳しい?」
「すまない、いきなりでよく飲み込めん。順を追って話してくれないか?」
ゲルダは考えた。失った知識を埋めるには、やはり知識しかないだろうと。アダンであれば完全ではないにせよ、埋める手立てがあるのでは。
「──なるほど……結論から言えば、私は力になれない。知識がないわけではないが、そこに何があったのか分からなければ引き出すこともできん」
アダンに知識があったとしても、手探りでそれをばら撒くことなどできない。何か大枠があって、それに合わせる形でなければ。
「……そっか。そうだよね……」
「無理ということもあるまい、学者。回りくどい言い方はよせ。相手はゲルダだぞ」
「アテナちゃん?」
「女王からゲルダに返事だ。飛竜よりも私の方が速いからと使いっ走りにされた。ゲルダの頼みとあらば仕方ないが」
ゲルダは同時に、ルナリアへも協力を要請。帰っていく飛竜に手紙を預けていた。ルナリアを頼ったのは生きた年月が理由。その時々の流行、移り変わりなど彼女が知っていればアダンの知識を補強できるだろうと考えたから。ゲルダも先にアダンが言及した問題には気づいて手は打っていたのだ。
「『喜んで』、だと。全く。私には声も掛けてくれんのか。悲しいものだな」
「ごめんね。だってアテナちゃんは傭兵の国行きづらいだろうし、服のことも興味なさそうだし」
魔獣に対して過度の敵意が残る傭兵の国。似たような魔力生命体である竜種アテナは存在として特異。露見するリスクを考慮しての留守番。
対してルナリア。彼女も魔獣。アテナより直接的な非難が予想される。それでもゲルダが頼ったのは、彼女が初めから人の形で生まれてきたから。アテナのように後天的になったのではないからよほどのことがない限りバレない。
「……女王の知識がそれほどのものであるとは。確かに私の知識と合わせれば」
「よし! じゃあ」
「だが、あと一つ足りないな。やはり基準となる『物』が必要だ。それをベースにパズルを組まなければ途方もない作業になる」
アダンの言う通り。現状はようやくピースが足りた程度。今できるのは形の同じピースを完成形も知らないまま組み合わせるような作業だけ。終わりの見えない、無意味な作業に成り下がる。
「だから、もう一つを埋めよう。こういった仕事は、彼が得意だろうからね」
◇
「これ、ミツキくんが借りてきてくれた服! 全部このお店のだって! 時代とか、時期とかはわかんないけど、って」
紙袋の中身は溢れんばかりの服の山。一見して共通項のないばらばらのカケラ。ミツキが人々に頭を下げて、拾い集めた希望のカケラ。
「……これは百年前か……その辺り、それでいてこの裁縫技術……いくつか心当たりがある。簡単にだが製図しよう。ゲルダ君はそれを清書してくれたまえ」
「その近辺であれば、流行っていたのは……これ、これ、それと、これですわね。アダンさま、これについては知っているかしら?」
「……ああ、わかるとも。それもこの店だろうな。使っていた生地も糸も似ている」
それを一見しただけで、二人からとめどなく知識が溢れ出す。その服が作られた時代。ルーツを同じくする服の存在。同系統の技術。検索エンジンに一つキーワードを当てはめたかの如く。さながら歴史を跨いだ壮大なパズル。この二人はそれを、楽しそうに埋めてみせる。
ただ現物の生まれた時代周辺を探り当てるにとどまらない。ルーツを辿り、連なったシリーズを根こそぎ探し当てる。
そしてそれに必死で追いつこうとするゲルダの製図。彼女は魔法使い。独自の魔法を作る際、よく絵を描いていた。それに育った環境から、家族の服を限られた材料で繕うこともあった。さまざまな経験が結びつき、可能性が開く。
◇
「これ、もしかして全部……」
駐屯所、その中を埋め尽くすほどの製図の山。帰ってきたリィンが踏み入ることすらできないほど雑多に広げられた光景。
「あ、おかえり、リィンちゃん……つかれたぁ。もう腕動かないや」
「私も、頭の運動は久しぶりで面白かったですわ。対等にお話しできる方がいたのは驚きでしたが」
「私も驚いた……ふむ、なるほど。貴女は」
「……少し気色悪いですわね、アダンさま。あまりじろじろ見ないでいただけます?」
ここでもアダンは悪癖を発露。ルナリアの知識から、おおよそどういう存在かまで辿り着いた。結果、研究欲が炸裂。ルナリアの不興を買ってしまう。アテナの件で学習しておけば悪い関係にはならなかっただろうに。
「ゲルダちゃん、頑張ってくれてるってきい、て」
「あ、おばあちゃん! 全部じゃないかもだけど、これ、見てみて」
ふらふらと中に入り徐に製図を手にする店主の老婆。無言で、幾つか。長い時間。ともすればゲルダには製図していた時間よりも長いように感じられる時間。張り付いた沈黙は息を飲むことすら躊躇わせる。
「あ、る。無くなったものも、ずっと前に無くなってしまったものも……」
崩れないように、千切れないように。いくつかを集めて胸に抱く。それ以上言葉はなかった。声も上がらなかった。
ただ、その光景だけで、ゲルダの行いは、報われたのだと分かった。
◇
「これからも大変だよね。今度は守ること考えないと。明日はカイに来てもらって、罠のこととか考えようね。あと保存方法も……そうだ! 今度ジェレンさんに聞いてみよ!」
目的を果たすとルナリアもアダンも早急に帰っていった。ルナリアは執務があるから。アダンは恐らくルナリアについてレポートでもまとめるのだろう。他人には言わないようにゲルダが言っておいた。それを無視するような人間とは思っていないが、やけに心配にさせるのは日頃の行いのせいか。
「ゲルダちゃん。私から言うのも変だけど、ありがとう」
リィンは店にまで製図を運び終えるとゲルダに一言。リィンが抱えていた思いは、店主に勝るとも劣らない。
「あたしがしたくてやったことだから。みんなが幸せだと、あたしも嬉しんだ! えへへ」
ついミツキのようなことを口走る。それに気づいて照れ臭くなったが、言い直すのも失礼だとはにかんでみる。
「今度、ウチに遊びに来てよ。お母さんも、きっとお礼がしたいと思うから」
「わあ! 行く行く! 楽しみ!」
ゲルダが飛び回り、多くの人の助けを借りて、ようやく得たのはそんな約束だけ。釣り合わない。割に合わない。だけど。
それが彼女にとっては、宝石のような報酬だった。




