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二章 一話 『協定』

 魔獣の侵攻、その翌日。ラストボンドに聳える王城の一角。これまではルナリアが一人で政治を担っていたために使われなかった会議室にて。


「みなさまに数えきれないほどの感謝と、謝意を。こちらとしても譲れない物があったので。それでも多くの信頼を裏切ってしまったことは、申し訳ありませんでした」


 ルナリアからミツキたちへ伝えたいことがあると召集がかかった。王城に向かうと待ち構えていたルナリアから開口一番、謝辞が伝えられる。戦いになったことではなく、裏切ったことに対して。


「頭あげてくださいよ、ルナさん。そっちにも事情があったわけだし。結果的に泥棒みたいなことしちゃったし。俺らみんな無事ですし、国もそんな被害ないし。全部よかったならいいじゃないすか」


「僕は許してませんけどね。ここまで大事になったのは詰まるところこの人の自滅みたいなものだ」


「……正直、あたしも。信じてた人に裏切られるのって、けっこうつらいね」


 ゲルダとカイ。人の悪意に晒されてきた記憶。出自の関係から二人はルナリアへの恨みが抑えられない。とはいえそれも短い時間で信頼関係を築いてきたからこそ。決して悪いことばかりでもない。


 実のところ問題はミツキ。空気が暗くなるのを嫌って何でもない風を装っているが、実際は疑い続けていたのが彼。疑念は消えない。因果集積(フェイタルチェイン)は彼女への悪感情を手放させない。正しく打ち解けるには恐らく時間がかかるだろう。


「……オレは外交という観点で見れば得をした側。女王陛下の行いに何ら文句などありません。強いて言うならば、もっと他人を信頼するのが吉だったかと」


 此度の侵攻、それを食い止めたのはひとえにリベラがいたからに他ならない。その貢献度はまさしく一国を救ったも同義。彼がここにきた目的も果たされるだろうことを勘定に入れればルナリアに対して悪感情はないだろう。それでも彼は疑念を抱く。果たして若い彼らに傷を負わせてまでするほどのことだったのかと。その考えが自分でも予想できない言葉の棘となって表れる。


「私は別に構わん。許す」


「!? アテナさん……?」


 ミツキが驚くのも無理はない。ルナリアに操られることで竜の姿を失い、力を奪われたアテナ。ルナリアに対しては怒りがあって当然だと思っていた。


「私がこうなったのは今回とは別のことだ。この女の裏切りで私が何か傷を負ったと言うことはない。そもそも初めから信頼などしていなかったからな」


 ルナリアを疑い続けていたのはミツキと同じ。違うのは、アテナはルナリアに何ら期待をしていなかったこと。ミツキは心の何処かで否定したい気持ちがあったが、アテナにはそれが一切ない。無情に見えてその実有情なのが彼女。全て終わればフラットに物事を捉えられる。


「感情を抜きにして事実だけ取り出せば、この女は我々を捕らえようとしていたが、命までは狙っていなかった。今回はあくまで我々は侵略した側だ。形としてはだがな。それに対する防衛行為としては適当な範囲だろう。我々を疑うなと言うのも難しい話。得たものの質が悪い。あれをぶら下げていては何も信じられんだろうよ」


 ルナリアが行ったのは盗難に対する防御。そしてミツキたちに対する虚偽。前者は情状酌量の余地がある。後者で発生した損害はミツキたちが信頼を裏切られた程度。それを総合的に考慮すれば。


「だから私は許す。まあ許す許さんの問題とも思ってはいないが。少年も言った通り、大した損害もない。本人が謝れば済む話だろう」


 理屈の上ではそうかもしれないが、そう受け止められるのは彼女が超然的な存在だから。多くの人間は感情を優先する。


「……うん。わかった。許すよ、ルナちゃん」


 しかしゲルダはそれに同調する。怒り続けたいわけではないから。旅を経て彼女に対して抱き始めた情は、無くなったわけではないから。


「……これからの行い次第でしょう。変われるか、変われないかは彼女次第だ」


 デスパレートの人々を見た。一度間違えたとしても、一度裏切ったとしても。それで全て決まってしまうのはあまりに残酷だ。カイもそう知っている。だから今は、余りある怒りを抑えて放つ。


