二章 十五話 『戦いの日々は折り返し』
◇
四日目。夜、宿舎にて。
「「何許可してるんですか、団長!」」
「だぁと思ったよ、過保護ども。ゲルダももう子供じゃねえってこった」
その日の夜。予想通りミツキもカイもゲルダを一人行かせたディエスを攻める。
「まだ子供ですよ! 何考えてるんだ、姉さんも……」
「俺、今から迎えに」
「ただいまー!」
二人が重度の興奮状態に陥っていたその時。ゲルダがちょうど帰宅した。ディエスが見送ってからほんの二時間ほどの出来事。
「おう、おかえり。助かったぜ。もう一秒でも遅いとこいつら爆発するとこだったぞ」
「もう、しょうがないなあ。あたし二人がちゃんと大人になれるか心配だよ」
「この、姉さん……こっちの気も知らないで……夜は少ない魔獣でも危険なんだよ」
「でも、無事でよかった……なんの用事だったの?」
「うーん……ナイショ! 上手くいってから話すね!」
「姉さんも帰ってきましたし、明日の予定を確認しましょうか」
配属の問題。午前と午後のどちらにするか。場所は誰がどこを担当するか。決めることは多い。
「ごめん、あたし明日も五番街がいい」
ゲルダは三日連続で五番街を所望。理由は昼の事件が関係している。都合がいいことに、五番街はその性質上人手が常に足りないため毎日配属先として設定されている。
「……僕はどこでも。ただ、仕事は午後がいいです。それとディエスさん、明日の訓練、朝僕が来ていなかったらですが、その時は不参加と皆さんに伝えておいていただけますか?」
カイも要望を挙げる。午前を空けておいたのは念のため。深夜に花を取りに行くミッション。予定外に長引くことも考えなくては。彼の性格上念には念を。
「……分かった。一応覚えておいてやる」
「俺は空いたところで大丈夫。今日はわがまま言ったしさ」
フィルには十番街と伝えていたが、前わがままを言った手前今回も、というのは憚られる。フィルも予定があると言っていたからちょうどいい。空いた場所へ入ることに。とはいえ、結果として十番街になったのは幸運か。
こうして五日目の配置が決まる。
ゲルダは午前中に訓練。午後は今日と同じ平民区五番街。
カイは午前中に訓練。午後は貴族区八番地。
ミツキは午前中、平民区十番街。午後は訓練。
「明日も頑張りましょう。おやすみなさい」
「「「おやすみ」」」
◇
その深夜。
「おい、どこ行こうとしてんだ? 出歩く時間じゃねえぞ、子供」
外に向かおうとする人影。それを見て咎めたのはディエス。足音に目を覚まし。
「『夜は少ない魔獣でも危険なんだよ』、じゃねえのか、カイ?」
外出しようとするカイの前に立ち塞がる。
「起こしてすみません。でも、仕事がありまして」
「無えな。騎士団が未成年に深夜労働なんて有り得ねえ。ったく、今日は一体どうなってんだ……説明しろ、分かるようにだ」
「……はあ……分かりました」
話し合い無しで先には進めないと観念。自分一人の中に留めようとしていた事情を話す。
「なるほど。事情は分かった。それなら俺も」
「ダメです。ディエスさんは訓練に集中を。自警団のことを考えてください。これはどこにも所属していない僕がやるべきだ」
誰に割り振っても負荷がかかる。日中の活動に支障が出る。それならば、全て自己責任が通るカイ一人でなんとかするべき。そう考えての行動。
「……マジメくんはこれだからタチがわりいんだよ。はぁ。朝までには帰ってこい。訓練のこと言うんならお前もしっかり参加しろ」
「──僕から言っておいてなんですが、良いんですか?」
「どいつもこいつもガンコで俺の言うことなんか聞きゃあしねえ。仕方ねえだろ」
だからと言って諦めている、というわけでもないらしい。カイの実力はディエスも目の前で見てきている。滅多なことでは危険などないだろう。それでも止めようとしたのは、彼に自分の価値を見せつけるため。「自分が」、そう言って自己犠牲を躊躇わないカイに、確かに心配する人間がいるのだと伝えるため。
