二章 十三話 『struggle days -ゲルダの場合①-』
四日目。ゲルダ視点。
「じゃあ姉さん、くれぐれも無茶は」
「わかってるよー。また後でね」
午前中の訓練はカイと別れて魔法の指導にあたることとなっていた。
「おはよー! 今日もよろしくね!」
「おはようございます、ゲルダさん」
「今日もご指導、よろしくお願いします!」
前日、すでにカイと共に隊員の魔法指導を行っていたため、隊員の多くとは見知った状態。指導技術の高いゲルダは隊員たちから慕われている。
「じゃあ何から始めよっか? 昨日は魔法の複数展開についてだったから、広域制圧でも……」
「ああ、アナタがゲルダさんですネ。はじめまして」
ぬるりと隊員たちの後ろから現れたのは初老の男性。白髪混じりの黒髪はだらしなく肩の辺りまで伸びている。やや猫背だからか髪で表情が隠され、怪しげな雰囲気に拍車がかかる。騎士団の制服の上に白いマントを羽織っている姿も、その正体を曖昧にするようで。
「え、と。ごめん、なさい……」
「?」
「ジェレン隊長、ゲルダさんは」
その雰囲気に気圧され思わず後ずさるゲルダ。事情を知っている隊員が間に入り耳打ちをすると。
「フム、なぁるほど。これは悪いことをしました。ワタシはどうも人に距離を取られるようでネ。自覚はあるのだがこればかりはどうも」
するとジェレンと呼ばれたその男は右の掌を上に掲げて。
「! すごい。炎の鳥……詠唱も呼名も無しでこんな複雑なの」
魔法を行使する。使用したのは炎。それを小さな鳥の形に形成し微かに動かして見せる。複雑な想像を要する魔法。それを自己紹介がてら、片手間で放つ実力。
「隊長さん……なん、ですか?」
「あまり肩書は意味がないですけどネ。気安く話してくれる人がいなくなって困るばかりですヨ。ワタシはジェレン。四番隊の隊長を務めています。お見知り置きを、ゲルダさん」
「じゃあジェレンさん、三属性も使えるの?」
「エエ。炎、風。それと変異した木。ワタシの数少ない自慢でしてネ」
魔法の使い手。それも高次元。ジェレンは騎士団の魔道士の中で頂点に立つ存在。ゲルダと近い視座で会話ができる。最初の魔法をきっかけにぐんぐんと距離が縮んでいった。
「初めは魔法を研究したいと思って騎士団に入ったのですけどネ、時間をかけたおかげで大した能力もないのに隊長にまで。まあ研究資源に不便がないのは嬉しいですけどネ」
「へえー。じゃあ、『古式』の魔法のことも?」
研究者としての自分。ジェレンはそこにアイデンティティを置いている。騎士であることにも誇りはあるだろうが、おそらく二の次。かといって民草を疎かにしているわけではない。彼の研究はひとえに無辜の民のため。より多くの彼らを救うために。
その姿を通してゲルダは一人の知人を思い出す。アダン。彼もまた知識の探求者。それと同時に、人のために、人の可能性を追う者。
ついでにアダンを通して学んだ「新式」と「古式」という魔法の違いを思い出す。目の前のジェレンならば何か自分達の手がかりを知っているのでは、と。
「ハイ。昔一通り研究しましたヨ。サンプルが少なくて難儀しましたがネ。確かゲルダさんは『古式』を使われるとか。非常に珍しい。一体どこの地方から来たのでしょうネ」
「そっか、ジェレンさんでも」
「可能性としては魔法の国の北西部でしょうか。あそこは古い慣習が残っているともいいマスし。最近は魔法の国で転移魔法の実用化がされているなども噂されていますネ。その副次効果というのももしかしたら」
思わぬ収穫。ゲルダの故郷、その候補について一つ手がかりが手に入った。今回の一件を終えれば魔法の国へと赴く予定であったが、その版図は広大。当たりをつけることができたのは非常に大きな価値がある。
「ありがと、ジェレンさん!」
「お役に立てたなら嬉しい限りですネ。代わりにと言ったら変ですが、ワタシの魔法、少し見ていただいてもよろしいカナ?」
「? うん、良いけど……あたし役に立つかな? ジェレンさんの方が詳しいと思うけど」
「それはどうでしょうか。他でもないゲルダさんだからこそお見せしマス」
ジェレンは魔法を行使するのではなく、懐から一枚の紙切れを取り出してゲルダに見せる。一見して何の変哲もない紙。しかし見るものが見れば分かる、変哲。
「嘘……これ、中に込められてるの、「魔法」だ……それも、かなり複雑。母さんとあたし以外にこんなことできる人が居たなんて」
「ホウ。やはりあなたには可能でしたか。エエ。この紙にはワタシの魔法が入っていマス。ただ、アナタのように技術で組んだ訳ではない。奇跡。ワタシには『変換式』という能力があるのですヨ。魔力を魔法以外の異なる形に変換できる。さっきの火の鳥もその応用ですネ。ワタシはそれを魔力ではなく魔法にまで転用し、文字に変換して保存していマス。魔力を流して励起させれば誰でも使えるので、隊員には一、二枚配っているのですヨ」