「……だって、ルナさん。頑張りましょうね。俺も頑張るから」


「──ええ。ありがとうございます。ほんとに、よく似てる。優しくて、残酷」


 これから上手くやれるかはルナリア次第。やってしまったことは消えないけれど、それでも前を向けとミツキは言う。


 遠い昔の彼のように。優しい声色で。



「では、本題に移らせていただきます。この度オレが……失礼。私が」


「そのままで結構ですわ。私も余り肩肘張った受け答えは好きではありませんの」


 リベラがここにきた目的。獣の国(アニマ)に対しての要求。


「では、お言葉に甘えて……オレがここに来たのは、獣の国、その兵力たる魔獣の軍勢。その一部を貸与していただきたいからです」


「──リベラさん、それさすがに」


 進行の後。被害は少ないがそれでも復興には時間がかかる。魔獣の手も借りたい状況。その上第二次、三次と侵攻があるかもしれない。この状況で兵力を他に費やすのは危険ではないか。


「分かりました。少し先にはなりますけれど、お約束いたします」


 しかし快諾。


「大丈夫なんすか? 今大変な時期でしょ?」


「ええ。まず優先するのは本国の復興。これは譲れません。ですからその後、ということにはなりますが」


 では国防はどうするのか。今回の侵攻ですら手が回らなかったというのに。


「すぐさま同じ規模の攻撃が起きることはないと思われます。あくまでオレの見立てですが、今回集まったのは恐らくこの近辺で一年を通じて見られる数と相違ないでしょう。そしてここまでしないとこの国に綻びは与えられない。いや、それでも崩せなかった。そうなれば、後ろに率いるものが半端な侵攻を繰り返すことは無いのでは。そう考えています」


 単なる魔獣の群れではなく、ブレーンがいる。だからこそ危険度が下がると予測。もちろん崩れている今畳み掛ける可能性はなきにしもあらずだが、それにはリベラたちが滞在することで対処できる。


 しばらく様子を見ての話にはなるが、その後周辺の魔獣の状況が好転したとなればしばらくは安心していいだろう。そうリベラは語る。


「私も同じ意見ですわ。今回失った駒も多いですが、それに劣らず回収できた駒も多い。およそ一月様子が見られれば戦力の貸与もできるでしょう」


「リベラさんはそれでいいんですか? 急ぎの用事なんじゃないですっけ?」



『実を言うと、こちらにも女王には謁見する目的があってな。まあそちらも割と急を要する事態なんだ』



 この国に来る前確かにリベラはそう言っていた。ここからさらに一月となると間に合うのか。


「ああ。だからミツキ。君たちにも少し協力を依頼することがあると思う。すぐにではないが少し心構えはしておいてほしい」


「うっす! リベラさんには世話になったんだ。俺にできることなら何なりと」


 獣の国にとってだけでなく、ミツキたちにとっても中核であったリベラ。その恩義に報いるためなら協力は惜しまない心づもり。


「よろしいかしら? 貸与は認めます。ただこちらにも危険もある。そこで条件を」


 当然の反応。リベラが恩を売れたといえどそれでようやく交渉の土俵に上がれた程度。一方的な願望を押し付けるなど外交では不可能。


「はい、もちろん。こちらの事が済めば傭兵の国(ガルディニア)の兵力、その一部を獣の国の防衛に充てることを約束しましょう」


 リベラが兵力を必要とするのはわずかな間。その後に兵力が得られるとあらば契約としてウィンウィンが成り立つ。


「いえ、それは結構。こちらの要求は別のところです。今回の侵攻を受けて痛感しましたわ。結局のところ、一国に閉じこもっていても出来ることは少ない」


 しかしルナリアが見据えるのはその先。今回の一件で得た篝火にしたがって、見えた希望を手繰る一手。


「我が獣の国、傭兵の国、そして魔性の国(ファタール)。西側の魔獣に対抗するため、三国での連携の強化を提案いたします」

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