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二章 六話 『傭兵の国』

    ◇



傭兵の国(ガルディニア)。その源流はおよそ千年前。歴史としては魔法国(マギアマルクト)に次ぐほど。台頭してきたのは近年になってからだがね」


 まだミツキが常識に疎かった頃。その時に受けたアダンの講義。


「初めはただの傭兵団だったようだ。それが国と言えるほどに大きくなるには時間がかかった。しかし、国になるのは必然だったようにも思うね」


「ん? 魔獣が出現し始めたのって七百年前くらいからじゃないですっけ? 千年前になんで傭兵団?」


「ほう、ちゃんと勉強しているようだ。その通り、魔獣が出現したのはおよそ七百年前。死造神ダアトが姿を現した時期だ。確かに現代、傭兵の国の戦力は対魔獣に特化されている。しかし、戦力が必要になるのは魔獣以外の場面にもある」


 戦力の行使。ミツキは前世で嫌というほどそれが必要になる場面を見聞きしていたはずなのにすっかり抜け落ちている。まるで他人事のように。それも仕方がないことではあるが。この神造世界ではおよそ遭遇しないから。かの神の存在が、人々をそれから遠ざける。


「そうですね、危険って魔獣だけじゃないや。何で忘れてたんだろう。人って、元々はそういうものなのに」


 盗み、諍い、戦争、殺人。人は悪行を為す。奇跡(ギフト)のない世界であれば当然に。今よりも技術が足りていない過去であればその存在はより顕著に。戦う術のない者、抗う術の無い者と、力を振りかざす者との差は、今ほど容易に埋められるものではなかった。だから人は抗える者を求めた。


「その通り。傭兵の国が今でも弱き者のためにと剣を掲げるのは起源がそうであるから。そして七百年前に彼らの役割は拡大した。多くの者が抗えず死んでいった。それを良しとしないのが彼らだった」


 魔獣が生まれ、戦う力のない人間が消えた。戦う力があっても人の少ない村が消えた。人があっても、運の悪い街が消えた。代わりに、はぐれて一人ぼっちの人間が多く生まれた。


「そんな傭兵団の噂が広まるのに時間は掛からなかったようだ。彼らのキャンプには次第に人が集まっていった。守ってくれる力がすぐそばにあるのは、何よりも安心だったのだろう。村を、街を、国を、そして家族を、失ってしまった人々が寄り合い、村の真似事をし始める」


「それがどんどん大きくなって、国になったんですね。すごいなあ、人間ってやっぱり強いや」


 何もかも奪われても諦めず生きようとした人々も、関係なかったはずのそんな弱者を守ろうとした人々も、どちらも等しく強く、尊敬できる。ミツキは一度奪われ全てを諦めそうになったから。今でも見果てぬ夢に、しばしば心折れそうになるから。


「利害関係は成立していたと思うね。傭兵団が命を守る。その代わりに、日常の雑務は戦えない者が受け持つ。まあ私に言わせれば、それが現代でも形を変えて残っているという状況はナンセンスだが」


「え、何でですか? 適材適所ってやつじゃないです?」


「そうかもしれない。だが、そこにはやはり『思考』があるべきだ。昔からそうだから。伝統だから。それだけで可能性を閉ざすのはあまりに勿体無い。考えた上で選んだならば文句など無いが、今の()()()は思考停止に陥りかねん。私は、好きではないね」


 アダンは智の蒐集者。常に思考を止めずに生きてきた。そのせいか嫌悪にも近い感情が絡みつく。その根底にあるのは期待。人間は可能性に溢れている。自分にしかできないこと。他人にしかできないこと。アダンは、あまねく人間の可能性を知りたいのだ。


