二章 三話 『戦いの後は様々に』
侵攻から三日。
「みんな! ひさしぶりー! 手伝いに来たよ!」
「おお! ゲルダの嬢ちゃんじゃねえか! わざわざ悪いな」
デスパレート。ゲルダの眼前に広がるのは以前来た時とほとんど代わりない光景。先の侵攻では大きな被害を受けたわけではない。住民の力だけで十分回復が見込めるだろう。
それでも彼女がここに来たのは、単に「会いたかったから」。約束をしてすぐ危機が襲ってきたために無事であることを自分の目で確認したかったのだ。
「今日は一人できたんだね。大変じゃなかったかい?」
「うん! 飛竜に乗ってきたからあっという間だったよ」
「そりゃいいや。俺らにも貸し出してくれねえかな、女王さま」
平時は監視と空域の防衛に使っている飛竜だが、臨時にミツキたちの移動手段として貸し出されている。国民でも乗る機会がないもので、やはり羨望の的。あっという間に人が集まってくる。
ゲルダも見知った顔が確認できると満面の笑顔。たった一人で人に囲まれてもなんともない様子。
「よおし。みんな、がんばろうね!」
◇
「アテナさん、重いでしょう。少しは僕が持ちますので」
「気を使う必要はない。まだ怪我も癒えていないだろう。無事なものは尽力するのが仕事。怪我人は怪我を治すのが仕事。大人しくしておけ」
「こいつ、アテナさんのこと気になってんでしょ。カッコつけたいんですよ」
「違っ、いやほんと、そんなんじゃないですから!」
ナレッジ。被害で言えばヘイデイに次ぐが着々と復興の兆しが見え始めている。研究拠点はいくらか潰れてしまっているが、その大元である図書館が無事であったことが大きい。研究内容のバックアップが保存されていたためすでに幾らかの施設は活動を再開している。別の分野との共同研究が始まっているのは怪我の功名というべきか。
「強かだな。人間は私が思っていたより」
「それで、アテナさん。先日の話検討していただけましたか?」
「いや、断ると言っただろう。研究材料にされるなど御免だ。話が通じんのか学者というものは」
その素性ははっきりさせてはいないものの特異な存在であることは知られている。それが知識の街ともなれば引く手数多。先ほどアテナに声をかけてきた青年も彼女に恋焦がれた訳ではなく研究対象として惹かれていたのだろう。こんな状況下であっても智に貪欲。人間の強かさをこれでもかと思い知らされる。
「肉体労働ならいくらでも代わってやる。その代わり私のことは気にするな。お前たちが目指すものに私が関わるべきではない」
彼女の智は、いわばチート。彼らが本来一つずつ紐解き進んでいくはずの階段を何段も飛ばして進ませてしまう。それでは勿体無いと彼女は言う。結果ではなく、その足跡にこそ価値があるのだと。だから関わりは避けてきた。だけど。
「だから、少しでもはやく見せてくれ。お前たちがどこに辿り着くのか」
旅を経て変わった価値観は、彼女をもう一人にはさせてくれないようだった。
◇
「見回り終わりました。女王陛下」
かつて女王を騙っていた彼女、ミミが告げる。
「ご苦労様……あなた、もう体は大丈夫なのかしら?」
「……はい。あの時はどうなるかと思いましたが」
「言いますわね……あなたにはまだ、頑張ってもらわないといけませんから」
ルナリアが女王として君臨する限り、影武者の存在は不可欠だと思っていた。自分は時の流れが違う。それを知った人間は自分を不審に思うだろうと。
それ以上に、関わるのが怖かった。必ず、先立たれてしまうから。それならば初めから孤独である方が楽だった。簡単だった。
「私は、すぐにでも明らかにしたほうがいいと思うのですが」
「まだですわね。もう少し復興が進んだ時に。こう言うのは『タイミング』が大事ですわよ」
「たい……?」
