二章 四話 『帰郷』
「アテナさん、行きよりおっきくなってません?」
「一応私も女性だぞ? そういう物言いは気をつけた方がいい」
「あ、すんません! 良かれと思ってつい口に出ちゃった!」
女の戦いの翌朝。早速魔性の国に向けて出発したミツキとアテナ。カイとゲルダは引き続き復興に力を貸しているため、この二人での帰郷になった。
やはりというか、ミツキは車に乗れないので竜化したアテナの背に乗る。女王の飛竜は今はまだ国内の状況確認に使い倒しているので利用できなかった。だがおかげで気づいたことがある。アテナの大きさが以前より増している。それは太ったとか成長したとかいうことではない。
「今回の旅は実りの多いものとなったようだ。やはり君に付いていくのは正解だな。不謹慎だが面白いものに出会える」
見聞の変化。人間との関わり。一対多、かつ人間を守りながらでの魔獣との戦闘。経験にないことを経験できたからか、その身体は「適応」したのか僅かに成長していた。
「意外と手に入れたもの多いですよね、今回の旅。みんなが何かしら手に入れた感じだ」
ミツキは言うまでもなく奇跡を。ゲルダとカイは手がかりを。アテナは力を。ルナリアは原点を。そしてリベラは目的を。それぞれ手に入れた。
「これなら全部取り戻すのもすぐかもだ、っと。着いたー!!」
魔性の国の入り口から少し離れた場所に降り立ち、アテナは人間の姿に戻る。
「よお、ずいぶん楽しい旅行だったみてえだな、ミツキ」
「団長! なんで? 仕事は?」
ディエスがミツキたちを迎える。戦闘用の服ではなくプライベートのラフなもの。武器も持っていない。
「最近は傭兵の国の傭兵さん方が張り切ってくれてんだよ。それに北西は女王サマの魔獣が見張ってる。おまけに数まで少ねえ。そんで勤務時間の見直しがあったんだよ。おかげで暇になっちまった。そのほうが良いんだが」
「ですね。ルナさんが味方ってのも伝わってるみたいで良かったっす。それで預かってきたのがこれで」
「ああ、聞いてる聞いてる。聞いてなきゃお前を迎えにきたりしねえよ。協定だろ? 魔獣便で来たが流石に街中には入れれねえから一方通行で終わってたんだ。概要は知ってる。住民の意見も統一済み。お前もう戻っていいぞ」
「うそお! 団長仕事早すぎっすよお」
数日のんびりできると思っていたが蜻蛉返りになった。せっかく土産も買ってきたのにと落胆していたが。
「おい、そこまでにしておいてやれ。少年はお前ほど器用ではないぞ。意図を汲み取るのを期待するのはやめておけ」
「わかってるよ、アテナの姉御。こいつの後始末で面倒かかった腹いせくらいいいだろ? てなわけで今うちの国ではお前の仕事はねえ。かといって女王の使者すぐ帰らすのは礼儀知らずになる。まあお前でも分かる様に言やあ、しばらく休暇だ。大体二、三日。ゆっくりしとけ」
「やった! 団長大好き!!」
「とりあえず報告書書いてからな。五十枚」
「だと思ったよちくしょう!」
◇
翌日。
「おう、ミツキ! ……なんだ、ゲルダちゃんはいないのか」
「おじさんひどくない!? お土産あげないよ!?」
「……冗談だって! お帰り! で、それは?」
「ゲンキンだなあ! さすが商売人だよ!」
超特急で報告書を書き上げ真っ先に向かったのはいつも世話になっていたヴァーリの店。土産の桃団子を持って向かう。
「それと、リードさんにもこれお土産です。獣人の毛を使ったお守りらしいんで。狩りの時、怪我がないようにと思って」
獣人の強靭さに倣って安全健康をもたらすとされるお守り。ミサンガのような飾り。獣害に対して頻繁に対抗する彼の身を案じてミツキが選んだ。
「ありがとう。うん、いいね。大事にするよ。でも、これ相当良いものじゃないか? 高かったんじゃ?」
「これもうまいが良いとこのお菓子っぽいねえ。ミツキ、あんたそんなにお金持ってたのかい? 一文なしだったのに」
「あー。それは、うん。ちょっとしたパトロンがいまして……」
せっかくの帰郷だからとルナリアが土産用に出資していた。国の宣伝にでもなればと考えていたのはさすが女王というべきか。
「お前、ほんと人に恵まれてんなあ。アテナちゃんも綺麗だしよお。どうなってんだ? 奇跡の効果か?」
「ちゃん……まあいいか……若く見られるのは存外気分がいい」
「アテナさんだいぶ人間らしく……あいてっ! なんで殴るんすかぁ」
「君はまた外でむやみに……危機感がないというか……まあこの国ではやむを得ないか」
ミツキはこの国に特別な感情を抱いている。この世界で覚醒して最初にいた場所。それ以上に、そこにいる人々がいずれも優しい人だったから。恐らくどの国でもそうなのだろうが、ミツキにはそれが何より嬉しかった。だから、故郷として強い思いがあると、一度離れてみて強く自覚した。
そしてその中でも。
