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二章 十六話 『struggle days  -カイの場合②-』

 四日目、深夜。カイ視点。


「貴族区、六番地。足元暗くなっておりますのでお気をつけてお降りください」


 深夜、終電に乗り込んで目的地に向かう。



『……どうしても行くと言うのなら、貴族区の六番地。そこに国内四つの出入り口のうち一つがある。そこを出て少し歩けば右手にすぐ洞窟が見えるはずだ』



 渋々カイに情報を与えた店主。黙っていることもできたのにそうしなかったのは、彼もまた何かに縋りたかったから。まだ若いカイが危険を犯すこと。それを見守ってしまう程に追い詰められていた。


「なおさら、放ってはおけないでしょ」


 暗闇の中を歩むカイの目の前に出入国口が現れる。リベラからもらっていた入国証。それをかざして扉を開く。


「武器はある。魔力も潤沢。外の魔獣も……うん。ざっと確認した感じ無し。運はこっちに向いてる。さっと済ませて仮眠はとりたいな」


 カイの背には弓と矢が。腰にはナイフ。フル装備でカイを追い詰めることができる魔獣などせいぜいスフィンクスくらい。しかしあれは希少な魔獣。この世界でもそうそう出会うことはない。



「ここ、かな……何だか、あの日を思い出す」


 しばらく歩いて見つけた小さな洞穴。そこに吹き込む風が耳を掠めて小さく音を鳴らす。夜風の寒さが身体を刺すように感じるが、ゲルダの魔法を思い出して何でもないと笑ってみる。


 思い出したのは、ひと月以上前になったあの日。大切な彼と出会い、彼が大切なものを失った日。その舞台となった、霊廟。だからか、妙に嫌な予感がする。


「明かりは……よし、点けれるな。便利便利」


 カイは懐から小さな筒のようなものを取り出し、捻ってみる。するとその先端から明かり。現代でいう懐中電灯。彼は知らなかったそれを使い、進む先を照らす。吸い込まれるような暗闇に、光の穴が空いた。



「あのおじいさんでも大丈夫って聞いてたけどっ……乱気! 旋刃!」


 洞窟に入ってすぐカイを迎えたのはコウモリの群れ。それもただのコウモリではない。魔獣の血を体に取り込んだ変異種。それが群れを成して襲い掛かる。


 迎え撃つために風の刃を重ねて周囲に放つ。無傷でやり過ごすが、洞窟の壁が削れて地面に土が溜まる。


「──これは思ったより」


 夜行性の生物。それが活発。数も多い。恐らく店主が来なくなったことも一つ理由にあるのだろう。彼がきていた頃と比べても危険が増している。想像できたはずの事態だが、はやるカイには想像もつかなかった。


 加えて狭い空間がカイを苦しめる。カイの魔法は風。柔軟に姿を変え、補助にも攻撃にも転用できる汎用性が売り。攻撃魔法としては広い範囲を制圧することに長けている。だが、裏を返せば広い範囲を伴ってしまう。この狭い洞窟。壁を削り続ければ生き埋めになる恐れが残る。カイの強みの一つが封じられる。


「──面倒そう、だ!」


 再度、コウモリの群れ。今度はそこに混ざって魔獣。獣の国(アニマ)でも対峙した巴巳(ともえへび)


 カイは魔法の使用を停止。肉体強化に尽力することに決めた。得物はナイフ。弓矢を使うには敵の密度が高い。番えるうちに追撃が来る。それは避けたい。できるだけ、無傷。店主に後ろめたさを与えないように。


 まず処理するのはコウモリ、ではなく巴巳。コウモリはまとわりつくだけだが、巴巳は絡みついてこちらの動きを制限する。一度捕まってしまえば他の魔獣と合わせて一瞬で致命に繋がりかねない。


 まずはナイフの投擲。巴巳の体を地面に刺し留める。しかし、カイは手ぶらに。向かい来るコウモリを処理できない。


「あまり野蛮な真似は嫌いなんですけど、ね!」


 持ち合わせるのは弓と矢。機能しないそれを除いては一つ。それは己の肉体。


 強化を経た肉体を駆使しコウモリを掴み、握りつぶす。純正の魔獣であれば難しかっただろうが、このコウモリの基盤はただの獣。強化さえすればまさしく一握り。


 それを敵の数だけ繰り返し、処理。終わったところで体を悶えさせる巴巳へと向かい、ナイフで両断。


「ふぅ。仮眠、諦めた方が良さそうだ」


 思いの外、数が多い。単体の脅威度は低いが、その分群れで来るのが厄介。一気に深く潜るつもりだったが、思い直す。ゆっくり、その都度迎え撃ちながら前に進む。



    ◇



「少し寒くなってきた。確かこれが合図、だったっけ」



『花は寒い場所に咲く。洞窟の最下層には海水が溜まっているが、そこに近づけば気温も下がる。それが合図だ』



 獣を蹴散らしながらゆっくりと、二時間ほど。目的地が近づくのを感じる。肌寒さに混ざって潮の香り。



「あれが、幻想梗(げんそうきょう)