「奇跡……」
「せっかくの機会ですから。隠すより晒した方がお得だと思いマシて。アナタはこの仕組みをどう見マスか?」
ゲルダも似たようなことができる。例えば石。それに魔法を込める。するとそれを起点に冷気や凍結を引き起こす。しかし、原理が異なる。
「……あたしの場合は、起点としての価値を物に置くの。そこを基準点として一定範囲の世界を書き換える感じ。つまり、『現象を書き換える石』っていうのを魔法で作ってるってこと。でもジェレンさんのは違う。その紙に別の世界を保存してるんだ、多分」
「──ホウ。魔法が世界の書き換え、だと。面白い考えだ」
「『新式』だからかな。紙の中に世界、つまり現象がすでにあって、それを外に出すのに魔力が必要なんだね……うん、これなら誰でも扱える。けど使い手ならもう少し使い方に幅ができると思う」
見知らぬ体系であってもすらすらと紐解いていくゲルダ。先ほどまでの雰囲気と打って変わった様子にジェレンでさえも舌を巻く。長年かけてやっと手が届いたと思っていた魔法の真髄。それに彼女はこの歳で、否、もっとずっと前から。
「幅……というと?」
「例えばだけど、魔力を流して魔法として完成させるでしょ? そうするとその紙は魔法として使い手の想像に依存する状態になるの。だから、励起させておいて、壊れる前ならいつでも好きな時に発動できるように準備できるはず。他の人とは想像が地続きじゃないから難しいけど、本人なら」
「──なるほど、リモコン、というやつですネ。主電源さえいれればいつでも操れる、と」
感心よりも、嫉妬よりも、最初に来る感情があった。
絶望よりも、諦観よりも、遥かに大きな感情だった。
「素晴らしい」
──喜び。
自分の知識がさらに上のステージに向かう。昂りが抑えきれない。絶頂するような感覚に体の震えが止まらない。彼女の内包する世界に当てられたように、芯から凍りつくようなそんな感覚。
「わ、大丈夫、ジェレンさん?」
「すみません! お話のところ悪いのですがゲルダさんに質問が」
「あ、うん。ちょっとまってね。今ジェレンさんが」
「──イエ。問題ありませんヨ。彼らのところに行ってあげてください」
しばし心配そうに見つめていたゲルダににっこりと微笑んで送り出す。それを見た隊員によれば。
見たことがないほどの、満面の笑み。恐怖すら覚えるほどの澄み切った表情。
「──アア。運命。くだらないと思っていましたが」
──存外、馬鹿にならないものですネェ。
虚空に向かい呟く。それは果たして、誰に向けられた言葉だったのか。
◇
「駐屯所、相談室みたいになっているらしいですよ」
「ミツキくんらしいね。待ってても来ないだろうし先いこっか」
午前の訓練。カイと合流してミツキを待っていたが姿を現さない。待っていても埒があかない様子だったのでゲルダとカイは一足先に訓練所を後にする。
その折り、カイの様子がいつもより柔らかいことに気づかないゲルダではなかった。だが。
「じゃあジェレンさん、またね」
「エエ。暫くは来られませんが、またいずれ」
それを直接尋ねるほど野暮でもない。ジェレンと隊員たちに別れを告げると自分の担当地区に向かっていった。
◇
平民区。五番街
「あら、ゲルダちゃん。いらっしゃい。今日もこっちなのね」
「うん! ただいま、リィンちゃん!」
駐屯所には一人の隊員。銀髪のリィンという女性がいた。体格は恵まれたようには見えないが、この世界では身体能力の差が魔力、魔法、奇跡によって埋められる。だからか歴史的にも女性差別のようなものがなかった。そのため、男女の区別なく騎士団に所属できる。
それでも数で男性に劣るのは、出産の関係。貴族階級は後継を強く欲するため、女性の嫡子は嫁がせることが多かった。リィンの家は珍しくそれにこだわらない。やりたいことを悔い無くがモットーで恋愛も仕事も彼女の自由にさせている。
「あ、おばあちゃんも! 手の怪我もう大丈夫?」
「こんにちわ、ゲルダちゃん。おかげさまですっかり。ちょうどよかったわ。これ、あげようと思って」
「わぁー! ぬいぐるみ! クマ? かわいいね、ありがと!」
ゲルダは前日もカイと五番街を担当していたため、あらかた人間関係はできている。
というのも、五番街は大きな街ではない。木造の民家が立ち並び、川や山といった自然が残る平民区でも数少ないスポット。
もっとも寂れた街というわけでもなく、盛んな職種がある。それは手芸。衣服や小物といった産業が昔から盛んな地域。戦闘に赴く傭兵へと防寒具などを作っていたのが始まりとされているが、今では平民にも重用される。もちろん貴族は言わずもがなである。歴史のある店は今でも貴族区からの客足が絶えない。
