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序章 六話 『キセキは光り輝く』

「それじゃあミツキくんって」


「そう、この世界じゃひとりぼっち。でも先生──友達がすぐに出来たから。それは幸運だったよ」


 霊廟。その地下室でしばらく三人は会話をしていた。最初は早く去ろうと考えていたが、ミツキは体力が、ゲルダとカイは魔力が。そして全員精神が、それぞれすっかり減ってしまっていた。なので一度、休んでから外に向かうことに決まった。


「じゃあ、僕たちと一緒だ」


 聞いたところ、二人はここから外れた場所で暮らしていたが、目が覚めるとこの付近にいたらしい。外れたところ、とは言ったが厳密には異なるのだろう。その様子から考えると、自分と同じような境遇なのかもしれない。ミツキはそう認識していた。


「あたしたちも、最初に会えたのがミツキくんでほんとよかったぁ! 他の人だったら……生きてなかったかも」


 二人は、自分達の住んでいた地方では迫害があったと語る。戦闘前のゲルダの態度はそれが理由である。他者に対する過度の嫌悪、拒絶。底抜けに明るい雰囲気で話す目の前の少女に、そんな感情を抱かせるほどのもの。その苛烈さは、詳しく説明されずとも理解できた。


「信じられないけど……そうなのか……」


 ミツキはその事実に愕然とした。奇跡(ギフト)を中心に構成された応報輪廻のシステム。それがあっても、人は必ずしも善人にはなれないらしい。今自分がいるのは幸せな世界だと、信じきっていたことを恥じる。


「そりゃそうか、魔獣だっている。奇跡の格差もある。完全無欠に幸せな世界なんて難しいか」


「あたしたち、その……ぎふと? それのことも知らされてなかったんだ。ぜんぜん世界のことなんて知らなくて。他の人はみんな、こわい人ばっかりなんだって思ってたから」


 この霊廟に入り込んだのもそれが理由である。「外套の魔道士」の出現によって、魔性の国(ファタール)のすぐ近くに駐屯しなくてもよくなった自警団。それに伴って巡回範囲を拡大したため、二人は人と出会うことに。そのまま逃げ込むようにして霊廟の奥へと入っていったのが、今回の顛末であった。


「多少は戦えると思って油断してたところはあったと思います。母が優秀な魔法使いだったから、自分達も、って。手も足も出ないほどの怪物がいるなんて、想像もしてなかった」


「あんなのは流石に例外だからね? 普通にすごいよ、霊廟の中の魔獣根こそぎ倒してたの二人でしょ? やっぱり子供の頃から魔法に触れてると違うね」


「隠れながらですけどね。仕留め損ったのもけっこういますし」


 ミツキが霊廟に入った時に感じた違和感。それが二人によってもたらされたことを知る。カイは謙遜しているが、驚きは隠せない。


 ゲルダは16歳。聞いてはいないが、カイはそれよりも幼いことになる。自分より小さな存在が魔獣という怪物に立ち向かえる。そのことに尊敬と、同じくらいの憐憫を抱く。



「……戦わないなら、その方がいいのにね」


「?」


 小さく呟く。ほとんど無意識だった。ミツキは自分の中にそんな考えがあったとは思わなかった。


 同じように戦う奇跡(ちから)を与えられ、それを喜んでいたのに。他人にはそんなことを思うのか。


 傲慢、自尊。なんだか嫌な感情のような気がして、ミツキはその考えに蓋をした。



    ◇



「っし! 気力も体力も満タン!」


「あたしもまんたん! いつでもいけるよ!」


 すっかりミツキになついたゲルダ。彼女はミツキの真似をして、勢いよく立ち上がる。


「僕はもうちょっとかかりそうだけど……うん、誤差だし、二人が大丈夫ならいいですよ。姉さんが無理をしていないなら、だけど」


 心配性のカイがそう言って念を押す。それにゲルダは不満そうな声を上げた。


「なによー! かわいくないなー! 昔はもっとおねえちゃん、おねえちゃんって言って後ろついてきてたのにー! もっとそんけいしろよぉ!」


「そんな記憶ないんだけど……というか尊敬はしてるしてる。心配だっただけだよ。姉さん、たまに無茶するから。さっきだって」


 二人の関係性を見て、ミツキはまるで反対だな、との印象を抱いた。性格も、年齢の上下も。それと一緒に、懐かしい感覚が蘇る。仲の良かった弟がいた。その日々も記憶の底の方に落ちてしまったが、二人を見ていると思い出してしまうのを止められない。


 二人に、弟との関係を重ね、そして、二人ともに弟の面影を重ねる。


「それで、本当にいいの?」


「うん。二人じゃどうしようもないし、やっぱり他の人はまだこわいし……でもきっと、ミツキくんといるなら、きっと安心だから!」


「カイは? それでいい?」


 カイはゲルダほどミツキに心を許していないように見えた。それでも、こう答える。


「もちろんです。僕、姉さんほど表情に出ないけど、ミツキさんのこと、本当に信頼してるんです」


 ──出会ったばかりなのに、出会ったばかりだからこそ。命をかけて助けてくれた。その事実だけで。


「──オッケ。じゃあ行こうか!」


 その言葉に熱いものが込み上げたが、平静を装って音頭をとる。


「おー!」



    ◇



 三人は一度、魔性の国に向かうことにした。この辺りの地域に妙な偏見は蔓延っていないと信じているが、念のためにまずミツキのつてをたどり暮らしの基盤を作ることから始めることにする。


