表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/259

二章 九話 『最強の証明』

「俺が前に出る。ミツキ、合わせれるな?」


 外、ひらけた視界。足元には芝。青く澄んだ空の下、一人と二人が距離を挟んで向き合う光景。


 斧以外の獲物を持つのはいつぶりか。ディエスの剣を握る腕に力が入る。真剣ではない。されども真剣。無き刃は確かにあった。そう思わせる剣気にぞくりと逆立つ感覚。正面に立つ男の強さは自分の遥か上。流れる汗は焦りか、それとも興奮か。


「大丈夫っす。魔法は無し、でしたよね」


 模造の短刀。それを逆手に。顔の高さまで腕を上げて掲げる。ボクシングのファイティングポーズを思わせる構え。ディエスの左斜め後ろで機会を窺うミツキ。自分の強みは攻め以上に受け。流し去なし躱す。カイとの組手で確かめた適性。ルナリアとの戦いでこれでもかと発揮した「死」を知るが故の生存能力。果たして通用するか、確認する絶好の機会。


 汗が滴り、落ちる。


 仕掛けるのはディエス。力強く三歩。二歩目で素早く振り翳した剣、それを大きく横に振るう。


 それを正面、男は小さく細剣を振る。下から軽く叩くような動作ひとつだけで、ディエスの一撃は大きく上に逸れる。


「今だ!」


 ここまでは想定通り。逸れたディエスの剣。しかして握る掌はより強く。踏み締める音。颯に乗ってミツキが動く。


 踏んだのは剣。空中に舞うはずだったそれを強く踏み締め飛び越える。狙いは背後。挟み撃ちという優位を作る。


 同時にディエスの剣がその動きを止める。踏み締められたことで地面へと突き刺さり、本来の軌跡よりも小さく。そして繋げる、次の攻撃。地面を鞘に、砕くほどの力を込める。相手の予想よりも先手をとるために。


 動く二人、完全な同時。どれほど完璧な後の先でも、これを捌くのは至難の業。


 ただしそれは、相手が動かなければの話。


「んなっ!」


 そのまま、小さくバックステップ。ミツキの位置を一瞥すらせずに。同時に届くはずだった刃にラグを生む。先に届くのはミツキの短剣。


 背面。それを向けたまま腕を後ろへと軽く、素早く回してミツキを狙う。


 幸運だったのは、それすらミツキが捌き得たこと。彼の生存能力は確かに通用する。


 不幸だったのは、捌けてしまったこと。男にとってそれは不確定要素ではなく。一度受けに回ったミツキが再度攻撃に出るには一瞬。


 一瞬、浮いた男の身体が沈み、地面へと近づく。


「くっそ!」


 そして、跳ねる。ずらされた攻撃のタイミングを合わせようとしていたディエスに向かい真っ正面。だが迎え撃つ準備は十分。後の先はディエスの本分。一度受けてからもう一度ミツキと合わせる。


「それは悪癖ですね。二人とも」


 受けようと剣を正面に構えたディエス。そこに一合、ぶつかり生まれるは剣戟。細剣であってもディエスの握る腕に痺れが走る。しかし問題はその奥。


 蹴る。ディエスを構えた剣ごと。後ろに倒れるがすぐさま構え直す。反撃には間に合うが。


「いってえ!!」


 反対。ミツキの声。男の狙いはディエスではない。剣を蹴ると同時に反対へと加速。合わせようとすでに攻撃のモーションに入っていたミツキの隙を穿つ。


「しまっ! ミツキ!」


「心配は自分の身が先、ですよ。あなたがやられたらその時点で死が確定する」


 ディエスの視界から男が消える。斜め下。獣を思わせるほどに低い体勢。それでミツキに意識を移していたディエスの認識を潜り抜ける。


 思考で遅れた。剣戟で遅れる。作戦で劣った。すなわち。



「……参りました」


 二対一。そのハンデがあってもなお、ミツキたちは男に指一本掠らせることは出来なかった。



    ◇



 時は一時間前に遡る。


 訓練場。それはさながら総合運動場のような有様。まず目に映るのは広い芝地。そこには多くの騎士が訓練を行なっている姿が。右手には体育館のような建物。左には日本家屋を思わせる建造物、恐らく弓道場だろうそれが目を引く。


