二章 十話 『迷い子二人』
「はあ、はぁ。今日も、ありがとうございました! 先に上がらせてもらいますね」
「はい。ご苦労様。仕事の方も頑張ってください、ミツキ君」
「最強」を目の当たりにした翌日。午前中の訓練でのミツキは鬼気迫るものがあった。
体力強化のための走り込み。連携の確認。基礎となる身体捌き。そしてアルバートとの一対一。僅かな時間でこれらをこなす。
理由は当然リベラの強さを見たから。焦りではなく、目標が据えられたことが大きい。目指す頂は遥かにあれども、「見える」ということは意識に違いを生む。
「いいですね。育てるというのもそれなりに経験してきましたが、彼ほどに打てば響く者はいなかった。成長強化系統の奇跡でも持っているのでしょうか」
「あー……どうだろうな……俺も詳しくは聞いてねえや」
嘘である。ディエスはミツキから因果集積について聞いている。
この世界において奇跡はその人物の生を支える大黒柱。ミツキでなくとも、むやみやたらと人に伝えるものではない。仮に知られれば悪用される可能性が万が一でもあるのだから。
このことはミツキにとってプラスになる。あまりに特異な能力も正体さえ知られなければ波風立つこともない。周りの人間に強く言われて渋々ではあるが了承している。本人的には世話になっている人間に一切何も言わないでいるのは不本意だろうが。
「この調子だと、私もすぐに抜かされそうですね」
長い時間をかけて磨き上げた剣技。努力の結晶。それを僅かな時間鍛えただけの少年が超えていくことは。
「隊長、僕悔しいです……もっと強くなりたい……!」
周りの人間を奮い立たせる。負けられないと背中を押され、負けたくないと足が進む。リベラが狙っていたのはその化学反応。騎士として順風満帆な人生を送っていた者たちに挫折が現れた時、どう変わっていくのかという期待。
「俺も負けてらんねえな。なあ、アルバート?」
「──ええ。そうですね」
期待した結果が、必ずしも得られないと知りながら。
◇
「平民区、七番街です」
ミツキは訓練所から直接午後の仕事場へと向かった。今日の担当は七番街。十番街と比べれば落ち着いた場所。海外の田舎を思わせる石畳。並び立つのは街路樹。殺風景に緑が添えられる。建物も木製とレンガのものとが混在している。しかし活気がないわけでもなく、昼時特有の食欲をそそる匂いが立ち込め、それに釣られるように人々が食堂に列をなす。
「あー、俺もなんか食べてくればよかったかもだ。ここいるとお腹空くぅ」
傭兵の国は、平民区の食事が非常に発達している。かつて戦闘を終え帰国した傭兵たちをもてなすのは平民たちの役目だった。手を替え品を替え、飽きないように。翌日も力が出せるように。新しい料理を求めていった彼ら。それが脈々と続き、さまざまな調理法が開発されてきた。結果として、この国の大衆食堂は安く、質の高い料理が並ぶようになっている。
「お、買い食いできる店みっけ。これは……串焼きかな? よし! すみません、一本ください!」
見つけたのは店頭販売を行なっていた店。炭火を使い焼き上げられた牛串。汗をかいて戦っていた者のためにと少し濃いめのタレに潜らせ焼く。それを何度か繰り返して軽くコゲの苦味が出てきたら完成。出来立てが美味いのは当然だが、冷めていてもジューシーさに衰えはない。
ミツキは煙に誘われてフラフラと立ち寄ったためちょうど焼きたてに出会えた。魔性の国でアルバイトしていた頃の小遣いでも迷わず買えるほどにリーズナブル。それを頬張りながら目的地に向かう。
「あれ?」
だが。
「……ここ……どこ……?」
見事に迷った。
問題だったのはこの国の街は綺麗に区画整備されているため風景の変化が分かりにくかったこと。それと、空腹に釣られ気の向くままフラフラと寄り道をしたこと。周囲に気を配っていれば記憶出来たが、迂闊にもそれを怠ったツケ。
「しまったなあ。早く出たのに意味ないじゃんかぁ。カイもゲルダも違う街だから助けも呼べねぇ……参ったな」
周囲に人がいれば助け舟も流れてきただろうが、生憎と人の通りも少ない。近くにある店に入って道を聞こうかと思案していると。
「あの……大丈夫ですか? 何か困ってるみたいですけど」
一人の少年が声をかけてきた。白い肌。金髪。セミロングほどのそれを後頭部で小さく括っている。背格好はゲルダより少し高い程度の小柄。ジャージのような服装で、キャップをかぶっている碧眼の子。見た目だけで判断すればゲルダやカイと同年代か。
「え? ああ、うん。ちょっと道に迷っちゃって。きみ、この辺の子? 駐屯地ってどっち方向?」
一瞬ミツキは驚いた。さっきまで周囲には誰もいなかったはず。この少年はどこから来たのか。見れば少し汗を流している。ミツキのところまで走ってきたように見える。なぜ? ミツキは思案したが答えは出ない。仕方ないので素直に道を聞くことに決めた。
「駐屯地ですか? それならここを真っ直ぐ進んで三つ目の交差点を右。その後に……いや、やっぱり案内しますね。お兄さん他所の国の人みたいだから難しいでしょう?」
