二章 八話 『平民と貴族』
「平民区、十番街。十番街。足元に気をつけてお降りください」
「おおー! 賑わってる! ヘイデイと比べても負けてないんじゃね?」
平民区で一二を争う大都市、十番街。雑踏は世界に音と彩りを与える。とりわけ高い建物は存在しない。建造物も大半がレンガ作り。鉄製のものは見渡す限り一つ二つほど。街並みは古く感じるのに、その賑わいは日本の東京と比べることもできるほど。まだ午前中だというのに忙しなく空気が揺らぐ。
「『平民』区、っていうからもっと質素なの想像してたけど……俺の故郷より賑わってるかもだな」
「昔の名残ってだけでしょうからね、その名前も。区分けや立地はそのままで発展してきたみたいですし」
傭兵の国。その内部は大きく三つの区画に分けられる。
一つ、貴族区。国土の外周を大きく回るように広がる領域。かつての傭兵たちが暮らしていた場所。今では騎士を排出する家系が住居を構える。人数があまり多くなく開発も進んでいないため比較的自然が多く残る場所。
「外側にあるのって、魔獣から戦えない人を守ってたからだっけ、ミツキくん?」
「そうそう。お偉いさんが今でもそこにいるのはそういうことみたい。国王のお屋敷があるのも中央区じゃなくて貴族区なんだよね」
二つ、中央区。この国のシンボルたる監視塔が鎮座する場所。街として発展しているわけではなく、監視塔に構える騎士たちをもてなすためにと成長してきた場所。
「だからお店がどこも高い。お墨付きというやつですね。場所柄、食材が手に入りづらいっていうのもあるのでしょうが」
「六本木みたいな感じかな? 俺よく知らないけど」
そして三つ目。貴族区と中央区に挟まれるようにぐるりとドーナツ状の領域。それが今ミツキたちのいる平民区。傭兵の国の人口、その大半が生活するメインの区画。
「俺らのお手伝いもここが中心になるよね? 人多いから楽しそうだなあ……あ、二人は大丈夫? ごめん、自分のことばっかり考えてた」
故に人がひしめく街も多い。通常人でも辟易する人が出るだろうほどの賑わい。ましてや人間不信など患っていようものなら。
「……うん……ちょっと不安。でも、『ちょっと』だから。自分でもびっくりするくらい」
「獣の国で慣れる時間が作れたのが大きいですね。仕事に支障はないかと」
旅の中で人と触れ合い、善意に出会った。それがうまくクッションになっているようだ。ミツキほどでなくとも、ゲルダも人間の善性を信じられるようになってきている。
「──よかった。じゃあ」
「行こっか。ふふ、じゃあはぐれないようにしないとね」
そういってミツキにくっついてくるゲルダ。最初はルナリアとの一件がまだ尾を引いているのかと警戒したが、近くに来るとわかる。その表情が不安そうだったことを。同時に自罰する。問題ないと勘違いしそうになった自分の甘さ。染み付いた感情が拭い難いことなど誰よりも知っているはずなのに。
「まだ、だよな。今じゃない」
「なんだ、着いていたのか。来ないから乗り逃したのかと思った──いや、そうか。配慮が足りなかった。すまない」
「おはようございます。遅くなってすみません。大丈夫ですよ。姉さんも少しびっくりしただけなので」
姿を現したリベラ。いつもと違い帽子を深く被ってサングラスをかけている。一瞬不審者と間違えるような怪しい見た目。
「そうか? とりあえず静かな場所まで行こう」
「なんでそんなかっこしてるのか聞いていいやつ? リベラさ……」
「!! ダメだミツキ! ここでその名前は──」
ばらばらに歩を進めていた雑踏。その足が一斉に止まる。まるで示し合わせていたように。集団行動。パフォーマンスとしてそれを見せれば幾人かは勘違いするだろう。そして一瞬の静寂。
「リベラ……!?」「まじか、本物!?」「サイン、サインください!!」「息子が憧れてて! ほら、握手してもらいなさい!!」
時が止まったような一瞬。その後に訪れるのは大洪水。御しきれないほどの言葉と熱の雨。隣にいるミツキたちには誰も触れずにただひたすらにリベラだけを襲う。
「いつもお疲れ様です! これ、よかったら」「竜を倒したって本当ですか!?」「彼女とかいるの!?」
