二章 十一話 『struggle days -ミツキの場合①-』
四日目。ミツキ視点。
「しまった。何も考えてなかった」
早朝七時。就業時刻よりも二時間ほど早く七番街に着いたミツキ。目的は前日にフィルとした約束を果たすため。しかし肝心なことを忘れていた。前世では携帯電話によって容易に解決出来たから。
「フィル、どこに住んでるのか聞いとけばよかった」
問題はそれだけではない。集合時刻に関しても二人は取り決めをしていない。前回のように偶然出会える保証などどこにもない。雲を掴むような奇跡でも起こらなければ。
「こうなったら仕方ねえ! あそこ行こ!」
ミツキが向かったのはフィルと出会った場所。この時間にいるとは限らない。フィルがそこに来るとも限らない。それでも何もしないで諦めるよりはマシだとミツキは走った。
「ふう、とりあえず来たけど……」
「おはよ、ミツキ!」
横から知っている声がする。奇跡のように思えるが、おそらく偶然ではない。
「おっす! どこ行くよ?」
「昨日考えたんだけど一通り街を案内しようかなって。ボクにできるのはそれくらいだから」
「おっけ! じゃあ頼むわ! 時間もないし行こうぜ!」
前日にミツキは街中駆け回っているのだが、そのことは敢えて黙る。住民の口からしか知れないこともあるだろうから。せっかく考えてきてくれたなら、水をさすべきではないから。
「そういえばさ、昨日はなんで俺が困ってるってわかったの?」
道中、朝食がわりにクレープのような食べ物をつまむ二人。形式上クレープと表したが、味などはどちらかといえばお好み焼きに近い。薄く焼いた小麦の生地。それで包むのはキャベツのような葉菜を軽く炒めたもの。濃いめのソースを塗って食べるのが王道。野菜を大量に摂れるためヘルシーながら満腹感も得られる優れもの。午前中を乗り切るための栄養食として仕事に赴く人々に支持されている。
「ん? ああ、そっか、他の人は見えないんだもんね」
「見えない?」
「そう、ボクの奇跡『困跡』。困ってる人がいると煙が上がってるように感じるんだ」
自身の奇跡を躊躇いなく明かすフィル。嘘をついているようにも見えない。というよりも嘘をつく場面ではない。虚偽というのは必要な場面で行使しなければ効果を生じない。返って露呈する恐れに晒される。フィルにそのメリットはない。
「大丈夫か? 俺なんかに教えて?」
「? 大丈夫だよ? 大したものじゃないし。それに……ううん、何でもない」
はっとしたように一度立ち止まって、フィルは何か言おうとして止める。そしてまた歩き始めた。
二人は短い時間だが街を見て周り、一時間。
「ありがとな。今日はわざわざ」
「ううん。ボクも楽しかった」
ミツキのタイムリミット。仕事の時間が迫ったため別れることに。名残惜しく思いながらも二人は晴れやかな表情。
「さっき言ったけど、俺しばらくこの国にいるからさ。明日の午前は十番街に行く予定だからよかったら」
「……うん……明日は時間がないから行けないけど、もしまた会えたら」
「おう! じゃあまたな!」
手を振るミツキは当たり前のように。また会えることが決まっているように別れを告げる。
「──うん! またね!」
答えるフィルは驚いたように。もう会えないと思っていた心を振り払うようにミツキに応える。
「友達、か」
ミツキを見送ったフィルはその言葉を反芻する。今日は一度も口に出さなかった言葉。わざわざそうしなくても。
「うれしいなあ。ボクの」
二人の間には既に、確かに。
「──初めての、友達」
友情の糸は繋がっているから。
◇
「おはようございます! 今日は何しましょ?」
「ああ、おはよう。じゃあとりあえずミツキくんは留守番を頼む。私は見回りに行ってくるよ」
当直の騎士がミツキの到着と入れ替わりで外出。街の平穏を確かめるのも大切な役目。
「喧嘩とかあるんすか?」
「滅多にはないね。でも、たまにはある。悪意はなくとも、譲れないものというのが人にはあるからね。じゃあ行ってきます」