 仕事の説明を終え、訓練場に向かったミツキたちを迎えたのはそんな驚くべき施設の姿と。


「団長……そんなところで寝て何してんすか……?」


「はあ、はあ、くそ……笑いたきゃ笑え……はあ……はぁ」


 大の字になって横たわるディエスだった。


「ディエスさんが、これほど……」


「大したものです。正直なところ小国の自警団。無駄な時間かと思っていたのですが、素晴らしいですね。一番隊の訓練に午前中一杯、しかも付いて来られるとは」


 やや小柄の銀髪の男性。ミツキよりは年上だろうがディエスよりは少し若いか。それが手を叩きながら近づいてくる。


「ようこそ。総隊長から話は伺っています。私はアルバート。傭兵の国、一番隊の隊長を務めています。よろしくどうぞ」


「一番隊、って確か……」


「ああ、リベラの兄貴除いたら一番つええ人だ……軽く手合わせしてもらったが、歯がたたねえ」


 晴れやかな顔で負けを語るディエス。あまりにも嬉しそうで、思わずアルバートは苦笑いをする。


 傭兵の国の騎士団は十二の小隊から成る。基本的に強さはフラットになるよう編成されているが、隊長については別。十二番から一番まで昇順で隊長が任命される。


「リベラさんは……あ、そうか! 零ばん……」


「あの人は別枠ですよ。一人で一部隊。常識の範囲外ですよね。私も追いつきたいと思って励んでいるのですが、なかなか。強くなればなるほどに遠ざかる。まるで虹のようだ」


 騎士団の一部隊、その構成員は見習いを除いても数十人。多い時は百を超える。それと匹敵するというのが、リベラ。たった一人。


「俺、とんでもない人に見てもらってたんだな……」


「それにしても、人数が少ない気がするんですが……これで騎士団全員ではありませんよね?」


 それほどの部隊がありながら訓練場には空きが見える。当然これで全員ではなく。


「はい。今は出払っている部隊も多く。二番、五番、そして八から十二番は皆遠征でしばらくは帰れません。以前から決まっていた任務でして」


「竜宮は分かる。あそこは武力がねえからな。定期的に派遣してるらしいが、他はなんでだ?」


鉄の国(ブロットラーグ)ですね。急に軍事演習をするとのことで。先王の崩御があった手前強く出られずに。恥ずかしい限りです」


「……あの男が、そんな無理やり……?」


 黒衣の王。確かに厚顔不遜の人物。しかしミツキは知っている。その男が決して理不尽を強いるような人間ではないことを。種別としてはアテナに近い。僅かなやり取りしかしていなくとも、確かにそうと信頼している。だから無理やり引き抜いたような事情に違和感が残った。


「それでも総隊長が残りましたし、守りは万全。危険が来ようと問題はありませんよ。話ばかりでもなんですし、確かめるためにも訓練を始めましょうか。確かゲルダさんとカイ君は魔法が得意とか。魔法を教えられる方は貴重なので、そこに参加お願いします」


「あ、うん……じゃ、なくて、えっと……はい」


「ミツキさんは心配せずにいてください。姉さんには僕が付くんで」


 ゲルダが心配で魔法訓練に付き添おうと考えていたミツキ。しかし戦力のことを考えれば。


「お前は魔法は上出来なんだ。こっち鍛えるのが先だろ。人のことばっか考えてたら強くなれねえぞ?」


「っすね。じゃあアルさん、よろしくお願いします!」


「──ははっ。わかりました。私が教える限り、君をそのままでは帰さない。それを約束しますよ、ミツキ君」



    ◇



「ふ、ぅ。これが最強の軍事国家か……きっつぅ……」


 手合わせからおよそ六時間。夜の帳が降り始めた頃に訓練は終わりを告げた。


「驚いたな。ミツキ君。君、どこで鍛えていたんだ? 私の訓練は騎士団でも根を上げるものが多いのに」


「……俺もびっくりだな。よく考えたらお前のことは実戦でしか知らねえが、それでもよくここまで」


 ミツキはその時間、フルで訓練に出場してみせた。


「まあ、頑張るってことは得意なんで。結構気持ちいいもんですよね?」


「いや、私もそれは流石に」


「お前ドが付くほどのマゾだな」


「ミツキくんって、やっぱり……」


「ちょ、ゲルダなんで!? これは俺悪くないよ!?」


 前世でもまさしく死ぬまで頑張りを止めなかったのがミツキ。彼にはブレーキが欠落している。正式な軍隊のメニューだから壊れる心配はないが、仮に独力だったなら同じ轍を踏んでいたと思わせる危うさがある。