しかし、彼女は人間の強さを知った。死んでしまうとしても、そこには確かに残るものがあると分かった。
だから少しずつ体制を変えていこうと考えている。影武者を立てるのも彼女で最後。これからは自分が矢面に立っていこうと。逃げないで向き合おうと。
「お疲れっすー。今日のお手伝い終わりましたー、っと。えーっと」
「あ、お、お疲れさま、です。では、私はこれで。ミツキさんもまた」
逃げるように早足でかけていく。ミツキは彼女といざこざがあった間柄。特に彼女はミツキを捕らえ、カイとは一戦交えている。
「避けられても仕方ないんだけど、なんか寂しいなあ。せっかくほんとの姿で仲良くなれそうなのに」
「……ミツキさん、そういうところ。ちょっと危なっかしいですわね。もう少し自覚なさったら?」
「えー!? 俺が悪いやつすか!?」
女王を騙るプレッシャー。それが彼女の傲慢な振る舞いに拍車をかけていたことは言うまでもない。子供のような打算の介入しない相手との会話を欲していたのはそのため。そしてそれはミツキも例外にあらず。人当たりが良く、明るい彼との関わりはどこか心地よいものだったようだ。
「後でちゃんと言っておかないといけませんわね。そうだ、ヘイデイの様子はいかがです?」
「いい感じっすよ。やっぱり「みんな仲良く」の基礎があるから仕事が早いや。まずご飯屋さんが少しずつ営業再開してきてます。おかげで笑顔が増えてますね。ルナさんも明日一回覗いてみません?」
「そうですわね。協定の叩き台もできましたし、私も復興の方に尽力しましょう。リベラさまはどちらへ? 一緒だったのでは?」
ヘイデイは基本的にミツキとリベラが力を貸している。被害の規模が大きいので強い人手が求められるからだ。その中でもリベラの役割は大きい。復興、戦闘指南。そして何よりも街を救った英雄としての存在。住民の士気が違う。
「いやあ、人気者はつらそうっすね。引っ張りだこで帰れそうにないです。ルナさんに、『協定の話は数日後になるかと』って伝えてほしいって言われました」
「了解です。まあ急ぎではないので構いませんが。ゲルダさんもカイさんも今日は遅くなるようなので二人きりですわね、ミツキさん」
「あはは……そう、すね」
不信感。拭えないそれは今もミツキの思考を蝕む。それに加えて痛みの記憶。手も足も出なかった戦闘の記憶が苦い。ただそんなことはミツキに耐えられないほどのものではない。痛みにはなれている。これで苦手になるならカイのことも苦手になっているだろう。問題は。
「ふふ、では食事に行きましょうか。『デート』って、こんな時に使う言葉でいいですわよね?」
「え、と、ちょっと違うんじゃないかなって……分かってて言ってますよね?」
思春期の彼には刺激が強い。女性との経験値が少ない彼にとっては過剰なスキンシップ。身を寄せて腕を組んでくる彼女を振り解くこともできずただ顔を赤くするだけ。
相手の好意には疎い彼でも、ここまで露骨にアピールされれば流石に気づく。でも、どうしてかは分からない。聞いて良いことなのかも。
「──はっきり言っておきますと、ミツキさん。私、あなたのことが気に入りました」
唐突なカミングアウト。隠してはいなかったが言葉にされると尚恥ずかしく感じられる。何かに気づいた彼女は揶揄うのでも弄ぶのでもなく。
「……はい」
「理由は色々ありますけど、一番は、やっぱり似ているからですわね」
「初代、ですか? 俺、そんな立派な人じゃ」
「ええ。お父さまはミツキさんよりもよっぽどすごい人でしたわ」
「なんか恥ずかしくなってきた……自惚れた感じ出ちゃった……」
彼女がミツキに見出したもの。それは彼女を支えた初代のことでは無く。それも無いわけではないのだが、大きいのは彼は彼女に無いものを補った存在だということ。さすれば、今の彼女が求めるのは。