ミツキには因果集積がある。一度聞けば道はわかるのだが、せっかくの好意を無碍にするのは勿体無いと理由をつけて。
「ありがと! 頼んで良いかな?」
案内を頼む。本心は、出会えた彼と仲良くなりたいから。この国に来て会話したのは騎士ばかり。平民と思われる少年と仲良くなれる機会は貴重だと思ったのだ。
「はい! ついて来て下さい!」
そう答えた少年の目は美しく輝いていた。どことなく不安そうだった顔が笑顔に変わる。そんな彼の姿に、ミツキは何かが重なるのを感じていた。
◇
「え? フィル十七歳!? 俺と同い年じゃん!」
少年、フィルと名乗った彼に案内してもらう道中。軽い自己紹介をしているとミツキと同年代であったことが明らかになる。
「そうなんですね。なんだか大人っぽく見えたからボクより年上かと」
「じゃあ敬語なしで行こうぜ! やった、初めての同い年の友達!」
この世界に来て出会うのは歳の離れた人間ばかり。ゲルダとカイは友人というよりも家族のような存在。同年代の友人はミツキも渇望していた。
「──とも、だち? でも、まだボクたち」
「あ、ごめん。勝手に舞い上がってた。そうだよな。うーん」
国の外からきたミツキ。簡単に心は開けないのも当然だと一度納得し。
「じゃあまた明日も遊ぼうぜ! いや今日のは遊んだってわけじゃないけど。ここのこと、もっと教えてよ!」
方法を考える。距離を詰めるために何ができるのか。ミツキの強み。少しの困難では挫けない。
もっともミツキも嫌がる相手に詰め寄るような人間ではない。踏み込んでいくのは、フィルが「友達」という言葉に、なんとなく期待するような表情を見せたから。
そして、彼の見せた姿が、ほんの少しだけど、自分に近いような気がしたから。
「──」
フィルは言葉に詰まる。呆気に取られたわけでも、嫌がっているわけでもなく。
この出会いに、信じられないほどの運命を感じたから。
「あ! 駐屯所みっけ!! サンキューな、フィル! 今日は仕事あるから、また明日!」
駐屯所までの道のりがフィルにはあっという間の出来事に思えた。思考は追いつかなかったけれど、何とか捻り出した言葉は。
「──うん。またね、ミツキ」
何でもない日々の一幕のようで。ずっと欲しかった大切な出会い。それをしっかりと包み込むような。
◇
「お、来たな、ミツキ……ん? 何だか嬉しそうだな? アルから一本でもとったか?」
「リベラさん! いやー、おいしいものに出会えたんで」
駐屯所にはリベラともう一人、若い騎士がいるだけ。人手不足を物語る寂しい光景。
「ははっ! そうか! なら早速仕事に移れるな」
「何したら良いすか? 今なら何でも」
「猫」
「え?」
「向かいの食堂。看板猫がいたのだが数日前から行方不明らしい。一走りして探してきてくれ。じゃあ、オレは訓練所に向かうから。それと暫くは案内も手伝いもできない。頼んだぞ」
リベラは呆然とするミツキを置いて去る。あまりに自然。剣筋を思わせるナチュラルな動きで一分と待たずに消えていった。
「すまないね。あの人は忙しいから、ここに来ただけでも驚くことで」
「ああ、はい。大丈夫っす。でもそっか、猫探しときたか」
想像を超えるスケールの小ささ。
「まあ任せてください! パパッと片付けてきますね!」
「あ! まった! ……しまったな……」
その想像を超える。
「も……戻りました……」
任務の困難さ。結局この日は一日中、街中を探し回ることに費やされた。
ちなみに猫は駐屯所に近づいたタイミングで捕まえられたらしい。骨折り損である。
「余計なことしたぁ!」
「いやいや。君のお陰でここで待ち構えられたんだ。助かったよ」
「うう、優しい……優しさが沁みる……」
こうして仕事では空回りしてミツキの一日は終わった。
◇
「明日も七番街が良い……ですか?」
宿舎にて翌日の予定を擦り合わせているミツキたち。ミツキが七番街を望む理由は。
「うん。今日は迷惑かけちゃったから、明日は頑張りたくてさ」
これも本心ではあるが、理由は他にも。フィルと約束をした手前何も言わずに別の場所に移ることはできないと思ったから。
「……まあ良いでしょう。何考えてるかは知りませんけど、ちょうど明日も七番街は手伝いに入る予定でしたしミツキさんにお任せします」
「じゃああたしたちは十番街だっけ? よし、がんばろうね、カイ」
「あ……いや、じゃあやっぱり」
「気にしないで良いです。姉さん、明日も五番街に行ってくれない? あそこなら一人でも大丈夫だよね」
「! うん! やった!」
ゲルダとカイもミツキの知らないうちに良い関係を構築できていたようだ。一人での行動を任されてゲルダが笑顔になるほどに。
「じゃあ、午前は僕と姉さんが訓練。ミツキさんは午前に手伝いでお願いします」
「大変だな、お前らも。一日訓練とどっちがマシかは分かんねえが」
日々は激しさを増す。訓練は強くなるほどに厳しく。仕事は慣れてくるほどに複雑に。
激闘の日々。戦わずとも、確実にそれは足音を立てて。