「おやおや。まさか私を忘れてこんなところにいるとは思わなかったな。物忘れがひどいようだが、また失くしものでもしたのかい?」
「げ」
一際重い感情を向けている相手。驚かせようと準備していたのだが、その相手が現れる。
「あちゃー。きちゃったかあ──ただいま、先生」
「ああ。お帰り、ミツキ君」
◇
「そうか。まずは一つだな。それも最も懸念していたものを取り戻せるとは、幸先がいい」
報告すべきこと。やはり最初は奇跡、無限光のこと。
ミツキとアダンが懸念していたのは、悪用の可能性。無限の魔力は使い方次第では如何様にも化ける。もし、この世界に悪人がいるのであれば。もし、悪人に渡ってしまえば。ミツキたちが行動を急いだのはそれが大きな理由。
苦克上塗も危険な奇跡。他者の感情を塗りつぶすなど、うまく使えば国一つ奪えるだろう。それでもミツキは無限光ほど心配はしていない。
『あいつは、多分だけどそんな使い方はしない』
言及すれば機嫌を悪くするから誰も口にはしないが、宿敵への信頼にも似た感情があるから。
「これでキミの戦力は跳ね上がる。戦闘も交渉も楽になってくるだろう。次に向かうのは魔法国がいいかもしれないな」
「そのことなんですけど、次は傭兵の国に行く予定です。世話になった人が協力してほしいみたいで」
定石で言えば、大きな国土と深い歴史のある魔法の国が次の目的地にふさわしい。しかし受けた恩義を捨てられるようなミツキではない。
「そうか。ふむ。傭兵の国は歴史は浅くないが、ゲルダくんたちの情報はあまりないだろうな。あそこは知識を重視していない。あるとしても最低限」
「だが無意味ということもあるまい。奴らには『強さ』がある。少年が目指す夢には遠回りとはならんだろう」
軍事大国、傭兵の国。リベラを見れば分かる。それが意味するのは強さ。
今回のことでミツキが自覚したことがある。
「俺は、まだ全然弱い。多分、奇跡が全部あっても今はリベラさんには敵わない。だからいい機会だと思います。弱いままだと二人の足手まといになるから。ちょっと申し訳ないけど──強くなりたい」
ルナリアに単身では確実に負けていた。相手は殺さないよう細心の注意を払っていたにも関わらず。ふつふつと湧いてくる強さへの渇望。久しぶりに飢えのような欲を感じたように思うミツキ。
「──いい兆候だ。キミは長らく何かを望むことから遠ざかっていたのだから。それくらいでちょうどいいとも。私は応援するよ」
「私もだ。次は力を貸せんが、頑張るといい」
アテナの離脱。旅の最後で蜘蛛の糸となった彼女が不在となる。不安になるのが当然だが。
「ですよね。あの国はアテナさんも入りづらいや。でもリベラさんもいるし、大丈夫。頑張りますね!」
ミツキも歴史は一通り学んでいる。彼女が入れない理由も分かる。文句はない。後ろ髪もひかれない。いつも通り、今の自分に「できること」を頑張るだけ。
◇
そして、予定通り三日、ミツキはのんびりと故郷で過ごし。
「んじゃ、俺も合同訓練では合流すっから。また後でな」
出国の時がきた。向かうのは獣の国。再び復興の手伝いをした後に傭兵の国へ向かって最初のミッションに取り組む。
「うす。みんな元気そうでよかった──墓参りもできたから、ほんとよかった」
「おう。あいつらも喜んでんだろ。ひよっこどもも嬉しそうだったしよ」
束の間の帰省で英気は養えた。魔獣の不在もとりあえず確認できた上に、他国の援助も以前より増している。ミツキの後ろ髪をひく事象はない。
「じゃあ、先に行ってきます!」
「行ってこい」
新たな力と共に、新たな旅へ、いざ。
「『外套の魔道士』くんよ」
「……え……? え、ちょっ、え?」
とはいかないようだ。知らないはずの事実に、ディエスがたどり着いていたことに驚きが隠せない。
「お前本気で隠せてるつもりだったのか? あの時点で『一月前』。『外套の魔道士』の出現時期とお前が目立ち始めた時期。それと無限の魔力とかいう眉唾もんに必死になってる姿。バレバレだろ?」
「えー……いつ話そうか悩んでたのに……」
「はっはっは! 食えん男だな! 物理的にも食えんだろうが!」
「……まあ気いつけるこったな。お前は分かりやすい。俺からお前への土産だ。ためになったろ?」
周囲に誰もいないタイミング。ミツキに衝撃を与え忘れないようにするタイミング。ディエスなりに気を遣った結果。それでもミツキはリベラとの会話から暴露のタイミングを測っていた分衝撃が大きい。
「……あざす。ルナさんのこと顔で分かりやすいとか言えねえなあ」
「んじゃ、今度こそだ。また後でな」
しっしと手を振り早く飛ぶように促す。その表情は少し嬉しそうで。
それでも、少しだけ寂しそうで。
「はい、また後で!」
その姿が遠く消えるまで、いつまでも見送っていたことをミツキは知らない。




