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二章 五話 『響く音色、宣戦布告』

「ミツキでーす。戻りましたー。ブドウ貰ったんでいる人食べませんかー?」


「おかえりなさいませ。ブドウもよろしいけれど、最初に書類からいただけます?」


 人が暮らすにはあまりに広い玉座。そこにたった一人佇むのはルナリア。気の抜けたミツキの言葉に思わず吹き出してしまった彼女。


 そんな笑顔がミツキには少し寂しそうに見えた。彼女はこの笑顔をいつまで作れていたのだろうか。いつから失っていたのだろうか。戦っているときは狭く感じていた玉座。それがあまりにも広く見えたのは、彼女の生を少しだけ知ったから。


「──ふふ、ミツキさんはほんと、優しい方。私のこと、まだ苦手でしょうに」


「え? あ、いや、そんなこ、と……すみません、ちょっとだけ」


 伊達に女王をしていない。長命の彼女には人を見る目がある。ミツキが自分を苦手に思っていることなど初めからわかっていた。そんな彼が、自分の人生。失った命を見送るばかりの人生に憐憫を感じていることも。


「──でも、今は違いますよ? 親近感というか。そうじゃなきゃ一人では会えないすよ」


「あら? ならやっぱり私と一緒に暮らしませんか? 一人は少し寂しいの」


「うわあ、それは殺し文句っすね。でも」


「ルナリア様、フェアウェルがしばらく機能しないのでそれに伴う損害の概算を……あ、ミツキさん……お帰りだったんですね、すみません」


 ミミが今は隣にいる。短くない影武者生活で培ったスキルをふんだんに生かして今はルナリアの補佐をしている。


 あれだけぞんざいに扱われていたミミがそれでもルナリアと共にいるのは、ルナリアがどん底にいた彼女を掬い上げたから。今まで耐えてきたのも、目の前でルナリアが苦しんでいるのを見てきたから。ミミにとってルナリアは、いつからか実の姉妹のような存在になっていた。


「ミミさん、俺より年上すよね? 敬語じゃなくて大丈夫ですよ? 俺、もっと気楽に話してくれた方が嬉しいっす!」


「──じゃあ、ミツキ、君。ふふ」


「ちょっと、顔がだらしないのではなくて? はあ、あなたのおかげで情に訴える作戦がパアですわね。それとミツキさん、女性に年齢の話はナンセンスですわよ?」


 プレッシャーのない状態ではうまくやれていたのだろう。そうでなければ長い時間同じ体制で支配などできない。


「じゃあちょっと休憩にしましょ。そうだ、ここテーブルおきましょうよ! 殺風景なの寂しいですし!」


「うん、私もいいと思う。ルナリア様、早速手配しますね」


「私何も言っていないのだけれど!?」


 ルナリアは口ではそんなことを言いながらも、これからの日々に期待を募らせていた。


 ──自宅で食卓を人と囲むのなんて、一体いつぶりかしら。


 

    ◇



「とりあえず魔性の国(ファタール)の賛成もいただけましたし、三国協定の批准も完了ですわね」


 ミツキの帰国した夜、三国協定についての話し合い。実際に三国の同意を得たタイミングで話が進められる。


「まず重要なのはお互いに侵略行為を禁じる条項ですね。オレも、ルナリア様も毛頭ないが、明文化されるだけで大きな意味がある」


「警戒領域の分担も大きいですね。どこかの国が何らかの事情で動けない時も防衛が可能。ただし、対魔獣に限られてはいますが。国民は安心するのではないでしょうか」


「なんかむずかしい……みんなで協力しよー! ってだけじゃないんだね」


 個人個人の契約でも可能な限り不足の事態を想定して条項を盛り込む。それが国家、それも三国ともなればなおさら。


「防衛を考えると領土への侵入を全面的に認める方がよろしかったのですけれど」


「それは周辺五国の均衡を崩しかねませんからね。魔性の国がある以上仕方ない部分でしょう」


「それでも要請次第で可能としたのは攻めましたね……僕はよく知らないんですが、かなり厳しい利権争いなんでしょう? 非難されれば言い逃れできないのでは?」


 原則として、魔性の国は他国の介入を認めない。そもそも独立させたのがどの国家の手も入れさせないためなのだから当然だが。


「要請が可能となる要件を厳しめに設定致しましたので。他国にとっても介入が利益になるような状況を明文化した程度でしょう」


「破った場合の罰則、軽くないすか? 罰金だけ?」


 このような話し合いでミツキが言葉を挟むのは少し珍しい。戦争というものを文字だけとはいえ知っている。そんな彼だからこそ懸念するのは協定の放棄。抜け駆け、裏切り。


「私が言うのも変ですけれど、裏切りの類は問題ないかと。金額もそうですが、睨みを効かせるのがこの三国に留まらないと言うのがミソですの。抜け駆けを狙うような動きは周辺五国全てに都合が悪い。それを一気に敵に回すのは、そうですわね、リスクとリターンが釣り合わない、とでもいえばわかるでしょうか」


