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二章 十二話 『struggle days  -カイの場合①-』

 四日目。カイ視点。


「よろしくお願いします、ラグナさん」


「ああ。君のことは隊員から聞いている。弓の名手のようだな」


 ゲルダと共に訓練所に向かったカイ。しかし訓練の場面では一緒ではなく。


「どうした? 落ち着かない様子だが」


「すみません。ゲルダ……姉が心配で」


 カイは弓の腕前が露見したことにより隊員に教えを請われているところ、ラグナに見つかり合流を進められた。それを見たゲルダが別れての訓練を提案した形。


「なるほど。事情も聞いている。ジェレン殿ならば心配ないだろうが、あまり気になるのであれば」


「……いえ。せっかく前向きになっているので。成長は止めたくありません」


 順調にゲルダは人との関わりを受け入れることができるようになっている。いつまでも自分が足を引っ張ることはできない。カイは恐る恐るだが別々に行動することを受け入れ始めている。


「……君は……いや、やめておこう。早速腕前を見せてほしい。距離の別れた的が幾つかあるが、どれを」


「一番遠いので大丈夫です。行きましょう」




「驚いたな。これほどの精度、俺でも出せるかは分からない」


「恐れ入ります。でも」


 カイが見せたのは最も遠い的、中央への的中。


「少し近かったですね。この倍までなら同じことを再現できます」


 それを十連続。五発目までは歓声が上がっていたが、その後からは沈黙が訓練場に満ちた。


「は。大したものだ。俺が保証しよう。精度において、この世界で君の右に出るものはいない」


「……どうも」


 カイは内心、自分の実力について考えていた。


 いうまでもなくゲルダの能力は頭抜けている。周囲のことを考えずに魔法を行使すれば、この世界の大半は相手にならないだろう。


 そしてミツキ。ほんの一月前までは素人同然の動きしかできなかった彼。それがこの数日でメキメキと力をつけている。無限光(アインソフアウル)まで取り戻した彼は、今や傭兵の国の騎士たちに嫉妬されるほど。ただひたすらに努力を重ねてここまで辿り着いた。


 それと比べて自分はどうか。確かにゲルダに及ばないまでも魔法は得意。戦闘も諜報も得手。だが、特出した「強さ」というものは果たしてあるのか、と。戦闘になれば今の自分は下手をすると。


「荷物、などとは言わせない」


「!」


 ラグナは突然、そんな言葉を投げかける。まるで心を見透かすように。


「安心してほしい。俺の奇跡(ギフト)は確かに他人と内心での意思疎通を可能にするものだが、強制はできない。あくまで推測だ。これでも、君と同じような経験はしてきている」


「良いんですか? 自分の奇跡のこと喋って」


 会ったばかり。技術を見ただけ。信頼するに足る何かを見せたわけではないのに。


「構わない。どうやら俺は、君に魅せられたようだ」


 達人だからこそ分かるものがあった。弓に乗せられた人生。それを射る一瞬で垣間見る。どれほどの鍛錬が。どれほどの困難が。どれほどの絶望が。射手の背負うものなのか。


 ラグナはそれを通して、カイの腕ではなく、「人」を認めた。


 その事実は、僅かな言葉で、矢となってカイの胸へと突き刺さる。


「──ありがとう、ございます」


 いつぶりだろうか。人に認められたのは。優しくされた経験は今でこそ少なくないが、認められることは僅かばかり。


 目頭が熱くなる。久しぶりの感覚。ミツキと出会った時に経験していなければ溢れていただろう。焼けるような喜びに、心に刺さったカケラが。


「僕も、あなたに魅せられたようです。ラグナさん」


 少しだけ、溶けていくような感覚があった。



    ◇



「何だかミツキさん、すごいことになってるみたいですね」


 正午に近づいてもなかなか交代に現れないミツキ。心配して風の届く範囲で様子を探る。すると聞こえる風の噂。


「駐屯所、相談室みたいになっているらしいですよ」


「ミツキくんらしいね。待ってても来ないだろうし先いこっか」


 午前の訓練。単身で乗り越えたゲルダも変わりなく。また一歩前進したことをカイは嬉しく思う。


「また明日だ、カイ」


 それでも今日は、カイの進んだ歩数の方が多かった。


 人に取り入ることが上手い彼。その内心に巣食うのは禍々しいほどに育った他者への不信感。悪意と言い換えても良いほどのそれをカイは常に隠して生きてきた。全てはゲルダのために。今ではミツキも勘定に入っているが、それに勝るものはない。


