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二章 七話 『その男、万能につき』

「団長が抜けちゃあ自警団どうすんですか!? また襲撃があったら」


 獣の国(アニマ)でディエスが同行しなかった理由を思い返す。魔性の国(ファタール)の限られた防衛機構、自警団。その柱たるディエスが抜けることは即ち魔獣への対抗手段を放棄することになる。したがって、ディエスは魔性の国を離れられない。そのはずだった。


「馬鹿、あの時とは事情が変わってんだろ? 戦力に関しちゃアテができたんだ。魔獣も大人しいしな。当然油断はできねえが、それでも今は俺抜きで十分対処できら」


 三国協定で西側の魔獣に対する対抗策は整った。連携が不足している現状でも持ち回りで警戒している。以前のように自警団だけで大量の魔獣を相手取らなければならない状況は起こらないと予想される。


「東側は大丈夫ですか? 獣の国の援護が見込める北と、元から魔獣の少ない南は良いとしても東は無視できないでしょう?」


「ああ。だからそっちに戦力固めるように指示してある。東は魔法の国(マギアマルクト)鉄の国(ブロットラーグ)っつう二大国が眼ぇ光らせてるからそもそもあんま心配ねえんだが」


 魔性の国、その南部は海に近い。海域には古くから竜種(ドラゴン)が巣食っていたため魔獣が寄り付くことは少なかった。それは今でも変わりなく。


 残る東に自警団の残存戦力をつぎ込めば、以前のように崩壊一歩手前まで追い詰められることも無いとディエスは踏んだ。


「でも団長さんいないとみんな不安じゃないのかな? 指示出せるかな?」


「問題ねえよ。あいつらも指咥えてお前らの帰り待ってたわけじゃねえ。成長するのが自分達だけだと思うなよ?」


 ミツキたちの獣の国遠征の最中。傭兵の国の騎士団が警戒を強めていたこともあって人員の余剰が生まれていた。それを利用しディエスは団員の基礎固めに奔走。戦力の底上げを図っていた。自警団とはいえど、国防の要。二度と綻ばないように力を尽くす。ディエスにとっては、()()()()()()()()()()なのだから。


「訓練にはみんな来るんすよね? なかなかの弾丸ツアー、大変だあ」


「いや、今回の訓練参加は俺だけ。他は全員留守番」


「それ大丈夫ですか? 当初の目的から外れるのでは?」


 今回の訓練は魔性の国の強化が主目的。それがほとんど不在というのは問題になるのでは。カイの疑問も当然。ミツキや、ゲルダでさえそう考える。


「そこは考えがあるし、リベラの兄貴にも知らせてる。ここで俺が学んだことを戻って団員に伝える。とりあえずはその方向だ。急な召集だからな、部隊の再編も日程の管理もどうしても上手くいかなかった。結局俺と少しが残るか、俺以外残るかの二択だ。前者だとメンツの入れ替えで行ったり来たりが生まれて面倒。なら後者、ってわけだ」


 傭兵の国(ガルディニア)の問題があるからと早急に始まった今回の訓練。ディエスが苦心したのはスケジューリング。仮にディエス以外の団員を向かわせようとすると、その訓練を満遍なく受けさせるためには都度の入れ替えが必要になる。団員の疲労は蓄積され、通常任務への影響は少なからず。対してディエスが行くならば、学んだ内容の還元(フィードバック)は容易。あの中で最も強く、鞭撻の技術もある彼ならば余す事なく伝えられるのだろう。


「それなら俺かカイでも……」


「カイなら期待できるが武器が合わねえだろ。一通り使える俺の方が良い。ミツキは論外だな。お前教えるのとか向いてねえだろ、不器用だし」


「これでも昔は結構頼られてたんすけどねえ」


「ねえねえ! あたしは!?」


「あー……ゲルダはなんか……向いてねえというか、心配が先に来るだろ?」


 さらっと流されているが、ディエスは非常に器用。常用している斧以外にも剣、槍、短刀、弓矢。果てには簡単な魔法まで操ってみせる。まさしく武芸百般。そうでもなければ新興国の未熟な自警団を紛いなりにも国防の要として機能させれまい。


 ミツキも「教える」ということは苦手ではなくむしろ得意な部類。自分が理解するのに苦心するタイプであったからこそ、相手が理解できるように教えるのは自分の理解、その結び目を逆向きに解くのと変わらない。今ではそれに因果集積(フェイタルチェイン)まで備わった。ディエスの見立てよりは上手くやれるだろう。それでも敵わないのはそこに年季の差があるから。今のミツキではまだ潜ってきた修羅場の数が及ばない。


「一応俺の秘蔵っ子も持ってきたが。見ろ、大学行ってた頃に見よう見まねで作った。その名も」


「ビデオカメラ! あるんすね! ……え? 作った??」


「なんでえ、知ってんのかつまんねえ。そうだよ、作った。講義サボっておもしろそうな教授のとこ入り浸ってたらなんか出来てた。ちゃんと動くのは確認済みな」


 記録媒体。これは魔法の国で独自に生まれた門外不出の技術。ミツキは誤解しているようだがそこに前世返りの知識は介入していない。後に鉄の国(ブロットラーグ)の技術革新でカメラの類が生まれたがそれとは全く異なる技術体系。便宜上名前は統一されているが、他国での再現は未だかなっていない。