「じゃあ私は少し出てくるね。ゲルダちゃんは留守番よろしく」
「? もしかしてまたいのしし?」
自然が残る分危険も残る。開発によって追いやられた獣の多くがこの付近に集まっているため獣害が頻発。穏やかな環境とは裏腹にこの駐屯地は激務で知られている。
「そ。昨日カイくんが罠はってくれたけどあっという間に切れちゃった。行ってくるね!」
それでもリィンはここを勤務地として志願した。理由は困っている人の助けになりたいから。表向きはそう。それも嘘ではないが、彼女にはもっと別の理由があった。それを知るものはここにはいないが。
「いってらっしゃーい! うーん、どうしよ。掃除でもしようかな?」
駐屯地は忙しく暇がないからか物が散乱している。何もしないでいるのも手持ち無沙汰だと掃除に着手したその時。
「助けてくれ!! 向こうに熊がでた!」
「!! うん、今行く!」
獣害。本来であれば駐屯地を留守にするのは望ましくないがあまりに鬼気迫る様子。急いで現場に向かうゲルダ。
「氷花! ……ふぅ……みんな大丈夫? 怪我してる人がいたら見せて!」
周囲に被害が及ばないようピンポイントで片付ける。しかし時すでに遅し。現場は暴れ回った熊によって物が散乱していた。
「──これ、ひどい……」
不幸にもそこは呉服店。貴族にも服を卸す老舗。それが一瞬のうちに廃屋のような有様に。
「……この子、ただの熊じゃないね。魔獣の血が混ざってるみたい。魔力が多い」
変異体。時折魔獣は別の獣と混ざり新たな形を成す。始まりは小さな魔獣だったのだろうが、熊という獣としては強力な個体に混ざったが故の不幸。
「ありがとね、ゲルダちゃん。おかげでみんな、ぶじ、で……」
店主の老婆が声も絶え絶えに頭を下げる。無事なわけがない。築き上げた全てが一瞬で荼毘に伏す。その感覚は知らないけれど、それがどれほど苦しいのかは知っている。隣で見た。彼の顔を知っているから。
「遅くなってすみません! 大丈夫ですか? っあ……こ、こ……」
駆けつけたリィンの表情が曇る。この世の終わりのように青ざめた顔色。
「リィンちゃん?」
「! ごめん! 早く片付けよう。下敷きになってる人がいたら大変」
ゲルダは見逃さなかった。たった一日と少しだが、彼女はとても強い女性だと知っている。絶えず仕事が舞い込むこの街でいつも笑顔を絶やさない。そんな彼女の目に、溢れんばかりの涙が溜まっていたことを。それをこぼすまいと、必死で歯を食いしばっていたことを。
◇
「リィンちゃん、聞いてもいい?」
現場整理を終えて駐屯地に戻ると、ゲルダは意を決して尋ねる。
「──そっか、バレてた、か。まだまだだなぁ、私」
「そんなことないよ。みんなは気づいてない。多分あたしだけ」
「……あのお店、ね。お母さんの思い出のお店で」
彼女は語る。
かつて騎士として名を馳せていた彼女の母。しかし家の都合で引退し、家庭に入らなくてはならなくなった。家を出ることまで考えたというが、観念してその方針を受け入れたらしい。
「随分泣いたらしいの。強い人だったから、それを聞いた時は驚いた。でも、だから私たちにはできるだけ自由に、って」
そんな時に、旦那が一つ贈り物をしたという。当時竜宮で流行っていた着物という服。それをいち早く取り入れた店の自信作。赤々と力強い着物。
「一目惚れ、だったみたい。それを着ている時は、昔の強い気持ちに戻れたって、よく言ってた」
「そっか、それがあのお店……リィンちゃんがここに来たのも……」
「うん……でも、仕方ないよね。無くなったわけじゃない。きっと復興するから、私たちも応援しなきゃ!」
そんな簡単な話ではない。それはリィンも分かっている。失ったのは店だけでなく、蓄えてきた技術書や製図も。彼女の母がかつて身につけたその着物は、永遠に。
「──まだだよ」
「え」
そんなことはさせない。させてはならない。
「まだ、できることはある。一個だけ、あたしに考えがある」
失った。それで終わりか。そうではない。取り戻そうと足掻く人間がいる。やり直そうと立ち上がる者たちがいる。
時として優しく、時として残酷に、人生に現れる運命という名の扉。くぐるだけで終わる。そんなつまらないものではないはずだ。人生は、変えることができるはずだろう。
「だいじょぶだよ、リィンちゃん。あたしが、きっと」
変わっていく彼女が告げる。変わろうとする彼女が奮う。
底辺を知る彼女が立つ。地獄にいた彼女が変える。
「こんな逆境、覆してやるんだから」
運命に吠える。運命と、闘う。
最近推敲する時間が取れていないので、気になる部分があれば容赦なくご指摘お願いします。時間がある時にまとめて直しますので。