「ただ、先生には会わなきゃだよな……大丈夫かな……」


 ミツキはアダンのことを信頼している。だからこそ、アダンの学者気質が二人に対して悪影響となるのではと危惧していた。


「ミツキくんが大丈夫っていう人なら……うーん……ちょっと怖いけど、がんばる」


「そこには人もたくさんいるんですよね……ちょっとずつ慣れていかないといけないな……」


 不安を隠しきれない二人。ミツキは、不安を和らげるために何かできることはないかと思案するが。


「ミツキくんがいっしょならだいじょぶだいじょぶ! こわくないよ! ね? カイもそうでしょ?」


「まあ……そうだね。ミツキさんも、姉さんも一緒なら」


 余計なお世話だったようだ。二人はまだ子供。だからこそ成長していく。健全な地にいれば、きっと少しずつでも前向きになれる。


「それで、少ししたら二人の故郷のことも調べないと」


 いつか来たる別れを考えると、少し寂しさが込み上げる。出会ったばかりでも、異世界で出会えた年の近い友人。ミツキから二人への感情も、思った以上に重いもののようだ。




 階段を登る。暗かった視界が明るくなり、手元にある魔力で形成した灯りを消す。


「ぜんぜん魔獣いなかったね。ミツキくん全部やっつけちゃったんだ」






 違和感。電流のように全身を駆け巡る。






「流石に魔力が足りなかったからね。暗かったし、地下の魔獣はだいぶ無視して進んだから。思えば、少し引き返せば良かったんだけど」



 違和感。違和感。違和感。


 言語化できない異変が、ミツキの脳を支配していく。



「知らない人がいて冷静じゃなかったね。お姉ちゃんなのに、しっかりしないとだね」



 おかしい、何かおかしい。まだ終わっていない。帰るだけのフェーズには至っていない。


 鼓動が全力でアラートを鳴らす。そんな奇跡は持ち合わせていないのに、心臓の近くがざわついて止まらない。


 

 すると階段の下から



 見覚えのない機械。多足をカチカチと鳴らしながら、円筒状の体がゆっくりと、階段の下から現れる。


 それが手として有するは、透明のガラス管。しかし、槍のような、針のような鋭さ。



「! 危ない!」



 その形からは考えられないほどの速度。体の下部からジェットを噴出し、高速で三人へと肉薄する。


 ミツキは背後にいた二人を咄嗟に横に突き飛ばす。急なことで二人は受け身も取れずに転がるが、大した外傷は負っていない。



「ミツキくん!」



 機械はアンプルのような針をミツキの胸に突き立てる。



「っく、そ……があっ!」


 

 肉体に回す魔力を患部に集中させ、深く突き立てられるのを防ぐ。痛みに思考を奪われそうになるが踏みとどまった。先の戦いで一度体感していたことが功を奏したようだ。

 結果受けたのは、ほんの一寸の刺突だけ。ミツキはそれを引き抜き、すぐさま止血のための魔力を回す。



「──は?」




 すると体の中、駆け巡り充足していたはずの(それ)が欠けていく。初めての感覚。止血の痛みを忘れるほどに痛烈な感覚。





 機械は停止する。まるでフリーズしたパソコンのよう。実行不可能なコマンドを、無理矢理ねじ込まれたかのごとく。




 ミツキは停止する。まるで




「なんだよ……それ……」




 糸の切れた人形のよう。




 記憶喪失の人間が、唯一の頼みを奪われたかのごとく。




 機械が炸裂する。これ以上五つ(それら)を留めておけないのか、小さく煙を吐いてがらがらと崩れ去る。



 アンプルの中には五種の光。



「やめろ」



 それらがアンプルの爆発と共に高く高く飛んでいく。



「こんなの」



 同時に、消えていることに気がつく。



「あんまりだろ……!」



 ミツキの体から、あったはずのナニカが。



 ようやく得たはずの応報が。







「なんだ。魔獣もおらず、もぬけの殻かと思えば。こんなところに人がいるとはな」



 見知らぬ誰かが声をかける。長い黒髪を揺らしながら、鋭い目をした男が近づく。



「貴様らは、そこで何をしている」



 長い黒衣をたなびかせながら、一歩一歩近づいてくる。


「いや……ちょうどいい。一つ、聞きたいことがある」



 男が取り出したのは。



()()が何か、知っているか?」



 飛び去ったはずの光、その一つ、紫色。



 その男の手には、ミツキが今しがた失った輝きが携えられている。



 まるで新たな主人を見つけたかの如く、燦々と。



「……なるほど、貴様が『外套の魔道士』か。であれば、合点がいった。人助け。報酬も望めない善行を積んでいたというわけか。敬虔なことだ」



 内に眠っていた時より、ともすれば強く。




「──あ」



 揺蕩うようにゆらめく光に、ミツキは目と、心を奪われた。

 ──それが、自分の恐れていた力であると気づいていても。止めることができない執着が蠢めく。






「ああああああああああああああああああああああ!!!!」




 五つの奇跡。ありえざる応報。ミツキはそれらを、一度に失った。

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