「先生って、面倒な性格してますよね。空気読めないのに人のこと大好きでしょ」


「? 空気は読めるが? そうでなければ仕事などできまい? まあ人生経験の浅いミツキ君はまだわからなくても仕方ないか」


「そういうとこ! 俺の前世知ってて人生浅いみたいな皮肉言えるところっすよ!」



    ◇



「そろそろ見えてくるはずだっけ。そしたら飛竜から降りて歩かなきゃだな」


 魔獣の国を出発し数時間。魔獣すらいない空っぽの平原を見下ろして進むミツキの目に。


「あった! すっげえ、あれが傭兵の国の『監視塔』かあ! あんなのどうやって建てたんだろ!?」


 天高くと聳え立つ鉄の塔。傭兵の国を象徴する旗印(メルクマール)。訪れたことがなくとも知っていると言われるほどに、その存在は特異で有名。未だミツキは傭兵の国から遠く離れた場所にいるのに、それでもはっきりとわかる巨大な天の柱。


 傭兵の国の中心。そこに立つこの監視塔はかつての「櫓」が変化したものである。周囲を見渡し接敵を知らせる役割。今では国全土を見渡せるほどに。


「うし、じゃあここまでだな。ありがとね。バイバイ!」


 優しく頭を撫でてから飛竜に別れを告げて走るミツキ。その視線の先にはこれまた高く積み上げられた壁。


 傭兵の国はこの壁にぐるりと大きく囲まれる形で成り立っている。侵入が可能なのは、上空か、門の四か所にだけ設けられた関門のみ。上空は兵士が睨みを効かせており、関門には鉄の国で仕上げられた強固な鉄扉が備えられている。これをくぐるには厳格な審査が必要不可欠。身分の審査。持ち物の検査。出身地。果てには魔法の適性まで。そのせいもあってか、傭兵の国への旅行者は非常に少なく、移住も今ではほとんど見られない。


「なんか、成り立ちからは考えられないなあ」


「そうだな。だが何事も変化するものだ。『適応』とも言う。アテナ殿のように柔軟であるのが寛容だよ」


 関門の側に待ち構えていたリベラ。彼が突然現れるのは前に経験したためミツキはあまり驚くことはない。どっちにしろ確かな身分のないミツキたちではリベラの力添え無くしてこの国には入国することすらできない。


「では、行こうか。ミツキは列車には乗れるかな?」


「列車、って、何両くらいすか? 少ないと車イメージして怖いかもだ」


 仮に一両だとしたらほとんど車と変わらない。それに乗るのは今のミツキには少々荷が重い。走り出した途端に吐きかねない。


「多いものなら十両、少なくとも五両はある。心配はないよ。入国してしばらく歩くと右手に駅が見えるはずだ。それに乗って()()()に向かってほしい。終点だから間違えることはないだろう。気をつけるのは、直行線に乗ることだけだな。案内板は確認しておいてくれ」


「リベラさんは同行しないんですか?」


 土地勘の無いミツキ。方向音痴ということはないのだが一人では些か心細い。心情的にはこの世界で最初に目覚めた時と似ている。


「ああ、すまない。協定について共有する必要があるから、一度騎士団の部隊長と議会とで話をしてくる。一応軽く話は通しているが、重要事項は何度確認しても足りないからな」


「はえー。やっぱりリベラさんも政治的な発言力あるんすねえ。了解っす。それで俺はどこに居たらいいです?」


 傭兵の国でもしばらく滞在することになる。その間の拠点。リベラが準備する手筈になっていたが、詳細は聞かされていない。獣の国(アニマ)での宿はいずれも悪くなかったため、この国でもとミツキは人知れず心躍らせていた。


「駅に着いたら案内してくれる人がいるはずだ。宿、と言えるほど立派なものではないのだが、中央区の旧宿舎を一つ、君たちに貸し出そうと思っている。管理は怠っていないから不便はないはずだよ」