喧嘩、諍いの類。悪意なき平穏なはずの世界であってもそれはあるという。現代でも同じこと。全ての争いが悪意によって始まるわけではない。戦争であってもそう。始まりはより良く生きたいという善意だったのかもしれない。善が、取り返しのつかない危険を生む。そんな事態だってあるのだと、ミツキは学び、心に留める。
「行ってらっしゃい! ──よし!」
「すみません、誰かいらっしゃいますか?」
騎士が見回りに向かってすぐ、ミツキの出番。声を掛けたの四、五十代ほどに見える着物を着た女性。大きな荷物を背負っている。
「はーい。どうしました?」
「ここにくるのは久しぶりで、少し迷ってしまって。申し訳ありませんが、道を教えていただけたら」
ちょうどフィルに案内してもらったところ。タイミングが良いというのは不謹慎だがミツキはここぞとばかりに張り切ってみせる。
「任せてください! どこ行きたいんすか?」
「ええ。友人の家に。確か赤い屋根の煉瓦造りの家で、駅の近くにあったはずなのですが見当たらなくて」
「ふむふむ、なるほど。ちょっと待っててくださいね……あった……少し外れたところ、背の低い家……駅から向かって右手の路地……」
記憶を手繰り、道を辿る。先日に猫を探しに裏道までチェックしていたのがここで生きる。
「ちょっと地図書くので待っててくださいね。久しぶりってことは、他の国の方ですか?」
「ああ、いいえ、違うのよ。今は貴族区にいてね。昔よくここに遊びにきてたの。その時に出会って仲良くしていた子のこと、ふと思い出して、会いたくなったの」
「へえー。わざわざ会いに来られたってことはかなり仲良かったんですね。親友って感じ?」
初対面の相手。少し踏み込んだ話かとも思ったが敢えてミツキは聞く。ふらっと会いにきたにしては荷物が多い。何か事情があるのでは。もし力になれるのならば。
「……ええ。私にとっては。あの子にはどう思われているかわからないけど。身分を隠して、それがバレて、会わなくなったから。嫌われたと思っていてね」
「……それでも勇気出してきたんですね……俺には真似できないかもです。友達に嫌われるのって怖いっすもん。時間が経てばなおさらだ」
「風の噂で、体を悪くしているって聞いたから。取り返しのつかなくなる前に会いたくて」
喧嘩をした経験はミツキにもある。意地を張って謝れなくなったことも。
「大丈夫ですよ。お姉さん、その人のこと時間が経っても忘れてないんだもん。会えたらきっと、元通りです。大丈夫、俺が保証しますよ!」
「──ありがとね、小さな騎士くん」
「あはは……すみません、何か偉そうなこと言っちゃって。はい、これが地図です。違ったらまた来て下さいね。良い報告が聞けるように祈ってますんで!」
女性が結果を報告しにくるかのように言うミツキ。おかしな話だが、社交辞令でも何でもなく彼の本心。
「ええ、またね」
その真っ直ぐさに、どうやらまた一人救われた者が。
◇
「見回り、終わったよ。ミツキくん、異変はなかった……どうしたんだ? これは一体?」
返ってきた騎士が目にしたのは、異常事態。
「それでよぉ、娘が最近目も合わせてくれなくてさあ!」
「つらいっすねえ、よくある反応とは言っても。でもそれって、ちゃんとお父さんとして見られてるからだと思うんすよ。父親として信頼しているからこそ、そんな態度取っても大丈夫、みたいな。胸張ってください。それだけ信頼されてるんだもん。親父さんは立派だと思いますよ?」
「ううぅぅ……ありがとよぉ……」
駐屯所にひしめく人の群れ。その中心にいるのはミツキ。一体何があったのかというと。
「ここか、悩み相談聞いてくれる駐屯所って!」
「若い男の子が何でもお話聞いてくれるらしいよ! もう隣町まで話題なんだって!」
「あ、すみません。順番でお願いしますね。待ってくれてる方もいるんで。大丈夫すよ。時間はまだまだありますから」
最初の女性との会話を見ていた人がその光景を人に伝えた。すると瞬く間に悩める人々が駐屯所に殺到。今に至る。
「大丈夫かい?」
「ああ、お帰りなさい! 大丈夫です! ちゃんと迷子とかを優先してるので!」
ミツキは休む暇もなかったが、それでも楽しんで人々の相手をしていた。だからこそ見落としていたことがある。