「──ありがとうございます。じゃあ行ってきます。朝までには戻るので」
カイは賢い。ディエスの行動の意味がわからないミツキのようなタイプとは異なる。僅かなやり取り。それが重石のようにのしかかる。それで留まるのなら、とディエスは考えていたが、そうはならなかった。よっぽど成し遂げたいことが出来たのだろう。
勇み足で駆けていく。その姿を見送りながら独りごちるディエス。
「マジで、放っておけねえ奴らだ。ガキの頃の俺よりひでえと思わねえか、旦那よぉ」
◇
「おりいって、キミに頼みたいことがある、ディエス君」
傭兵の国への遠征が決まる前。ディエスを呼び出したのはアダン。珍しく真面目な様子。
「珍しいな、旦那。俺に頼みたあ何ごとだ? ミツキか?」
「相変わらず賢しいことだな。さすが悪童。大学時代のキレは衰え知らずと言ったところかな?」
「毎度毎度、相手おちょくらなきゃ話しもできねえのかアンタは……けど、俺にできるこたあ少ねえぞ? そもそも俺はこの国を離れるつもりはねえ。ちとしんどいことさせるが、団員を向かわせる予定だ」
ディエスが離れないと言うのは何も戦力面だけの話ではない。単に彼が離れたくないのだ。
「ほんの数日だろう? それでも」
「それでも、だ」
「──墓の手入れくらい、数日」
「──おい、いくらアンタでもそれ以上はよせ。頭に血が昇る前に口を閉じろ」
突如、アダンの胸ぐらを掴み持ち上げるディエス。いつもは風貌に反して知性を孕んだ顔つきの彼。それが一瞬で猛り狂う野獣のように変貌する。走った青筋は今にも皮膚を突き破り赤い血を流しそうな様子。血走った目は一体何を見ているのか分からないほど。それでも理性を保つのが、彼の知力を証明すると言うのは皮肉な話。
「──彼らは」
その状態でも顔色が変わらないアダン。常人ならば獣を眼前に捉えているのと同じように恐怖するはず。もしくは負けないようにと力が入るはず。アダンはそのどちらでもなく、まるで講義でもするように、淡々と、変わりなく。学生に言い聞かせるかのごとく。
「彼らはまだ若い。その上に、全員が全員自分の価値を下に見ている。これは由々しき事態だ。そうは思わないかね?」
「……ああ。どいつも自分が犠牲になるのをビビってねえ。アテナの姉御とやり合った時に感じた。全員矢面に立とうとしやがる。気色悪いくらいだ」
それは全員がお互いに、命を救けられたと感じているから。他人のことならいざ知らず。こと三人のことになれば、一人が動けば自分のことなど投げ打って他方を助けに動く。特に。
「ミツキ。アイツはやべえだろ。一回死んでるくせに、まだ死のうとしやがる。怖くねえのか」
死の恐怖。漠然としたままでしか人はそれを捉えられない。それが恐怖の理由だとも言えるだろう。しかし、知らなければ痛みを怖がるだろうか。知らない食べ物を苦手だと断じられるだろうか。経験は必ずその恐怖を補強する。不明だった頃の記憶に上乗せするように。
だからこそ、それを振り払って死地に迎えるミツキは、異常。見ようによっては人を惹きつける魅力。しかし言い換えれば放ってはおけない危うさ。そして、一歩踏み込みそれを目の当たりにすれば、彼に狂気を見出すだろう。
「それを、止める人間が必要なんだ、ディエス君」
「リベラの兄貴……向こうの騎士団じゃ不満か?」
「彼らは他人だ。対して、キミは」
「──ちっ……分かったよ。ただし」
この問答、初めから自分に選択の余地が無かった。そう気づくディエス。いくら権謀術数に長けていても、相手がアダンでは分が悪い。年季の差か、それとも。
「俺の代わりに墓の掃除は欠かすな。それが条件だ」
失ったものの差か。
三人に、失った家族を見出し始めていたディエスは、断ることなど出来なかった。