「団長、マジで見た目詐欺にも程があるでしょ」


「お前、明日から覚えとけよ?」


「ディエスさん、明日からの訓練はあなたが主体じゃありませんよ」


「ねー、はやく泊まるとこ行こーよぉ。立ち話疲れたー!」





「しゅく……しゃ……? いや、これ宿舎というか」


 駅での話を切り上げ一度荷物を置きに宿舎に向かった一行。目にしたのは。


「完全に旅館ですね……」


「驚いたか? 俺も驚いた。まだ序の口だが。なんたって温泉まであんだからな」


「はあ!?」


 フェアウェルで泊まった宿には及ばないものの、非常に立派な建造物だった。



    ◇



「綺麗すぎて逆に落ちつかなかった……」


 宿舎の部屋を一人一つずつ利用することになったが元々数人一組での利用が前提とされている部屋。


「食堂の設備、勝手に使ってよかったんですかね?」


 全員が集まって食事を摂るのは宿舎一階の食堂。ミツキは学校の食堂を思い出す。広々としたその空間は四人で使用すると寂しさが残るのを避けられない。


「元々は取り壊す予定だったらしいぜ。大丈夫だろ。お、ゲルダのメシうめえな」


「ルナちゃんとデスパレートのみんなから食べ物もらっててよかったね。食費が浮くよ」


 宿舎の近隣には住宅街はない。しかし、駐屯する騎士のために食事処も多々存在している。しかし、そのいずれもが()()()()を対象にした少し値の張る店。ミツキたちが軽く入るには勇気がいる。リベラからある程度の出費は騎士団が立て替えると言われていたが、多用するのは気がひけるということで基本は自炊で賄うことにした。


 今朝のメニューは焼いたトーストに、獣の国の根菜類を煮たスープ。デザートには冷やした桃もある。簡単だが贅沢な朝食。一日の英気を養う。


「団長は今日どうする予定なんですか?」


「一回騎士団の訓練に参加させてもらう。俺も自警団やってる身だからな、せっかくの機会。贅沢に使わせてもらうわ」


 なんでもできるディエスがあえて自警団をやっている理由はいくつかある。そのうちの一つが、戦いへの渇望。血湧き肉躍るを地でいくのが彼。なまじ器用なだけに何をやっても先が見えてしまった彼が唯一分からないと感じた分野。今回の訓練に単身きたのももしかしたらそれが理由で、全ての理屈が後付けだったのかもしれない。


「じゃあそこまで一緒に行きましょうか。僕たちもリベラさんから何すればいいか聞かないと」


 ミツキたちが尽力するのは小さないざこざや住民の悩み事の解決。分かりやすく言うと「交番のお巡りさん」や「暮らし安全課」のような業務。元々は騎士団の新人や低階級のものが担ってきた仕事。


「お、早速連絡みてえだな。ミツキ、出てくれ」


 食事中の宿舎に轟くのはつんざくようなベルの音。わいわいと会話を楽しんでいた彼らであっても思わず話を止めてしまう。


「もしもし、ミツキです」


「何やってんだ? こっちからは話せねえぞ?」


「あ、忘れてた。電話とは違うんだった」


 電話のようなシステムと形状。受話器の形をしているが音は一方通行で流れていく。


「朝早く失礼致します。魔性の国自警団のみなさま。今日のご予定を連絡させていただきます」


 おそらく事務員であろう女性の声。受話器を耳に当てるミツキにだけ聞こえる。


「ディエス様は午前中から訓練参加をご希望でしたので、()()()、三番地までお越しください。直行線から一度貴族区の五番地で環状線に乗り継ぐ必要があるのでお気をつけを」


「らしいすよ、団長」


「いや聞こえねえよ。後でかいつまんで伝えろ」


「ミツキ様、カイ様、ゲルダ様。御三方は()()()、十番街の駐屯地へお越しください。リベラが向かっております。中央区から直行線のみで向かえますのでよろしくお願いいたします。では、失礼します」


 聞いた内容を簡潔にまとめて共有するミツキ。ディエスも雑用を押し付けるためだけにミツキを使ったのではない。因果集積があるミツキには適任との考えもあった。抜け目のないディエスはここぞとばかりに自分の面倒を横流しにする。


「じゃあ俺とお前らは反対方向か。心配だな。また遅れるんじゃねえぞ?」


「団長こそ、職質されても知りませんよ? いかにも山賊ですみたいな風貌……いってえ! 殴った!」


「こいつ、アダンの旦那にどんどん似てくんな……そんじゃ、先行くわ。ご馳走さん。行ってきます」


 足早にかけていくディエス。待ちきれないといった雰囲気。その目がまるで少年のような輝きを宿していたことにはミツキしか気づいていない。


「っし! 俺らも行こうか!」


「ええ。今度は遅れらんないですからね」



「まだダメだよ。洗い物、二人でちゃんとしてね?」


「「……」」

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