「す、すみません……客人を待たせていまして……今日のところはご勘弁願えますか……ミツキ、右に進み最初の分岐、左に曲がってすぐの場所だ。後で落ち合おう」
「うわ! 速い! 追いかけろ!!」
「なんだ……あれ……っ! ゲルダ、大丈夫!?」
「う、うん……なんかびっくりばっかりで……よくわかんない……」
リベラは指示した方向と反対に駆けていった。それを追って集まった人々もばたばたと後を追いかける。親ガモの後ろを着いていく子ガモの群れのように、振り落とされないよう必死の形相で。舗装された地面が抉れ土煙が巻き起こると錯覚するほどの嵐。あれだけ居た人間はあっという間に空となった。
「……とにかく、僕たちは向かいましょうか……」
◇
「お疲れ様。はい、お茶でも飲んで。隊長の人気、すごかったでしょ?」
日本でいう交番のような小さい駐屯地。そこにいた隊員は一部始終を話すと大笑いして対応してくれた。どうやら異常事態などではなくよくあることらしい。
「はい……すごい人なのは知ってたけどあんなにとは……宣伝隊長でもあるんすか?」
「いやいや。平民は元々騎士に強い憧れを持つものが多い。しかしそれは『遠い存在』として。誰も自分が成れるものとは思っていなかった。それを捻じ曲げたのが、リベラ隊長。平民の出身でありながら前国王に認められて今の地位まで辿り着いた。あの人が騎士を『成れるもの』にしたから余計に人は憧れる」
傭兵の国に存在する身分制は、職を強く束縛する。平民は結婚しなければその身分が変わることはない。騎士は貴族階級からしか排出されず、反対に貴族に生まれれば騎士になるか後継を産むかしか選択肢はない。運命は決まっていたはずだった。
それを捻じ曲げたリベラが平民の羨望ではなくひたすらな憧れを一身に集めるのは納得の帰結。この国の人間に、考えることを、疑問を持つことを授けた。
「それだけってこともないんだけどね。特に凄かったのは竜種を一人で倒した時だな」
「はあ、は……あま、り……はあ、吹聴することでは、は、あ……ないぞ……」
「あ、リベラさんお帰りなさい! ごめんなさい、俺余計なことしちゃいました!」
息を切らせて駆け込んでくるリベラの姿。ミツキたちだけでなく騎士団員も同様に、珍しい姿に驚き、目に焼き付ける。
そんな彼らを尻目にリベラは水を一杯、一息で飲み干すと。
「ふう。いや、君は悪くない。見栄を張って黙っていたオレの落ち度だ。気にするな。まあというわけで、この国でオレはあまり表立って動けない。仕事に関しては君たちに頼りきりになるだろうが許してほしい」
「我々騎士団員も手が空いたものは支援するが……正直期待はしないでほしい。手が離せない案件が多いんだ」
「大丈夫です! こっちもそのつもりだったんで!」
猫の手も借りたいほどに国内国外いずれも立て込んでいるのが実情。そしてそれを打破するつもりで召集されたのがミツキたち。
これはミツキたちにとっても悪い話ではない。ここで成果を上げれば、騎士団の信用を得るというミッションの成功も近づく。リベラという恩人に報いるチャンスがくる。
「ありがとう。では本題に入る。仕事は明日から。今日の午後はディエス殿に合流して訓練に参加してくれ。明日からは手の空いた時間で訓練、という形で頼む」
「具体的には何をすればいいのでしょうか? 事前に知れるとありがたいのですが」
「それはここに来る人次第だろうな。内容によっては手を出せないものもあるだろう。それはオレの名前を使って断ってくれて構わない。あくまで簡単な手伝いでいいんだ」
ミツキたちの仕事はどうやらその日その時に飛び込んでくる相談の解決。場当たり的な対処が必要になるため「簡単」と言っても難しい。
「詳細と言われてもこの程度でね。申し訳ないが」
しかし、ミツキには関係ない。彼の性分。
「二人には悪いけど、ちょっと楽しくなってきたかもだ! だって」
「始まった……」
「だねぇ。わかりやすいよね、ミツキくん」
困っている人を見過ごすことはできない。
「誰かの役に立てるのって、やっぱり幸せですもんね!」
他人の幸福が、彼の幸福。そんな彼には天職だろう。