「なるほど。いや、完全にはなるほどじゃないんですけど理屈は分かりました」


 ここまではあくまで決定していた条文を全員で共有した程度。ここからが本題。


「オレたちはこれから連合部隊を形成することになるが、それにはお互いの実力を熟知していなければならない」


「まずはそこからですわね。本当は魔獣が少し出てくれれば都合がいいのですけど……失礼、少し不謹慎でしたわ」


 現状、魔獣は不気味なほどにその姿を見ない。大侵攻を凌いだのだから当然なのだが。


「サンドバックにルナさんの部隊しばくのもダメですもんね」


「……ふうん? ミツキさんは私の子たちを『しばける』、そうおっしゃるのね? 面白いですわ。ちょっとやってみようかしら」


「いや、言葉のあやというか、リベラさんならできるというか」


「オレに責任をなすりつけないでくれ、流石に恐れ多い……と、本題に戻すが、対魔獣を厳密に想定するのは困難な状況。そこで」


 魔獣との戦闘を経験できない。ならばどうやって魔獣相手の戦闘能力を測るか。


「我々、傭兵の国(ガルディニア)の騎士団。その人員が魔獣との戦闘経験をもとに対魔獣の戦闘可能性を判断する」


 戦闘のエキスパート。この世界において戦闘は基本的に魔獣相手。すなわち対魔獣のエキスパートたちが評論する。


「うわあ、緊張する。それ、多分俺たちも」


「もちろん、評価対象だとも。そして至らない部分が仮にあれば我々が指導する。まあ、色々とむずかしいことも言ったが、簡単に言えば騎士団による自警団の指導だな。覚悟しておくといい。オレも本気で君を指導する、『外套の魔道士』。昂るな。宣戦布告だ」


 ルナリアの魔獣部隊は人間の戦闘に合わせるのが基本。命令次第でいくらでも融通が効く。初めから訓練の頭数には入っていない。つまりこの訓練の目的は最初から魔性の国の戦力底上げが目的。


「なるほど。連合軍になる以上、一国の戦力増強はそのまま他国の戦力増強につながる。すでに仕上がっている自国を強化するより上昇幅は大きいですからね。僕も盲点だった」


「そっかあ! それなら獣の国(アニマ)の復興に力使いながらでもだいじょぶだもんね! ルナちゃんさすがに女王さまだ!」


 数日前はばちばちと火花を散らしていた二人だが本質的には非常に仲がいい。魔獣であるルナリアはゲルダが信頼のおける相手。そうでなければ裏切られてショックなど受けない。天真爛漫なゲルダはルナリアにとって目の保養。無用な気遣いが不要の相手。


 ただ一人、彼さえ絡まなければとても相性の良い二人である。


「となると……訓練はすぐにでも始められるってことですね」


「ああ! それで団長はすぐ会えるみたいな言い方してたのか!!」



『また後でな』



「ええ……名残惜しいですけれど、明日には一旦お別れですわね」


 寂しさは隠しきれない。それでも、手に入れた物は果てしなく。それならば、手向けるのは涙ではないだろう。ルナリアは精一杯に笑顔でそう言った。



    ◇


 出発の日、フェアウェルの入り口。


「じゃああたし、デスパレートのみんなにお別れ行ってから合流するね!」


 ゲルダは飛竜で寄り道。カイは周辺の農村部の様子を見てから。アテナは引き続き復興の手伝い。先に獣の国を去るのはミツキとリベラ。


「あ、そうだ! ルナちゃん、ちょっと耳貸して!」


「? どうなさったの?」


「えー!? 俺も聞ーきーたーい!」


「──ミツキ、やめた方がいい。オレの第六感が触れるなと叫んでいる。危険だ」


 見たことのないほどに真剣なリベラの表情で思い切り口をつぐむミツキ。さすがに理解できる。ここで繰り広げられているのは。


「ふふ。覚えておきますわ。ゲルダさんと私は、ライバルですわね」


「うん、負けないからね!」


 清々しい表情で握手を交わす二人を見て、ミツキは『女の人ってわからねえ』との感想。まだまだ子供である。


「では、我々も行こうか」


「俺は飛竜で行きますよ!?」


 自動車に一人で乗るのが寂しいのか、ミツキに同乗を拒否されたリベラはガックリと肩を落として運転席に乗り込み、小さく手を振って去っていった。その後ろ姿は今までで一番小さく寂しく見えたという。「剣神」の名が泣く音が聞こえた。


「じゃあ俺も。ルナさん、今までお世話に」


「あら? ミツキさん何かお忘れではなくて?」


 忘れてはいない。ミツキが甘んじて受け止めるはずだった。


「うぅ……覚えてますぅ……何なりと……」


 罰。自分で受けると言った手前なかったことにはできない。


「うふふ、かわいい。そんなに怯えないでくださいませ。思わず食べてしまいたくなる」


「ルナさんが言うと冗談に聞こえねえ! いや、すみません、そんな悲しい顔しないでくださいよぉ……」


 冗談とわかるように言った言葉が冗談に聞こえないと言われたことに軽くショックを受けたルナリアが膝を抱えてうずくまる。それを見かねたミツキが思わず駆け寄ると。



 肩を掴み、力強く抱き寄せられる。そうして耳元で一言。


「また、二人きりで『デート』、してくださいな」


 そう言って、優しい顔で手を振る彼女。


「あなたの危機には、必ず駆けつけます。大好きなあなたのためなら。ふふ。これも宣戦布告、ですわね」


「──ありがと、ルナさん。俺、あなたの『好き』に恥じないように頑張るよ」


 遠ざかる彼女に聞こえるか聞こえないか。ギリギリの声色。彼女の姿が見えなくなる。それでも聞こえる。こだまするような告白(大好き)の音。


 負けられない理由。大切な人がまた一人、増えてしまったようだ。

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