「中央区行き、直行線。間もなく出発いたします」


 扉を開けたところで鳴り響くアナウンス。ミツキが乗る予定の列車が発車することを告げる。


「まずい! ミツキ走れ! あれを逃すと待ち時間が長い!」


「は、はい! じゃあまた!」


「うわ、今のなんだ? 速っ!?」


 魔力全開で駆け抜けるミツキ。ともすれば列車にも追い縋るのではと思わせる。ミツキも電車に乗り遅れて痛い目を見た経験がある。背中を蹴られたかの如く跳ね飛んで行った。




「だめだー!! 迷ったー!!」


 それも徒労に終わったのだが。


 結局ミツキは予定の列車を逃しおよそ一時間遅刻することになった。


「遅刻……第一印象悪いじゃん……どうしよ……」


「そんなとこで項垂れてるの、ちょっと恥ずかしいですよ、ミツキさん?」


 結果、遅れてきたカイとゲルダに合流出来たことは心細いミツキにとっては幸運だったかもしれない。


「しかたないよ。しらないとこだもんね」


「まあそうなんだけどさ。仲良くなるのに時間かかるの、ちょっと苦手なんだ」


 人とうまく距離を縮めるのがミツキの長所。それも彼が人付き合いを好んでいるからこそ。だから人に距離を取られるのは苦手。


「それはおいおい考えましょう。列車、来たみたいですから行きましょう」


 カイは地図を一瞥もせずに迷いなく進む。まるで何度も利用しているような有様。ミツキとは正反対。


「……なんで?」


「事前に調べる時間があったので。ミツキさんにしては珍しく予習、怠りましたね」


「うわー! 予習サボって本番ミスるとか考えらんねえポカじゃんか!」


「ほら、そんなこと言ってないではやく行こ? また遅れちゃうよ?」


 頭を抱えて大袈裟にリアクションをとるミツキの手をゲルダが引いて行く。一人だとまた遅れていたかもしれないとミツキは思う。想像以上に駅の構造が複雑だったからだ。


 日本の大都市にある駅には非常に複雑な構造をしているものが多々存在する。それには及ばずともこの国の駅も複雑。複数の「線」が存在するが故の交錯した通路。リベラは良く利用するから気が付かなかったが、初見で、かつ急ぎの状況で滞りなく目的地に辿り着くのは不可能と言い切れる。


「技術力、すごいんだな。監視塔もあんなデタラメな高さしてるのにしっかりしてるし」


「大体鉄の国(ブロットラーグ)由来らしいですけど……ミツキさん、そんな顔しない」


「中央区まで一時間だっけ? 列車って観光するもの? あっちはこっちと何か違うのかな!? わくわくするね!」


「姉さん、列車は座って大人しくしてるものだから、落ち着いて。子供みた……いや、何でもない。危うく口を滑らすとこだった」



 列車の造りも日本の電車とあまり変わらないもの。違うのは速度。窓から差し込む風景は、そのカタチを認識出来ないほどに素早く移り変わる。


 魔鉱石を利用したことで実現した高い強度。それに合わせて設計された魔法を用いたエンジン。リニアすら上回る速度であっという間に国の中心に近づいていく。その分メンテナンスに時間がかかるのが難点。待ち時間が長いのはそのため。とりわけ中央区行きはそれが顕著。



「中央区、中央区。終点です。忘れものの無いようお気をつけてお降りください」



 そこは木製の駅。改札と線路程度しかないシンプルなもの。


「着いたー! お、この駅はシンプルだ。地方の駅思い出すなぁ。えっと、案内してくれる人は……」


「遅い到着ですなあ。なかなかいい度胸をしてらっしゃる」


 声。ミツキたちの横から責めるような。それと裏腹に揶揄うような声色で。



『案内してくれる人』



「あー、なんか違和感あると思ったら、そういうことかあ」


 案内人が騎士団の人間ならリベラも単に「案内人」とだけ言っただろう。リベラにとって目上の人間だとしても、部外者のミツキに語る場面でかしこまる必要はない。


 敢えてその言い方をとった理由は簡単。案内人が。


「ちょっと暇だったぜ。駅で座って待つのも疲れんだぞ? ミツキよお」


 ミツキの知る人物だったから。



「団長、何でここいるんすか……?」

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