 それが、一人の口下手な人間が、ほんの数言で和らげた。この出会いは。


「はい、また明日」


 彼に久しぶりの笑顔を与える、そんな一矢。



    ◇



 カイの担当。十番街。


「今日はよろしくお願いします」


「ああ、よろしく頼む。早速で悪いが少し届け物をしてもらいたい」


 到着後すぐさまミッションが割り当てられる。その内容はおよそ騎士団の担当とは思えないもの。


「届け物……ですか? 何か秘匿性の高いものとか?」


「いや、ただの弁当だよ。脚を悪くしたご老人がいてね。騎士団も世話になっていた人だから。あの人の作った薬に命を救われた隊員も少なくない」


 どうやら相手は騎士団が懇意にしている薬士のようだ。恩返しも兼ねて一部の隊員が独自に考えて動いているらしい。それが最近人手が少なくなったことでどうしようかと思っていたところ、ミツキたちが来た。


「なるほど。わかりました。任せてください。場所は」


「この地図に印をしている。有名な店だが小さい。見逃さないように気をつけてくれ」


 街の中心、賑わう場所から南西に外れた位置。そこに赤く丸がされている。やや大雑把だがそれで分かるということだろう。


「了解です。では行ってきます」




 印の地点。路地裏のような静けさ。カイが当たりをつけたのは木製の建物。シンプルに屋根と壁を備えただけの家。特別なことなど何もないその姿こそがこの街においては特別。周辺の建物のおおよそがレンガで建て直されている分よく目立つ。


「お邪魔します。騎士団から差し入れに伺いました」


「ああ、ありがとう……若いな。君も隊員かな?」


 建物の中に入るとまず感じるのは薬品の匂い。カイが薬と聞いてまず想像したのは薬草を煎じたもの。しかしこの店は独自に研究を重ね、添付薬だけでなく内服薬などの開発もおこなっている。薬剤師、兼、研究者のような存在。


 店内にはずらりと棚が並び、そこには多様な薬が一つずつ並ぶ。多く陳列しないのは保管状態を維持するため。


「すまない、中まで入ってきてもらえるかな? 歩くこともままならなくてね」


「では、失礼します」


 店の奥にはまず研究設備の揃った部屋が目につく。その手前に分岐があり、声がするのは右手側。左はおそらくトイレで、右が生活スペースだろう。


 その中心に年老いた男性。真っ白な頭髪が痛々しく映る。そんな彼が布団の中で横になった体を起こそうとしている姿。

 

「ああ、起きないで大丈夫です。これを渡したらすぐ戻りますので」


「ありがとう。せっかく来てくれたんだ。お礼の一つでもできれば良いのだけど、生憎今うちに価値のあるものはなくてね」


「? お店には薬がたくさんありましたが……あれは?」


 「価値のあるもの」。確かにカイが欲しがるものではないが、店主が薬をその中に含めないのは違和感がある。


「……少し長くなるが、構わないかな? 私も誰かに聞いて欲しかったのだが、妻には先立たれ、息子は修行で外の国だ。君さえ良ければ、だが」


 予想外の展開に言葉が詰まる。このような仕事はそれこそミツキの領分。カイは引き返そうと考えるが。


「はい。大丈夫です。ぜひ聞かせてください」


 思わず出たのは肯定の言葉。駐屯所の任務のことも勘定に入れれば戻るのが得策。しかし彼は見出してしまった。


 老人の姿が、自分の価値を肯定できないでいた午前の自分に似ていることを。


 自分が人に、救われたばかりであることを。


「ありがとう──私の店は、はるか昔から騎士団に薬を斡旋していたんだ。それが父の、祖父の、先祖の誇りだった。彼らは騎士たちが無事でいられるようにと願いを込めて研究を続けていたんだ。私も含めてね。だから多少危険を犯しても、貴重な原料を採取していた」


 なるほど、話が見えてきた。この老人は自分で薬の材料を取っていた。しかし脚を痛めたことでそれが叶わなくなっている。


「今は何とか備蓄で賄えているが、それももう尽きる寸前」


「騎士団に依頼……は、そうか……今は人手が足りない。民間の企業が取り扱っていたりはしませんか?」


「無い。多少、微弱だが魔獣が出る。この国の平民はまず寄りつこうとしない」


 国から南、少し外れた位置にある洞窟。そこに咲く花を使いたいという。


「もしかして、その怪我」


「ああ。長年の作業で油断があった。命からがら逃げ出したが、この有様だ。潮時かもしれんね。今では他国でも薬剤の研究は盛んだ。輸入でも賄えるだろう」


「僕が」


 諦める姿。その表情を見たくないと思った。年月、その結実が簡単に散らされることを認められないと思った。


 認められたから。自分の人生が人に認められたから。それがどれほど嬉しいか、この身で知ってしまったから。


「僕が行きます。昼は無理でも夜なら時間が空く」


「ダメだ! 危険すぎる! 夜は洞窟の中の魔獣も活発に」


 少しだけ彼の気持ちが分かった気がした。危険。大変。困難。それを押しても成し遂げたい。


「大丈夫ですよ、だって僕、言われたんで」


 誰かのため。報われたカイだからそう思えた。



「この世界で、右に出るものはない、ってね」

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