「私たち、似たもの同士だとは思いません?」
似たような夢。似たような葛藤。一度見失った夢を紆余曲折を経て取り戻した二人。奇しくも世界にとっては異物の二人。彼女が抱いたのはそんな相手への親近感。孤独を歩んできた彼女にとって、その存在は強く輝く。
「それは、はい。俺もそう思います」
ミツキも同じ感情はある。それがルナリアを嫌いにならないでいる理由。果てない夢を共有できるというのは、彼にとっても有難い。
「でしょう? 相性ぴったりだと思いませんか? あんなに激しく体をぶつけあえたのも久しぶりで……とても気持ちよかったですし」
「ルナさん、ちょっとその言い方は誤解生みません!? 誰もいないから良いけど!」
「……今の、どういうこと、ミツキくん?」
誰もいないはずだった。帰ってこないはずだった。予定は今日の夜までかかるはずだった。
虫の知らせ。第六感。ミツキの身に何かあるのでは。そんな感情が彼女を走らせた。それもそのはず。彼は目の前で幾度と死にかけた。過保護なのはお互いに。
「あら、聞かれてしまいましたわね。ゲルダさん」
目の前には腕を組む男女。意味深な言葉。疑いは最高潮。
「ちが、違うんだ……いや、何に言い訳してるのかわかんないけど、ごか」
「ふーん」
攻めるでも呆れるでもない無表情が怖い。ミツキの言葉を遮るとゲルダは一目散。ミツキへと走り。
「うええっ! なんで!?」
「良いじゃん。ご飯食べにいくんでしょ? ね? ルナちゃん」
反対側の腕を取って自分の腕を絡める。無言の意思表示。
「これはこわい。少しアプローチを間違えましたわね」
見せつけるつもりだったが見せつけられたとルナリアは感じる。ゲルダは思っているよりも大人だということを見逃していた。
無言の戦い。ついてこられないのは渦中のミツキだけ。笑顔の二人が火花を散らす。
「私も帰ったのだがな。付け入る隙もないと言ったところだ、少年」
「アテナさあん……こわい……助けて……」
部外者のアテナですら分かるその意味。それを捉えられないのは彼が子供だからではないのだが。
「ちょうど良いですし、ここまでですわね。お邪魔虫さんもお帰りですし。人間の機微など分からないのでしょうね。空気を読むのは苦手かしら?」
「もうお前など怖くないのだがな。喧嘩を売るならもう少し上手くするといい。言葉が自分に返ってきていると気づいていないのか、獣の女王?」
「二人とも顔合わせたらすぐ喧嘩しない……俺の胃が持たないっす……」
アテナは先日の話し合いでフラットな視点に立っていたが、それは感情を抜きにしたから。彼女の内心では今も自分を操ったルナリアに対する敵意で溢れている。
ルナリアも同様。自分の支配を潜り抜け、ミツキとの戦いで最後のダメージを与えたアテナのことはあまり良く思っていない。
まさに犬猿の仲。方や魔獣の頂点。方や最強の竜、その一角。もし戦闘にでもなればこの世の終わりが観れるだろう。二人の強さを身をもって知るミツキは気が気でない。
「まあつまらないお話はここまでにして」
「そうだな。つまらん時間だった。まあこの女が何か生産できるわけはないのだが」
「……ミツキさん。ああ、それとそこの赤い乗り物の方にも。少しお願いが」
「ちょっと二人とも、そろそろ度が過ぎそうですよ……えと、なんすか?」
ルナリアからの直々の頼み。危険な仕事かもしれないと背筋を伸ばす。
「三国協定。その打診のために一度魔性の国へ向かっていただけますか? 束の間ですが、里帰りということで」
「もちろん! うわー、みんな元気かなあ。そんなに時間経ってないのに久しぶりな気がするかもだ!」
ミツキにとってはこの世界のふるさと。そこに帰ることが決まった。
「ミツキくん、忘れてないよね?」
「……うん。報告書の資料、準備するんでみんなだけでご飯行ってきて……」