「そうではなくてだな……良いのかい? もうすぐ正午だよ?」
刻限。午後の訓練の時間が差し迫っていることにも気づかないまま。
「──しまっ、た……すみませんみなさん! 続きはまた今度で!! じゃあ!」
「「「「「「ええー!!」」」」」」
この日を境に、ミツキの担当する時間と駐屯所が各地に張り出されるようになったという。
◇
「遅かったですね。聞きましたよ? ミツキ君、ずいぶん人気みたいだ」
「うへぇ、ここまで広まってるんすか? それはちょっと恥ずかしいかもです」
午後、超特急で訓練所に向かったがそれでもおよそ一時間の遅れ。貴重な訓練時間を失ったミツキ。そんなこと等の本人は気にもしていない様子だが。
「そうか。君が総隊長の言っていた。初めまして。俺はラグナ。六番隊の隊長で、訓練では弓術を担当している。君とはあまり一緒になることはないだろうが、よろしく頼む」
厳格そうな男性。黒髪を短く整えた大柄の男性。齢は四十ほどか。体格はディエスに近いが、雰囲気や話し方は彼よりもずっと丁寧に見える。
「どもっす。よろしくお願いします、ミツキです! 弓術ってことはカイがお世話に?」
「ああ。彼は良い腕をしている。ぜひうちに欲しい」
硬く厳かな表情が僅かに緩む。カイが良い関係を築けていることに安堵すると同時に、危惧する。
「うーん、ダメっすよ、ラグナさん。あいつうちの大切な仲間なんすから!」
「──ほう。なるほど、これが」
「どうですか、ラグナさん? なかなか面白い子でしょう、ミツキくんは」
その外見と性格から騎士団でも距離を取られがちなラグナ。しかしそんなことはミツキには関係ない。珍しい感覚にラグナは胸を震わせる。
「アルさん! 遅れ早く取り戻したいんでキツめのメニューでよろしくです!」
「はい、分かってますよ。まずはラグナさんの弓を三十分、君の短刀で捌いてもらいましょうか」
「アルバート、流石に難しくはないか? 俺の弓は」
「うす! お願いしますね、ラグナさん!」
「……仕方ない。危険だと感じたらすぐに止める。構わないな?」
「ええ。お任せします」
訓練場、それを広く使いミツキとラグナは距離を取る。
「お願いしまーす!!」
ミツキは位置につくと大声で合図。それを皮切りにラグナは一気に弓を引くと。
放つ。直線。何の変哲もない一矢。
「──!! あ、っぶねえ……」
その速度を除いては。
ラグナの弓は特注品。異常なまでに強く、固く張られた弦は彼を除いて引けるものはいないほど。そこから放たれる矢は爆発的な速度で直進する。速度はすなわち威力。カイが技術の頂というならば、ラグナは力の頂にいる。もちろん、技術で劣るところもないが。
「だめだ。やはり危険すぎる」
その速度に思わず避けてしまったミツキを見て弓を下ろすラグナ。魔獣であっても身に受ければひとたまりもない。
「もう一度だけ、お願いします。良いものが見られますから」
アルバートは引き下がらない。ラグナの弓矢が危険であることなど十分承知。その上で依頼した訓練。
「……次、駄目ならば俺は訓練に戻る。いいな?」
「どうぞ。その時は来ないでしょうけど」
再び、弓を引き、放つ。
ためらったのか、先ほどより威力は低い。それでもなお、空間を貫くほどの一撃。瞬きの間に辿り着く。
ラグナも内心気づいていた。自分の矢に反応して見せた、その異常性に。
「!!」
「っし! ──っ痛ぅ! タイミングミスったぁ!」
ミツキは放たれた矢。それを既のところで短刀にかすらせ、軌道をそらした。タイミングがずれたのはラグナが躊躇ったから。一度見たものであれば。対応できるはずのものであれば。
「どうですか? 腕も、悪くないと思いませんか?」
「──ああ。お前が入れ込むのも分かる。面白い」
ラグナの顔に笑みは無い。自分の矢を若き少年がいなして見せた事実。それに憤っているわけでもない。
──危険。仮に敵対することになれば、これほど恐ろしいものはない。
似たような警戒は、かつて神童を目の前にした時に一度だけ。
「もう一本!! お願いします!!」
知ってか知らずか。ミツキはいつもと同じで、朗らかに微笑んだ。