 開けた場所に出たカイを待ち受けていたのは、視界いっぱいの透明な花。それがカイの手に持つ懐中電灯の光を反射してキラキラと輝く幻想のような光景。


 そして。


「……邪魔だな」


 その中に鎮座する、奇怪な姿の蛇。


 八つの首であれば、ミツキは大蛇と称しただろう。しかしそれが有する首の数は、目視できる限りで十三。


 その正体は、巴巳。それが共食いを繰り返し変質したもの。「外套の魔道士」の出現時に逃げ込んだものが狭い住処を巡って争い、やがて一つになった結果。


「「「「■■■■!!」」」」


 いくつかの首が耳障りな鳴き声をあげカイに近づく。残りの首と胴体はそれに引きずられるように地面を擦りながら動く。のたうち回るような様にカイの表情が歪む。


「! くそ、動くな害獣め! 風刃!」


 カイは小さい風の刃を放つ。それが首のうち一つを切断。すると。


「「「「──■■■■!!」」」」


 残りが大きく暴れ出す。その余波で近くにあった花はその花弁を散らし、光をシャワーのように散乱させた。


「まずい……このままじゃ花が……!」


 負けはあり得ない。戦闘力は多少強くなった巴巳。カイの敵にはなり得ない。だが今回の勝利条件は、幻想梗の確保。それもできるだけ多い方がいい。店主が怪我を治すまで賄えるほど。このまま戦闘が長引けば、周囲の花は全て散ってしまう。


 かといって一瞬で勝負を決めようとすれば、カイは強い風を起こさなければならない。


 致命的な噛み合わせの悪さ。任務の内容。待ち構えた敵。そして自身の魔法。全てが最悪の方向へと舵を切る。


 犠牲にするべきは何か。思考を切り替え次善の策をこしらえる。恐らくは花。多少散らせても、拾えれば最悪薬にはなる。それでいい。それがいい。反対に最も優先すべきは自分の命。これだけは譲れない。自分の命はひとえに、彼女と彼のために。この場面で、引き換えるべきものは何もない。



 何も、ないのに。


「ぐあぁっ!!」


 巴巳の突撃を躱しもせずその身で受ける。図体ばかり大きくなったそれの質量は大きい。小柄なカイは大きく後ろに跳ね飛ばされ背中を打つ。


 選んだ次善の策。それは自分の体を囮に使った位置変え。カイへと突撃する巴巳の体を風の魔法で押し、浮かせ、花への被害を軽減する。


「っ痛……」


 あり得ない選択だった。代わりのある花を守り、代わりのない自分が傷つく。少し前までならば選ばなかった。


 何故だろうか。朦朧とした意識で答えを探す。きっとミツキのせい。きっと今朝のやりとりのせい。


 違う。多分どれも決定的ではない。今の自分を模ったのなんて、たった一人しかいないじゃないか。



『初めまして! これからよろしくね!』



 地獄にいたのはお互い様で。それでも掬い上げてくれた。その姿。あまりにも輝いて見えた、太陽のような君。


「乱……気」


 一瞬だけ、風の刃を巴巳を囲むように内側へ向けて展開する。複数あった首は細切れに。動こうと悶えた体はぴくりと一度動いたっきり静かになる。


「やっと……寝れ、る……」


 複数あった首は細切れに。


 ただし。


 守られるように、内側に入っていた一本を除いて。


 それがカイの首に迫り、牙が触れる。



 その瞬間。


「雷光」


 迸る雷撃。すっかり細くなったその体は黒く焼け焦げ、そのまま魔力の粒子になって消えていった。


「よお。お疲れって感じだな、カイ」


「なん、で、あなたがいるんですか……ミツキさん」


 

    ◇



 五日目。午前ではなく、午後。すっかり昼前まで眠りこけたカイは結局午前の訓練を休むことに。そして。


「お邪魔します」


「ああ! 無事だったか、よかった!」


 仕事までの空き時間に十番街の薬屋を覗きに来たカイが見たのは。


「ありがとう、ありがとう! きみが、きみが、私の恩人だ……!」


 動けない店主が、大量の花を抱えて自分に頭を下げる姿。


 でも欲しかったものはそれではなく。


「──は、はは。そっか。これが、二人の」


 自分が、誰かを救えた。そんな、傲慢にも思える肯定感。


 自分の、なくなっていたはずの価値が、誰かに認めてもらえる。そんなこと。


「なんだ。そんなことだったんだ」


 特別に見えていた二人。そこに、やっと自分も加われたような気がした。

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