「うん。でも気に入った。君は責任持って私が鍛え上げるよ。どう成長するか楽しみだ」


 打てば響く原石。それは成長率の話だけではない。確かにミツキは因果集積(フェイタルチェイン)という力を宿しているが、それだけでは確かな成長などない。柔軟に意見を汲む精神や相手を敬う心意気。正しく努力に向き合うことなく成長はあり得ない。ミツキがこの訓練で見せたのは、そんな彼の心。鍛えるだけでは得られない才能というべき人柄。


 知らず知らずのうちに、ミツキは一人の男の信頼を得ていた。




「なんだ、アル。今日はもうあがりか? 久しぶりに一本、相手をしてもらおうと思っていたのだが」


 迸る剣気。現れた存在たったひとつ。そのたったひとつがいるだけで、訓練を終え緩んだ空気が限界を超えて張り詰める。


 今までは分からなかった。その男がどれほどの強さか。しかし、アルバートという目の届く指標を知り、ミツキもようやく理解した。


「だめだ、追いつける気がしない」


 リベラ。彼がいる高み。そこに果たして自分が至ることはあるのか。ズルのようにも思えていた因果集積。そんなものがなんの足しになるのか。そう思うほどに圧倒的な力の差。


「師匠……いえ、お相手願えますか」


「よし。いつでも来い」


 アルバートも今日一番の気合い。飄々とミツキたちを翻弄していた姿はどこにも無い。一日訓練を続けても僅かに流しただけの汗が溢れる。


「行きます」


 接近。初めから低く、捉えどころのない野生の構え。そこに組み合わさるは変幻自在。鋒を意のままに動かす夢幻なりし細剣。


 間合いに入る直前、体は限界を超えてさらに低く。そして。


「跳んだ!?」


 横から見ていたミツキたちは気付けた。進行方向から直角に跳ねるアルバート。視界から外れ、認識を断つ。ディエス相手に見せた技術、その果て。全ては剣の師、リベラを超えるために。


「っ!! ぐ、ぅ!」


 だが、その身体は何かに弾かれたように後ろへと大きく吹き飛ぶ。身体が無事であるのが不思議なほどの物理。その出処など明らかである。


 そのはずなのに、その場の全員、何が起きたのか認識出来なかった。


「跳ぶのなら悟らせないようにするべきだな。裏をかくことばかりに気が向いている。お前に教えたのは奇策の練り方だけか? 剣を振る。その基本を忘れるな」


「おい、ミツキ。あれ」


「──はい。全く」


 見えない。アルバートの剣筋ですら速くぎりぎりに見えていたのに、リベラのそれは視認することすら叶わない。速度だけではない。あまりにも自然だから。それを剣閃と脳が認識しない。澱みなく、空気すら無いように剣が走る様。芸術と呼んで異を唱えるものは誰もいないだろう。


 ミツキとディエス。二人がかりで手も足も出なかったアルバート。それをまるで赤子のように扱って見せたリベラ。愕然とするほどの力の差。


「──ふぅ。ありがとう、ございました」


「ああ。ミツキたちもお疲れ様。終電まではまだ時間があるが、もう解散で構わない。明日からはまた大変な日々になるから早く休んでくれ」


 優しく語りかけるリベラの顔は、今しがた殺気を迸らせていたとは思えないほど優しい表情。張り詰めていた緊張、今にも切れるかと思われた糸が優しく弛む。戦闘と日常の変化は境界がない(シームレス)。それもまた、強さの証。


「これが、最強」


 軍事大国、その頂点。ミツキは気づかなかったそれが、確と証明される。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